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月下の反逆者 ~王太子に逆らった青年と断罪された令嬢の逃避行~  作者: ぱる子


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第8話 ロイドとの再会②

 応接室に戻り、暖かいお茶を用意してから、俺とカトレアはロイドと向かい合った。旧友の再会は嬉しいはずなのに、空気は何やら物々しい。案の定、ロイドの口から飛び出した話は、王都から持ち帰った重い噂や危険な情勢ばかりだ。


「……結論から言えば、リシャール殿下はあなたたちを“国賊”扱いしかねない。正式な布告はまだだけど、すでに取り巻きの貴族が根回しを始めている形跡がある」


 そう静かに告げるロイドの瞳には、一瞬の暗い光が宿っていた。俺は息を呑み、思わずカトレアと視線を交わす。彼女は相変わらずツンとした姿勢を崩さないが、その手がわずかに震えているのを見逃さなかった。


「国賊って……そんな馬鹿なことがあるか。俺たちはただ、あの場で異議を唱えただけだ。殿下の婚約破棄があまりにも一方的だったから」


「王太子殿下を公然と否定するのが、どれだけ大きなリスクか、わかっていたでしょう? 貴族社会は表向きの礼儀がすべて。表立った処罰がなくても、裏で糸を引かれるのは十分あり得る」


 ロイドの苦い顔つきを見て、俺は唇を噛みしめる。もし本当に“国賊”なんて大袈裟な罪を着せられたら、俺もカトレアも終わりだ。下級貴族の領地など、王家の意向で簡単に握り潰されるに違いない。心のどこかで覚悟していたこととはいえ、実際にそう進んでいると思うとぞっとする。


「……私の家にも、きっと何か圧力がかかっているわ。最近、連絡が途絶えているの。王都で父や兄に手紙を出しても返事がない」


 カトレアが重い口を開く。いつもは強がりを通す彼女が、苦渋に満ちた表情を見せるのは珍しい。王都を離れた結果、レーヴェンシュタイン家の人々と疎遠になっているようだ。


「本当に返事がないのか? それは……けっこう危険だな。あれほど大きな公爵家が動きづらくなるなんて、よほどの圧力だ」


「ええ。父も兄も、私が王太子殿下に捨てられた時点で立場が弱くなってたから……あの家が下手に私を庇えば、殿下から睨まれるでしょうし。裏で何が起きてるかわからない」


「……ここにいるほうが安全だと思っていたけど、相手は王家だ。殿下の手がここまで伸びないとも限らないんだよな」


 俺がぽつりと呟くと、ロイドはうなずきながら茶をすすり、「そうなんだ」と続ける。


「だから、あまり安心しすぎないほうがいい。表立って“処分”する気配はまだないけど、陥れる機会を狙ってる可能性は高い。あの人たちは、表向き平和に見せかけて裏で暗躍するのが得意だからね」


「暗躍……やめてほしいけど、殿下に従っている貴族たちはいくらでもいるんだよな」


「ええ。その上、最近は王太子殿下がさらなる権力を握りつつあるって噂もある。臣下に恥をかかされたと考えているなら、いずれ動いてくる可能性は高い。……正直、俺も手を貸したいけど、王家に逆らうのは難しい」


 ロイドが申し訳なさそうに肩を落とす。その物腰の柔らかさに嘘は感じないが、やはり彼自身も自分の領地や家名を守る責任があるのだろう。王家を敵に回してまで俺たちを助けるのはリスクが大きい。


「そうね。下手にあなたが動いても、結局はその反動が領地に降りかかるだけだもの。無理しないほうがいいわ」


 カトレアも、苦い顔でロイドに同意する。かつては高いプライドで突っ走ってきた彼女が、今ではこんなにも冷静にリスクを見極めようとしているのが伝わる。けれど、その裏には焦りも隠れているはずだ。


「どうすればいいんだ……ここでおとなしくしているしかないのか? でも、王家が本気で追い詰めようと思えば、いつ攻めてくるかわからない」


「そうね。私もただ逃げ回るだけなんて望んでない。でも、今は動きようがないわ。レーヴェンシュタイン家が何をしているかもわからないし、王都に戻るのも無謀すぎる」


 カトレアが拳を握りしめて呟く。その瞳には複雑な思いが宿っている。自分の家名、プライド、王太子の圧力――全部を抱え込んで、どうにか解決策を探しているのだろう。その苦悩が痛いほど伝わる。


「アレン、君の領地は平和そうだが、王家が本気で潰すなら手段はいくらでもある。経済封鎖、他の貴族を使った嫌がらせ……表向きは何もせず裏で破滅に追い込む。気をつけて」


「わかってる。王都で散々思い知らされたからな。けど、俺はここを捨てるわけにもいかない。領民たちを守らないと……」


「ええ。その責任感が君のいいところだけど、それがまた危険でもある。ま、少しでも助けになりたいと思ってるから、情報だけは可能な範囲で提供するよ」


 ロイドの言葉に、俺は素直に感謝を口にする。しかしその表情には相変わらず読めない影が宿っていた。昔からそうなのだ。優しい笑みの裏に何かを隠す癖があると言うか――とにかく今は、それを深く追及している暇もない。


「とりあえず、しばらくはここでおとなしくして、殿下の動向を探りつつ体制を整えるしかないな。下級貴族だからって舐められたままじゃ悔しいし」


「強がるじゃない、アレン。まあ、私も悔しいわ。あの殿下がやりたい放題してるのに、何もできないのだから」


 カトレアは苛立ちを込めて吐き捨てる。その姿は、“家名を踏みにじられた公爵令嬢”の悔しさを端々に見せていた。


「ま、いずれ動くにしても、情報が命だ。俺もこれから王都と連絡を絶やさないよう、友人や情報屋を駆使してみる。カトレア様の家の動向も、なんとか調べたいところだね」


「……ええ、お願い。私が直接関わるのは難しいし、このまま父や兄が黙っているのも不安なの」


「わかった。じゃあ、アレンも協力してくれ。君が何かするにしても、このままだと情報不足で行き詰まるだろ?」


 ロイドの真剣な目に、俺はうなずいた。確かに暗中模索で動いても失敗するだけかもしれない。王家の圧力に対抗するには綿密な下準備が必要だ。


「助かるよ、ロイド。おまえが情報を集めてくれるなら心強い。危険を伴うだろうけど……」


「まあ、無理はしないさ。俺にも守らなきゃいけない領地があるからね。でも、昔のよしみということで、できるだけは力を貸すよ。おまえらが国賊扱いされるなんて、さすがに看過できないし」


 その宣言に、カトレアは微かに息をつき、テーブルに視線を落とす。一方、俺は心からほっとする思いだった。ロイドの性格上、正面きって王家と戦うのは無理だとしても、情報戦や裏工作を探るくらいなら手伝ってくれそうだ。


「ありがとう。おまえに負担をかけるのは申し訳ないけど……俺もできる範囲で頑張るさ。領地での守りを固めながら、カトレア様を守り……そして、王太子の出方を探る」


「理想的にはそうだろうね。だけど、王家相手じゃ一筋縄じゃいかないだろう。下手に動けば、もっと危ない橋を渡るはめになる」


「わかってる。……それでも、やるしかない」


 キッと拳を握りしめる俺を見て、カトレアはちらりと横目で視線を向ける。そこには、はっきりとした不安と少しの頼もしさ、そしてまだ拭えない焦りが入り混じっていた。


「私も、何かできるなら手伝うわ。王都にいる頃は……あまりにも周囲が敵だらけだったし、あなたたちにも頼らなきゃいけない状況かもしれない。でも、それを甘んじて受け入れたくはないの」


「うん。カトレア様の意志は尊重する。無理強いする気はないし、俺が言えるのは何かあったら遠慮なく頼ってほしいってことだけだ」


「わかってるわよ。それにロイドさんだっけ? あなたも……いろいろ調べてくれるならありがたいわ。私も動きが取れないから」


「はは、任せて。でも、俺だって命が惜しいから、限度はあるということで」


 ロイドの柔らかな笑みと、カトレアの難しそうな表情。二人の間に微妙な空気が流れたが、今は共通の敵=王太子がいるため、自然と協力関係を築けそうな気配がある。もっとも、ロイド自身がどこまで本気で動けるかは未知数だし、カトレアのプライドも依然高いままだ。


 それでも、俺たち三人がこうして一堂に会し、同じテーブルで話し合っている事実は大きい。王太子に狙われていることは間違いないが、以前よりも少しだけ状況を把握できている。そして、仲間が一人増えた。これは確実に希望だ。


(……先は長いし、困難も多いだろうけど、頑張らないと)


 俺は心の中でそう決意しながら、再度茶を口に含む。ぼんやりした苦味が、身体に染みわたるようだった。王都を出て、この領地で味わう新たな戦い――その幕は、いま静かに上がろうとしているのかもしれない。

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