切っ掛け
カン!カン!カン!カン!
梅雨 真っ盛り。
雨降りの、午後二時半過ぎ。
赤い光を交互に点滅させて、
歯痛を訴えるように、
都電の警報器が鳴り響いた。
虎模様(イエロー&ブラック)の竹製遮断機が降りる。
ちょっと・・勤勉に降り過ぎだろう・・と
文句を言いたくなるような地雨の下。
幼稚園バスの帰りを待つ母親たちが傘をさして、
黄金色した郵便ポスト(荒川区名物)のそばで、
井戸端会議を開いていた。
話に熱中のあまり、一人の母親の注意が逸れ、
握っていた幼子の手を緩めた。
臍の緒を切り離されたように、
黄色い雨ガッパを着た幼子は、
間隙を縫い、トコトコ歩き出す。
踏切り棒をくぐり抜け、都電の線路上へ侵入していった。
ハッ!とする母親。
心臓にズン!氷柱が降りる。
時間が極端にデフォルメされた。
歪み、伸長した音声が、耳朶を這う。
内面の声は裏返った。
理性は砕け散り、純粋母性本能が剝き出しになる。
あわてて放り投げたオレンジ色の傘が宙を舞う。
必死の形相で追いかける母親。
尋常ではない呼吸。
意識的には再現できない絶体絶命時に現出するブレス。
火事場力が運動機能にポンプ輸送される。
追いついたせつな ━ドン!━衝撃が走った。
痛覚はない。
意識は闇に吸いこまれていった。
幼な子は線路脇で火がついたように泣き喚いている。
幸いにして、かすり傷ひとつ負わなかった。
母親の両腕にしっかりと掴まれていたからだ。
ただし・・
・・母親の両肩から先は失われていた。
線路上のあちこちに、
轢断された
赤いラインを引いた
人体パーツが転がっていた。