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芸能界

フローライト第八十一話

次の日、授業中まで利成の画集を見ている朔を美園は横目で見た。


(あーあ、注意されて没収されなきゃいいけどね)


一応注意するかと美園は小声で朔に言った。


「ちょっと、先生に見つかったら没収されるよ」


そう言ったら朔がハッとした顔で美園を見た。


「あ、もう授業始まってる?」と声を出したので、逆にみんなに注目されてしまった。


(バカだね)と美園は知らんふりをした。朔は慌てて利成の画集を机の中にしまった。一瞬皆が注目したがまた先生が普通に話を始めると朔から目をそらす。


朔は休み時間の度に利成の画集を取り出しては眺め、授業が始まるのに気づかないと言うのを繰り返した。そして授業中に急に立ち上がったので何かと思って美園は朔を見上げた。先生が「対馬、何だ?」と言っている。


「あ、トイレ・・・」と朔が答えた。休み時間の度に画集を見ていたのでトイレにすら行ってなかったらしい。


先生が呆れたような顔をして「早く行って来い」と言った。皆の失笑が教室に響いた。


下校時間に美園が玄関に向かっていると、後ろから朔が「天城さん!」と呼びながら走ってきた。


「何?」


「天城さんのところ、今度いつ行ける?」


利成が朔の帰り際に「またおいで」と言ったのを美園は思い出す。


「利成さんに聞いてみないと」と美園は答えた。


「そうか・・・」とがっくりと肩を落とし朔は教室の方に戻って行くのを「対馬!」と美園は後ろから呼び止めた。朔が振り返る。


「今度、利成さんの昔のスケッチもらうことになったんだけど、その時あんたも来る?」


そう聞いたら朔が目を見開いた後、「え?マジ?ほんとに?」と興奮して走って来た。


「うん、でももらうのは私だからね」


「うん、でも見せてもらえる?」


「まあ、見るくらいならね」


「うわー」と今度は朔が大声を出したので美園は「しーっ」と口に人差し指をたてた。周りを歩いている生徒が美園と朔に注目する。


「その時またラインするよ」と美園は言うと、興奮している朔を放置して玄関に向かった。


(まあ、面白いかもね)とチラッと朔を振り返った。少なくともテンプレだらけの生徒たちよりはいいかもしれない。


 


家に帰宅すると咲良がキッチンに立って料理を作りながら忙しそうだった。


「ただいま」と美園が言うと、「あ、おかえり。今日○○〇(奏空のアイドルグループ)のみんながくるから」と咲良が言う。


「え?ほんと?」


「そう。急に連絡きたんだよ。もう少し早く言ってくれればいいのに」と咲良は鍋の中をのぞいている。


「何時頃?」


「わかんないけどあんまり遅くならないうちにって言ってたよ」


美園は(よし、今日こそは晴翔さんの連絡先をゲットしよう)と思った。前に来た時は一年も前だ。あの時は奏空が「やめて」と言うので聞けなかったのだ。


部屋に入って着替えを終えてリビングに行くと、「美園、コンビニで何か飲み物適当に買ってきて」と言われる。


「適当って?」と美園が咲良のいるキッチンまで行くと「適当。お酒とか炭酸水とか氷とか?」


「わかったよ」と美園は咲良からお金を受け取った。


適当に買ってレジに行くと、いちいち「十八才以上か?」という表示が出る。店員は美園のことを知っているのでそのままOKを押した。


家に着くなりインターホンが鳴ったので美園が出ると「こんばんは!」と晴翔が映っていた。


「すみません、僕が一番みたいですね」と晴翔が入ってくる。


「いいの、いいの。入って」と咲良が気さくに答えている。美園はリビングに入って来た晴翔に「こんばんは」と挨拶をした。


「美園ちゃん、久しぶり。元気だった?」と晴翔が笑顔になる。


「うん、元気だよ」と美園は答えた。


「晴翔君、適当に座って。何飲む?」と咲良が言う。


「あ、何でも」


「車じゃないよね?」と咲良が聞くと「はい」と晴翔が答えていた。


 


咲良が出した缶ビールを開けて一口飲んでから、晴翔がそばに座っている美園に「美園ちゃんは今何年生?」と聞いてきた。


「高一だよ」


「え?もう高校生なんだ」


「うん」


「えー・・・そうか、こないだまで小学生だったのにね」と晴翔が笑顔で言っている。


美園は今ならだれもいないしチャンスだと思って言った。


「晴翔さん、あのね、晴翔さんのラインって教えてもらえない?」


「ライン?」と晴翔が少し驚いた顔をした。


「うん、ダメ?」


「いいよ」と晴翔がスマホを取り出した。


「よし、オッケー」と晴翔とが言い、ラインを交換する。


(やった)と美園がスマホから顔を上げると、晴翔が「もしかして美園ちゃん、俺のこと好きでしょ?」と笑顔で言ってきた。


「え?まあ・・・」と美園は答えた。そのことを伝えようと思っていたのだから話が早い。


「アハハ・・・ほんとに?」と冗談っぽく言う晴翔に、ここは冗談にされてたまるかと美園は言った。


「ほんとにだよ?」


「え?もしかしてガチな感じ?」と悪びれなく言う晴翔。


「うん、そう」と美園は言った。


「えー嬉しいな」と晴翔が喜んでいる。そしてそれから「でも俺もう三十四だよ?美園ちゃんから見ればおじさんでしょ?」と言った。


「全然。だって私、利成さんが好きなんだよ。晴翔さんなんてまだ若いよ」


そう言ったら晴翔が「アハハ・・・」と声をあげて笑った。


「そうだね、天城さんよりかはずっと若いよ」


「でしょ?だから本気なの」と美園が言うと晴翔が少し困ったような顔をした。


「そうか・・・ごめんね。今のところ俺、彼女がいるんだよ」


「・・・ほんとに?」


「うん、まあ・・・いると言えばいるんだよね」


「何でそんなに曖昧なの?」


「いや、ここのところ連絡してないから、向こうからも来てないし・・・でも別れてはないからね」


「ふうん・・・」


「彼女と別れたらつきあおう」と明るく言う晴翔。


「・・・わかった」と美園はがっかりした。それが伝わったのか「でも、ラインくらいは全然いいよ」と晴翔が言った。


「うん・・・」とそれでも残念なことには変わりない。利成の次に好きな人は晴翔しかいなかったからだ。


 


メンバーがみんな集まると、皆で咲良の作った料理を食べてお酒を飲んでいた。話は仕事のことが多い様子だ。晴翔に玉砕した美園はつまらなくなって部屋に戻った。


(あーあ・・・つまんない・・・)


芸能界の誘い・・・引き受けようかと考える。毎日毎日退屈なのだ。利成とのユーチューブも最近は間が空いているし、何せ当の利成が「そろそろ美園一人でやってもいいんじゃない?」と言うのだ。


ラインを開いてさっき登録したばかりの晴翔のラインを見ていると、ふと朔のラインが目に入った。あまりに退屈で美園は朔にラインをしてみた。


<起きてる?家でいつも何やってるの?>と送ってみたらすぐに既読がついた。


<絵を描いてる。でも今は天城さんの画集を見てる。天城さんのところに行く日決まったの?>


(あー・・・もうこいつは利成さんの絵しか頭にないな)と思う。


<決まってないけど、週末でも行く?>


またすぐに既読がつく。


<行くよ。何時頃行けばいい?>と行く気満々な返事が来る。


<夜かな、夕方くらいから出ればいいよ>


本当は利成がいるかはわからなかったが、それは後から聞こうと思った。


<出れるよ。ただ場所がよくわからない>


そうだろうなと美園は思う。こないだ一回だけ美園の後をついてきただけなのだから。


<じゃあ、私と一緒に行けばいいよ。前の日でも場所教えるから>


<うん、ありがとう>と返事が来る。


<何で利成さんの絵が好きなの?>


<宇宙だから>というわけのわからない返事が来た。


でも何だか美園は笑ってしまった。


(宇宙ね・・・)


<そうなんだ。じゃあ、また連絡するよ>


<わかった>と返事が来て美園はスマホを閉じた。


 


週末、利成が「いいよ」と言うので美園は前日に自分の家を朔に教えておいた。朔がまた興奮して「わかった!」とスマホで何度も地図を見ている。


部活でデッサンをしたのでチラッと朔の絵を見たら、今度はまともにデッサンをしていた。


(あれ?すごく上手いじゃない?)と思う。


「天城さん、やっぱりうまいね」と他の生徒たちが美園に言ってくる。美園は相手のエネルギーや心理が何となくわかるので「そう?」と適当に返事をした。美園が有名人の娘だというそれだけで話しかけてくる人が多かったので、人付き合いが面倒な美園は特に友達も作らずにいた。


 


次の日の夕方、美園は家で朔を待った。約束の時間は午後四時だったが三十分程遅れて朔がやってきた。電車をだいぶ乗り過ごしたと言っている。どうやらまた何かに夢中になっている間に、降りる駅をかなり通過してしまったらしい。


咲良が「気をつけてね」と玄関で言って朔の方を見ていた。咲良にも彼氏じゃないから間違えないでよとは事前に言っておいた。


利成の家まで電車に乗り、降りてからは面倒なのでタクシーを使った。利成の家に着くとこないだと同じように明希が「いらっしゃい」と笑顔で迎えてくれた。


「まだ帰ってないから、少し待っててね」と明希が言う。


朔は落ち着かなさそうにリビングのソファに座って部屋の中を珍しそうに見ていた。そしてふと部屋の壁に目を止めた。


「これは?」と見つめている先にはハチャメチャに塗られた壁があった。それは奏空が子供の頃、クリスマスプレゼントだと言って塗った壁だった。利成も明希も考えたあげく残すことにしたらしい。なので知らない人にとっては一見異様な感じに見えるだろう。


朔にそれを言うと「へぇ・・・」と立ち上がって壁のそばまで行って見ている。飲み物を持って来た明希がその姿を見て少し微笑んだ。


「みっちゃん、面白い子連れて来たね」と明希まで利成のようなことを言う。


明希は美園が咲良と利成の子だと知っている。かなり葛藤したらしいが、今では全然そんな様子は見られず明希は楽しそうだった。


「天城さんのお父さんなんだよね?」と壁を見ながら朔が言った。


美園は一瞬「お父さん」と言われて脳裏には利成が浮かんだが、すぐに奏空のことを言っているのだと気が付いた。


「そうだよ」


「何か幸せというか天国のお花畑みたいだね」と朔が言ったので、明希が驚いた。


「そうなんだよ。奏空が私にってお花畑を描いてくれたの」


よくこのハチャメチャからそれを感じ取れるなと美園も少し感心して朔の方を見た。


 


利成が帰宅したのがもう夜の八時頃だった。明希が先にご飯を食べてと言うので朔と一緒に食事をした。テーブルにぼろぼろとご飯をこぼす朔を見て明希が笑っていた。


「遅くなってごめんね」と利成が美園と朔に言った。


「いえ、全然」と朔が緊張したように答えたので利成が少し笑った。


すぐにこないだのアトリエの部屋に入ると「ちょっと待ってて」と利成が仕事部屋の方へ行った。そして数冊のスケッチブックを手に戻って来た。


チラッと朔の顔を見ると、利成の手にあるスケッチブックを見て目を輝かせている。


「自由に見て」とそのスケッチブックを置いて利成は部屋を出ていった。


朔が床に座り込んでスケッチブックを見始めた。美園も一緒にスケッチブックを手に取る。


(へぇ・・・)


利成の若い頃描いたというそれは、色んなデッサンや何だかわからない模様やら、色々なものが描かれたいた。


(あ、風景画・・・)


利成さんも最初は普通に風景画なんて描いてたんだな・・・と美園もつい見入ってしまった。


一時間も経っただろうか?美園が顔を上げると、まだ食い入るようにスケッチブックを見ている朔が目に入った。


「対馬、私もちょっと下に行ってるね」と美園は言ったが朔の返事はない。どうやらまた集中している様子なので、美園はそのまま部屋を出た。


 


階下には利成だけがリビングのソファに座ってパソコンを見ていた。


「あ、彼はどうしたの?」と美園の顔を見ると利成が言った。


「まだ見てるよ」


「そう」と利成がまたパソコンに視線を移した。


「明希さんは?」


「お風呂じゃない?」


「そう」


利成がパソコンを見ながらマウスを動かしているのを見て、自分もスマホを取り出した。適当にインターネットを見ているといきなり電話がなった。


「もしもし?」と美園が出ると「あ、美園?」と奏空の声が聞こえた。


「何?」


「今、帰り道なんだけど、美園は利成さんのところ?」


「そうだけど」


「そっち回ろうか?」


「うん」


「じゃあ、待ってて。友達はどうしたの?」


「友達?友達じゃないけど、対馬はまだ絵を見てるよ」


「そうなんだ。わかった。じゃあ、待ってて」と通話が切れた。


「何だって?」と利成が聞いてくる。


「奏空が今帰り道だからここに寄るって」


「そう。彼はどうするの?」


「んー・・・」と美園が時計を見ると、もうかれこれ一時間半は経っている。


「まあ、とりあえず放っておく」と美園が言うと利成が「そう?」とまたパソコンを見始めた。


三十分くらいして奏空が来た。


「ただいま」と美園に抱きついてくる。


「おかえり」と美園は言った。横に座っている利成が「お疲れ様」と言った。


「あれ?奏空」とお風呂から出た明希が言う。


「帰りにこっち回ったよ」と奏空が答えている。


 


朔を呼びに行くのに奏空もついてきた。アトリエの部屋に入ると朔がこないだのように中央で胡坐をかいて目の前に利成のスケッチブックを置いてぼんやりしていた。


「対馬」と美園が呼んでも、こないだと同じように返事がない。


「対馬君て言うんだ」と奏空が言うと、ハッと気が付いたかのように朔がこっちを見た。


「こんばんは」と奏空が明るい声を出した。


「あ、えーと・・・こんばんは」と朔が頭を下げた。


「私のお父さんの奏空だよ」と美園が説明すると「あっ」と朔が焦った様子で立ち上がった。


「はじめまして」と奏空が笑顔で言うと「は、はじめまして」と朔が照れくさそうに頭を下げた。


帰りは結局朔も家まで送り届けることにした。帰る時に利成が朔に「今度店の方にもおいで。いくつか絵があるから」と利成が言った。


「店?」と朔が首を傾げると「うちの奥さんがやってる店で、アクセサリーを置いてるんだけど、俺の絵もいくつか販売してるんだよ」と利成が教えていた。


 


奏空の運転する車の中で朔が「天城さんの絵は高いですよね?」と奏空に聞いた。


「さあ、高いかな?美園」と奏空が美園に振ってきた。


「んー・・・店のでしょ?数万円程度からあったような?」と美園が言うと「数万円・・・」と朔が考えるような顔をした。


朔の家は少し古めの一軒家だった。利成の家からは車で四十分ほどだ。


「ありがとうございました」と朔が奏空に挨拶をして車のドアを開けた。


「今度うちにも遊びにおいで」と奏空が言っている。


朔がそれに頭を下げて車を降りて行った。


 


「俺の絵をお花畑って当てたんだって?」と奏空が朔が降りると言った。


「うん」


「面白い子だって明希が言ってたよ」


「そう」


「彼氏じゃないんでしょ?」


「当り前でしょ」


「じゃあ、何で?」


「隣の席なんだよ。それで向こうが利成さんのファンみたいで私に声かけてきたの」


「そうなんだ」


美園はもらった数冊の利成のスケッチブックを一冊くらい朔にあげれば良かったかなとふと思った。


(でも、ま、いいか)と窓から夜の街を眺めた。


晴翔には彼女がいるらしいし、利成とのユーチューブも潮時・・・。


(あーあ、つまらない・・・)


「ねえ」と美園は運転する奏空の横顔を見た。


「何?」


「芸能界って楽しい?」


「何、急に。楽しいと言えば楽しいよ」


「ふうん・・・」


「美園もやりたくなった?」


「・・・そんなにやりたいわけでもないんだけど・・・退屈なんだよね」


「退屈?」


「ん・・・最近退屈」


「そうか、じゃあ、やってみてもいいかもね」


「晴翔さんとできる仕事ってある?」


「え?晴翔?」


「うん」


「さあ・・・晴翔は一人で受け持ってる番組もあるからね、有名になれば出れるんじゃない?」


「ふうん・・・有名ね」


「有名ってなんか変だけどね」と奏空が笑った。


「それよりあの子、対馬君?おもしろいエネルギーを持ってるね。流れ方も独特だし」と奏空が言った。奏空は人のエネルギーの質や流れがわかるらしく、そのエネルギーも整えることができる。


「そうなの?」


「うん、美園は感じなかった?」


「んー・・・私もはっきりわかるわけじゃないから・・・対馬は変わってるなとは思ったけど」


「そうなんだ。きっと利成さんも気に入ったんだろうね。お店においでなんて言ってたし」


「そうだね」



自宅のマンションに着いてシャワーを浴びてから自分の部屋に戻ってベッドに入った。そして思いついて今日貰ってきた利成のスケッチブックを開いてみた。


(利成さんは個展まで開いてたらしいけど・・・)


結局絵の方じゃなく、音楽の方に行ったんだなと美園はぱらぱらとスケッチブックをめくっているとスマホが鳴った。


何気なく画面を見るとラインが来ている。


(ん?)とラインを開いてみると<美園ちゃん、元気?>と晴翔からラインが来ていた。ラインを交換してから美園はまだ一度も晴翔にラインをしていなかった。彼女がいると聞いたので何となくつまらなかったのだ。


<元気だよ>と美園はすぐ返事をした。


<良かった。俺も元気だよ。ところで前に俺のこと好きだって言ってくれてたのってまだ生きてる?>


<生きてるけど?>と美園は返信をした。確かにまだ晴翔のことは好きだった。


<良かった。晴れて?かどうかはわからないけど、彼女と別れたよ>


(え?)と思う。


<別れたの?>


<そうだよ。だから今フリーだよ。つきあう?>


<うん>と美園は返事をした。


(やった)と心の中で思う。


<オッケー。じゃあ、今から美園ちゃんは俺の彼女ね>


軽い感じで晴翔がラインを送ってくる。


<うん>と返事を返した。


<記念に電話していい?>


晴翔の言葉に寝そべっていた身体を美園は起こした。


<うん>と返事をする。


<あ、番号知らなかった(笑>と晴翔からまたラインが送られてくる。


美園は<○○○ー○○○○>と番号を送信した。するとすぐに電話がかかってきた。


「もしもし?」と美園が電話に出ると「もしもし?美園ちゃん。夜中にごめんね」と晴翔の声が聞こえた。


「ううん、全然。起きてるし」


「そっか。夜は寝るの遅いの?」


「うん、わりと遅いよ」


「そっか、俺はその日によるかな。奏空はいるの?」


「いるけど、多分寝てるかな」


「そうなんだ」


「ほんとに別れたの?」


「ほんとだよ」と晴翔が笑った。


「何で?」


「んー・・・何か怒らせちゃったのかな・・・」


「晴翔さんが?」


「うん・・・まあ」


「その彼女のこと今も好き?」


「いや、もう好きとかいう感じじゃないから」


「そうなんだ・・・」


「うん、美園ちゃんはほんとに俺が好き?」


「好きだよ」


「そっか~」と嬉しそうな声を晴翔が出した。


「じゃあ、とりあえず今度デートしよ?」


「うん。どこで?」


「どこがいいかな・・・」


「見つかったらマズイからあまり出れないでしょ?」


「そうだね。じゃあ、俺のうちに来る?」


「え?いいの?」


「いいよ、もちろん」


「じゃあ、今度行く」


「今度と言わず明日とかはどう?」


「え?明日?晴翔さん仕事でしょ?」


「明日は何とオフだよ」


「そうなの?じゃあ、行こうかな?」


「うん、あ、場所教えるね。ラインに送ればいい?」


「うん」


 


次の日の日曜日、美園は晴翔の家に出かけた。電車を乗り継いで一時間弱、意外と晴翔の家まで近かった。


晴翔の部屋はマンションの最上階だという入り口のインターホンを美園は押した。


「どうぞ~」と晴翔の声が聞こえてドアが開いた。


エレベーターで晴翔の部屋まで上がりインターホンをまた押すと、すぐにドアが開いて晴翔が顔を出した。


「どうぞ。すぐここわかった?」と晴翔が笑顔で言う。


「うん。わかりやすかったよ」


「そう?良かった。どうぞ」


「お邪魔します」と靴を靴を脱いで部屋に上がる。


「わ、おしゃれだね」と美園は部屋の中を見回した。


シックな感じであまりものがなかった。全体的にモダンな感じだ。


「そう?俺片付け苦手だからあんまり物置かないようにしてるんだよ」


「そうなんだ」


「ま、適当に座ってね」と晴翔が言った。


美園は部屋の中央にある大きめのソファに座った。


「何飲む?美園ちゃん」とキッチンの方に晴翔が行く。


「何でもいいよ」


「じゃあ、コーヒー?」


「うん」


晴翔が入れてくれたコーヒーは美味しかった。


「おいしい・・・」と思わず言うと、「今ちょっとコーヒーに凝ってるんだよ」と晴翔が笑顔になった。


晴翔との会話はすごく楽しかった。美園の思った通り、晴翔は話題も豊富だし、感情豊かで聞いてて退屈しなかった。


「ほんとはどこか連れて行ってあげたいけどね」と晴翔が言う。


「いいのいいの。大変なのはすごくよくわかるから」


奏空が咲良とのことがバレて週刊誌に載ったり、昔利成と明希も色々大変だったことを美園は知っていた。


「晴翔さんは奏空とは仲いいの?」と美園は聞いた。十数年も一緒にいて飽きないのだろうかと思う。


「仲いいよ」と躊躇なく晴翔が答える。


「そうなんだ」


「美園ちゃんは?奏空と仲いい?」


「奏空とはいいけど、咲良とは悪いよ」


「咲良さんと?どうして?」


「咲良は色々つまらないことでうるさいから」


「そうなの?例えば?」


「普通に勉強すれって言ったり、未成年はどうこうだとか、何かインプットされたロボットみたいだよ」


「アハハ・・・そう?」


「そう」


 


晴翔と一緒に○○〇(グループ名)のライブ映像を見たり、ツアーの時の話やなんかを聞いた。美園は学校のことを聞かれたが、特に話すこともなかった。朔の話は面倒なのでしなかった。


そうこうしているうちに外がだんだん薄暗くなってきた。晴翔がカーテンを閉めながら「夜ご飯、どうする?」と聞いてきた。


「あ、もう帰った方がいいよね」と美園は立ち上がった。


「そんなことないよ。一緒にご飯食べようよ」


「うん・・・」


「何かあったかな?」と晴翔が冷蔵庫を開けている。


「私、何か買ってこようか?」と美園は言った。


「いいよ。俺が行くよ」と晴翔が言う。


「でも・・・」と美園が言うと「じゃあ、一緒に行こうよ」と晴翔が行った。


「え?でもそれじゃ・・・」


「大丈夫だよ。近所のスーパーくらいは」


「・・・そうかな」


晴翔がそう言うので一緒に近所のスーパーに行った。晴翔は帽子にマスクとしっかり変装している。


「奏空は何もしないよ」と美園が言うと「そうか、俺は一応事務所から言われててさ、奏空はもう結婚しちゃってるからね」


「そうなんだ」


やっぱりアイドルは大変だなと思いつつ、一緒にスーパーに入った。


「適当に買おう」と晴翔がカゴを持った。


スーパーで出来合いのものやら、飲み物を購入した。晴翔のマンションに帰って一緒に夕食を取る。


「奏空はさ、色々ぶっ飛んでて俺は好きなんだよね」と晴翔が言う。


「ぶっ飛んでるとは?」


「一緒にやることになってさ、最初に咲良さんとのことバレちゃって奏空が「結婚するつもりだ」っていうからみんなで反対したんだけどね」


「うん・・・」


「もう決まってるから変えれないよって言うんだよ。それでそんなわけないだろってね。だってその頃奏空の奴はまだ十九歳だよ?結婚なんてありえないだろって感じだからね」


「そうなんだ」


「そう。でも結局結婚したけどね。それからのライブも動員数が落ちることなく進むんだよね」


「へぇ・・・」


「ある時、ライブ中に音が急にでなくなってね、みんなが焦ってるところで奏空が「みんなー声出してー」ってすぐに叫んで、会場みんなで大合唱したこともあったよ」


「そうなの?すごいね」


「そう。すごいのよ。で、もっとあるよ」と面白そうに晴翔が続けた。


「テレビ出演間近に、 黎斗 が足をくじいちゃって、もうすぐ出番だったから何もできなくて・・・でも 黎斗 はひどく痛がってたんだよ。そしたら奏空が「しょうがない、奥の手」と言って 黎斗 の足に触ってなんかしたんだよね」


「何か?」


「そう。そしたら 黎斗 が「あれ?」って言って歩き出したんだよ。あれはびっくりしたね」


「・・・・・・」


「奏空が応急処置だからすぐ痛み戻るからねって言ってね。その通り、番組が終ったら黎斗が「いたた・・・」て足を押さえたの」


「えーそうなんだ」


「うん、何だろうね?奏空は魔法でも使えるのかな?」と言って晴翔が笑った。


 


夜も九時近くなって美園は「じゃあ、そろそろ帰るね」と立ち上がった。すると一瞬晴翔が美園の身体を見たのを感じた。美園も奏空のように相手のエネルギーの動きが多少わかるので、晴翔が性的な意味で自分を見たのがわかった。


(ああ、でも良かった)と美園は思う。


幼い頃から知られているので、もしかしたらそういう対象として見てくれてないかもと心配だったのだ。


「じゃあ、送るよ」と晴翔が言った。


「あ、一人で帰れるよ」と美園が言うと「ダメダメ。そんなことしたら奏空に怒られちゃうよ」と晴翔が笑顔で言う。


晴翔の車で送られて自宅マンション前まできて美園は「ありがとうございました」と挨拶をして降りようとしたら「また、会おうね」と晴翔が言った。その視線が一瞬美園の唇の辺りを見た。ほんの一瞬なので普通の人は気づかないくらいの動きでも、美園には何となくスローモーションに見える。この辺りは奏空ではなく利成の能力?ではないかと勝手に思っている。


(キスしたいのかな?)


そうだとしたらすごく嬉しい。けれど美園は素知らぬ顔で車から降りた。


「じゃあね、バイバイ」と晴翔が手を振って美園もそれに振り返した。


 


玄関に入ると急にリビングのドアが開いた。タタタと足音を響かせて来るのはすぐに奏空だとわかった。


「おかえり」と奏空が抱きしめてくる。


「ただいま」と言ってから「ずいぶん早いね」と美園は言った。


「今日は一つ仕事がなくなったからね」と奏空が答える。


一緒にリビングに入ると奏空が「美園、なんで晴翔と会ってたの?」と聞かれた。


(やだな、これだから)


さっきわざと抱きついてきたなと美園は思う。その時に勝手に人のエネルギーを読んだのだろう。


「私、晴翔さんと付き合うことになったから」と美園は答えた。嘘をついてもどうせ無駄だ。


「え?マジに?」と言われる。


「うん。晴翔さん、彼女と別れたんだって」


「そうなんだ」


「うん。ダメ?つきあったら」


「いや、ダメじゃないよ」


「そう」と美園は奏空の隣に座った。


「もう美園に彼氏できちゃうなんて・・・」と奏空が抱きついてきた。


「ちょっと!どういうこと?」とキッチンから話が聞こえたらしい咲良が出てきた。仁王立ちしてる咲良の姿を美園は冷めた目で見上げた。


「どういうって、そういうこと」


「奏空!反対してよ」と咲良が言う。


「何で?」


「晴翔君と何歳離れてると思ってるのよ?犯罪レベルでしょ?」


「犯罪?」と奏空が不思議そうに咲良を見上げた。


「そう!犯罪。美園はまだ未成年のしかも高校生だよ?」


「そうだけど、犯罪じゃないでしょ?」


「奏空?あなたは何も知らないかもしれないけど、未成年って色々あるでしょ?美園がというより、晴翔君の仕事に支障くるよ」


「そうなの?」と奏空が天然ぶりを発揮している。


「見つからないようにするよ」と美園が言うと「甘いよ、美園」と咲良が言う。


「見つからないようにしてても、必ず誰かが見てるんだよ」


「ふうん・・・」とだんだん咲良の話が退屈になってきて、美園は欠伸をした。すると咲良が「美園?!晴翔君に断んなさい」と命令口調でまた言ってきたのでカチンときた。


「うるさいな、自分が見つかった経験をそのまま私にあてはめないでくれる?私は咲良とは違うし、晴翔さんも奏空じゃないんだよ」と美園は咲良を睨んだ。


「また、屁理屈だよ、それ。あなたは何にもわかってないんだから」と咲良がますます怒ってくる。


「わかってないのは咲良だよ」と美園は立ち上がった。


「美園?!」と後ろから怒鳴ってくる咲良にうんざりしながらリビングを出た。


美園は近頃ますますテンプレートなことしか言わない咲良に本気でうんざりしてきていた。

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