『アポリア・マギア・コード』 第十三章:祈りの定数
世界は静止していた。
だが、それは終焉ではなかった。再定義の前の無音だった。
ノアとヴェロニカが立つその地面は、もはやローマでも、地球でもなかった。
それは“名を与えられる前の世界”――α原基界。
「ここが……起点か」
ノアは自分の声が、構造の反響として周囲に広がるのを感じていた。
すべての言葉は“祈り”として記録される。
「ALPHA = PRAYER」
「構造の第一項は、祈りの形式で与えられる」
ヴェロニカの前に、一枚の透明な板が浮かび上がる。
その上に、ひとつの定数が描かれていた。
ε(イプシロン) = 記号化された信仰の微粒子
それは、「存在しないものの確信」だった。
信仰とは、観測できない構造への選択的共鳴。
「これが……祈りの定数?」
ヴェロニカは呟く。
ノアが頷く。
「祈りは、構造に揺らぎを与える。
揺らぎは、選択を可能にし、
選択は、“再構築可能な世界”を作る。」
そのとき、虚空の彼方に、かつての仲間の声が響いた。
デルタ:
「お前は、観測者だった。今は……創造者だ。」
イプシロン:
「終わりとは、記憶を赦す形式にすぎない。」
ノアは、自分の中に浮かぶ最後の疑問を口にした。
「……“神”って、何だったんだろうな」
それに答えたのは、ヴェロニカだった。
「神は、名じゃない。
神は、“あなたが名づけられなかったものに、名を与える瞬間”よ。」
ノアは、わずかに笑った。
「なら、俺の祈りは……もう、叶っていたんだな」
彼はゆっくりと、再定義された世界の地面に手を置いた。
そこに刻まれるのは、ただ一つの記号。
∴
(ゆえに)
構造は、始まりを告げた。
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