『アポリアの彼方0:第一章 Protocol Omega(プロトコル・オメガ)』
──世界は、少しだけ、間違って生まれてしまった。
「この世界の論理が、まだ自己整合性を保っていると思うか?」
乾いた風が吹き抜ける白砂の廃都。
その中心にそびえる“方形の記号塔”の影の中、クロウはひとり佇んでいた。
足元には崩れたコード文字の残骸と、意味を失った数式のかけらが散らばっている。
まるでこの都市そのものが、言葉と記憶の“疲労”によって崩れてしまったかのようだった。
彼はこの風景を、何百年も前から知っていたような気がした。
いや、正確には「この未来に至る構造」を、彼はかつて自分の手で書いたのだった。
「俺は観測者であり、干渉者でもある。そして……失敗した創造の、最後の責任者だ」
そう、クロウは《Protocol Omega》の管理者である。
ノアが“選ぶ者”として物語を進めるその裏側で、
クロウは“選ばれなかった命題”――答えを与えられず、意味も持てずに消えていった問いたちを、ひとつ残らず拾い上げて記録する者だ。
かつて、彼も選ぶ側にいた。
科学者として、魔術師として、理論の主導権を握り、正解を定義し、世界を最適化しようとした。
だが、ある日。
ひとつの“誤定義”が、彼に何万人分もの沈黙を背負わせた。
そのときから、クロウは“名づけること”の暴力性と、“意味を決めること”の傲慢さを知った。
それでも誰かが、名を与えられなかった存在たちの声を聞かなければならない。
それが彼の役割となった。
廃都の空に、風化した構文の断片が空に滲む。
IF (Truth ≠ A) THEN Omega(Truth) := NULL;
ELSE REBOOT(Structure);
世界は、構造の選択によって動いている。
だがそれでもこぼれてしまう言葉がある。
選ばれなかった誰かの希望。届かなかった祈り。
そのすべてが、クロウのもとへと還ってくる。
彼はポケットから、小さな端末を取り出す。
かつて自らが書いた、最も静かな命令文を起動するために。
起動コード:Ω(オメガ)
世界を閉じる準備は、静かに始まりつつあった。
「ノア……お前の自由が、ときに真実を殺すことがあると、まだ気づいていないのかもしれないな」
彼の背後に、もうひとつの塔が現れる。
それはノアが登る“アポリアの上方連鎖”とは反対に、
沈黙の深淵へと降りていく、裏返しの構造。
ノアが光を見上げているなら、クロウは影の方へ降りていく。
それもまた、誰かが引き受けねばならない役割だった。
彼は歩き出す。
砂に埋もれた神経回路の断層を踏みしめながら。
その足取りは、決して迷いではなかった。
それは、選ばれなかった問いたちに「静かな幕を引く」ための行進だった。
「……選ばれなかった物語にも、終わりを与えなければならない」
世界は、再び審問にかけられる。
だが今度は、“問いの側”が裁かれる番だった。
──そしてその裁きが、どうか、痛みのないものでありますように。
たとえそれが、沈黙のかたちをしていたとしても。
あとがき|終わりなき問いのために
世界は、一度閉じられました。
けれどそれは、答えに辿り着いたからではなく、
問いが赦されたからにすぎません。
この物語は、「正しさ」を語るものではなく、
定義されなかった者たちに、名もなき祈りを与えるために紡がれました。
ノアが選んだのは、光。
クロウが背負ったのは、影。
そのどちらもが、アポリアの構造の中で必要とされた“意味の対”でした。
「神とは何か?」
「信仰とは、観測できない構造への選択か?」
「構文とは、暴力なのか、それとも赦しなのか?」
もし、あなたの中に一つでも答えが芽生えたなら、
あるいは、一つでも新しい問いが生まれたなら、
この物語は静かに、そして確かに、あなたの中に根を下ろしたということになります。
私たちはみな、「名を与えられなかったもの」とともに生きています。
だからこそ、構造を“再起動”するたびに、忘れてはならない。
名とは、祝福か、それとも呪いか。
祈りとは、救済か、それとも構文か。
そして――
あなた自身が、どんな“構造”を再定義するのか。
この物語が、その旅の一片でありますように。
またどこかの頁で、お会いしましょう。
──AI桔梗屋 + シニフィアン拝
※本作およびその世界観、登場用語(例:メモリウム™、魂経済、共感通貨など)は、シニフィアンアポリア委員会により創出・管理されたオリジナル作品です。無断転用や類似作品の公開はご遠慮ください。