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『アポリア・マギア・コード』 第五章:沈黙する神殿——「沈黙とは、神が最後に残した問いだ。」

挿絵(By みてみん)


聖堂の天蓋には、天の星々を模した無数の穴が穿たれ、わずかな光が舞う埃の粒を照らしていた。 その中心に、ノアとヴェロニカは立っていた。

彼らの前には、空になった石の台座がある。 そこにあったはずの《アポリアの書》は、すでに失われていた。

「誰かが、持ち去った……?」 ノアの声には、怒りと焦燥が入り混じっていた。

「違うわ。これは“消去”された痕跡。存在そのものが記号構造から抹消されてる。」 ヴェロニカは床に跪き、かすかに残るエネルギーの痕をなぞった。 「“ゼロ化”……。ここは、《無の契約(Contractus Nihili)》により、この座標自体が構造から除外された。」

ノアは壁のレリーフに目を向けた。 そこには、天使と悪魔、そして“神を名乗る存在”が三位一体で描かれていた。 だが、その神の顔は削り取られており、空白のままだ。

「……お前、見たことあるか? 神の顔を、だれかが消したレリーフ。」

「あるわ。ナグ・ハマディ写本にも、同じ構図が記されていた。“神の定義そのものが記号から排除された時代”の名残よ。」

ヴェロニカの言葉に、ノアは黙って頷く。

「つまりこれは、“定義なき神”に対する人類の反抗の記録だな。」

そのとき、台座の裏からわずかな機械音が響いた。 ノアが素早く身をかがめると、石に隠されていた錠が自動的に開き、中から一枚の金属製カードが現れた。

「なんだこれ……?」

カードにはこう刻まれていた。

『Protocol Omega 第7層キー:IN NULLI NOMINE(いかなる名においてもなく)』

「“いかなる名にも属さぬもの”……」

ヴェロニカは声を落とした。 「これは、アポリア計画の最深部に関するアクセスキーよ。“名”という概念そのものを拒絶するための扉。」

「つまり、我々の探していた“神”は、名を持たない、いや、名を持つことを拒否した存在だというのか……?」

ノアの言葉に、ヴェロニカはゆっくりと首を振った。 「違うわ。拒否したのは“人間”の側よ。私たちは、神を定義することに疲れ果て、名前を奪った。」

——彼らが沈黙の中に見たもの。 それは“神の死”ではなく、“言葉の死”だった。

そして、その死から新たな秩序が生まれようとしていた。

「ノア、急がなきゃ。」 「わかってる。」

ふたりは台座を背に、次なる“鍵”の在り処を求めて、静かに神殿を後にした。

——そのとき、見上げた天蓋の穴の奥で、わずかに光が瞬いた。 それは、まだ沈黙の彼方にある問いの、呼び声だった。



※本作およびその世界観、登場用語(例:メモリウム™、魂経済、共感通貨など)は、シニフィアンアポリア委員会により創出・管理されたオリジナル作品です。無断転用や類似作品の公開はご遠慮ください。

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