ありふれた善行 ─《デイリー・ミッション》─と黒い悪意─《ブラック・ジョーク》─その3
暑い森の中…そこには依然、笑顔を崩さない女性と片足をつき右手を抑える昇の姿があった。
昇の拳はダァナリィと言う女の顎にたしかに炸裂した。だが…
「いっでええぇッ!?…ぐっ…!」
ダメージを受けていたのは昇の方だった。
右手はひしゃげ中指から小指の基節骨、中手骨…
手根骨の大部分までが粉砕された。
一方、ダァナリィには傷一つ付いておらず
それどころか殴られた際、その素振りすら見せていなかった
「どしたァ?ほら立てよまだやれんだろ?
もう片方の腕はまだ使えるもんなぁ!?」
「ぐっ…!」
昇は地面を蹴って転がる様に距離を取る。
そして木の影へと隠れた
木の裏に周り冷静に現状を確認する
右手の激痛に耐えながらも確認する
(なんだこれ、殴った瞬間…違和感を感じた…!拳の勢いが俺に返ってきたとかではねぇ…ふ…触れきれなかった様に感じた。それに見えた…。一瞬…一瞬だけ奴の肌の色が変わったんだッ…違和感の原因はアレ…か!?)
「教えてやるよ。【黒い悪意】…。
アタシはアタシの体を黒色に変色させる事ができる
顔出して見てみろよ。この黒化…
ンゥ〜〜…肌や服が鉄みてえに光を反射してよぉ
これさぁ、歯磨きする時に鏡いらねえんだぜ?
凄くねえか?…あ、能力はこれに触れたものを
ブッ飛ばした後の状態にする…それだけの能力だけど。この意味わかるかー?…今からこれでお前をブッ殺すって意味だけど」
ダァナリィは手の甲に反射する自分を見て髪を整えた後
これから再開する狩りの為の準備運動を行う。
背伸びや跳躍し体を温めているのだ。
(Meme?なんだよ、訳わかんねえことを…
ここは魔法の世界か何かか?やべえな…
何も考えずに突っ込んじまった…
…ただ痛みでよ〜、暑さでぼーっとした意識は冴えてきたぞ。こりゃ、相手にするべきじゃねえ…
もしも致命傷を喰らってさっきのにいちゃんみたいにゼリーにされるとやばい…それだけはわかるッ!)
「うおおおおッ!…ッらァ!」
ダァナリィの飛び蹴りが木を貫通し昇の頭上に刺さる。
一瞬息を呑んだ。昇は頭上を見上げると黒い脚に反射して生まれて2度目のアホ面が映った!!こんな危機的状況でもダァナリィの足に反射した自分の顔はアホ面だった!
「死んだか?死んだなら返事してくれ。」
───バキィッ!!!
貫通した木は更に弾ける様に"砕けた"
───昇は走った!ダァナリィに背を向けで全速力で!
ダァナリィも後を追う!
「生きてんじゃん!感覚伝わんないからわかんないのよ〜不便不便!」
要は全身トラップみてぇなもんか?
だがよぉ、それ以外は普通の人間なんだろ?
あいつ、長い事走り回ってたんだ。だいぶ疲れが溜まってんじゃねえか?
こんなわけもわからず殺されるつもりもねえが…だがどうする…他にも森に人がいるかも知れねぇわけだ。人助けがしたい訳じゃねぇが…
このままこいつを野放しにするのも癪だよなぁ!?
昇は茂みに入っていく、ダァナリィが捉えていた昇の姿は茂みの向こうに消えた。
「ハッ…!なんだよ、事の重大さにもうおせえ!追いかけっこだ!捕まったら"負け"な!…って痛っでぇ!」
───何かがダァナリィに向かって飛んできて左脚の膝に命中したのだ!それは…。
(石ッ?!ぐっ…!茂みの中から石を投げつけて来やがった!油断した…あの野郎…ッ)
(多分だが、わかってきたぞ。このタコ女のこと…だが慎重に考えねえと…さっきはたまたま砕かれた箇所が拳で済んだが…奴は恐らく致命傷になる箇所を触れてくる。もしも次に攻撃を喰らったら…アウトだ!だが奴の力の仕組みを…弱点を見つけてぶっ叩く…!)
───ゴッパキィ!…パァン!バコッ!!
「何度も喰らうかよッ!」
しかしどうなってんだこりゃ…
アイツの体…ゲームのバグみてえに衝撃すら伝わりすらねえ…右手で全部弾いて…こいつ本当に人間か?
(はぁ…はぁ…くそ、無知な馬鹿と思えばみみっちぃ真似するじゃねえか…うぜえ…絶対大した価値ねぇだろこいつの遺骨ッ!…ん?)
いくつかの木々には"赤色の印"ついている。
それを見たダァナリィは勝利を確信し茂みの中に足を進める!
(ハッ…だが、そう言う狡い手はアタシも得意分野よっ)
互いに見失わないよう音で居場所を判断する!
しかし、折れた拳…蒸し暑さで息は切れ始める
いつもより明らかにスタミナの消耗が激しい…
「はぁ…はぁ…だんだん雲行きが怪しくなって…来たなぁ!?オイ!…こうなったら最後まで付き合うぜ?」
とは言うもののダァナリィも先ほどの石により
左足の膝小僧の皿にヒビが入っていた。
「テメェも…息が上がってんじゃねえか?」
(右手…右手…全て右手での防御と攻撃…。こいつ一度に一箇所しか黒く出来ねえんじゃねえか??
だが…なんだ?こいつ、俺以外にも周りをやたら確認しやがっ───!?)
───昇は茂みの中で転倒する!何かが足に引っ掛かり転倒したのだ!茂みの中にの何か…それはロープ!そしてロープが結ばれている木には何やら赤い印が付いていた!
(こいつ!仕掛けてやがった!恐らくこの森の至る所にッ!逃走者に対するトラップをッ!!
…つか喰らっといてなんだがこんなの馬鹿しか引っかからねぇだろっ!)
昇は少し羞恥心を覚えながら立ちあがろうとするが…
(…なんだ…?)
自分の脚にロープが巻き付かれていた。
これは自然なものではない!何者かが巻きつけたのだ!昇が解こうとしても締め付ける力がやけに強い。これでは逃げられない!
「こりゃ、ロープじゃねえ……」
そのロープと思われる物体は何やら独りでに動き出した。木に巻きついていた部分が解けにょろにょろと頭の部分がこちらに向かって来るのだ…
「そいつは…ロープじゃねぇ、打開の裏勢力が繁殖に成功した人工的なOrigin…つまり人工原点だ。【縄跳び蛇】…その内の1匹。そいつらは訓練してるからなぁ…?捕まりゃ最後、首に巻つかれて吊られるぜ?」
ダァナリィは遠くから近付きながら語りかけてくる
縄跳び蛇は先端に輪をつくるように周り自分の身体に噛み付くと蛇口になった!
(なんだそりゃ…)
昇は蛇に睨まれたかの様に動けない…昇には分かる。下手に動けば奴の本能を刺激してしまうと。だがそれに気づいたのは既に行動を起こしてからだった。
縄張りを荒らされた縄跳び蛇はお怒りだ!
立ち上がろうとした男を見て更にボルテージが上がる!蛇は体を振り蛇口が大きく回る!カウボーイだぜ!
この蛇が狩りに慣れているのを悟るのも遅かった
元々固定されていた木から解かれる時敢えて"一周分"残していた!これではロープをこちらから引っ張ろうとしても無駄だ!
蛇が威嚇する様な音と縄跳びの時の風の音が混じる!攻撃の合図だ?自ら発する音の感触で攻撃の正確性を上げや縄蛇の闘争心を高めている!
縄蛇の尻尾が巻きついていた昇の足を引っ張る!
昇も踏ん張り体勢を崩さないようにするがそれが限界だ!次の瞬間、その縄蛇は飛んできた!正確に!
昇の首目掛けて飛んできた!
────ッ!!
…蛇口は昇の首に輪を通した所で動きが止まった。
それどころかまるで巻き戻るかの様に蛇口が昇から離れ木に巻きついていく
(…なんだ?蛇が攻撃をやめて後退してる?…いや動きがおかしいぞ?…巻き戻ってるのか?)
昇の足を捉えていた尻尾も次第に力を弱め自ら元の別の木に縛り掛かり元の巣へと戻っていく。
そして直ぐにダァナリィが茂みから顔を出すが彼女も昇がまだ生きている事で不思議そうに蛇を見る。
「あぁ?なんだこいつ…。……?お前、何かしたか?」
この事態はダァナリィにとっても予想外の出来事だ。
ダァナリィは少し考えたが流れ出る汗を感じ
それに苛立ち縄蛇を踏みブッ飛ばすと
「…訓練不足か。…まあいいや!」
と言いダァナリィは走り出す!彼女は難しい事を考えるのは好きじゃない!
(…くそ、来る!!一度でも触れてみろ、恐らく一発でお陀仏っ!)
───昇は立ち上がる。考える暇はない。
しかしダァナリィはすでに拳を構えラッシュの体勢に入っていた
「オラアァァ!!」
───ダァナリィは拳を繰り出した。
何度も何度も!対象をブッ飛ばすまで!
…だがそれは全て空を切る。
昇はその全てを正面から躱しているのだ
(…こいつの【黒い悪意】とか言う能力。恐らく、一度に全身を覆う事は出来ない。発動条件は"笑顔"か?そして黒化は一度、静止した状態でしか発動出来ず黒化するのはほんの一瞬だが黒化を解くのに1〜2秒は掛かる!)
奴が右手を黒化させてる今、奴の攻撃は全て右腕から繰り出される。それが分かれば攻撃を避けるのは難しくねえ!そんでもって…
───ふと昇の身体が蹌踉めいた。
ダァナリィはそれを見逃さなかった。
更に距離を詰める為、力強く!深く!"踏み込んで"右ストレートをぶっ放した!
その拳は昇の顔面を捉えていた!だが蹌踉めき倒れそうな体を昇は大きく内側に捻り回転させた!
ダァナリィの拳は昇の髪こそ掠めたが
繰り出された右腕が昇に触れる事はなかった。
身体を捻った昇はその勢いを利用し
ダァナリィの顔面目掛けて裏拳を振るう!
───昇の裏拳はダァナリィに見事直撃し
ダァナリィはあまりの衝撃に口から涎が流れ出る!
「お、おごぉぉ…!」
初めて昇の一撃が通る。ダァナリィは一瞬意識が飛ぶ?ダァナリィの身体は一回転しうつ伏せの状態で倒れ込む!
「はぁ…はぁ…右手が黒化してる内は顔面は黒化できねぇんだろ?一度に全身を黒く出来ねえわけだ」
(黒化した右手で攻撃を行う時、他を黒化して防御を同時に行えない、化け物みてぇで妙な奴だが動きは寧ろ、突っ込むだけのタコだ。だったら奴の大振りを誘ってそれに合わせて確実に思い一撃を叩き込めばいい)
ダァナリィは顎を抑え唸っている。
だが、昇は追撃の手を止めていた。
当然ながら、昇はそういう思想の持ち主ではない。
女だろうが子供だろうがタコは殴る!タコ殴りだ!
追撃をしないのは単純にダァナリィのMemeのその仕組み…規則性を警戒していたからだ。
ダァナリィの右手の悪意が既に"解かれていた"からだ。
昇の左手は既に折れている。ここで更に"右手の拳での"攻撃が瞬時に現れる黒化によって防御されてしまった場合の可能性を考えると迂闊に攻撃出来ない。
一見、【黒い悪意】は破壊力に目が行きがちだが寧ろ、恐ろしいのはその能力を防御に回された時なのだ。
昇はそう判断しダァナリィに背を向け走り出す
今度はダァナリィに目を向けず全力で走る!
本当の意味で戦闘から離脱しようとしている!
「おいてめぇ!ここまで来て逃げんじゃねえ!…って痛ったぁい!?」
ダァナリィは左膝にも激痛が走る!今まではアドレナリンなどが作用しそれ程痛みを感じていなかったが先ほどの投石により骨が割れていた!そんな中、深く踏み込んだ際に更に悪化!いい子だから風邪を引いた際は必ず安静にしていたダァナリィは無茶をした!左膝の痛みは鋭く、思わずバランスを崩しその勢いのまま倒れ込む!
左脚を押さえてながら顔を上げると昇は既に消えていた。彼はダァナリィの膝の怪我の具合からこれ以上ヘイトを買い続ける事よりも森から出る事を最優先にした。
「…はぁ…はぁ!……!あの野郎ぉ……。」
DOのことを何も知らないカモをブッ飛ばそうするも逆に自らの足の骨を砕かれ顎にキツイ反撃を喰らい地面に倒れ込み泥だらけの姿。…仕舞いにはその獲物を取り逃し1人で吠えている自分に酷い敗北感を覚えた彼女の胸の中には久しく忘れていた怒りの感情がふつふつと煮えたぎっていた。
─────ザザッ!
茂みが深い場所を走り抜け、昇は開けた場所に出た!
額の血は止まりはしたもののこれ以上の戦闘は
危険だと自身でもわかっていた。
視界がふらつく中、ふと右側に目がいく。
「見てアザミー!、ネルスミの前髪あげると結構可愛い」
「本当だ、かわいいじゃん」
「や、やめてください!」
そこにはクーニアが後ろからネルスミに抱きつき
彼女の前髪を掴み
アザミが悪い顔をしながらその顔を確認していた。
(まじかよ…?ここに来て人…。3人…しかも全員、女の子じゃねえか)
今この森に起きている事態に似合わない
雰囲気がそこにはあった
その光景に、昇の足は止まる。
昇は長時間の追いかけっこで息切れ…肩で息をしていた
同時に、昇の脳裏に最悪の想像が駆け巡る!
そんな昇の存在にクーニアとネルスミが気づく。
「…なになに?誰ー?」
「頭から血が…大丈夫ですか!」
「おい、お前ら…」
猛暑、汗と血、昇の思考力は著しく低下していた
それでも何とか、一刻も早くこの場から離れることを
彼女達に伝えようとしていた
しかし昇の声を遮る様に叫び声が聞こえてきた
「この野郎…!逃さねえぞォ!」
ダァナリィもやはり追ってきていた。
右手を振り回し邪魔な木々や茂みをぶっ飛ばす
黒化に触れた茂みは弾け木々の一部が破裂する!
「こっちはDiver Originが発案されたから一度も退場した事ねぇんだ…!40年だ…!つまりは体感160年だ!…てめえみてえな凡人に煮湯を飲まされるなんてなぁ…アタシの誇りが許さねぇんだよ!!」
もはや怒りに任せてながら茂みや木々に右手を叩きつけていた
左脚の痛みが増しているのか少し涙も浮かべていた。
「え、なに?喧嘩?」
「あ、ああ!この人です!危険思想の新人狩りです!」
その言葉を聞いたクーニアは目を凝らす。そこには息を切らす190cmの不良と涙を流しながら怒りを露わにする女性の姿…!
「新人…狩り…そういうことか…確かに女性泣かせるなんてなんて危険な思想だ…」
「…絶対わかって無いですよね!?新人狩りはそっちじゃなくて女性の方ですよ!」
あわあわと指摘しながら
前髪を掴む彼女の肩を掴み揺らすネルスミ
そんな騒がしい彼女らに苛立ち、
身体を傾け視界に入れるダァナリィは
先程取り逃したネルスミに気づいた。
「はぁはぁ…失礼だな〜?アタシは正々堂々、強かろうが多かろうがブっ飛ばすけど〜?」
ダァナリィは一度視線を昇に戻し
その視線は再びネルスミを捉えるダァナリィ
「はぁ…はぁ……。…よーし、お前らもだ。まとめて殺してやる…誰から死にてえ…?」
ダァナリィは一度熱くなった自分を制し冷静になる。昇の性格を基に彼の心に最も敗北を植え付ける方法を思いつく
「…よし、決めた。」
ダァナリィは息を切らしながらネルスミを指差す
「ネルスミ、ご指名だよ。」
クーニアは掴んでいたネルスミの前髪から手を離す。
アザミも後ろを少し振り向き
視界の端でダァナリィの顔を見ると少し右に避ける。
結果、両者の間の障害物が消え
ダァナリィとネルスミの目が合う。
ダァナリィは両腕は黒変化させ清々しい笑顔をみせる。
「お前からぶっ飛ばす」
「ひぃぃ!ごめんなさいぃ!」
(最ッ悪だ…。)
昇の予感は的中し、
それは更なる最悪の結末を頭に過ぎらせた。




