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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

キム・サランの視点

作者: さらん

 韓国のさ、ホムマって知ってる?





はい、ホムマ(홈마、ホムページマスター)は韓国のアイドル文化で非常に有名な存在です。ホムマは「ホームページマスター」の略で、特定のアイドルやアーティストのファンの中でも、特に情熱を持って活動するファン個人のことを指します。


ホムマは通常、アイドルのファンサイトやSNSアカウント(TwitterやInstagramなど)を運営していて、アイドルの写真や動画を撮影し、ファンに共有します。特にコンサートやファンミーティング、空港などでアイドルの写真を撮り、それをオンラインで公開する活動が特徴的です。彼らはプロ級のカメラ機材を持っていることが多く、アイドルの美しい瞬間を捉える技術力が高いです。


ホムマの活動は、ファン同士で共有され、アイドルの宣伝効果にもつながることから、アイドル本人や所属事務所からも感謝されることが多いですが、時に過度な追っかけやプライバシーの侵害が問題視されることもあります。




 “キム・サランの視点”



 仕事を辞めた時、周りの誰もが驚いた。安定した会社員としての生活を投げ打ってまで、なぜそんな選択をしたのかと、たくさんの人に聞かれたけれど、私は迷いなく答えた。


「ジウンのことを、もっと近くで追いたいんです。」


私にとって、あの野外フェスでジウンに出会った瞬間はまさに運命だった。彼がステージに現れた時、私はその美しさとオーラに一瞬で心を奪われた。それからの生活は、まるでジウンを中心に回っているかのように変わってしまった。彼のことを追いかけるために、私はすべてを変えた。


そのジウンと、初めて直接目を合わせる日がついにやってきた。私はその日のために何ヶ月も前から計画を立て、ファンサイン会のチケットを確実に手に入れるために500万ウォンをかけた。会場に向かう道中、心臓が高鳴り、手汗が止まらなかった。この手でジウンと握手をし、彼の声を直接聞けるなんて、夢のような瞬間が訪れようとしている。


会場に入ると、ジウンはまるで光の中に立っているようだった。彼の黒髪が美しく、顔の造形は彫刻のようで、実物は写真よりもさらに素晴らしかった。まさに「蝶」のような儚さと華やかさが彼にはあった。


サイン会の列が進むにつれ、心臓がどんどん速く鼓動を打ち始めるのがわかった。目の前に立つと、まるで時間が止まったかのような感覚に陥った。次の瞬間、彼が優しく笑顔を浮かべ、目の前の椅子に座っている私に目を向けた。



「こんにちは、サランヌナ。」



ジウンの声が、あまりにも優しく、私の耳に届いた。その瞬間、私の心臓は一気に跳ね上がり、まるで頭の中で何かが弾けたかのように感じた。


「……いつも応援ありがとうございます。」


彼が言葉を紡ぎながら、長くて細い指でサインを書き始めるのをじっと見つめた。指の動き一つひとつに、私はただ見とれるばかりだった。ペンが紙に滑る音も、彼の恥ずかしそうに口元を緩める表情も、すべてが一瞬一瞬宝物のようだった。


「……サランヌナ?」


ふと彼が顔を上げ、私をまっすぐ見つめてきた。その目は、まるで何もかも見透かしているかのように澄んでいた。


 心臓が止まった。


本当に、あの瞬間、私の体の中で何かが変わったのを感じた。息をするのが苦しくて、胸が締め付けられるような感覚があった。私はただ彼の目に吸い込まれ、何も言葉を返せなかった。


その瞬間、私は心の中でこう誓ったんだ。


(ジウン……あの日から、私の心臓はあなたのものなの。)


ジウンは何も知らない。彼がどれほど私の生活を、私のすべてを変えたかなんて。けれど、この一瞬が私にとってどれほど特別で、かけがえのないものであったかは、言葉では表せなかった。


彼が再び視線を紙に戻し、最後のサインを書き終えると、私に向けて控えめに微笑んだ。その微笑みが、どれほど私を幸福にしてくれたか、ジウンはきっと知らないだろう。


「これからも、応援してます。」


ようやく口を開けた自分の声が、震えていたことに気づいた。


ジウンはそんな私の緊張を和らげるように、優しい笑みを浮かべたまま「ありがとうございます、ヌナ」と言ってくれた。もうそれだけで十分だった。


サイン会が終わり、席を立って外に出た瞬間、私は思わずその場で立ち止まってしまった。手に持ったサインを見つめながら、心の中で強く思った。


(私はこれからも、ずっとジウンを追いかける。彼がもっと大きなステージに立ち、もっとたくさんの人に愛されるその日まで。)


その日から、私は本気でジウンに心を捧げる決心をした。そして、その気持ちは今も変わらない。彼が輝き続ける限り、私はどこまでも彼を追いかけていく。



 “キム・サランの視点2”



 ジウンと初めて目が合ったサイン会の感動は今も忘れられない。けれど、それ以上に私の人生に大きな意味を与えているのは、彼の姿をカメラに収め、それを多くの人に見てもらうことだった。私はいつも、ステージやイベント、ファンミーティングで彼の一瞬一瞬をカメラに収めている。


私のカメラが捉えたジウンの美しさは、毎回新たな奇跡のようだった。柔らかく光る彼の肌、舞台の照明を浴びて輝く目、そしてその繊細な動き。シャッターを切るたびに、まるで時間が止まったかのような感覚に陥る。


その瞬間が、私にとって何よりも大切なものだった。私はジウンの写真を撮り続ける。それは私が彼に対して抱く愛と同時に、彼の美しさを世界中に広めたいという強い願いだった。


「ほら、こんなに美しい子がいるんだよ。私がこんなにも綺麗に撮ったんだよ。」


撮った写真をSNSに投稿するたびに、いいねが増えていくのを見るのは、私にとって最高の瞬間だ。RTリツイートで一気に拡散され、数えきれないほどの賞賛の言葉が飛び交う。ファンたちが私の写真を見て、「この子、本当に美しいね」「あなたの写真が一番ジウンの良さを引き出してる」と言ってくれるたびに、私の胸は満たされていく。


ライブやファンミーティングの動画をYouTubeにアップするのも、私の大切な仕事の一つだ。ステージ上で輝くジウンを、どれだけ美しく映すか、どれだけその瞬間の空気を映像に閉じ込めるか。すべては、ジウンが最高に見えるように、そして彼をもっと広く知ってもらうために。


アイドルたちは、ホムマが撮る写真や動画を必ずチェックしていると言われている。ジウンも例外ではないはずだ。私は、彼が私の撮った写真や動画を見ていると信じている。彼の美しさを一番知っているのは私だし、それを最大限に引き出すのが私の役目。


「サランヌナ、いつもありがとうございます。」


あのサイン会でジウンが私にそう言った瞬間、確信した。彼は私の存在を知っているし、きっと私が撮った写真も見ている。そう思うだけで、心の中が温かく満たされるのを感じた。


私の人生は、冴えない日常の連続だった。普通の会社員として、淡々と毎日を過ごしていただけ。けれど、ジウンを追い始めてから、私の世界は変わった。カメラを手にして、彼の美しさを収め、ファンに見せること。それが、私にとってこの世で最も気持ちの良い瞬間だった。


ジウンへの愛、そして写真が拡散され賞賛されることで満たされる承認欲求。それが今の私を支えている。彼がもっと大きなステージで輝くその日まで、私はカメラを手に追い続けるだろう。私が捉えたジウンが、もっと多くの人の心に届くことを願って。



 “キム・サランの視点3”



 私はジウンのすべてが知りたかった。ステージで輝くジウンも、ファンミーティングで見せる彼の笑顔も、すべてをカメラに収めてきたけれど、それだけじゃ足りなかった。彼のもっと私的な部分、プライベートな瞬間を知りたくてたまらなかった。


ある日、宿舎の近くでジウンが出てくるのを見かけた時、私はその衝動に駆られた。ホムマ活動として、プライベートの写真を撮るのはタブーだってことは知っている。だけど、これはホムマとしてじゃなく、ただの私としての欲求だった。私は、彼がどんな日常を送っているのか、どんな風に過ごしているのかを知りたくなった。


その日、私はジウンのあとをつけた。彼は一人ではなく、誰かと一緒だった。黒いキャップを深く被り、誰にも気づかれないように歩いていたけれど、私の目にははっきりとジウンの姿が映っていた。誰よりも彼のことを見つめてきた私は、すぐにわかる。


彼は、ある男性と一緒にカフェに入った。私は少し距離を置いて、外からその様子を伺った。カフェの中で彼がどんな顔をしているのか、何を話しているのか、それが気になって仕方なかった。


ジウンが誰かといる姿を見ているだけで、胸の中がじんわりと熱くなってくる。まるで自分が彼の世界に近づいているような、そんな感覚。カメラを手に取り、私は一瞬迷ったけれど、次の瞬間にはシャッターを切っていた。


これはホムマ活動ではない。私は、ただ個人的な満足のために彼の写真を撮っている。ファンに見せるためではなく、私だけのために。


そんなことを自分に言い聞かせながら、私はジウンの様子を追い続けた。彼の向かいに座っていた男性が、ふとジウンに話しかけ、彼が微笑む。その笑顔が、いつもファンに見せるものとは少し違って見えた。


そして、その瞬間が訪れた。ジウンがふいに彼の方へ体を寄せ、唇を重ねた。私は、思わず息を呑んだ。目の前で起こっていることが信じられなかった。


彼が……キスをしている。


その瞬間、私の体は無意識に動いていた。カメラを構え、シャッターを押してしまった。カシャッという音が響き、二人のキスがレンズの中に収まる。


心臓が早鐘のように打ち、手が震える。私はいったい、何をしてしまったんだろう。これはホムマ活動じゃない。プライベートのジウンの姿を撮ってしまった。こんなこと、してはいけないってわかっているのに……。


だけど、私は彼のすべてが知りたかった。そして、今その一端を垣間見てしまったんだ。


カメラの液晶画面に映るジウンと男の姿を見ながら、私は複雑な感情を抱えていた。



 “キム・サランの視点4”



最初に気づいたのは、あのカフェでの出来事だった。ジウンが、男とキスをしていた瞬間。あの時、カメラに収めてしまったその一瞬が、私の心の奥底に強烈に焼き付いた。それ以来、私はジウンを追いかけるようになった。ただ、ファンとしてではなく、一人のストーカーとして。


それまで、私はホムマ活動に情熱を注いでいた。ジウンのステージでの美しい姿を撮り、ファンたちに届けること。それが私の生きがいだった。でも今は違う。私の頭の中は、彼が誰と一緒にいるのか、そしてその相手がなぜ男なのか、それだけが渦巻いていた。


マスターとしての写真をアップすることなんて、もうずっとしていない。ただ、ジウンと男の関係をもっと知りたい、確かめたいという欲望だけで私は動いていた。彼のすべてを知りたい。彼が、どうして男と一緒にいるのか、その理由を見つけ出したかった。


 そして、決定的な出来事はクラブで起こった。


ある夜、彼らがゲイクラブに入っていく姿を見かけた私は、どうしても追いかけたくなった。理性はそれを止めようとしたけれど、体が勝手に動いていた。手には数枚の50000ウォン札を握りしめ、セキュリティにそれを渡してクラブの中に入った。私は身長が高く、オーバーサイズの服を着ていたから、帽子とマスクを深く被っていれば、なんとか誤魔化せるだろうと思っていた。


クラブの中は大音量の音楽に満ち、人々は熱気に包まれて踊っていた。暗闇の中で、彼らを見つけるのは難しいかと思ったけれど、すぐに分かった。ジウンは人混みの中で輝いて見えた。彼の金髪が照明に反射し、彼がどこにいるかは一目瞭然だった。


(……嘘でしょ)


私はその場で立ち尽くした。彼らは壁際にいた。ジウンが壁に押し付けられ、男と熱いキスを交わしていた。今まで何度も写真に収めたあの男。ジウンがキスしていた相手は、彼に決まっている。そして今、その姿を目の前で見てしまった。


目の前で繰り広げられる光景に、私は思わず息を呑んだ。相手の男は笑っちゃうくらいイケメンだった。近くで見ると、男はまるで映画の中の俳優のようで、ジウンとのキスは、まるで映画のワンシーンのように美しかった。だけど、その美しさに私は冷たい何かが胸を締め付けるのを感じた。


「こんな所で……だめだよ……」


ジウンの蕩けたような目、そして聞いたことがない甘い声が耳に届く。私がいつも聞いていた、あの可愛いジウンの声とはまるで別人のようだった。彼は、こんな顔をするのか。こんな声で甘えるのか。私が知らないジウンの一面を、目の前で見ていることに、恐怖と興奮が交錯していた。


そんな綺麗な二人の姿を、私は隠れて撮り続けた。カメラを構え、シャッターを切るたびに、心臓が痛いほど鳴った。自分が何をしているのか、何度も頭の中で問いかけたけれど、体が止まらなかった。


(私は、世界で一番醜い豚だ。)


自分の中から湧き上がる嫌悪感に押しつぶされそうだった。美しい二人が目の前にいるのに、その美しさをカメラで盗む私は、醜い豚に過ぎない。それでも、シャッターを切る手が止まらない。こんなことをしてはいけないと分かっているのに、どうしてもやめられなかった。


ジウンは私にとって、手の届かない存在だ。だけど、彼のすべてを知りたい。彼の知られざる一面を、私だけが知っているということが、どうしようもなく私を満たしていた。


(ジウン……どうして、こんな男と……どうしてこんな姿を見せるの……)


カメラの画面に映るジウンの顔は、今まで見たことのないほど美しかった。そして、それが私をますます狂わせた。彼を追うことに意味を見出していたはずが、今ではその意味が完全に歪んでしまっていた。



 “ジウンの視点1”



 サイン会が終わって楽屋に戻ると、少しの安堵感と共に、どこか胸にぽっかりと穴が空いたような気持ちが残った。今日も、サランヌナの姿は見えなかった。


「Your my Butterfly」――彼女の名前を思い出すたび、心に少しの不安がよぎる。ホムマとして、僕のすべての瞬間を捉えてくれていたサランヌナ。いつも最高の写真を撮ってくれて、それをSNSにアップして、ファンの皆にも広めてくれていた。彼女が撮る写真は特別だった。どこか、僕の内側まで見透かしているような、そんな視線がそこにはあった。


でも、最近彼女の写真はまったくアップされていない。


サイン会やライブの後、彼女のSNSをチェックするのが僕の日課になっていたけれど、ここ数ヶ月、その名前を見ることはなくなっていた。そして今日も、サイン会に彼女の姿はなかった。


「もしかして……他のグループに行っちゃったのかな……?」


僕は無意識に呟いてしまう。そんなこと、あり得ないと思いたかった。あれほど熱心に僕を応援してくれていたサランヌナが、突然姿を消すなんて、考えたくなかった。でも、現実として彼女がいなくなっている。何かがあったのか、それとも彼女の気持ちが冷めてしまったのか――。


僕は、彼女の存在がどれほど自分にとって大きな支えだったのかを改めて感じていた。彼女が撮ってくれた写真を見るたびに、僕はもっと頑張ろうと思えた。ファンたちにも、僕の知らない姿を見せてくれるような、そんな彼女のカメラの目線が好きだった。


「最近、Your my Butterflyの写真、見ないね」

ファンからも何度かそんな言葉をかけられて、僕も答えに詰まってしまった。写真がアップされなくなってから、ファンの間でも彼女の行方を気にする声が増えていた。でも、僕が一番気にしていたのかもしれない。


「サランヌナ……どうしてるんだろう。」


もしかしたら、他のグループに興味を持ってしまったのかもしれない。僕じゃなく、もっと新しい、もっと人気のあるグループに行ってしまったのかもしれない。そんなことを考えると、胸が苦しくなる。


「僕が……もっと頑張らなきゃいけないのかな……」


自分を責める気持ちも少しだけ湧き上がる。もっと彼女が応援したくなるような存在でいなきゃいけなかったのかもしれない。僕が何か、期待に応えられなかったのか……。


だけど、何もわからないまま、彼女がどこにいるのか、どうして姿を消したのかがわからない。僕はただ、彼女がまた戻ってきてくれることを、心の奥で願っていた。



 “ジウンの視点2”



 朝起きると、スマホの通知が異常なほど溜まっていることに気づいた。いつもなら、こんな数の通知が来ることはない。胸騒ぎがして、慌ててスマホを手に取った。


「……何これ……」


SNSの通知に目をやると、見覚えのあるアカウント名が飛び込んできた。


 “Your my Butterfly”


僕を追いかけてくれていたホムマ、サランヌナのアカウントだ。でも、そこに表示されているのは、僕の写真じゃなかった。代わりに、クラブでの僕と彼の姿が、動画でアップされていた。鮮明すぎる映像の中で、僕は彼と激しくキスを交わしている。


「うそだろ……なんで……こんな……」


体が一瞬凍りついた。SNSの動画は、すでに数万のリツイートといいねがついている。コメント欄には、信じられないという言葉が飛び交っていた。


「ジウンが……男とキスしてる……!?」

「え、これは何? ガチ? フェイク?」

「Your my Butterflyが暴露したってことは、信憑性ありすぎでしょ……」

「これ、ジウンがこんなことしてたなんて……」


目の前が真っ白になり、何も考えられなくなった。なぜ、サランヌナがこんな動画をアップしたのか、理解できなかった。彼女は僕を応援してくれていた。僕のすべてを見守ってくれる存在だったはずだ。それが、どうして……。


「どうしよう……」


僕は動揺しながら彼に連絡を取ろうとしたが、手が震えてスマホをうまく操作できない。頭の中でリピートされるのは、あの動画の映像。自分がこんな形で世間に知られてしまうなんて、想像もしていなかった。


 “ファンの反応”


 •「ジウンがゲイだなんて……信じられない……」

 •「これはフェイクじゃない? 信じたくない!」

 •「まさかYour my Butterflyがこんな動画を……裏切りすぎる」

 •「クラブでこんなことしてたなんて、ジウン本当に大丈夫?」

 •「誰かがジウンを守らないと……」


ファンたちの中にはショックを受ける人、信じられないと否定する人、裏切りを感じる人が入り乱れ、SNSはカオス状態だった。ジウンを擁護する声もあれば、彼を批判する声も飛び交い、事態はさらに混沌としていた。



 “ジウンの視点3”



 スマホの通知音が鳴り止むことはなかった。画面に次々と表示されるメッセージや通知が、まるで自分を攻撃してくるかのように感じられた。指先が震え、画面をタップすることすらできない。通知の嵐の中に、見たくない現実が隠れているのを感じていた。体中が震えて、まともに立っていることすら難しかった。


(どうしよう……もう、終わりだ……)


宿舎から飛び出した時、ただ一つのことしか頭に浮かばなかった。ここから逃げなければならない、もう戻れない、と。自分がファンの前に立つことすら恐ろしくなった。ジウンとして、アイドルとしてのすべてが今、終わりを迎えようとしている。これまで築き上げてきたものが、一瞬で崩れ落ちた感覚。


 その瞬間、目の前に一台の車が止まった。


「ジウン……!」


その声が聞こえた瞬間、僕は無意識に彼の車へと駆け込んだ。彼の存在が、今唯一の救いだった。宿舎にも戻れない、事務所にも戻れない。誰も信じられない。でも、この人だけは信じられる。今はそれしか、僕を支えるものはなかった。


車に乗り込んだ途端、涙が一気にこみ上げてきた。自分では抑えられない感情が、波のように押し寄せてくる。顔が蒼白なのがわかる。手足の震えが止まらない。心臓が激しく鼓動しているのに、どうしても落ち着かない。


「ジウン、大丈夫だ……大丈夫だから。」


彼が運転席から振り向き、僕の肩を掴んだ。その手の温かさを感じた瞬間、少しだけ安心した気がした。でも、安心なんて一時的なものだ。今の状況が、すべてを覆い尽くしている。


「今は宿舎にも、事務所にも戻りたくない……もう、誰とも会いたくない……」


かすれた声でそう呟いた。自分の声ですら、他人のように感じる。彼の車の中、外の世界がどんどん遠くなっていく気がした。頭の中は混乱して、何も考えられない。ただ一つ、僕はもうすべてを失ったんだという絶望だけが残っていた。


彼は、僕の言葉をじっと聞いてくれていた。この人だけは何も言わず、ただ静かに僕を見つめていた。車が静かに動き出し、彼は自分の家へと僕を連れて行ってくれた。



 “彼の視点1”



 ジウンが車に飛び込んできた瞬間、その顔が蒼白な事に気づいた。手足は震えていて、今にも倒れそうだった。何があったのか、俺はわかっていた。SNSにアップされたあの動画。俺たちの姿が、あまりにも鮮明に映っていた。こんな形でジウンが世間に晒されてしまうなんて、想像もしていなかった。


お前が耐えられるはずがない。ずっとファンのために、アイドルとして完璧であろうと努力してきたジウンが、こんな形で傷つけられるなんて。


「ジウン……今は俺のところにいよう。大丈夫だ、何があっても俺はここにいる。」


俺はジウンを抱きしめ、強くそう言い聞かせた。彼の震える体が、俺の胸に触れた瞬間、俺の心の中に強い決意が生まれた。彼がどんな状況に置かれても、俺だけは彼を守る。誰が彼を責めたとしても、俺だけはジウンのそばにいる。


「これから何が起こっても、俺だけはずっと一緒にいるよ、ジウン。」


彼を抱きしめながらそう伝えると、ジウンは何も言わず、ただ震えたままだった。スマホの通知は、車の中でも鳴り止むことがなかった。すべてが混乱の中にある。それでも、俺は彼を放さない。


ジウンは、まだ自分の中で何も受け入れられずにいる。でも、今はそれでいい。俺が彼の支えになるために、こうしてそばにいる。それだけでいいんだ。ジウンが何もかも壊れてしまう前に、俺が彼を支える。それが、今俺にできる唯一のことだった。



 “サランの視点・終”



 私はずっと待っていた。この瞬間を。このスキャンダルの嵐の中で、ジウンが憔悴しきって姿を現すその時を。自分がアップした暴露動画で、彼の心を壊してしまうかもしれないという考えは、むしろ私にさらなる高揚感を与えた。だって、どんな感情であれ、彼の心の中が私で満たされているなら、それは私にとって究極の喜びだったから。


「ジウン……愛しいジウン……」


口元が自然に綻んだ。今、私が彼の人生の手綱を握っている。この感覚に、魂が震えるほどの喜びを感じた。彼を追い詰め、傷つけたのは他ならぬ私。彼の心がどれほど傷ついても、すべては私のために動いているんだ。


 そして、私は今もカメラを構えている。


あのクラブで撮影した動画は、完璧だった。だけど、それだけでは終わらない。私はもっと撮りたい。ジウンが憔悴し、打ちのめされている姿を。今、彼がどれほど苦しんでいるか、それをカメラに収めたい。だって、彼がどんなに辛くても、その苦しみの源が私であるなら、私の存在が彼にとって絶対的なものになるから。


「今夜……必ず出てくるはず……」


嵐のようなスキャンダルの中で、ジウンは宿舎に居続けられるはずがない。彼は逃げ出す。ファンの視線、世間の非難、すべてに耐えられなくなって、彼は飛び出すに違いない。私はその瞬間を撮りたい。彼の憔悴しきった表情と、ヒーロー気取りで嬉々として迎えに来るあの男の姿を。


宿舎の前で待ち続けた。そして、ついにジウンの姿が見えた。


(あぁ、ジウン……本当に出てきた……)


彼はまるでこの世の終わりのような表情をしていた。蒼白な顔、足取りはふらつき、歩くたびに崩れ落ちそうだった。その姿をカメラのレンズ越しに見た瞬間、私は胸の奥が熱くなるのを感じた。彼がどれほど弱り果て、無力になっているのか。その姿を見て、私は喜びに震えた。


(かわいそうなジウン……誰があなたをこんな風に追い詰めたの……?)


ジウンの先には一台の車が停まっていた。彼だ。やはりあの男が来た。ジウンを救うつもりなのだろう。だが、その行動すらも、私の予測通りだ。


ジウンはまるで壊れ物のように、男の手によって後部座席に乗せられた。ジウンに帽子を深く被せる男の姿には、まるで優しい恋人のような気配があった。


(優しいことだね……)


カメラはすべてを捉えていた。ジウンの壊れそうな姿も、男がジウンを包み込む様子も。私はその瞬間が大好きだった。だって、彼らの動きは私の思惑通りに進んでいたから。すべては私が手綱を握っている証拠だ。


やがて車が去り、私は静かにその場を後にした。家に帰る道中、ジウンの蒼白な顔が何度も頭に浮かんだ。



 “サランの自宅”



自宅のドアを閉めた瞬間、ジウンの写真がぎっしりと貼られた壁が目に入る。壁一面が、私がこれまで撮ってきたジウンの美しい瞬間で埋め尽くされていた。彼の笑顔、ステージでの堂々とした姿、そして、最近撮ったスキャンダルの写真――どれもが私の宝物だった。


だけど、それだけでは足りない。私は、今一番ジウンの内側に触れている気がしていた。彼が傷つき、弱り果てている今こそ、彼に対する支配欲が強くなっている。


「今、私はジウンを支配している……」


ベッドに散らばる現像した写真を見つめながら、私は思い出した。ジウンの悲嘆に暮れる表情、震える体。彼が私によって追い詰められ、弱っていくその姿に、興奮が抑えられなかった。


彼の名前を何度も心の中で呟く。愛しい、愛しいジウン。私は彼を愛している。そして今、彼は私の手の中にいる。


「ジウン……私のきれいな男の子……」


彼を思い浮かべながら、私は自慰に耽った。彼の顔が、今、苦しんでいるその姿が、頭の中で鮮明に浮かんでくる。涙を流し、彼氏に助けを求めるジウンの姿が。だけど、それすらも私が与えたもの。


(ジウン……愛してる。私があなたを苦しめることで、あなたは私のものになったんだよ……)


心の中で、何度も何度も彼の名前を呟く。彼のすべてが私に支配され、私のために存在していると確信していた。そして、その確信は、私に計り知れないほどの満足感を与えてくれた。




 “窃視とは”



「窃視」とは、他人が知らないうちにその人の私的な行動や姿をこっそりと見て楽しむことを指します。一般的には、他人のプライバシーを覗き見る行為として問題視されることが多く、刑法上もプライバシーの侵害や迷惑行為として罰せられることがあります。窃視は、一般的な行為や人間関係における信頼を損ない、他人の権利を侵害する行為とされています。

 



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