ありふれた善行 ─《デイリー・ミッション》─と黒い悪意─《ブラック・ジョーク》─その2
「行くのか?ネル。」
「うん、私の夢もね…。なんちゃんと一緒だから」
「また、みんなと笑い合える糸冬荘を…」
「ううん、みんなと笑い合える場所ならどこだってよかったの」
「私はただ…ありふれた日常の中で、またみんなと笑いたいんだ」
────…ぇ…!……ねぇ…!
「…ねえ!」
「うわぁ!?」
え!?なに?誰!?私抱きつかれてる!?
…ってあれ?
「クーニア…さん?どうしてここに…って重ッ!」
さっき二人組の…クーニアと言われている女の子。
その子が後ろから私の背中に寄りかかり体重をかけてくる
重さ自体は大したことはないし怪我も既に治っているんだけど精神的疲労が溜まっている為かより重く感じてしまう。
「わがまま言ってついて来た!あとほんとの名前は!アザミがクーニアって呼んでるだけー」
彼女の首にはロープで繋がれており
その先を辿るとアザミが木の裏から顔を出した。
「わがままを許したのはついでだけどね。…君、名前は?」
「ね、ネルスミです…」
「わたし、アザミ。"Diver"。3ヶ月以上DOに入場してなかったから原点が勝手にあちこち行ってたんだろうね。入場したらこの森にいた」
さ、3ヶ月!?…そんな長い間…原点のみで…???
DiverがDOから退場した場合、元いた身体はある一定の思想のみで動き出す…。【原点状態】に入る…。
通常、"Diver"原点状態の情報処理能力は弱く【プラヌラ】…よくても【ポリプ】レベルの人間と同等のはず…!その状態でこの世界の身体が何らかの影響で消失すれば"帰属する世界"の肉体の"現実性"にも反動が現れる。
反動はかなりのもので慢性的な眠気に襲われ精神がDiver Originに引っ張られる。
最後は必ず"帰属する世界"の肉体が消失する。
そして"Drifter"になる。
そんな長い期間…この世界の身体を放置できるなんて…。
「アザミはね、方向音痴だから全ッ然この森から出られないの!」
「いーや、あのまま真っ直ぐ進めばきっと出られた。クーニアがこの子の事を気にしてるみたいから仕方なぁ〜く森をリード付きで散歩してるだけ。」
「違うね。ずーっと森を歩かされるの嫌だから、アタシがネルスミに街へ案内させようって提案した」
「た、確かに…私は帰り道くらいなら案内出来ますけど…」
「ねーネルスミぃ〜…この森から出るの手伝ってよ〜!
ここだけの話、アタシめっちゃ困ってる…!」
「えと…私は…その…」
「ねえ。」
「あ、はいぃ!ごめんなさい!何ですか!?」
アザミは真っ直ぐネルスミを見て話しかけてくる
「ネルスミってつまりは他人を助けに行くってことだよね?何か見返りでもあるの?」
「え…」
「なんか気が弱そうだし。本当はこのまま森を出たいんじゃない?それにもうその人達も全滅してるでしょ。」
「わ、私は…ただ…」
「善意なのかな。DOじゃそういう…"するべき事でしかない事"はしない方がいいよ」
「脱落してもいつか遠い未来でまた目が醒めるんじゃない?その時は別人だろうけど。それに運が良ければ幽霊で生き永らえるかも…」
「どっちにしたって生きてる私らがそんな事をいちいち考えてたらお腹が空いちゃうよ。」
アザミはゆっくり歩み寄る
その間もネルスミの目を見て話しかけてくる。
ネルスミも目を合わせようとするも視線は下に降りてしまう。
「DOでは、したい事をしたい時にしたいだけすればいい。わたし達はただこの後、何を食べるかとか何を楽しむかだけを考えた方がいい。これは世界がこうなる前からずっと変わらないこと。そうでしょ?」
私は何も言えなかった
その通りだ、私は別に本当にあの人達を助けたかったわけじゃない。ただそうするべきだって思っただけ。…それだけ。
「そう…ですね」
─────
…そうするべきと思っただけ。
新人狩りが現れた時だってそうだ。
私は今日が初めてのDiveじゃないから既に何時間も前からDiveしていた。この森に来たのもこの森にだけ出現する珍しい味の果物を集める依頼を受けていたから。私以外にも依頼で森に来ているDiverは何人かいたみたいだった。
そんな中、12時を回り初めてこの世界にDiveしてくる人達が現れた。空は明るいのにその奥に星が輝いて見えて海みたいに見えた。その中でクラゲの様な流星が空一面を覆っていた。
私がその輝きに見惚れていた最中…
近くの人が一人弾けた。血が飛び散り白いゼリーになった。
「よぉし…!」奥から褐色の女性が現れた。
私は咄嗟に逃げ出した。私だけじゃない
白いゼリーを見てそれがなにを意味するのか知るものは全員走り出した。
不意に悲鳴が聞こえ足が止まる。
振り向くとこの世界に目覚めて間もない者達が一人一人弾けていた。こんな恐ろしい能力は初めて見た。人があっさりゼリーになって行く。
そう思い足を再び動かそうとした所で
二人のDiverがその褐色の女性に突っ込んで行った。その中の一人が身体の筋肉を膨張させ4m以上の獣に変身した。だけど次の瞬間、その人も弾けてしまった。
つま先に力が入る。それは無意識に逃げ出そうとしたのかそれともそれを踏みとどまる為のものなのか今でも分からない。
ただ怖くて声も出せず、かと言って逃げ出そうともせず人が襲われるのをただ見ている事しか出来なかった。
身体が震えてそれ以外はよく覚えていない。
次意識がしっかりした時には凄まじい戦闘だったのか経験者のDiverが何人もやられていて目の前の木々が弾け、その内の一つがこちらに向かって倒れてきていた。
ギリギリの所で大木を躱すことが出来たけどそのまま崖から落ちてしまった。
そして結果、崖を転がる私は生き延びた。
あの時、何で逃げなかった。
そうするべきだと…思ったから。
でも…なんでそう…思ったの?
────トンッ!
「痛っ!」
(チョップ…頭に思いっきり…)
「あなたの能力とあなたのいう危険思想の見た目の特徴と能力について知ってる事、教えて。」
(こ、こわぁ…めっちゃ見てくるし
見た目は大人しそうな人なのに…結構怖い人かも)
「……はい。…わ、私の能力は私以外の困ってる人の…"問題"を解決する為に私に出来ること…解決のため私が取るべき最善手が頭の中でわかる…んです。」
「すご!?無敵じゃん!」
「いや弱い。クーニアはそれくらい能力が無くても勘でどうにかしてる。それにネルスミにできない事はできないんでしょ?」
「え!?あたしって凄くない!?」
「…うん、クーニアは馬鹿だからね」
(ず、ズバズバ言う人だな…)
「…ネルスミ。今、アタシの事馬鹿だと思っただろ?なあ?顔に書いてるぞ?」
「いや!そ、それだけじゃないです!実際、私の能力もよく馬鹿にされるので…だから…ちょっと」
「本当ぉ〜かぁ〜?」
───はネルスミに正面から
背中を押しつけ寄りかかる
上を向くことで俯きがちなネルスミの顔を見て
ネルスミの言葉の真意を確かめているのだ
ネルスミは両手でなんとかを支え、
必死に弁明する。
「ほ、ほんとですよ!私の能力…ッ!弱いんで…重ッ!」
「敵の能力は…っ!明確な開示はされてないんですけど『なんでもブッ飛ばしちゃうよ〜!!』…って叫んでました。多分っ!何でもブッ飛ばせるんだと思います…っ!」
「すご!?無敵じゃん!」
「いや、私もそれくらい能力でどうにかしてる」
「すご!?じゃあ余裕じゃん!そいつブッ飛ばそう!
理由は腹が減ったから!」
「じゃあこの話は終わり。クーニア、とっとと終わらせて街に着いたらご飯食べよう」
「はーい。…ネルスミ?そいつぶっ飛ばして街に着いたらなんか奢って!あたし金無いから」
「…あー腕引っ張られる〜」
「クーニア、DOで必要なのはGummyだよ」
「ネルスミ、グミだってさ」
「……Gummyあんまりないんだけどなぁ。…そういえばそのロープって…どこから持ってきたんですか?」
「「……拾った。」」
─────…。
昇はそのダァナリィにゆっくりと歩み寄ると
しゃがみ込み足元のドロドロのゼリー状の残骸を手で掬い掴む。そこに死体はなく白く不透明なゼリーが飛び散っている。他にはなにやら消しゴムの様な物体が蠢いているという異様な光景。
「何だこれ?…暑いよなぁ今日…。死体がゼリーになっちまうくらいの暑さなのか?…人を殺してどうしてそんな晴れやかな面出来んだ?暑さで頭でもやられたのか?」
「あー?…お前馬鹿か?いや無知なのか?
…この世界についてなんーの情報も無しに潜ってきたか?誰かに唆されて利用されてる口か?」
「てめぇ、人を……殺したんだよな?」
「ああ、殺したな…何つったらいいかなぁ。
あたしは優しいからなー退場したらどうせ忘れちまうんだけど教えてやろう。目当てはこの"遺骨"」
ダァナリィが見せたのは腰に身につけている
蛇の装飾のついた赤い宝石を見せる。
「遺骨はどこにでもある…そうだなー。
アタシらが各々持っている原点…
その能力の成れの果てって奴だ。
花に毎日水をやるだろ?一生懸命育ててれば育てるほどその花をちぎったりするとそれが遺骨になるんだ
まあ?花自体が能力になる事もあるんだが…」
「花ぁ?俺ぁ花を育てる趣味なんてねえ」
「……そうかよ。まぁ、みんなこれを集めてんだよ。アタシの場合、"人をブッ飛ばして"それを集めてる…それだけだ。ほれ今日は30分ちょいでこんなにも!すげぇだろ!走り回って1〜20個は手に入れたかなー?」
女性は懐から幾つもの小さなガラクタの様なものを落とす
地面にはガラスの玉や赤色のネジ…可愛らしい女性の下着などが転がっている。
「…ありゃ?これは違う!あたしのだ…。
……しっかしどれもしょーもねえなこれ。
何一つ魅力を感じねぇや。…たく、こんな事しなくてもアタシは別に正面から行けばいいと思うんだが。」
ダァナリィは改めて見る今日の成果に落胆している
「…言ってる意味がわかんねえなわかってんのか?人を殺したんだぞ」
「あ〜〜?ハッ!熱くなんなって。脱落しただけだろ?てめえが世界にどんな認識待ってるかしらねえーけど。死生観なんてとっくに根本から変わってんだよ。殆どの人間がどこで野垂れ死のうがど〜〜でもいいって世の中っ?」
「こいつのMemeも変な消しゴムが体当たりしてくるだけ…笑えたぜ。こんなMemeじゃどの道ぃ…見込みねえんだわ。…頑張るほど見せつけられる現実に苦しむ前にブッ飛んで良かったな。」
その女は足元の液体をガラクタごと踏みつける。
そして彼女は一息つくと大声で口を開く!
「良いことを教えてやる、この世界じゃ意思の価値が善悪より優先される!
それはアタシがブッ飛ばさなくても変わんねえ!
そう決まってんのさ!…そのことをよぉ〜〜?お前が"次に目を覚ます"時にこの事をを忘れてないことを祈るぜぇ〜〜!!?」
ダァナリィはそう叫ぶと不敵な笑みを浮かべる
露出の高い見た目に武器を隠している様子はない
寧ろ、完全に無防備だ!
だが何かをするつもりだ!昇は直感でそう感じた。
昇な前屈みの姿勢で踏み込み拳を握りしめる!
「あたしはよぉ〜!誰かを殺してる瞬間がよぉぉ〜?いっっちばん!生きてる実感が湧くんだよなァッ!」
「…冗談でもよ〜〜笑えねぇんだよッッ!!!」
相手が女だろうと目の前のタコは叩きのめす!
昇の頭の中にあるのはそれだけだ!
昇は握りしめた拳を女の顎めがけて振り上げる!
…だがダァナリィは笑顔を崩さない
「ああッ!そのつもりで生きてるからなッ!!!
【黒い悪意】ッ!!!」
その笑顔を悪意が覆う───。