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月下の反逆者 ~王太子に逆らった青年と断罪された令嬢の逃避行~  作者: ぱる子


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第5話 決定的な衝突②

 翌日。王都の街中を歩いていると、嫌でも視線を感じる。昨日とは比べものにならないほど、周囲の空気が険悪だ。まるで「ここに居座るつもりなら、それなりの覚悟があるんだろうな?」とでも言わんばかりの圧力を感じる。俺が足を踏み入れただけで、ざわざわと人垣ができては、すぐ遠巻きに散っていく。


「……本当に、王太子殿下の影響力って絶大なんだな」


 半ば呆れ混じりに呟いていると、露店の脇で何やら目立つローブを纏った男性が、こちらを見て笑っているのが見えた。隠そうともせず、そのまま俺を呼び止めてくる。


「やあ、アレン・クレストン君、だったかな? 今朝方から探していたんだよ」


 眉目秀麗といえば聞こえはいいが、その笑顔にはどこか冷たさを感じる。どうやら王太子リシャール殿下の取り巻きの一人らしい。夜会のときにも遠巻きにいた姿を見かけた記憶がある。


「……俺に何の用です?」


 警戒を滲ませつつ問いかけると、男は肩をすくめてみせる。まるで「別に大したことじゃない」と言わんばかりだが、その目には薄い嘲笑が浮かんでいた。


「用事、というほど大げさな話でもないさ。ちょっとばかり忠告しておこうと思ってね。君、余計なことに首を突っ込んだだろう?」


「余計なこと……カトレア様のことですか?」


「おや、物分かりがいいね。そう、あの“高慢で傲慢な公爵令嬢”を庇った。おかげで王太子殿下があまりいい顔をなさっていないのは知っているだろう?」


 露骨に「高慢で傲慢」なんて言い方をするあたり、彼らがカトレアをどんなふうに見ていたかが分かる。俺はそれに腹が立ちつつも、表情には出さないようこらえる。


「殿下が不快に思っているのは知っています。だからって、俺が何をしようと勝手でしょう?」


「確かにね。だけど、王都に長く留まるつもりなら、もっと自分の立場を考えたらどうかな? 下級貴族の分際で、あの公爵令嬢に手を差し伸べるなんてさ。結果的に君が損をすることにならないかって、こっちは心配してあげてるんだよ」


 言葉の端々ににじむ嘲笑は、決して“心配”なんかじゃない。むしろ「いずれ破滅するんだぞ」と示唆して楽しんでいるように見える。俺は自然と拳を握りしめた。


「カトレア様が高慢だとか、傲慢だとか、好きに言えばいい。けれど、あれは本当に“傲慢”だから起きたことなんですか? あなた方は彼女をただ敵視しているようにしか見えません」


 男は軽く鼻で笑い、すぐ近くまで歩み寄ってくる。距離を取ろうと後退すると、周囲の商人や通行人が一気に退いていく。彼らも王太子の取り巻きに関わりたくないのだろう。


「彼女はもう終わりだよ。どんなに気位が高くても、王太子殿下の逆鱗に触れたんじゃあ、表舞台から外されるのは時間の問題さ。どこかの辺境に幽閉されるか、あるいは静かに家に閉じこもるしかないか……どっちにしろ、レーヴェンシュタインの名は急速に凋落していくだろうね」


「あなた方、本当にそれでいいと思ってるんですか?」


「いいも悪いもない。そもそも、公爵令嬢があそこまで好き放題やってきたのが間違いだったんだ。あの夜会で王太子殿下に見限られるのも当然……自業自得ってやつさ」


 まるで「ずっと不快だったんだよ」と言わんばかりの軽蔑を含んだ口調に、思わず胸が痛くなる。確かにカトレアには不器用な部分があるのかもしれないが、ここまで追い込む必要があるとは到底思えない。だが、彼らがそうやって“仕置き”を楽しむのが貴族社会の怖さだろう。


「それにね、アレン君。あんたが彼女を庇ったことで、あいつも余計に立場を悪くしているんじゃないかと思うんだよね。『下級貴族なんかを味方に付けて必死だな』とか、皆が揶揄してるよ」


「……っ!」


 胸がずきりと痛む。もしかして自分が庇ったせいで、カトレアがさらに孤立している可能性は否定できない。周囲から見れば「下級貴族の庇護を必要とする落ちぶれた高位令嬢」などと揶揄されるかもしれない。そんな状況を想像しただけで、息苦しさを感じる。


「くく……その顔。よほどショックだったか? いやあ、すまないね。でも現実ってのはそういうもんだ。君は正義を気取っていたのかもしれないが、結果的に彼女の評判をさらに下げているってわけさ」


「黙れっ……」


 つい低い声でそう言い放ってしまう。男はその様子を見てさらに笑みを深める。イライラが募るが、ここで怒鳴り散らしたところで状況は変わらない。むしろ、やり込められるだけだ。


「ちょっとした忠告だよ。下手に動けば、君の領地だってどうなるか分からないからね。王太子殿下が公に動かなくても、陰で圧力をかけることなんて簡単なんだから」


「……脅し、ですか」


「さあね。事実を伝えているだけさ。ま、聞く耳を持たないならそれでもいい。結局は自分が苦しむだけだし。下級貴族なんて替えはいくらでもいるんだから」


 薄暗い路地で、それだけ言い捨てると、男はくるりと背を向けた。向こうには同じようなローブを纏った別の貴族もいて、俺を指差してヒソヒソ笑っている。苛立ちで胸が煮えくり返りそうだが、今ここで感情を爆発させたら奴らの思う壺だ。


「……俺は……間違ってないはずだ」


 呟いてみても、抱え込む自責の念は消えない。カトレアが追い込まれているのは事実で、そして俺が彼女を庇ったことでより危険な立場になっているかもしれない。もしそれが真実なら、俺はカトレアを救うどころか彼女の苦しみを増やしてしまったことになる。


「でも、あの場で何もしなければ、もっと酷い状況だったかもしれない……」


 弱々しい言い訳のように言葉が漏れる。周囲にはさっきの取り巻きの仲間らしき人物がちらほらいて、こちらを遠巻きに睨んでいる。まるで「これ以上余計なことをしないほうが身のためだ」とでも言いたげだ。


「はあ……」


 大きくため息をつくと、路上を行き交う人々がざわざわと避けていく。昨日まで多少の冷え込みは感じていたが、今日はそれどころじゃない。王太子殿下が公に処罰しなくても、取り巻きたちが陰湿に追い詰めてくる構図がはっきり見え始めている。こんな状況では、下級貴族の俺ができることは限られている。


「……それでも、立ち止まってるわけにはいかない」


 腹の底に湧き上がる焦燥感を押し込めるように、拳を強く握りしめる。カトレアがこのまま“表舞台から外される”なんてこと、受け入れられない。もし俺が彼女を庇ったせいで状況が悪化しているなら、なおさら何とかしたいと思う。


(甘いかもしれないけど、俺は彼女に背を向けるわけにはいかない)


 そう心に決めても、今のところは打つ手が見つからない。男爵家の権限なんてたかが知れているし、ここは王都だ。彼女を味方する強力な後ろ盾が見つからない限り、黙って耐えるしかないのだろうか。


「……ちくしょう」


 感情を飲み込むように呟いて、一人足早に路地を後にする。後ろを振り返れば、取り巻きの男がまだこちらを遠目に監視しているのがわかった。王太子の暗躍は表には出ず、しかし確実に俺とカトレアを追い詰めてくる。そんな権力の怖さを、今まさに身をもって体感しているのだ。

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