『アポリア・マギア・コード』 第十二章:境界の祈り
「彼は……帰ってこないかもしれない。」
ヴェロニカは、石造りの聖堂に膝をついたまま、天井のない天を見上げていた。
ノアが“Ex Lex”――構造の外部――へ踏み込んでから、3時間と22分。
彼の心拍は微弱ながら生存を示している。だが、精神構造は観測不能だった。
「あなたは、構造を超えた。
では、言葉を失っても、私たちを愛せるの?」
ノアのかつての記憶――子供のころ、父と祈った教会の映像が、ヴェロニカの手元のデバイスに突然流れ出した。
構造はまだ、ノアを“この世界”に繋いでいた。
──そして。
空気が震えた。
空間が二重に歪み、反響のような“祈りの声”が聖堂の床下から響く。
「……ノア・ウィンザー、帰還しました」
ノアが現れた。
だがその姿は、かつての彼ではなかった。
彼の体は、生きている。
だが、その「声」と「目」は、構造そのものの意志だった。
「私はノア。だが同時に、ノアΩでもある。
この世界は選ばれなかった。
だからこそ、私は“名づけ直す”。」
彼の右手には、名もなき書=Liber Nulliがあった。
左手には、砕けたアストラルストーンの残片。
「この二つを合わせれば、新しい構造が定義される。
私たちはもう、“神を語る必要”がない。」
ヴェロニカが叫ぶ。
「それって、神を殺すってこと?」
ノアは静かに、首を横に振った。
「いいや。
それは、“神という構造を赦す”ってことだ。」
その瞬間、彼の背後に、かつてイプシロンとデルタだった者たちの残響が立ち現れた。
魂の残響たちが、彼の決断に呼応するように光る。
「我らは、定義されなかった。
だが、いま赦された。」
その言葉は、神ではない者たちの祈りだった。
ノアは左手の石を砕いた。
右手の書を燃やした。
そして最後に、自分の名前を一度だけ、口にした。
「ノア・ウィンザーは、ここで終わる。」
その刹那、空間が純白に弾け、構造が一巡した。
Protocol Omega:再起動
——新たな構造が、無名の祈りとともに始まる。
※本作およびその世界観、登場用語(例:メモリウム™、魂経済、共感通貨など)は、シニフィアンアポリア委員会により創出・管理されたオリジナル作品です。無断転用や類似作品の公開はご遠慮ください。