晶学バスケ PGのイク
8月初頭のこと。
曇天。
日の出前の暗い時間に家を出た、
高校女子バスケットボール選手である イク は、
自転車をカッ飛ばし、公園に向かっていた。
目的の公園には、
バスケットボール専用ゴールが設えてある。
予約不要。早い者勝ちで使用できる。
インターハイ では惜しくも予選敗退を喫した。
しかし、水晶学園バスケットボール部では唯一、
国体強化選手に選ばれていたのだ。
晶学の伝説と誉れ高い(あの先輩)以来の快挙であった。
◉イクは、
晶学が生んだ名ポイントガードといわれる。
もし・・月吉智子 と同時代に、
同じチームでプレイしていたら、
インターハイ/ベスト4/は鉄板だったろう・・
海教頭は大変残念がった◉
いまや、
大学バスケット界屈指のプレイヤーである
月吉先輩は、
不幸なことに国体にもウインターカップにも出場ならず。
私が・・
晶学史上初の栄誉を担うことになる・・
これは張りきらずにはいられない
シチュエーションでしょう。
都電の踏切り手前50メートルへさしかかる。
いっけねェ!
忘れるところだった!
お母さんに頼まれた懸賞の応募ハガキを、
幸運の黄金ポストに投函しなくっちゃ。
・・そのとき・・
遥か前方、
都電の線路上に、
白装束姿 ━
━ 四人のグループを視界にとらえた。
負のオーラを感じる。
危険を急察知するイク。
彼女の視力は2・0だ。
チャリのライトをオフ・・
・・減速させて近づいて行く。
前向きパーソンのイクに、
迂回という選択肢は 現時点では無い。
グループの四人は全員若い男性で構成されていた。
黒マスクを付けたリーダー格の男は、
線路上の一点をスプレー噴射
【X印をマーキング】して指示を出した。
グループは、
子どもを守り抜いた母親の、
轢断事故発生場所に立っている。
(線路脇には哀悼花が供えられていた)
【X】を中心点にして円囲みした。
リーダーをのぞく三名は、
もぞもぞ動いている布袋から、
順番に黒ネコを取り出してゆく。
計三匹の成猫は粘着テープで口を閉じられていた。
処置済みの短いツメを立てて
必死に抵抗するも力およばず、
なす術はなかった。
グループは、
轢断事故発生地点【X】を四点から囲み、
ピタっと静止。
目を閉じたリーダー格は、
おもむろに、
肚の底から響くような声で、
マントラを唱え始めた。
頭上高く、
雲の切れ目に、
上弦の月が朧に浮かぶ。
マントラの詠唱は、
徐々にファナティックな熱を帯びていった。
三人は、
サバイバルナイフを振り上げる。
刀身が月光に妖しく反射。
イクの心臓は限界まで収縮した。
瞳孔は開かれ。
心身は冷たく硬直化。
スパン!スパン!スパン!
切断の三音ユニゾン。
速やかに執行された断首×3。
こともなく失われた命。
あっという間に、生が死に取って代わった。
線路上に転がる(開眼した)ネコ首三つ。
処刑犯三名は最後に、
黒い胴体を逆さ向きにして、
できうる限り血を絞り出し、
ダークスポット【X地点】に振り注いだ。
イクは音をたてないように愛車を駆って、
現場から離脱。
公衆電話ボックスに飛び込んだ。
(スマホを使えば、
匿名性を担保できない)
そう考えたのだ。
母から渡されていた、
慣れないテレフォンカードを使用。
カード式電話で110番通報した。
緊急通報には料金はかからないことを、
のちに理解した。
悪趣味な儀式 ━
(いたずらにしては真剣味が強すぎる)
━ に動転し、
バスケットボールのことなどすっかり忘れてしまった。
お母さんの懸賞ハガキの投函も。
証拠動画もしくは写真を撮っておけばよかった!
なにかの役に立ったかもしれない。
後悔、先には(絶対に)立たず。
ひょっとしたら、
悪質な事件に発展する可能性だってなくはない!
快楽殺人の発端は
〔ペット虐待から〕という説もある。
あの時・・
ああしておけばよかったケースは・・
バスケの試合でも頻繁に起こる。
やっぱり、ことわざは正しい。
過去には帰れないのだから。
異様な緊張状態を引きずったまま、
わが家にたどり着いたイクは、
店のエスプレッソマシンを起動させた。
カウンター椅子に腰掛け、
ブランデーを少量垂らし、
小作りのカップで、立て続けに二杯半飲む。
凝縮された苦み、
圧倒的な濃厚さ、
加えてアルコール作用は、
気付けにもってこいだった。
彼女の震えは、どうにか、おさまった。