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1話

光がゆっくりと収束していく中、太一は足元の感覚が固い土へと変わるのを感じた。静かだったチュートリアルフィールドとは違い、遠くで人の話し声や動物の鳴き声が聞こえてくる。まぶたを開くと、そこには見たことのない風景が広がっていた。


「ここが……ウィスタ村、なのか?」


太一の足元は硬く踏み固められた土の道。その両脇には、木造の民家がいくつか並び、茅葺き屋根が陽光を受けて淡く輝いている。村人らしき人々が、籠や農具を手に行き来しており、麦藁帽子を被った老人が足元の水たまりを避けながら通り過ぎた。暖かな日差しと、ゆるやかな風。それはまさしく「本物」の世界の気配だった。


「おい、あんた、初めて見る顔だな。」


不意に声が掛かった。振り向くと、短めの茶髪に日焼けした肌、ボロ布のような服を纏った中年男性が、興味深そうにこちらを見つめている。どこか警戒するような視線はあるが、敵意は感じられない。


「俺は太一っていう、旅人みたいなもんだ。ここはウィスタ村で合ってるか?」


練習通りに異世界語を口に出してみる。3年かけて習得した言葉は、初めての実戦使用に若干の緊張を伴う。しかし、男は特に怪訝な顔をせず、すんなりと会話に応じた。


「おう、ここがウィスタ村だ。あんた、国境の方から来たのか? 武器らしいものは見当たらんが、大丈夫か?」


そう言われて、太一は腰に手を当て、思わず笑みを浮かべた。確かに外見上はどこにも武器は見えない。すべて魔導スキルで召喚するため、普段は空手状態だ。だが彼には“スティンガー”をはじめとした多彩な銃がある。それがどれほど頼もしいか、村人は知るまい。


「大丈夫さ、これでも腕には自信があるんだ。ところで、この村には宿屋はあるかな? しばらくここで拠点を作りたいんだけど。」


男は首を傾げ、小さな笑いを漏らした。「宿屋なら、あっちの大通りの端にある『グリーンリーフ亭』が有名だ。若い姉ちゃんが切り盛りしてて、食いもんもうめぇぞ。旅人なら歓迎してくれるはずさ。」


「助かる、ありがとう。」

太一は軽く手を挙げて礼を言い、指し示された方向へ歩き出す。遠くには、少し大きめの建物が見える。木製の看板が風に揺れ、花のリースが飾られた扉が暖かく訪問者を迎えているようだった。


歩く途中、様々な光景が目に入る。広場で買い物をする女性たち、鶏を追いかける子供、荷車を引く青年。服装は地味だが、皆健康的で穏やかだ。小さな祠らしき場所には花束が供えられ、村人が手を合わせている。

太一は訓練中に教わった地図を頭の中に思い浮かべる。ウィスタ村はアルゼリア王国の辺境で、魔物被害も少なく治安の良い場所だと聞いた。この村でなら、冒険者としての第一歩を踏み出しやすいだろう。


「ここが『グリーンリーフ亭』か。」


木製の扉を押すと、カラン、と小さなベルが鳴った。中は清潔で、カウンターの奥にはエプロン姿の若い女性がいる。彼女は太一に気づくと、にこりと柔らかな笑みを浮かべた。


「いらっしゃいませ、旅人さん。お泊りですか? それともお食事?」


こちらの言葉も通じるようで、太一はほっと一息つく。

「宿泊したいんだが、部屋は空いてるかな?」


「はい、個室が一つ空いてますよ。食事付きで銀貨二枚、どうでしょう?」


異世界の通貨体系も一応頭に入れてある。銀貨二枚は、この辺りならごく妥当な値段だ。

太一はポーチから金貨を出し、それに応じた釣り銭を受け取る。

「頼むよ。しばらくここで生活の足場を作りたいんだ。」


「ふふ、長逗留大歓迎ですよ。わたしはリラ、この宿の娘です。何か困ったことがあればいつでも言ってくださいね。」


リラは細い指でカウンターをトントンと叩き、空いている部屋を案内してくれる。太一は後について階段を上がり、木造りの小さな個室へと入った。

ベッドと机、洗面用の水桶、窓からは村の通りが見下ろせる。質素だが落ち着く空間だ。


「ここなら、当面は安心して過ごせそうだな。」

太一はベッドに腰かけ、深く息を吸う。あのチュートリアルフィールドでの3年間が、まるで遠い過去のようだ。

だが、この世界でまだ何もしていない。これからが本当の冒険の始まりだ。


彼はバッグから小さなメモ帳を取り出した。そこには異世界語の初歩的な会話、近場の地図、魔物対策や冒険者ギルドの情報が箇条書きされている。

「まずはギルドに登録して、地道な依頼をこなして実績を積むか。それに、魔導銃だってこっちの世界じゃ珍しいはず……気を付けないとな」


眩しい日差しが窓から差し込み、木製の床を黄金色に染める。太一は立ち上がって銃を一つ召喚した。小型の「スティンガー」が手の中に現れ、確かな質感をもって彼に応える。


「よし、ここからだ。俺の新しい世界での生き方を、思いっきり楽しんでやる。」


静かな決意を胸に、太一は窓から見える村の景色をもう一度見つめた。平和なこの村がスタートライン。

どんな強敵や謎がこの先待ち受けていようと、彼には3年で培った実力と経験がある。そして七つの銃が、いつだって彼を支えてくれるだろう。


翌日、太一は朝からウィスタ村の冒険者ギルドへと向かっていた。地図によれば、ギルドは村の中心部にある頑丈な建物だという。角張った石造りの壁に、剣と盾の紋様が刻まれた看板が掛かっている。扉を開けると、中は活気に満ちた雰囲気だった。


「ここがギルド……か。」


カウンターの前では人々が依頼書を受け取り、奥の掲示板にはクエストがずらりと並んでいる。革鎧や鎖帷子をまとった冒険者たちが、食堂スペースで朝食をつまみながら情報交換をしているようだ。


太一はカウンターへと歩み寄り、そこにいた中年の受付係に声をかけた。「すみません、冒険者登録をお願いします。」


受付の男は柔和な表情で頷く。

「はい、初めてですね。お名前と年齢、出身、何か得意分野があれば教えてください。」


「タイチ、……年齢は28歳。得意分野は遠距離戦闘だ。国境付近から流れてきた旅人で、この村から冒険者生活を始めようと思っている。」


記入用紙を受け取り、異世界文字で用意された書類に必要事項を記入する。3年の練習で読み書きもばっちりだ。


しかし、その様子を横目で見ていた数人の冒険者が、くすくすと笑い声を立てた。彼らは武骨な剣を腰に提げ、厚手の革鎧をまとっている。見るからに小悪党風の二人組だ。


「あんた、武器持ってねーのか? それで冒険者? ハッ、笑わせんなよ。」

「弱っちい旅人が増えると、ギルドも困るだろう? 坊や、武器くらいは揃えてから来いよ。」


二人組のうち一人、鼻に傷を持つ男が、からかうような口調で言う。太一が外見上は何も武器を持っていないように見えるのが原因だ。背嚢から剣も槍も飛び出していないし、弓矢も背負っていない。


受付の男が注意しようと口を開くより先に、もう一人の冒険者が太一の肩に手を置いてきた。「なあ、もし本当に強いって言うなら、ちょっと試してみないか?」


太一は面倒そうに眉をひそめる。ここで大立ち回りは避けたいが、なめられたまま登録するのも癪だ。彼は微笑を浮かべて言った。「模擬戦ならいいぜ。でも、あんまり本気出すと怪我するぞ?」


「へっ、言うじゃねえか。」

冒険者たちはニヤニヤと笑い、周りの冒険者たちも面白そうに集まってくる。ギルドの一角に設けられた模擬戦用のスペースに移動し、太一と二人組が向かい合った。


「武器を出してみな。俺たちが本物か確かめてやる。」鼻傷の男が挑発する。


太一は肩をすくめ、何も持っていない手を軽く振る。すると、淡い光が彼の掌に集まり、突然ブラックメタルのハンドガンが出現した。周囲の冒険者たちは目を見張る。


「な、なに!? 魔法で武器を召喚したのか?」


「これが俺の得意分野さ。」

太一は“スティンガー”を構えた。ただし、ここは模擬戦。相手を殺傷するわけにはいかない。彼は事前に用意しておいた“模擬弾”——魔力を低出力に抑え、痛みはあるが致命傷にはならない程度の弾丸を生成する。


鼻傷の男が剣を構え、もう一人が短い槍を突き出す。その瞬間、太一は足元を軽く踏み込み、二人の間合いに入らずに横移動しながら二発撃った。


パン!パン!

乾いた音とともに、二人は「うぐっ!?」と声を上げて倒れ込む。片方は肩に衝撃を受け、もう片方は脇腹を押さえてうずくまっている。


「う、嘘だろ……何も見えなかった……。」

「ぐぅっ、なんなんだよ、この速さ……。」


二発とも非致死性の模擬弾だが、十分な痛みがある。相手は動揺して立ち上がれない。太一は銃を指で回転させ、スッと消した。


「これでいいか?武器を持ってないわけじゃない、俺はこうして召喚するんだ。」

太一は静かに言い放ち、再び受付へ戻る。


冒険者たちは息をのんで太一を見つめていた。短時間で二人を制圧したその手際、見慣れぬ武器の扱い。どうやら只者ではないと悟ったようだ。


受付の男は少し苦笑しながら言う。「なるほど、わかりました。太一さん、あなたは正式に冒険者ギルド“ウィスタ支部”の一員です。こちらが冒険者カードになります。」


「ありがとう。トラブルは避けたかったが、まあ仕方ないな。」

太一はカードを受け取り、軽く掲げる。

周囲の冒険者たちはさっきまでの嘲笑を消し、尊敬混じりの視線を送っている。二人組は悔しそうな顔で立ち上がり、慌ててその場を去った。


「これで異世界生活、冒険者としての第一歩か。」

太一は心の中でつぶやく。模擬戦で示した実力は、このギルドで舐められないためのいい手始めになっただろう。


こうして太一は、初日のギルド登録を無事(?)に乗り越え、ウィスタ村の冒険者として新たなスタートを切ったのだ

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