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砂の城  作者: はる
11/13

第11話


「本当にそっくりだよな」


「気持ち悪いぐらいね」


「狩野さんはどうすんだよ」


「一緒に殺して捨てちゃえば」



 誰かが話している声が聞こえる。


 未映子は戻りつつある意識の中でもがいていた。


 未映子が目を開けようとした瞬間、唐突に記憶が溢れ出してきた。せき止められていた記憶が一気に流れ出し、未映子の血の中を巡るような感覚がした。


 映画を観ているように、幼い頃から今までの未映子が記憶を巡った。


 母の顔を蹴り続けている自分の姿で、記憶の流れが止まった。



 やはり私は母を憎んでいたのだ。


 未映子は絶望的な気持ちで目を開けた。



 そこには自分と同じ顔をした女が立っていた。



「誰?」


「あたしはあんただよ」



 女はつっけんどんに答えた。顔はそっくりだが、性格は違うんだなと未映子は場違いな事を思った。


 女の背後には裕真が立っていた。どこにいったかと思ったらこんな所にいたんだと、未映子は理由はわからないけど変に納得した。


 狩野は部屋の隅で、頭から血を流しながら、未映子の方を見ている。手足を縛られているようだ。


 未映子を見ているのか、女を見ているのかよくわからない視線でこちらを見ていた。



「あたしはあんたの母親に生まれてすぐに殺されたんだよ」



 女は小夜香という名前だと名乗った。


 小夜香の話によると、未映子の母親は双子を生んだが、二人も育てたくないという理由で、小夜香を死産扱いにし、狩野に殺して埋めるよう命令したのだ。



「何で捨てられたのが、あたしだったかわかる?」


「どうして?」


「よく泣いたから。うるさいって」


「そんな理由で」


「あんたはよく寝る子でラッキーだったよね」



 未映子は小夜香を不憫に感じた。



「じゃああなたは私の妹」


「あたしの家族は裕真だけだ」



 小夜香は裕真を見つめた。裕真は大きく頷き返した。



「俺は小夜香の為だったら何だってやるよ」



 裕真は小夜香と同じ施設で、兄弟のように育ったのだと自慢げに語った。


 17の時、小夜香は出生の秘密を知ったと話した。あそこにいる狩野によって。


 狩野は、治子に雇われていた運転手だった。

 その当時狩野はまだ25歳だった。狩野はどうしても小夜香を殺す事が出来なかったらしい。


 狩野は小夜香を殺したという事にして、連れて逃げたのだという。施設に入れたのは、母親にバレないようにするためだった。狩野はしばらく治子の運転手を続け、30歳の時に仕事を変わり、施設にいた小夜香を引き取り育てたのだと。


 私に妹がいたなんて。双子だったからこんなにそっくりなんだと、未映子はストンと思考が落ち着く場所に落ち着いたと思った。



「母を殺したのはあなたなの?」

 


 小夜香は悪びれもせず、当たり前の事が行われたかのように微笑んだ。



「あんな女はいなくなった方がいいのよ」


「でも」


「あんただって思ってたはずだよ」


「私はそんな恐ろしい事思ってない」



 小夜香は携帯を取り出し、勝ち誇ったように未映子につきつけた。


 そこには未映子が母の顔を蹴っている姿が映っていた。鬼の顔だと未映子は絶望した。



「あんたの代わりに消してやったんだよ。お礼を言われてもいいぐらいだけど」 


「確かに私は母を憎んでた。愛情なんてヒトカケラも与えられなかったから」



 未映子は母から受けた仕打ちを一つ一つ思い出しながら、遂に自分の本心を受け入れた。


 でも殺そうなんて一度も考えたことはなかった。愛されたかった。母の笑顔を見たかっただけだった。



「だからって殺すなんて」



 小夜香は苛ついたように携帯を閉じた。



「あたしはあいつに存在を殺されたんだ」



 そうだ。私よりこの子のほうが傷が深いのだ。いや、あの母親の側で生きながら殺された私の方が。



「小夜香、そろそろ」



 未映子の気持ちなど関係ないというように裕真が小夜香に言うと、狩野の身体がビクっと動いた。



「あんたはあたしとして死んでもらう」



 未映子は今言われた言葉の意味が全くわからなかった。私が小夜香として死ぬ。心の中で何度も繰り返してみるが、理解できない。



「俺が未映子を連れて行くから」



 狩野が小夜香に向かって叫んだ。


 小夜香の表情がいびつに歪んだ。



「あの時みたいに?」


「そうだ。あの女がお前を殺せって言った時も、俺は出来なくて、お前を連れて逃げた」


「今度は未映子を助けるってわけ」



 小夜香は傷ついたように笑った。泣いているようにも見える顔で笑い続けた。



「全部あんたが持ってくんだね」

 


 小夜香は未映子の頬を殴った。痛い。この痛みは小夜香の、そして未映子の心の痛みだ。


 未映子は幼かった頃、小夜香に胸を押されて、痛みに耐えていた自分を思い出す。

  


 やはりこの痛みは、私が受けるべき痛みだったのだ。



 未映子は歯を食いしばって痛みに耐え続けた。




                   つづく

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