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月下の反逆者 ~王太子に逆らった青年と断罪された令嬢の逃避行~  作者: ぱる子


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第6話 地方への帰還①

 王都に来てから、どれほどの日々が経っただろう。気がつけば朝起きてから夜眠るまで、あちこち駆け回っても成果はほとんど得られないまま。王太子殿下の取り巻きが陰に回って影響力を振るうせいで、俺はどの店でも相手にされにくい。宿に帰っては、日ごとに締めつけられるような孤立感に苛まれる。そんな生活が続いていた。


「……もう限界かもしれないな」


 宿の自室で、俺は置かれている書類を眺めながら呟いた。王都で交渉したかった案件はいくつかあるが、どれも話をまともに取り合ってもらえないことがわかった。少し言葉を交わしただけで「王家に睨まれてるやつには関わりたくない」と打ち切られることが多い。


「アレン様、失礼します」


 扉をノックして入ってきたのは、実家の使用人のミゲル。領地からの手紙や小さな荷物を携えて、定期的に俺のもとを訪れてくれる人だ。今回もご苦労なことに、長い道のりをわざわざやってきてくれた。


「ミゲル、いつもありがとう。悪いな、こんな状況で――」


「いえ、そんな。ただ……最近の王都の噂は領地にも広まっておりまして。アレン様が王太子殿下に逆らったと、多くの方が心配しております」


 表情を曇らせながらそう言うミゲル。彼の肩越しに見える窓の外は、晴れているのに妙に光が冷たく感じる。領地の皆も、この件で気が気でないはず。父や母も含め、家族の心情を想像すれば胸が痛む。


「やっぱり……それだけ殿下の力は強大で、噂も瞬く間に広まるんだな」


「はい。クレストン領の住民の中には、『王家の逆鱗に触れてしまったのなら、あまり王都に長居しないほうが良い』と心配する声も多くて……」


「そうだよな。俺も、このまま王都で足掻いても状況が好転する気がしなくてね。むしろ、焦れば焦るほど袋小路に陥るばかりだ」


 書類を脇に置いて、ベッドに腰掛ける。王都でやりたいことはまだある。しかし、殿下や取り巻きの圧力で、どこも門前払い。政治的にも経済的にも動きが取れないままでは、俺がここに留まる意味が薄れてきているのも事実だ。


「領地に戻ったら、多少は落ち着いた環境でやり直せるかもな。……いや、正直、王都って俺にはハードルが高すぎると痛感した」


「ご領地の方々も、それを望んでいるかと。なにより、アレン様がいらっしゃらなければ領民たちが心細い思いをしている面もございますし……」


「そうだよな。男爵家の跡取りである以上、やっぱり故郷を守ることが先決か」


 苦笑しながら、ミゲルが持ってきてくれた手紙に目を通す。そこには、王都での動きに気をつけるよう再三にわたって書かれている。やはり家族や家臣たちは必死だ。このまま俺が逆風に立ち続けると、領地全体が巻き込まれる危険を恐れている。


 だけど、どうしても引っかかることがある。それは、カトレアの存在だ。夜会以来、彼女は王都の社交界でますます厄介者扱いされ、後ろ盾も失いつつあると聞く。俺が庇ったことで余計に孤立している可能性だってある。そんな中、俺が先に領地へ戻ってしまったら……彼女はどうなる?


「ミゲル、まだ少し時間あるか? 領地へ戻る話を真剣に考える前に、調べたいことがある」


「はい、私は今日一日ほど休暇を頂戴しておりますから、アレン様が落ち着かれるまでお待ちします。ご命令があれば何なりと」


「ありがとう。ちょっとだけ外へ行って、頭を冷やしてくる。……そうだな、領地に帰るとしたら……俺、一つやりたいことがあるんだ」


 立ち上がって、机の上に散らばった書類をひとまとめにする。決めかねていた気持ちが、ようやく形になり始めた。王都に留まるメリットはほとんど消えかけている。だが、もしカトレアがこのまま王都で追い詰められるなら、俺の領地に迎え入れる手はないだろうか……そんな考えが頭をもたげる。


「何をお考えですか? 私でお力になれることがあれば、ぜひ」


「実は、カトレア様――公爵令嬢で、夜会で婚約破棄された彼女のことを気にかけていてね。放っておけないんだ。とはいえ、俺が勝手に動けば父や家臣たちの反対もあるだろう……。でも、もし彼女が行き場を失いそうなら、俺が受け皿になれないかって思ってる」


 ミゲルは一瞬驚いた表情を浮かべる。公爵令嬢を男爵領に連れて行くなんて発想、普通なら到底ありえないと思うだろう。けれど、俺にとっては真面目な選択肢だ。今の王都でカトレアが生きていくのは厳しいし、俺自身もここでは息苦しい。だったら、一緒に領地へ戻ればいい。簡単にはいかないとしても、考える価値はあるはず。


「……ただ、実際に彼女がそれを望むかは別問題だよね」


 手順を想像してみると、不安だらけだ。もし彼女が自分のプライドを保ったまま王都に残りたいと言うなら、強制的に連れ出すわけにもいかない。それに、レーヴェンシュタイン家はどう動くか――あの公爵家の力を無視できるはずもない。


「まあ、先にカトレア様本人に声をかけるのが先だろうな。できることは限られてるけど、このまま黙って王都を出るのは自分の性に合わない」


 自分で言葉にしながら、背筋が伸びる気がした。いずれにせよ、ここで足掻いていても状況は好転しないという事実ははっきりしている。ならば、一度故郷へ戻り体制を整えるのが賢明だろう。そこに彼女が乗ってくれるなら、一緒に来てほしい……そんな青写真を抱きながら、俺はミゲルに向き直った。


「ミゲル、悪いけど領地のほうにも早めに伝えておいてくれるか。俺がここでの用事を切り上げて戻る準備を始めるって」


「かしこまりました。でも、カトレア様の件も含め、あまり無理はなさらないでくださいね。ご領地の皆も、アレン様のお帰りを心待ちにしていますので」


「わかってる。ありがとう。とにかく俺、今夜にも彼女を探して話をしてみるよ。どうなるかはわからないけど、何もしないで帰るのはできそうにないんだ」


 そう言い切ると、ミゲルは小さく笑って頭を下げた。彼も本心では「無茶なことを……」と思っているのかもしれないが、主君の俺がここまで固い意志を見せているのだから、反対はできないのだろう。


「では、私は手配を進めておきます。アレン様も、どうかお気をつけて……」


 ミゲルが部屋を出たあと、俺は鞄の中身を再点検する。王都で手に入れたかった物資や契約書は未完成なものばかりだが、これ以上動いても得られるものがない現実を受け止めるしかない。王太子殿下や取り巻きたちが牛耳る世界で、下級貴族の俺には太刀打ちできないことを思い知らされた。


(でも、領地に帰るんだったら、せめてカトレア様の話を聞きたい……。彼女のプライドや生き方を否定する気はないが、もし一人で苦しんでいるなら、俺にできることはないかって)


 しばらく考え込みながら、窓の外を眺める。大通りでは人の往来が相変わらず盛んだが、俺が見るには遠巻きの嫌な視線も混じっているように思える。王都での立ち回りを断念するには十分な状況かもしれない。けれど同時に、ここで得た縁を無駄にはしたくない――と強く思うのも事実だ。


「よし、彼女に声をかけてみよう。言ってくれるかわからないけど……このままでは、誰もが不幸になる気がする」


 決意を固めると、少し気持ちが軽くなった。やりたいことがはっきりしていれば、無為に王都の空気に怯える時間も減る。たとえ大胆すぎる提案だと笑われても、彼女が心を開くきっかけになるかもしれない。そう期待しながら、俺はバッグに必要最低限の荷物を詰め込んだ。


「明日か、あるいは今夜か。カトレア様に会えそうな場所を探って、声をかける。……それから帰還の準備、だな」


 深呼吸をして、喉の奥に渦巻く不安を吐き出す。王都はもうすぐ俺に背を向けるだろうが、俺の故郷はまだ俺を待っている。そして何より、彼女をただ置いて去るのは、俺の性分に合わない。これは“下級貴族の分際”を越えた、俺自身のケジメだろう。


「領地へ帰る……そう考えると、少しだけ安堵もあるな。あの温かい空気に包まれたら、心が癒されそうだ」


 クレストン領での日々を思い出すと、自然に口元が緩んでしまう。飾らない人々や、美しい田園風景。それこそが俺にとっての“本当の居場所”だ。そこへ帰るまでに、やるべきことは一つ。“カトレアへの提案”を形にしてみること。


「本当に連れていけるかどうかは、彼女次第。でも、まずは……俺の気持ちを伝えなくちゃ」


 そう自分に言い聞かせて、部屋を出る。廊下を歩きながら、明日へ向けた小さな期待と大きな不安が入り混じった気持ちを抱く。王都は冷え切ってしまったが、俺の心はまだ温かい。カトレアに届くといい、そう願いながら、一歩を踏み出していく――領地への帰還に向けた大きな決意を胸に。

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