どうやら世界が滅ぶらしい。俺のせいで
「あと5分後には世界が滅んじゃうのかー」
「なんか、全然実感が湧かないな」
「だねだね。不思議だねぇ」
高校の屋上にて。
雲一つない快晴を見上げながら、幼馴染の神代真希と隣合って座っていた。
「……もうすぐ俺たち死ぬんだけど、怖くないのか?」
「んー、全然。新宮は?」
「もう助からないって諦めがついてから、恐怖は消えたな」
「ちょいちょい、諦めるなよー。隕石が地球衝突前に爆発して助かるとかあるかもしれないよ?」
「突拍子もなく爆発するなんて荒唐無稽が過ぎるだろ」
俺──新宮蓮斗は言下に否定するが、心の底では有り得ない奇跡を少しだけ願っている自分がいるわけで。
もうすぐ隕石によって世界が終わる。
どうやら惑星の周りを漂っていた小惑星の軌道がずれ、地球に迫ってきているらしい。
「そういや神代は、どうして俺の元へ来たんだ? 地球最後の日くらい家族と一緒に過ごせばいいのに」
「さあ、どうしてだろうね? ちなみにパパとママはお昼からゴルフに行ったよ。従業員がいないからゴルフ場を無許可で使えるって大喜びだったな〜」
「ゴルフって……。まあ地球最後だもんな、どうせ死ぬなら好きなことして悔いのないようにしたいのは同感だ」
地球が滅ぶと発表されてからは、それはもう混乱と狂騒の坩堝と化していた。
どうせ全てが無になるのならと一部の人達は街中で暴動を起こし、それを取り締まっていた人も自分たちの正義に意味はあるのかと疑問を持ち、やがて加担して。
警察官が回転拳銃を発砲しながら店舗の商品を略奪していたのを目撃した時は目を剥いた。
「新宮はさ、人生に悔いとかないの?」
「そうだな……好きな食べ物は大量に食べたし、やりたいこともここ数日で叶った。あ、強いて言うなら……」
「強いて言うなら?」
神代の透き通った水色の瞳とぶつかる。と、途端に耳が熱くなり急いで視線を逸らした。
「えっなんでそこで止める。続きは? ねぇ続きは?」
「いや、さっきの言葉はなかったことにしてくれ」
「強いて言うなら〜、はい続き」
「神代は人生に悔いとかあるのか?」
「ほう、話を逸らすか。なら口を割るまでこうしてやるっ」
そう言って神代は俺の脇腹辺りに手を伸ばし──
「ッ?! ちょ、おいまっ……そこくすぐるのやめ、やめろ……っ!」
「ほ〜ら〜、言っちゃいなよ。言わないと酷い目に遭うよ?」
「今実際に遭ってっ、るからっ」
弱点を突かれ思うように抵抗できず──瞬間、背中に鈍い痛みが走る。目を開けると仰向けの状態に倒されていることに気付き、見上げれば神代の整った顔が間近にあって──
いつになく真剣な表情で見下ろしていた。
「ねぇ、隠さないではっきりと言って。絶対にバカにはしないし、今からでも間に合うかもしれないから」
言えるはずがない──神代真希のことが好きだというこの気持ちを。
神代はよき友人であり、よき幼馴染だ。幼少期の頃から今日に至るまでほぼ毎日駄弁り合ったり遊んだりした仲で、この関係を終わらせたいなど微塵も考えていない。
──そう、終わらせたくないから、俺は告白をしないんだ。
伝えてしまえば、もう元の関係には戻れない。
なにせ神代は俺に恋愛感情など皆目抱いていないはずだ。ただの友人だと思っていた人から突然好きですなんて言われたら「そういう目で見てたんだ」と失望して距離を取るだろう。
だったら初めからリスクを冒さず、この関係を維持する方が得策だ。
「……言えるわけがない」
「言って」
「…………」
「言うまで退くつもりないから」
沈黙を貫き通してどれくらい経っただろうか、ふと空に火球を見つける。
──隕石だ。燃えているということは大気圏に突入したのを意味する。
「これまでもこれからも、全部がなくなるんだからさ、最後くらい言っちゃおうよ」
「いや、でも……」
最後の最後で不和が生じ気まずい空気の中で死ぬよりも、仲のいい関係のままで終わりたい。
「はあ……新宮のせいで人生の悔いが一つ出来ちゃったんだけど。新宮の隠し事聞きたかったなー」
「そう言われてもだな……」
「あーあ、これは成仏できないパターンかも。来世楽しみにしてたんだけどなー、どこかの誰かさんのせいでネクストチケット使用不可になっちゃったし。ふざけんなよゴラァ」
このまま誤魔化し続ければいずれタイムオーバーとなり、俺の秘めたる想いは永遠に明かされることがなくなるのだが……
何だろう、この罪悪感は。
元はと言えば俺が『強いて言うなら』なんて口に出すからこのような状況になったわけで。神代も俺に勇気が灯るよう励ましてくれているのに、俺は躊躇って無下に扱っている。
……もう、打ち上げてもいいんじゃないかな。
神代の言う通り全てが消え去るのであれば、告白が失敗してもなかったことになる。伝えたことによる後悔も気まずい空気も、最初からなかったことに。
俺は身体を起こすと、神代の両肩に手を置く。
最初こそびっくりしていた神代だったが、何も言わずに俺の言葉を待っている。
コクリと生唾を飲み喉を潤す。
「……神代」
「はい」
「実は俺、ずっと前から神代のことが……その、好きでした……っ!」
「うん知ってる。ちなみに私も新宮のこと好きだよ」
急に好意を告げられたんだ、困惑するに決まって──
ん? 知ってる?
「はぁ……やっと告白してくれた。なーんで世界が終わる瀬戸際まで待たないといけないかなぁ、チキってないでさっさと告ってよ」
「え……、え……?」
「さーて、新宮と私は結ばれたことですし、ちょっくら世界でも救っちゃいますか」
世界を、救う? さっきから神代は何を言ってるんだ?
理解が追いつかず呆然としていると、神代は手を銃の形にして隕石に照準を合わせる。
「バンっ」
刹那、隕石が空中で大爆発を起こす。数秒後にとてつもない風圧が襲ってき吹き飛ばされ、屋上の落下防止柵に身体を打ち付けられる。
「だ、大丈夫?!」
顔を上げると神代が慌てた様子で俺の元へ駆け寄ってくる。手を借り何とか立ち上がって服についた埃を払う。
「あ、あぁ、大丈夫だ。それより神代の方は大丈夫なのか?」
「私は常に不可視の〈障壁〉を張ってるから無傷。その、ごめんね? まさかここまで爆風が来るなんて想定してなかったから……」
聞き慣れない単語があるが、多分ゲームでいうバリアみたいなものだろう。敵の攻撃を無効化するとかいうあれ。現実でも強いんだな。
──じゃなくて。
「な、なぁ、いきなり隕石が爆発したんだけど、あれって神代がやったのか?」
「そうだよ? いやー、久々に力を使ったけど爽快だったなー。もう一回隕石を降らせて爆発させ……あ……」
「おい待て。それどういう意味だ?」
神代はしまったといった表情で口を隠し、視線を逸らす。言及しようと俺が目を合わせるもぷいっと顔を反らしてしまうので、頬を強く引っ張ってみることに。
「い、いふぁいって! わはった、全部はなふからはなひてっ!」
少し涙目になりながら頬を触る神代。柔らかいからって強く引っ張りすぎてしまったかも。
「それで、隕石を降らせたのは本当なのか?」
「……はい、私がやりました」
どうやって隕石を操ったのかは気になるところだが、それは後で聞こう。
「どうして地球を滅亡させようとしたんだ? 能力? が使えるにしろやり過ぎだろ」
すると神代はうぐっと声を漏らし、唇を尖らせた。
「……だって、新宮が全く告白してくれなかったもん」
「え?」
「そうだ、新宮が全部悪い! 夏祭りの時展望台で二人花火を見るという最高のシチュを作ったのに告白してくれなかったし、クリスマスの夜も新宮の家で二人っきりだったのに襲って来ないしさ!」
さらに神代は息巻いていく。
「バレンタインにはハート型の手作りチョコをプレゼントしたんだよ?! もう新宮のことラブじゃんこれ! なのに新宮はありがとうの一言でホワイトデーで普通のチョコを渡してきた。鈍感なの? 全日本鈍感すぎ選手権ぶっちぎり優勝できるよ? 鈍感系は創作の中だけでいいから、現実でやられると面倒くさいだけなんだからッ!」
神代は肩を上下させながら呼吸を整え、冷静さを取り戻す。
「もう待てないと思った私は、隕石を降らせることにした。世界が滅ぶってなったら流石に新宮も『どうせ死ぬなら最後に神代のことが好きってことを伝えよう』ってなると予想したんだよ。結果はまあギリギリだったけど想いを伝えてくれた。あと10秒遅かったら今頃灰になってかもね。あー危ない危ない」
神代の言ってることが本当なら、俺のせいで世界が滅びかけたってことか? なるべく友人として接し、新たな関係に踏み出さないでいた俺に原因が……。
「……ところで、どうして俺が神代のことが好きだと知ってたんだ?」
「あー、それね。非常に言いにくいんだけど……その……能力を使って新宮の心の声を確かめちゃいましてね、はい。好きな人が私のことどう思っているのか気になって、ついつい。……勝手に覗いてゴメンね?」
まじか、俺の想いは全部神代に筒抜けだったというわけか。
心の声を聴かれたのは良い気分ではないが、怒りや不快感は湧いてこない。好きな人、だからだろう。惚れた弱みというやつだ。
「……気付いてたのなら俺からの告白を待たずに神代の方からアプローチを掛けてくれよ。えっと、俺のこと、好きだったんだろ?」
「んー、それはできないね。なにせ前世は私の方から告白した。だったら来世は新宮の方から告白すべきじゃん?」
「は……? 前世……?」
「まあその話は置いておいて……とっ」
突然神代が俺の背中に手を回しギュッと抱きしめてくる。女子特有の甘い香りが鼻腔をくすぐってき、心臓がドクンと跳ねた。
「今一度確認します。新宮は私のことが好きですか?」
「す、好きだ」
「にしし、私も好きだよ。よって私たちは相思相愛。今から幼馴染じゃなくて恋人というわけで」
そう言って真希は満面の笑みを浮かべる。
「これからもよろしくね、蓮斗っ」




