ありふれた善行 ─《デイリー・ミッション》─と黒い悪意─《ブラック・ジョーク》─その4
夢航世界 【Ⅻ都市】 "第2層 思想養成機関"Divers"
「ふぁあ…」
サボリン…これ私の名前。元々名前なんてなかったけど…同期がつけてくれた奴。
Diversの教室で一人作業をしている
決して日頃避けてきた仕事を片付けているわけでは無い
Divers、端的に言うとDiver Originの治安維持の為、設立された機関的な奴。
虚渦っていう概念によって色んな世界が統合された結果、生まれる…いや、自然発生するdrifter…。
そういう奴らが腹を満たす為に入隊する。
私もそうだ。みんな赤ちゃんみたいなもんだ。
依頼人に軍隊扱いされる方もあるけどいつも思う。
どちらかと言うと高校…いや小学生に近い。
授業もある。私は楽して自分の現実性を安定させたいから入隊しただけだから必要な知識以外はあまり学んでない。
「んー。」
「サボリン、どしたの?」
「いやね、世界No.22 "木人森林"の木人の…ほら。果実。あれの収穫依頼が1ヶ月位前から出てたんだけど…受注した人がさ?だーれも帰って来てないみたいなんだよね…」
「まじ?時期が時期だし絶対やばい奴いるじゃん…。てか1ヶ月って…今回も結構サボったね〜。あ、1ヶ月ってどっち?DO?現実?」
「知らね。もう誰も現実の時間なんて気にしてないしDOじゃない?…てか、先生にも言われたけどさ。私、別にサボってないから。今やってるでしょ?」
「だねー。…ん?木人森林…って"羊夢"の思想?」
「そー、…一応上に報告するか。あー私サボってない。偉すぎ」
「これネルスミも受けてたよ?」
「"エンターページ"…あんたそれ、まじ?」
「うん」
「…」
「「ネルスミ、死んだな」」
世の中、別れというものは突然やってくる
私達は皆、また目覚めの日に会える事を祈るしかない。
ありがとうネルスミ、同じ部隊になっていつもサボりを注意してくれるのはあんただけだったよ。サボった事…ないけど。
世界No.22 【木人森林】
ダァナリィは汗を垂らしながらも笑顔を保っている。何やら次の攻撃の準備をしている様だ
精神統一って奴だ!
昇もダァナリィから目を離さない。
その様子はこの切迫した状況を物語っていた!
「ネルスミから殺すって。アザミ、どうする?」
「…ネルスミはどうしたい?」
2人は全くペースを崩さない。
「え!?えと…私は…!」
ネルスミは昇を見る
彼の右手の骨折、その傷口からの出血。
この男を一人置き去りにすればどうなるだろう。
昇は一呼吸置いた後、口を開く
「てめぇら、ここから逃げろ。…コイツは俺がなんとかする。俺は一度こいつをノシてんだ。」
実際は、右手の粉砕によってかなりの血が流れているためだいぶ限界が近いがそんな素振りを見せず昇は気丈に振る舞う
髪の覆われた眉間に皺を寄せながらネルスミは考える本当は一刻も早くここから逃げ出したい
しかしネルスミは深呼吸をする
「わ、私も残ります…!」
ネルスミは意を決した様に前を向く!両手を自身を鼓舞する様に握りしめる!
「もしも私達がこの場を逃げたとしてもその後、あなたが倒れたら…。彼女の足の怪我は治ってしまうんです!そうなってしまったら森を抜ける前に私達が捕まる可能性が高いと思います。
私達は今、確実にこの人を退場させなきゃいけない…倒すなら彼女が脚に深傷を負っている今…複数人で同時に叩くしかありません…っ!」
昇はネルスミの気迫に思わず言葉を失う。
そんなネルスミにアザミは言い寄る。
「ネルスミ、無理してるでしょ。多分、動けないまま足を引っ張る。きっと殺されるよ。」
「そ、その時は遠慮なく見殺しにして下さい!」
ネルスミは涙を浮かべながらそう言う
先ほどの気迫は既に消えていた
「ねえ、アザミ?これってそんな難しい話なの?
私達、全員で袋叩きにすればよくない?」
「それ、わたしも参加するの?…まぁ、ネルスミの言う通り潰しとくべき…か」
ここまで来ると昇も止める気が無くなっていた。
彼女達の方がダァナリィやこの世界について詳しく
何より意外にも好戦的だからだ。
「…わかった。言ってる意味が分かんねえかも知れねえが、あいつは体の一部を黒く変色させる。そこに触れたらアウトだ。一発で爆発すると思ってくれ!何言ってるかわかんねえと思うけどとにかく気をつけろ」
「別に…よく分かんないけどさ」
クーニアは指を指す。
その指はダァナリィを指していた
「真っ黒くろだよ?」
ダァナリィは既に悪意を纏っており
その悪意をダァナリィは……全身に纏っていた。
「冗談だろ、出来るなら最初からそうしろよ…」
「別に一度に全身を覆えないなんて言った覚えはねぇ。これ結構疲れるんだよ。でもよ〜、こっちも遊びすぎた事を反省してんだよ。偉いだろ?」
そう言い残すとネルスミに向かって歩み出す。
「エンジン吹かすのに時間掛かったけど。宣言通り、まずはてめえからだ」
「ひぃ!?…クーニア!アザミさん!」
クーニアとアザミはネルスミから顔を背ける。
ネルスミの退路は立たれた!
「そ、そうだった!私も戦わないと…でも全身を黒く出来るだなんて…そんなの…そんなの一体どうすれば!」
「全員っ!距離を取れ!」
昇は彼女らとダァナリィの間に入るように走り出すが…そんな昇には目もくれずダァナリィは前へとよろめきながらも突き進む!
「逃がすかよ!近い奴から一気に終わらせる!!無論、殴りかかってきても止めはしねェけどなぁ!」
左脚が痛むのか…突進速度は早いとは言えないが確実に距離を詰める!
その際、ダァナリィはわざとらしく木々にぶつかり
それらは破裂し宙を舞う。
「ひぃぃ!」
ネルスミもその殺意に背筋の毛が逆立つ感覚を覚え
背を向け走り出す!
だがネルスミはここまで殺意を向けられた経験が無く恐怖の余り足元がおぼつかない。
そのせいかあっさりと躓き大袈裟に倒れ込む。
「ひえええ…」
ネルスミは堪らず泣き出す!
これは恐怖から来るものではない!
あまりの自らの情けなさに泣いてしまったのだ!
その間もみるみる距離を詰めてくるダァナリィ!
横からアザミが割って入る!
握り締められた左手には石が握られていた
その左手をダァナリィの頭部に伸ばす
「バカッ…よせッ!」
昇の静止も虚しく
アザミの左手がダァナリィに触れる!
アザミの身体は…ブッ飛ばない…
しかしどういうわけかアザミの左手はダァナリィの頭の中に消えていた。
「あわあわ…」
ネルスミは腹這いになりながら芋虫の如く
距離を取る。脚がすくみ上手く立てない。
「ネルスミ、弱っちいから隠れてな〜」
「な、なんだ?大丈夫…なのか?」
一歩、二歩と後ろに後退る昇。
どうやらダァナリィの能力が"発動"していない
「ふふふ、これがアザミの能力よ」
昇の横からクーニアが腕を組みながら現れる。
「はぁ…なんだァ?お前すり抜け…はぁ…透過系の能力か?」
ダァナリィは息を切らしているが余裕な笑みを浮かべたままアザミの方を向く、アザミはダァナリィの頭の中から何かを狙う様に手を入れ続けている。
「何人もやり合った事あるぜ?…で、その手をどうすんだ?実体化でもするか?そしたらアタシの頭が吹っ飛ぶとかか?」
ダァナリィは自身の頭部に指を当てる。
「とりあえず…大丈夫みたいだな」
「あのねぇ?当たり前でしょ?なんたってアザミよ?」
クーニアは全てを悟っている。
そう、全てを。
アザミなら確実に勝てると。
「言っておくぜ?以前お前みたいな奴が2人いた。そいつらが身体をあたしの中で実体化した時、逆にアタシの能力でブッ飛んだぜ?動かないでやるよ。解いてみろ、透過の能力をよ?」
寧ろ、ずいっとより深く腕に頭を押し込むダァナリィ。頭を指でトントンと叩き挑発する。
アザミが能力を解除した瞬間、勝負が着く!
少しの間の静寂の中、アザミは腕を下ろし後ろへ下がる
「お互い、手ぇ出せねえな…?」
ダァナリィは笑みを浮かべながらも殺害対象…いや視界からもアザミを抹消した。ダァナリィは結果には出ずとも最早、アザミは死人同様なのだ!
「んだよ、結局何も出来ねぇんじゃねえか…」
「ちょっと全然、大丈夫じゃないじゃん!」
「しょうがないでしょー。試したけど無理だったんだよー」
両手でお手上げポーズだ!
握られていた左手からは石は既に"無くなっていた"
ダァナリィは辺りを見渡す
既にネルスミの姿が見えない!どこかで芋虫になっているのだ!
ダァナリィは対象を変えて昇とクーニアの方へ走り出す
「何だったんだよ!?結局振り出しじゃねえか!…おい、こっち来るぞ!」
「はぁ……くそ、面倒だ!脚がよぉ!クソ痛えぜぇえ!」
体勢を崩しながら走ってくる。昇も流石に回避に全神経を集中させる。実際、一振り二振りを昇は避けてみせた
昇は三度目の攻撃を避ける体勢を取るがダァナリィは足を止めて方向を変えた、その方向の先にいたのはクーニア!ダァナリィの狙いはクーニアに変わる!
昇は一瞬固まる、対応が出来ないからではない。
クーニアは眼を瞑り腕を組んだまま動かないからだ!
「まずは一人目ッ!」
本来、ダァナリィが触れさえすれば
水だろうが風だろうが小難しい六法全書だろうがブッ飛ばしてきた!
だがそれは触れさえすればの話だ!
ダァナリィの身体はクーニアをすり抜けた!
────ズザァッ!!?
「ッ…!?…あぁ?」
ダァナリィは振り返る。
クーニアの首から伸びるロープ…
それを目で追うとそれはアザミの手元へと繋がっていた
「こういう事もあろうかとアザミは私にリードをつけていた、残念だけどその能力はアタシには届かない」
「保護者、同伴かよ…どいつもこいつも張り合いがねぇ…。これじゃあブッ飛ばせなあぁい!!」
ダァナリィは叫ぶ。苛立ちは募るばかりだ。
「そうかよ、なら安心しろ。こんな乳臭え真似しなくても正々堂々やってやるさ」
その首輪を外そうとするクーニア
その表情は勝利を確信していた。
「馬鹿!何してんの!クーニアは何も出来ないでしょ!」
流石のアザミもそれには焦り思いっきりリードを引っ張る!
「く、苦しぃ…!」
引っ張られたクーニアは後ろに倒れ引きづられる
ダァナリィもこれには調子が狂い始める
この雰囲気を払拭するべく普段、使わない方法を取る。
「クソッ…。そろそろ苛ついてきた…終わりにしてやる」
ダァナリィは腰に身につけた赤い宝石を取り出し
その宝石…Memeの名前を口にする…。
────【暗転】…!
ズウゥゥゥン…!
その森には一瞬で夜よりも暗い闇が広がった。
真っ暗だが人だけは輪郭の様に視認できる
「な、なにも見えねぇ…真っ暗だ。」
「ていうよりわたし達以外のもの全てが見えなくなってます」
「アザミぃ〜!?能力って一人一つって言ってたでしょ?嘘つくなよ…」
「後で教えるから、集中して。何もしない事に集中して」
───【暗転】…。
発動時、その名を聞いた全ての者は
"意思を持つ者"以外の物を目視出来なくなる。
一定の意思を持たない物以外は視認出来ない。
意思を持つ物質は輪郭のみを捉えることができる。
この影響対象は発動時、何かしら発動者の意思に影響された者である。
その影響範囲に際限は無く、発動者が解除、
又はこの能力から意識が逸れるまで続く。
この暗転の影響対象はダァナリィも例外ではない。
────ドン!
「痛た!」
「ネルスミ?どしたのー?」
「何かにぶつかりました〜…」
頭を抑え蹲るネルスミ
暗転の中、進む際に立ちあがろうとして
見えない何かに頭をぶつけたのだ。
「無駄だ…これはそう連発出来る代物じゃねェがお前らはこの暗闇で終わりだ!」
「それにこの辺りは特に【縄跳び蛇】を張り巡らせてる」
「全員、逃がしゃしねぇ…アタシが何のために大量の【縄跳び蛇】を買い取ったと思ってる。暗転の中見えない障害物…手探りで進もうとしても触れた瞬間、作動する罠。この世界じゃ障害物って概念すらぶっ飛ばせるアタシが最強ってわけだよなァ!?」
と意気揚々に説明するダァナリィをよそにクーニアが口を開く
「縄ってこれのこと?」
辺りには暗転の中【縄跳び蛇】がはっきりと"可視化"されている。まさに…
「"丸見え"じゃねえか」
「私はこの紐を避けて進んで行く内に木か何かにぶつかっただけですね」
「じゃあ、この縄に触れない様にこの縄の上を選んで進めばいいのね。見て、この方向…。奥に進むにつれて縄の量が多くなって結ばれてる木々がわかりやすくなってる。」
時に努力すればするほど間違った方向に進む事があるのだ。その現実にダァナリィは首を傾げる。
「…一晩かけて準備したのに、これ失敗だな」
小さく呟くとダァナリィは走り出す。暗闇の中を…
本来、発動者も暗転の影響を受ける諸刃の剣なのだが…しかし、ダァナリィは全身を悪意で覆っている。彼女にとって目に見えなくとも障害物など意味を成さない。寧ろ、障害物が暗転しソナーの様に遮蔽物の奥の意思を目視出来てしまう!
「おい!そっち行ってるぞ!」
「…え?」
ネルスミが顔を上げると
ダァナリィは左脚に負担がかからない様に接近してくる!
「アタシの最強戦術が看破されようが、悪意を飛ばせば関係ねぇ!」
その最中、何かが弾ける音、倒れる音と振動が響く
ネルスミにとっては死をもたらす音色だ!
「ひぃぃ!あばばばば!」
ネルスミは走る!だがその度、見えない壁に衝突し尻餅をつく!これでは逃げる事は不可能だ!
「おい、アザミ!お前、ネルスミをすり抜けさせろ!」
「無理っ!こっちで精一杯!」
アザミはネルスミの方へ走り出そうとするクーニアのロープを引っ張る!
「殺せないなら最初からみんなでくっつくべきだった…悪いけどギブ!」
「…くそっ!」
昇は走り出す!しかし森の中での暗闇…。
縄に気をつけながら見えない壁を手探りで確かめていくもこれではどう足掻いても間に合うわけがない
いや間に合った所で"一方的な悪意"に対処法など何もない!
「お前らをよぉ!ぶっ飛ばしたらよぉ!アタシはお昼ご飯のお時間だぜぇ!」
長時間の戦闘で流石のダァナリィもお腹が空いていた!
───ネルスミは暗闇の中でも全身に悪意を纏う
ダァナリィの姿をしっかりと見えていた。【暗転】の影響だ
見えている事で逆に恐怖を覚えるが手を伸ばせば届く距離まで詰められるとネルスミは不思議な事に時間の感覚がゆっくりと流れていくのを感じた。
(あ、これ死ぬ奴だ…)
(昇さん…必死に助けようとしてくれてる。アザミさんとクーニアは…なんか引っ張りあってるけどなんか可愛い…)
そんな中、ネルスミの頭の中では一つの疑問が浮かんでいた
───私、なんで逃げなかったんだろう。
きっと"彼女の善行"を捨てたくないからだ
じゃあなんで…捨てたくなかったんだろう…。
…そんなの決まってるよね?