表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/16

『アポリア・マギア・コード』 第七章:鍵と反転

挿絵(By みてみん)


「名前とは、存在を拘束する呪いだ。

だから、我々は“鍵”を失うことで自由を得る。」

そう語ったのは、クロウだった。

 

舞台はイスタンブール。

旧オスマン帝国の迷宮のような地下宮殿――「ユスティニアヌスの水の間」で、クロウはひとり、《構造コード断片》を解析していた。

背後にはラケルの気配がある。

「また勝手に動いて……」

「動いてなどいない。“導かれた”だけだ。」

クロウは言う。アストラルストーンをかざし、かすかに青白い光を放たせた。

 

石壁には文字ではなく“空白”が並んでいた。

記号すらない、意味の死角。

「……これは、“名を持たぬ者たちの書庫”。神に定義されなかった歴史、言葉、存在の記録地だ」

「記録なのに、何も書かれていないの?」

「書かれていないことが、“最大の記録”だ。

名を持たなかった者たちの声は、形式に囚われない。」

 

そのとき、石壁の一部が崩れ、中から一枚の黒曜石の鏡が現れた。

鏡の中には、ノアの姿が映っていた。

——だが、それはノアではなかった。

「……これ、“彼”じゃないわ」

ラケルの声が震える。

「正確には、“ノアだった存在の、反転構造”だ」

クロウは答えた。

「“鍵”は、存在の裏面。彼の罪、沈黙、記憶、すべてを構造的に反転したもの。それが、“ノアΩ”――もう一人の彼だ」

 

鏡の中の“ノアΩ”は、ゆっくりと目を開いた。

その瞳は、無感情の光をたたえていた。

「αは観測し、Ωは沈黙する」

ノアΩが言う。

「構造は循環し、すべては“鍵”に還元される」

 

「つまり……彼自身が、“扉”なの?」

ラケルが問うと、クロウは静かに頷いた。

「そうだ。ノアが“かつて罪を背負ったこと”を真に受け入れたとき、彼の内部にあった“自己定義”は構造的に解体される」

「Protocol Omegaの真の発動条件は、“自己反転による認識”――。

ノアが、自らを“反転された存在”として受容した瞬間、扉は開かれる」 

ラケルが叫ぶ。

「じゃあノアを止めなきゃ! 彼を“鏡”の前から引き離す!」

「……それができるなら、な」

クロウの言葉には、どこか諦めと祈りが混ざっていた。

かつて彼が定義した“名もなき死者たち”へ贖うように――

ノアを裏切ることすら、彼にとってはひとつの“祈り”だった。 

その瞬間、遠く――ヴァチカンの聖務局地下で、ノアは鏡を前に立ち尽くしていた。

鏡の中の“もう一人の自分”と、静かに向き合いながら。

 

「俺は……何者だった?」

鏡は答えない。

だが、その沈黙こそが、最初の返答だった。

 

――《鍵》は、開かれようとしていた。


※本作およびその世界観、登場用語(例:メモリウム™、魂経済、共感通貨など)は、シニフィアンアポリア委員会により創出・管理されたオリジナル作品です。無断転用や類似作品の公開はご遠慮ください。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ