チュートリアル②
「よし、今日でレベル5を突破するぞ。」
太一は宿舎のテーブルで最後のチェックを行いながら、意気込むように呟いた。
1年間の準備を経て、これまでレベル1から4までの段階的なチュートリアルダンジョンをクリアしてきた。手応えは充分だ。エルフィナの支援によって言語も習得し、魔力弾の精度も格段に向上した。狙撃、近接対応、複数同時攻撃、回避とリロードのタイミング。実戦想定の訓練はもう数え切れないほど繰り返した。
「太一さん、準備は万全でしょうか?」
エルフィナが不安そうな顔で尋ねる。レベル5ともなれば、出現するモンスターはこれまでとは桁違いの強さを誇る。ゴブリン程度ではなく、魔法を操るゴブリンメイジや、硬質な甲羅をもつビースト、果ては中ボス級の魔獣すら出現するという。
このチュートリアル空間で命を落とすことはないとはいえ、失敗すれば最初からやり直し。その分、モンスターの挙動や弱点を見極める洞察力、本番さながらの戦術眼が求められる。
「大丈夫さ、エルフィナ。いつも通り、まずは慎重に進む。」
太一は9㎜ハンドガンを手に取り、ホルスターに収め、さらにショットガンとスナイパーライフル、そしてロマン砲30㎜対モンスター用ライフル(太一が勝手につけた愛称)を次々と魔導スキルで呼び出しては消し、その感触を確認する。
弾丸はすべて魔力生成。訓練の成果で素早く正確に装填できるようになった。SP消費による銃召喚、MPによる弾生成、すべて慣れたものだ。
「じゃあ、行こうか。レベル5のダンジョンへ。」
エルフィナの合図で、二人はチュートリアルフィールドの森奥へと足を進める。そこには闇色の洞窟が口を開いていた。洞窟の入り口には、妖しげな文字が浮かんでいる。
「虚空の試練洞窟――レベル5」と刻まれた扉のような魔力障壁をくぐり抜けると、内部は薄暗く、冷たい空気が頬をかすめる。頼りになるのは持参した魔力灯だけだ。
「最初はゴブリンの上位種『ゴブリンソルジャー』が出るはずですよ。」
エルフィナが低い声で囁く。太一は9㎜ハンドガンを構え、息を殺す。
――ガサッ、ガサガサッ。
暗闇の向こうで、低いうなり声と甲高い笑い声が重なり合う。その正体が、全身に革鎧をまとい、剣や槍を手にしたゴブリンソルジャーたちだ。数は5体。低級とはいえ、既に通常ゴブリンより格上だ。
太一はハンドガンを構える。狙うは隊列の中心。先頭のゴブリンをヘッドショットで黙らせれば、残りは動揺するだろう。
「……フッ。」
息を止め、一瞬で照準を定める。バンッ!乾いた銃声が洞窟に響き、先頭のゴブリンソルジャーが頭を撃ち抜かれ崩れ落ちる。その瞬間、他の4体がこちらに殺到した。
「射線をずらすぞ!」
太一は素早く横ステップで移動しながらマシンガンに持ち替え連射。ババババババンッ!ゴブリンたちは魔力弾を受け、次々と倒れ、最後の一体が剣を振り上げた瞬間にショットガンを召喚して近接対応。
ドンッ!と低い重厚な轟音が響き、ゴブリンソルジャーは吹き飛ばされて消えていった。
「お見事です、太一さん! もうゴブリン程度は動く標的でしかありませんね。」
エルフィナは誇らしげに笑うが、太一は油断しない。レベル5はこんな序盤で終わりではない。
さらに進むと、細長い通路の先に開けた空間が見えた。そこには魔力で浮遊するクリスタルがいくつも散らばり、薄紫色の光を放っている。
「ここは……魔法使いタイプの敵が出るな。」
太一はスナイパーライフルを構えた。魔力クリスタルが多い場所は、魔法生物やメイジ系のモンスターが潜んでいることが多い。
――ゴォォッ!
突如として炎弾が飛来する。壁に当たって弾け、火花が散る。姿は見えないが、明らかに魔法攻撃だ。
「上です!」
エルフィナが指し示す天井付近、鍾乳石の陰から顔を出したのは『インプメイジ』と呼ばれる小鬼の魔法使いだ。2体、3体……いや、5体もいる!
「チッ、厄介だな……」
太一はすぐさまスナイパーライフルに魔力弾を装填。狙うは炎弾を放ってきたインプメイジだ。
バンッ!長射程と高威力を誇る魔導スナイパーライフルが、一撃でインプの頭部を撃ち抜く。
残った4体が今度は氷弾や雷撃を打ち返してくる。
「厄介だけど、パターンは読める!」
太一は石柱を盾にしながら位置をずらし、一体ずつ狙撃していく。ショットガンやハンドガンでは届かないが、スナイパーライフルなら問題ない。
着弾の瞬間、インプたちの魔力シールドが一瞬揺らめくが、次の弾で貫通させ、頭数を減らしていく。
最後のインプメイジが焦って逃げ出そうとした瞬間、太一は対戦車ライフルを召喚する。魔力消費の代わりに、どんな鎧や盾も無視できる大口径魔導ライフル。
ドォン!!
爆音が洞窟内に反響し、インプメイジは一撃で霧散した。
「はぁ、はぁ……」
息を整えながら、太一は周囲を警戒する。インプメイジたちは全滅。クリスタルが砕け、通路は先へ進めるようになった。
「素晴らしい対応でした、太一さん!」
エルフィナが笑顔で拍手する。「魔法使いタイプは高度な位置取りで厄介でしたが、射撃の腕前と銃器の選択が功を奏しましたね!」
「まあ、何度も訓練したからな。どんな敵が来ようが、対応策はある。」
太一は苦笑しながら奥へ進む。
最後のエリアは広間になっている。ここには今まで倒したゴブリンやインプとは比べものにならないほどのプレッシャーが渦巻いていた。
ゴォォッ……と低い唸り声。姿を現したのは、中型の魔獣『アーマード・ビースト』。金属質の外殻で身を包み、力任せの突進で相手を粉砕する危険なモンスターだ。
「こいつは弱点を狙うしかない……!」
太一は冷静に分析する。鉄壁の装甲があるとなれば、ライフルの貫通力を最大限に活かすか、弾種を変える必要がある。
だが、相手はただ待ってはくれない。アーマード・ビーストが一気に突進してきた!
「くっ!」
太一は回避行動を取り、地面を滑り込むようにして間合いを外す。そのままショットガンで側面を撃つが、弾が硬い装甲で弾かれる。
正面突破は難しい。ならば、背後か関節部が狙い目だ。
「エルフィナ、あいつの装甲の隙間はどこだ!?」
すかさず尋ねると、エルフィナがすぐに答える。
「背中の甲板と甲板の間に隙間があります!そこが弱点です!」
「よし!」
太一はアーマード・ビーストの攻撃を紙一重でかわし、洞窟の岩を利用して上方へ跳び上がる。空中で素早く魔力弾を30㎜対モンスター用ライフルに装填し、敵の背後をとる。
ドォン!!
凄まじい衝撃音。弾丸は装甲の隙間を突き、致命の一撃を与える。アーマード・ビーストは苦悶の咆哮を上げ、光となって消滅した。
「やった……倒したぞ!」
着地した太一は拳を握りしめ、勝利を噛みしめる。
周囲の光が柔らかく広がり、洞窟の深部に宝箱のような光り輝くオブジェが出現した。これがチュートリアルダンジョン・レベル5のクリア報酬だ。
宝箱がゆっくりと開き、中からはささやかなコインや、異世界向けのマジックツール、そして特製の弾丸強化用アイテムが浮かび上がる。
「太一さん、おめでとうございます!これでチュートリアルダンジョン・レベル5の攻略は完了です!」
エルフィナが歓声を上げる。彼女の表情には喜びと誇りが満ちていた。
「ふう……ありがとな、エルフィナ。お前がいなきゃ、こんなスムーズには行かなかった。」
太一は額の汗を拭い、報酬を手に取る。この経験は、間違いなく本番の世界で役立つはずだ。
「これでチュートリアルもほぼ卒業ですね。後は神様の最終確認を受ければ、いよいよ本物の異世界へ踏み出せます。」
エルフィナは少し寂しそうに微笑む。
「ないを言ってるんだ、まだ半分しかクリアできてないじゃないか俺はレベル10までクリアするぞ」
太一は決意を新たに、帰還の光に包まれる。