『アポリア・マギア・コード』 第九章:知の錬金炉(バチカン・地底書庫)
「科学とは、かつての“禁術”が制度化されたものに過ぎない。」
その言葉を最初に発したのは、ノアたちに情報を提供してくれた、聖務省の古文書管理官ドミニコ司書だった。
彼が案内したのは、ローマの地下深く――“ヴァチカン・セクター13”、通称「錬金炉」と呼ばれる封印書庫だった。
厚さ30センチの鉛扉が開くと、空気が変わった。
そこは紙の匂いではなく、**“記憶の腐敗臭”**が漂う空間だった。
「ここにある文書は、正式には存在しない。“科学史”に含まれない歴史――だがすべて“科学者たちの本音”が記されている。」
ノアとヴェロニカは、その書架の一冊を手に取った。
『プリンキピア(未発表断章)――I.ニュートン』
〈全ての物質は、“エーテル”と“命名”によって繋がれている〉
〈魂の重さとは、引力の式に織り込まれているが、それを語る言葉がまだ存在しない〉
「……これは、錬金術だ」
ヴェロニカが呟いた。
「“魂と力学”を結びつけようとしていたのね……教科書には絶対に載らないわ。」
別の文献を開く。
『エジソン私記・死者通信装置に関する実験記録』
〈音の可視化とは、死者の語りを“科学”に翻訳すること〉
〈魂は電気だ。だが人間には周波数が合わない〉
「彼らは皆、現実の“深層”に触れようとしていた。
数式で神を解体し、光子で霊を照らそうとした」
ノアは言う。
「……でも、それは“科学”としてではなく、“禁術”として封印された」
ドミニコ司書は深く頷いた。
「そして、それが最も発展していたのが――“マギア・コード”だ」
——Protocol Omega の発端は、科学ではなかった。
それは、“科学と魔術の結婚”だった。
構造式《α→Ω》は、**錬金術の四段階(黒化・白化・黄化・赤化)**を再構成したものであり、
•黒化(Nigredo)=過去の否定、自己の分解
•白化(Albedo)=記憶の再定義
•黄化(Citrinitas)=魂の構造への接続
•赤化(Rubedo)=存在の“完全なる言語”への変換
これが、“神のいない創世式”だった。
ノアはそのとき理解した。
「科学とは、魂を失った魔術だ。
だが“マギア・コード”は、魂を回収する“構造”なんだ」
部屋の奥にひとつのケースがあった。
そこに封印されていたのは、ニュートンの遺稿の写本と、**未知の言語で書かれた“観測不能の書”**だった。
ヴェロニカが震える声で言った。
「……この言語、読める。読めるけど、“意味”が頭の中に届かない」
「それが“構造の臨界点”だ。名前を持たない“知”だ」
そのとき、部屋の照明がわずかに明滅した。
ノアの手元の装置が、勝手に構造式を描き始めた。
ALBEDO → RUBEDO
EX NIHILO:記号からの生成
——ノアの脳内に、ひとつの言葉が響いた。
「最後の科学者は、最初の魔術師に戻る」
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