Diver Origin その2
海の中…苦しくないけど肌寒い。
冷たくないけど心細い。
溺死が1番苦しいって言うけど
あたしは全く苦しくない。…ただちょっと、心細い。
落ちるぅ〜、下に落ちるぅ〜!
水面がどんどん遠くなるよぉ〜!
てかあたし裸じゃん。よかったぁ、誰もいなくて。
よく見ると周りにはガラクタが浮かんでる
…!これってあたしがガラクタだって言いてえのか?
くそっ!ふざけんな!ここから出なきゃ!
…だめだ…どんなに頑張っても水面が遠くなるだけ…
あたし、このまま底まで落ちるのかな…。
ここどこ…あたしなにして…あ、屁が出た…。
「ガラクタ…いつもより綺麗だなぁ…
海の中だとこんな綺麗なんだ…知らなかった。
あたしも綺麗だから知らなくてもよかったけど…
…今のあたしも綺麗だったらいいなぁ。
まあいつも綺……ん?今、何か…」
水面を見上げていたら水中で何かが光っていた
水中を漂うそれは
他のどれとも違う輝きを放っている…
でもあたしにはそれが何かわからない
ただその輝きはあたしの瞳とおんなじだった。
─────ごぼごぼ…!
それが何か知りたくなった。
だからもがいた…水泳選手チャンピオンみたいに!
もがいて…もがいてそれに近づく!
蛸のように身体をくねらせた!
けれど全然近づいている気がしない
それとの距離さえ掴めない!
それでも、それがなんなのか知りたい!
……!段々あっちの方から落ちてきてる!?
イケる…!掴めるッ!後、もう少しでッ!届……ッ!
─────ザァー……。ォーンゴーン!
波の音が聞こえる。どこかの港町…。
あたしは鐘塔の上に座っている
あたしはその鐘塔から海を眺めていた。
鐘塔から鐘の音が鳴り響く…。
鐘塔…鐘塔……。ごぉぉおおおおん!!!
「鐘塔ぉぉ!?ってうわああぁ!!」
あちゃー勢い余って落ちてしまった…!
だって鮮明になる意識にこの鐘のうるっさい音!
どういう仕組みで鳴ってんだ!考えても意味がない
なぜならそう!地面に真っ逆さま!
衝撃に対して覚悟できないまま地面に衝突…!
……身体中痛い…。……あ、痛くなくなった。
残った傷はかすり傷程度…しかし周りの視線が痛い
見て見ぬふり…苦笑する者や写真を撮るものまで…
極めつけは二足歩行の羊がこちらを憐れんで見ている!しかも草を食べながら!むしゃむしゃ!
『だいじょーぶかい。君はぁ…Diver?Drifter?』
「だ、だいじょぶです…だいばーです…だいばぶです…」
『…あーそう。…目立ちたがり…?悪目立ちはよくない。悪影響。気をつけて。』
「あ、はい…」
あたしは羞恥心で心に傷を負わ……ない!何故なら…
「はは、着いたんだ…Diver Originに…!」
…鐘塔の時計は12時00分を指していた。
─────がやがや…。
港町では祭りが催されていた。
恐らく、あたしみたいな新入りを歓迎してるみたい
歴戦の勇者感出してる奴もいれば
可愛い見た目を見せびらかしてる愚か者もいる
露店もたくさん出てる。
梨味のりんご、瓶に仕舞われた妖精
関西弁を喋るお餅まで売ってる。
しかも無料じゃん、…買わないけど。
─────…。
「昇…さては別の場所に飛ばされたなーこれは。
…しかし日本なのにファンタジーっぽいな。
こんな感じなんだ。某遊園地みたい。祭りもしてる。
お城はないなー1番大きい建物はさっきの鐘塔か…
あ、牛人間発見。」
昇と逸れたあたしは何をするでもなく
時間潰しにぶらぶらしていた。
服もパジャマだったからちょっと整えといた。
…しかも無料!何でもかんでも無料なのか!?
DiverOrigin最高か!
「初めてのDiveだからかなー。
ある程度予想はしてたけど…
近くでDiveすれば大丈夫だと
思ったのにまさか意味ないなんて…。
合流、しとくべきだよねー…。
……遠くで列車の音がする…。」
でも街中に生まれるなんてあたしはラッキーだ。
街には列車がある。これは重要だ。
あたしにはやる事がたくさんある。
…やる事は無限にあるけどそれと同じくらい時間も無限にある。DOの流れる時間は現実世界の4倍、
現実世界での1日はDOにとって4日だ。
時間は沢山あるんだしまずはしっかり考えよう。
……うーん…でもなにから考えれば?
…よし、何を考えれば良いか考えよう。
─────……。
「…串肉ね?まちな!」
あたしはご飯を食べるのが好きだ。
結晶によって食事は必要なくなったけどね。
しかもここ現実世界じゃないし。
でも味を楽しむ時あたしは生きてる実感がする。
みんなもなんだかんだそうだと思う。
「どれもこれも殆どの物が無料…良い世界だ。
ねぇ、オッサン。ここってどこ?」
「あぁ?おいしょ…この港町はな、俺にとって初めての虚実世界に由来する所で出来ててなぁ。
名前はペリプルス…
君ぃ、今日が初めてのDiveだろぉ?おめでとう。…あいよ!一本多くオマケしてやるっ!
あんま無茶すんなよ!無茶して認識力が【プラヌラ】なっちまったらお終いだからなDiver!がはは!」
オッサンのアンタが言うか。…あ…美味い。
認識力…、これは現実でもDOでも
よく目にする単位だでその単位は全部で5種類。
【プラヌラ】、【ポリプ】、【ストロビラ】、
【エフィラ】、【メテフィラ】…。
人はそれぞれ認識力を有している。
これが低いほど秘匿されている情報、知識、
場所や事象を正確に認識出来ないみたい。
例えばの話だけどこの串肉。
この串肉の必要認識力が【ポリプ】なら
【プラヌラ】の人間には
これ食べるあたしの姿を目の前で見ても
ただ見てるだけ。印象にも記憶にも残らない…のかな?
とにかくそれを上手く頭の中で整理?出来ないらしい。
まあ赤ちゃんみたいなものかなー?
それはDO内に留まらず
今じゃ現実世界でも同じだ
人や土地の価値を示す際に
この単位が使用されているくらいだからね
─────ひそひそ…。
『よしアイツにしよう。ペンチョ、ちゃんと打ち合わせ通りにしろよ!?』
『わかってる。おいらが気を引いた瞬間、チンチョが奪う。簡単な作業。でもアイツでいいのかァ?』
『ああ、アイツは恐らく新入り。全く良いカモだぜ』
呑気に串肉を頬張るくらげに忍び寄る
トカゲと大男の姿がそこにはあった。
「港町…ペリプルス…。聞いたことあるなぁ。
いつだっけ。…あ、食べてる内に傷、全部治ってる…。
安全思想様様だなー。」
これも集団思想の影響かな。
DOでは一部の危険思想は黙認されている。
それは思想や意思の強さに価値がある今の時代では思想や意思のそれが暴力的だろうがなんだろうが関係ないからだ。
それどころか暴力的な思想に乗っかる事で
自分を保つ奴も多数いるくらいだ。
"思想に自らの意思を委ねる"
誰かの意思に乗る事で生きてると実感が湧いて
頭の中が鮮明になりスッキリするらしい。
昔からある概念で言うと信仰に近いのかな?
あたしはごめんだけどね。
それでもDOでは一定の人口量のエリアでの暴力的思想は制限されている。いやお互いにそれは避けていると言った方が正しい。
この"暴力思想の制限"の本質は、治安の維持よりも
思わぬアクシデントや事故への対策にある。
それは集団による認識的"安全性"を確保するためだ。
多くのDiverは安全を求めて
認識的に安全な場所に集まる傾向にある。
それは危険思想の持ち主も同じだ。
当然だ、誰にも休息は必要だ。
集まった多くのDiverに安全と
認識される場所は必然的に安全な場所になる。
これは集団思想が影響をもたらし安全性が現実となる為だ
それは集団による認識が増えればより影響力を増す。
そうなると"殺意や意思の介入しない傷"はある程度無効にされやすいし怪我も治りが早くなる
つまり人々の認識、この場所は安全であるべきという
集団思想が場所に安全性をもたらすと言う事。
この集団思想がもたらした影響によって
あたしは鐘塔から落ちても死なずに済んだ
だから基本的に、人間は死ぬことはない。
それは現実世界でも
同じだからあまり驚きはしないかな。
……まあ絶対じゃないけどね。
例えば現実性を最も確かにするモノは意思。
だから人を殺そうと思えば…殺れる。
一つの意思は多くの認識を一瞬で覆すから。
いつの日か雑誌で見たな。
事故が減っても事件は減らないって────。
「オジョサーン!遺骨余ってナーイ!?
ワタシニ遺骨チョウダーイ!」
灰色のトカゲが話しかけて来た。うげぇ・・・
ごまをすりながらニヤけ顔で近づいて来た。
「なになになになに…?遺骨?いきなり何ぃ…何であたし?他の人に聞きなよ!」
Origin…この世界で恐らく最も重要なこと
虚実結晶から生まれる…虚実生命体のことを指す…。
あたし達はそれを介して超人的な力…
Memeを手に入れることができる
OriginはDOで生き抜くには必要不可欠。だがあたしは自分のOriginを認識してすら出来ていない。
…そして、それを他人に悟られてはならない。
「ワタシOriginモッテナーイ!
遺骨余ってたらチョーダーイ!」
変なのに絡まれた。こういうのは無視。
せめて哺乳類だよね…。爬虫類はないよ…。
「ははは…!…ナイスぅ!
あー、ちょっとあたし忙しいから…」
─────ゴッホォォンッッ!!
「ワターシ ノ コドーモもォォォ!!
ほらァァ遺骨を欲しがってルゥゥ!!」
───トカゲは跪き天を仰ぎながら叫んだ!
ドシィン!!と地面が揺らいだ
くらげが後ろを見るとそこには
2メートルを超える毛むくじゃらの大男が駄々をこねていた
その大男もくらげを指さして叫んでいる
「オアァ!ママ!ママァー!!
おいらはそのナイフが欲しいィ!!そのナイフがいいぞォ!
他のじゃ友達に自慢できナーーイ!!!」
「えー!?ナイフ!?そんなの知らな…
あれ?……ほんとだ。なにこれ…いつの間に…?」
いつの間にか食い終わって右手に握りしめていた
もう一つの串肉の串のが黒い短刀に変わっていた
くらげは一瞬固まる。その短刀に意識を取られる。
短刀に気を取られているくらげ
その隙をトカゲは見逃さなかった!
次の瞬間!トカゲは跳躍する!
その勢いでナイフに思いっきり飛びつく!
くらげはそれをあっさりと躱すが…
トカゲの前足がナイフに触れ……ずにすり抜ける!
トカゲは街中の露店の果物棚に頭から突っ込む!
そこの店の店主は怒り心頭だ!
『おい!トカゲ野郎ッ!!なにしてんだああ!!』
「ええー!なになになになに…!?」
(いきなりトカゲがナイフを狙って飛びついて来た!?
しかもこのナイフどこから…?
…Originって言ってたけど
これもそうなの!?しかもなんかあたしの瞳に…)
「くそ、触れねぇ…遺骨じゃねえのかヨッ!って…
ん?だとするとこいつ…自分のOrigin認識出来てねえって事だよな?」
(…バレたっ。何?こいつら敵なの?
このナイフが目的か?しかもかなり好戦的じゃん!
この指示出してるトカゲ…こいつの
Originはなんだ?Memeは?
見た目的にトカゲのOrigin?
それともトカゲになるMeme?
両者の違いは…!?
雑誌でよくトカゲや虫のOriginも特集されてたけど
可愛い子だけ見たかったから流し見してたっ!
不味い…。この状況は……不味い!)
くらげは察した。二人組は
このナイフが目当てなのだと
同時にこのナイフには他のDiverにとって価値があると。
Originを持たないくらげがとった行動は…逃走。
「ちきしょー!ペンチョッ!予定変更だ!
コイツを引っ捕らえて川に沈めるぞ!!」
「でもよォ…チンチョ、アイツにげたぞ…?」
「あァ?ああこら!逃げんな!追うぞ!ペンチョ!」
『おい!トカゲ野郎ッ!これをどうにかしやがれぇ!!』
─────ダダダッ!
(ひーっ!面倒なのに絡まれた!喧嘩は自信あるけどあっちはトカゲと大男何してくるかわかんないし癪だけど退散!…)
───暴力行為が禁止されているとはいえ従わない者も
数多くいる。この街にも現実でいう警察のような
治安維持を目的とした組織なども存在するが
よほどの問題を起こさない限り目をつけられない。
結局、その土地の"認識的安全性"さえ
保たれていればそれで良いのだ。
(アイツら素早いけどおっちょこちょいなのかな
至る所に身体をぶつけて全く追いつかれる気がしないな)
(うわ、人通りの少ない裏道だと
あちらこちらで人が暴行されてる
多分こいつら新人に目をつけてるんだ…。
もしかして、これってあたしも同じ状況?
…これって所謂、ザ・初心者狩り!?
それが今街中の至る所で起きているの!?)
そしてDOが完全に無法とならない理由、
絶対的な抑止力は他にある。
それはOriginが生み出すMemeという存在。
Memeという存在が抑止力になっている。
Memeとは他者の認識や現実性に影響を与える概念のこと。
りんごを生み出すMemeやりんごを爆弾に変えるMeme…
人の舌にブラックコーヒーの味を植え付ける下らないMemeや人の倍の速さで動ける便利なMemeまで…
持っているOriginとMemeは人それぞれ
互いに互いのOriginとそのMemeを知らない。
仮に街中で下手に問題を起こし周りの人全員を敵に回せば
それは全員から拳銃を向けられる様な物だ。
他者に影響を与えるMeme…
それがこの世界で最も大きな抑止力…。
しかし弱いMemeとバレれば一貫の終わりだ。
ましてやMemeを持たずOriginすら
認識出来ていないくらげは…
「…ザ・エンドってこと!?」
「逃ィいがすかあア!小娘ェ!死んでくれえヤァ!」
振り返るとあのトカゲ達が追いかけていた!
しかもかなりの速さだ!
「ゲゲッまだ追って来てたのッ!?」
しかもあのトカゲ達…いやあのチンチョとかいうトカゲの身体と奴が触れた物がヌメヌメしている!そのヌメヌメで加速している!
…だがヌメヌメのせいか雑に迫って来ていて
壁や地面に体当たりしてるぞ!
しかし衝突を繰り返しているがその分また加速している!
分かって来たぞ…!恐らくアイツはOriginの思想によって変質しトカゲの身体を形成してる…ヌメヌメ自体が奴のMemeだな!?
…でもなんだ?よく見ると衝突した地面が変だぞ!
ぐにゃっと凹んでいる…!?あれも奴のMemeの影響か?
そうか!…加速する度勢いよく壁や地面に衝突してしまっている。通常…その加速による高速移動は衝突で身体への負担が大きい…だが壁や地面がヌメヌメすると同時にどろっと柔らかくして衝撃を和らげているんだ!
「これが俺様のMemeゥゥ!!【Essence】ッ!」
くそ、速いぞ!どんどん加速している!
レンガの壁も硬い地面も
柔らかくなってべちゃべちょに凹んでる…!
ああー!猫がヌメヌメに…っ!……あ!生きてる!
生き物はベタベタになるだけで
柔らかくならないみたい……よかった!
───トカゲはトカゲらしくその身体を駆使し
くらげが撒き散らすゴミ箱や障害物を避けながら
壁や地面に体当たりする。
後ろから毛むくじゃらの大男がくるくる回り
障害物自体を弾き飛ばし滑って来ている。
(くそ不味い…!道も狭くなって来た!
…追いつかれるかも!……はっ行き止まりッ!?)
助けも呼ぶわけにはいかない…っ。
あたしが"自分一人で問題を解決出来ない"と
露呈するのは避けたいからだ!
「残念ッ!悪いが新入り、お前は次の新月まで…
脱落だッ!」
「…んもうっ!しつこいな!」
───トカゲはもうすぐそこまで来ていた
しかしくらげは走る勢いを止めない
トカゲの舌がくらげを捉える瞬間ッ!
くらげは飛び上がりパイプを掴み弧を描く
その勢いを保ったままくらげは壁やパイプなどを
上手く伝って建物から建物へ、
パイプを伝って空中を移動するその姿は
みるみるうちに遠くなっていく。
トカゲが触れた物がヌルヌルするなら
逆に触れ続ける事を強制させれば良い
足場がヌルヌル…ぐにゃっと脆くなるなら
高所までは追ってはこれない…と
咄嗟にくらげはそう判断した。
「なんだァァ〜!?アイツは猿かァァ!?
引き返して別の道を探…おいィ!?、ペンチョ!?」
「チンチョォ〜!おいらあんなの出来ないよォ!!」
「でけえ図体でなにやってんだ!道塞いでんじゃねェか!
今回も失敗じゃねェゕ…!…ぃ…!…ぉ…ぇ…!」
─────…ゎー!…ゎ…!…。
「はぁ…はぁ…」
───結局、あれから10分ほどくらげは走り続けた。
最終的に街の外れの人通りが少ない小道…
その更に奥のガラクタだらけの路地裏にくらげはいた。
身体中煤けて汚れている彼女は肩で息をしていた。
───…。
「はぁ…はぁ…。うわ…、顔汚なっ…。
このナイフ…あたしのOrigin…なのかな…。
…刀身があたしの瞳の色にそっくり。……あ…れ……?」
ふと鏡に視線を戻すと違和感を覚えた
鏡の中のあたしがこちらをみていることに気がついた。
確かに見た目は自分とそっくりだが
鏡に映るあたしはあたしではない別人のような気がした
「だ…れ……?」
意識が段々遠くなる感覚に襲われる…。
目の前が真っ暗になる。
───何もわからないけど
一つだけ分かること…
鏡の中のあたしは、あたしの事を…
間違いなく……睨んでた。
現在、明かせるⅫ使徒によって検証された認識力の情報。人によって有する認識力が異なり
特定の情報が有する認識に対する抵抗力によって
必要な認識力が異なる。
認識力の最も低い者を【プラヌラ】という。
意思力の低い者はここに位置しており
その中でもMemeを持たない者、意思力の弱い者は
まるでただ漂う幽霊のかのように目的もなく存在する。
この状態の現実力では長期的に
現実性を維持するのは難しいだろう。
名称は様々あり、NPC、幽霊、馬鹿…
今ではDrifterが一般的だ。




