『アポリア・マギア・コード』 第四章:記号の審問
——「この構造図は、神の名を語る詐欺師たちの設計図よ。」
通されたのは地下三層、記号で封印された審問の間だった。
ヴェロニカは、石造りの回廊をゆっくりと歩いていた。足元に敷き詰められたモザイク画には、天使と悪魔、そして無数の数式と古代語が織り交ぜられていた。
ノアは少し遅れてその後を追いながら、声をかけた。 「“Ω構造体”の中心にあるのは、やっぱり《アポリアの書》だと考えていいのか?」
「ええ。ただの魔導書じゃない。これは世界の言語構造そのものを再定義するための書よ。」
彼女の目の前には、巨大なアーカイブの扉がそびえていた。記号で封印されたその扉には、十字と六芒星、円と直線が複雑に絡み合っていた。
「ヴェロニカ、ちょっと待ってくれ。」 ノアは古びた手帳を取り出し、そこに書かれた引用を読み上げた。
『人はひとたび“カリスマ”を見出すと、なぜか比較や検証を手放してしまう傾向があるんです。まるで、自分の理性を自ら封じ込めてしまうように……」
「理性的に判断する力を放棄して、聖人のように見える者の周囲に集まり、軽々しくあらゆることを信じ込んでは、それをまるで絶対的な真実のように語る――そんな“軽信者”は、どんな時代にも必ず現れるものです』
「これが“敬虔派”の信者心理だ。正しさを信じることで、むしろ自らの判断を捨てていく。」
「カリスマが神格化される過程は、悪魔崇拝と構造的には同じなのよ。」 ヴェロニカはそう言って、封印の記号に手をかざした。
次の瞬間、空気がひび割れたような音とともに、扉が静かに開いた。
中には、無数の記号が漂っていた。浮遊するアルファベット、ヘブライ文字、数学的構造式――それらが生き物のように絡み合い、空間全体を構成していた。
「これが、“記号の審問”。神も悪魔も、この体系の中ではただの変数でしかない。」
「我々も、試されるってわけか。」
ノアが一歩を踏み出した瞬間、周囲の記号が彼に反応するように震えた。
ヴェロニカが囁く。 「もし心に矛盾があるなら、この部屋に飲み込まれる。」
「構わないさ。」 ノアは口元で笑った。 「俺はずっと“矛盾”そのものだったからな。」
そして彼らは、記号に満ちた審問室の奥へと進んでいった。
——“Ω構造体”の答えは、まだ沈黙の中にある。
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