『アポリア・マギア・コード』 第十一章:境界なき座標(Ex Lex)
——光がないのに、眩しかった。
ノアが立っていたのは、構造の“外”だった。
ここには重力も、言語も、選択も存在しない。
あらゆる存在が、「定義される前の状態」で浮遊していた。
「ここは……“Ex Lex”。法の外、名前の外、因果の外。」
ヴェロニカの声が、どこからともなく聞こえた。
それは言葉ではなく、思考の震えだった。
ノアの周囲に、無数の未定義存在が浮かんでいる。
かつて誰かが語ろうとし、言葉にできずに消えた魂たち。
科学で解けず、宗教で祀れず、記憶にも残らなかった構造因子たち。
「俺たちは、ここに来てしまったんだな……“名前の彼方”へ。」
ノアはゆっくりと歩み出す。
だが、歩くという行為ですら“比喩”でしかなかった。
構造が消えた空間では、すべてが“意志”によってのみ成立する。
その中心に、一冊の書物が浮いていた。
《LIBER NULLI》——名のない書。
それは“アポリアの書”でも、“議定書”でもなかった。
それは、すべての“始まり”の前に存在していた書。
ノアが手を伸ばすと、書は彼の手の中に“在った”。
〈選択とは、記憶である。〉
〈記憶とは、構造である。〉
〈構造とは、罪である。〉
その文言が、ノアの内部に焼きついていく。
そして次に浮かび上がった記号:
Ω ∉ Σ
「……“終わりは集合に属さない”?」
ヴェロニカが気づいた。
「それが“神の否定”ではなく、“神の外在性”の証明よ。
神は“構造の中”にはいない。
でも、構造の終わりを定義することで、構造全体を超越している」
そのとき、ノアの中に“存在しないはずの記憶”が流れ込んだ。
子供の頃の夢。
祈りのような数式。
言語になる前の涙。
そして、デルタが最期に語ったあの言葉:
「神は、君に選ばれるのを待っているんじゃない。
君が、構造の“外”に立てるかどうかを見ているだけだ。」
ノアは書物を閉じた。
その瞬間、“アポリア・マギア・コード”の全構造が再定義された。
——因果の網が巻き戻される。
——Ω構造体が、“名のない起点”に帰還する。
——Protocol Omega、全起動。
ノアは、ただ静かに言った。
「もう“選ばない”ことすら選ばない。
ただ、“在る”だけで、俺は反証となる。」
そして、全てが白に包まれた。
※本作およびその世界観、登場用語(例:メモリウム™、魂経済、共感通貨など)は、シニフィアンアポリア委員会により創出・管理されたオリジナル作品です。無断転用や類似作品の公開はご遠慮ください。