第8話 ロイドとの再会①
朝の光が少しずつ窓辺を染め始めた頃、領地の門前に一台の立派な馬車が止まった。見覚えのある紋章を掲げているのを見た途端、俺の胸は高鳴り、自然と玄関へ駆け出していた。まさかと思いつつも、その期待はすぐに的中する。
「アレン! よ、元気してたか?」
「ロイド……やっぱりおまえか!」
馬車から降り立ったのは、懐かしい顔――旧友のロイド・ブランシェ。俺と同世代の貴族で、昔は騎士学校で共に寮生活を送った仲だ。王都であれこれ事件に巻き込まれたあと再会するのは初めてで、思わず俺たちは抱き合わんばかりの勢いで再会を喜んだ。
「おまえ、全然変わってないじゃないか。もう少し疲れた顔してるかと思ったのに、案外元気そうで安心したよ」
「こっちこそ! 王都に行ったきり、どうしてるか気になってたんだぞ。まさかおまえがわざわざ俺の領地まで来るとは思わなかった」
ロイドは柔らかな微笑みを浮かべ、俺の肩をぽんぽんと叩く。その物腰は昔から変わらず穏やかで、しかしどこかに影を感じるような……説明しがたい空気がある。けれど今はそれを深く考えるよりも、再会の嬉しさが勝っていた。
「そっちこそ、王都で大騒ぎしてるって噂を耳にしたから、無事か確認したくてさ。実際、どんな風の吹き回しでここに戻ったんだ?」
「まあ、いろいろあってな……詳しい話は後で。とにかく、入れよ。うちの屋敷は狭いけど、ゆっくり話せると思う」
「はは、狭いと言っても、おまえの地元自慢の館だろ? 楽しみにしてるよ」
そう軽口を交わしつつ、俺はロイドを屋敷の中へ案内する。玄関ホールを抜けるとすぐに応接室があり、彼をそこに通した。さっそく使用人に茶を用意させ、久方ぶりの友人との雑談が始まる。
「それにしても、ロイドがこんな田舎まで来るなんて珍しい。王都は平気なのか? 自分の領地は?」
「領地なら副官がちゃんと管理してるから問題ないよ。俺自身はちょっと王都での用事を済ませた後、どうしてもおまえと会いたくなってさ。いろんな噂を耳にしたんだ、『王太子に逆らった』とか『公爵令嬢を連れて戻った』とか」
「へえ、そこまで広まってるのか……まあ、そりゃそうだよな。王都の社交界の噂は一瞬で拡散するし」
そう言いながら俺は苦笑する。確かにあの夜会の婚約破棄騒動は派手だったし、王太子に真っ向から反論した俺の行動も、珍しさゆえに話題になっただろう。気がかりなのは、その後の取り巻き達の陰口や圧力がどう広がっているかだ。
「実際どうなんだ? 公爵令嬢――名前は確か、カトレア・レーヴェンシュタイン様、だっけ。何があった?」
「おおまかに言うと、あれだ。夜会で王太子殿下が一方的に婚約破棄を宣言して、彼女を散々糾弾したんだ。俺が黙ってられなくて……つい庇った結果、殿下からも取り巻きからも嫌われてしまった。で、王都に居場所がなくなったから、俺は領地に戻ることにしたんだよ」
「ふむ。そんなところか……いや、おまえらしいな。下級貴族でも筋は通したい、って感じか」
「それはそうなんだけど、結果的にカトレア様も王都じゃきつい状況でな。だから、ひょんなことから一緒に連れてきた、ってわけ」
そこまで話すと、ロイドはちょっと目を丸くして、「おや……噂の公爵令嬢をこの屋敷に? そりゃ豪快だ」と笑う。その笑い方には柔らかさがあるが、視線の奥にどうにも読めないものがある気がした。
「で、カトレア様は今どこに? ぜひご挨拶したいんだけど」
「えっと……今は部屋で休んでるかな。昨日までは長旅もあって疲れてたし、きっとまだ慣れないんだと思う。呼んでみる?」
「いや、無理に呼ばなくてもいいさ。俺はおまえと話したくて来たわけだし。でも、いずれお目にかかれるなら楽しみだな。王太子殿下に捨てられた“噂の公爵令嬢”が、どんな人なのか興味あるよ」
「捨てられたって……言い方がストレートすぎるだろ」
苦笑しつつ茶を啜る。ロイドの言葉尻は厳しいが、その顔つきに嫌みや嘲笑はない。ただ、どこか突き放すような淡白さが混じっている感じがする。昔ならもっと踏み込んだ心配をしてくれたはずなのに……いや、考えすぎかもしれない。
「ま、久しぶりに会えて本当に嬉しいよ。おまえにだけは伝えておきたいこともあったんだ。領地の今後とか、俺が王太子を敵に回したのがどれだけ危険か、とか」
「ふむ、危険と言えば危険だろうな。正直、殿下と取り巻きたちは粘着質だからね。下級貴族が刃向かったところで、なにをしてくるかわかったもんじゃない」
「わかってる。王都を早々に離れたのも、そのためさ。領地でなら、少しは対策が打てるかなって。……悪あがきかもしれないけど」
ロイドは頷きながら茶をすすり、「おまえがそう思うならそれでいい」と一言。それ以上は特に深く問わず、ただその穏やかな笑顔のまま会話を続けた。やはり、どこか影を感じる――それは俺の昔からの勘が知らせるもの。だが、かといって突っ込むほどの根拠はない。
「……そうだ、アレン。実は王都の近況をいくつか仕入れてきたんだ。後でゆっくり話したい」
「ああ、助かる。俺も気になってたんだよ、殿下と取り巻きたちがどう出るか、とか、カトレア様の実家が今どうなってるとか」
「それはまた後で詳しく。とにかく、まずはおまえの元気そうな顔を見られて安心した。最近王都じゃ、“アレンは王太子に弓引いてとんでもない目に遭ってる”なんて噂もあったしさ」
「はは、実際とんでもない目に遭ってるとは思うけどな……どうにか生き延びてるよ」
「それがおまえらしいよ」
そんな他愛ない雑談が続いたあと、廊下の奥から使用人がひょいと顔を出し、「カトレア様がいらっしゃいました」と告げる。思わずロイドと顔を見合わせて、俺は立ち上がった。
「いよいよご本人登場か。ちょっと緊張するな」
「緊張? おまえが? 可笑しい奴だな。公爵令嬢って言っても、もう一緒に領地へ来てる仲間なんだろう?」
「ま、そうなんだけど……どう受け答えするか悩むんだよ」
「なんだそれ」
「いや、気にしないでくれ。こっちの話さ」
言っているうちに、ドアの向こうからカツンカツンとヒールの音が響く。続いて、黒いドレスを身に纏ったカトレアが堂々とした歩調で部屋に入ってきた。しばらく私室で過ごしていたためか、やや疲労感はあるものの、きりっとした表情は相変わらず。
「失礼するわ。……ん?」
カトレアがロイドの姿を見て、一瞬だけ戸惑いを見せる。ロイドは慌てずに優雅に一礼しながら口を開いた。
「はじめまして、カトレア・レーヴェンシュタイン様。私はロイド・ブランシェと申します。アレンの旧友でして、王都ではあれこれ聞いておりますよ。お噂はかねがね」
その言葉にカトレアはわずかに眉をひそめるが、すぐに背筋を伸ばして応える。
「そう。私の噂なんて、ろくなものじゃないでしょうね。捨てられた公爵令嬢だとか何とか……色々言われてるのを知ってるわ」
「まあ、あちこちで耳にしますが、こうしてお目にかかるとやはり美しい方だ。噂なんて当てにならないなと思うばかりです」
「……その物腰柔らかい態度、王都の貴族ね。貴族の男って、もっと偉そうに見下してくる人が多いと思ってたけど」
「はは、偉そうに見えるかどうかは人それぞれでしょう。ともあれ、アレンがお連れした公爵令嬢と聞けば、興味を持たずにはいられません。失礼があったらお許しください」
ロイドの微笑みには、どこか洗練された社交の香りが漂う。王都の上位貴族とまでいかないまでも、中枢で活躍してきた男らしい余裕だ。カトレアもその雰囲気を感じ取ったのか、軽く一礼してから少し視線を伏せた。
「……ま、アレンの友人なら、あまり悪い人ではないのかもね。よろしく」
こんなに素直に対応するとは思わなかったため、俺はちょっと驚きつつも安堵する。ロイドは「こちらこそ、よろしくお願いいたします」と再度頭を下げ、俺とカトレアの顔を順に見る。
「おまえら、本当に奇妙な取り合わせだな。夜会で婚約破棄された公爵令嬢と、下級貴族のアレンが一緒に領地へ……これからどうなるのか、ぜひ見守らせてもらうよ」
「見守らせてもらうって……ロイド、何か企んでるのか?」
「まさか。ただ、友人として興味があるだけさ。おまえがこれからどう動くのか、そしてカトレア様がどう変わるのか、ね」
ロイドの瞳には、一瞬だけ冷たい光が走った――俺にはそう見えたが、すぐに柔和な笑みに戻る。その変化に気づいたのは俺だけかもしれない。カトレアはまだロイドを値踏みするような表情で、少し距離を置いている。
「ま、とにかく、俺は歓迎するよ。ロイドもゆっくりしていけ。……二人とも、せっかくだから茶でも飲みながら話そうか?」
「ええ、賛成だわ。私も王都の情報を知りたいし……あなたが王太子殿下に何を掴んでるかにも興味がある」
「じゃあ、座って。使用人に用意を頼んでくる」
俺が席を促すと、カトレアとロイドはゆっくり腰を下ろす。王都の話、領地の話、そして俺たちそれぞれが抱える思惑が、ここに交錯し始める。幼なじみのロイドとの再会は嬉しいが、その微妙な影を感じつつも――今はただ、穏やかな空気を保ちながら会話を始めるしかない。
こうして、クレストン領での新たな出会いが交わり、さらなる波乱を予感させる幕が開いた。公爵令嬢と旧友ロイドが一堂に会するこの瞬間は、これから起こる激動の序章かもしれない――そんな予感を抱きながら、俺は笑顔を取り繕ってお茶の準備をしに部屋を出るのだった。




