2 美味しい依頼と突然放置と二人の相棒
「あ、こんな依頼が出たんだ」
今日の仕事を探し、ギルドの仕事案内を探していると、不審者討伐の依頼を見つけた。
「レムッタ。これなんてどう?」
「どんなの? 見せて」
私の指先を追い、依頼書視線を移すレムッタ。内容を読んでいく内に、彼女の表情が険しくなっていった。
こんな顔をするなんて初めてだったから、私は訊ねた。
「この依頼に何かあるの?」
するとレムッタは、私の両肩をガッと掴んだ。痛みに顔を歪めなかったら、持っていかれていたかもしれない。
「ごめん、マドール。でもこの依頼、絶対に一人では受けないでね」
「うん? パーティを組んでるのにそんな事しないわよ」
私が言った通り、私が単独でこの依頼を受ける理由が無かった。
仕事を受けられる最低ランクがシルバーで、その中でも報酬が良いのはとても魅力だった。
正体不明の相手というのが引っかかるけれど、ランクシルバーにとってはかなり割の良い仕事だと思う。追放直後の明日も分からない状況の頃だったら受けていただろうけど、レムッタが居るからそんな事はしない。
パーティを組んでいるのに、単独や黙って依頼を受ける事は、パーティへの裏切りだと思うから。
「そう。なら良かった。じゃあ、受付に行こう」
表情を戻し、私の両肩から手を放すレムッタ。依頼書を手に取り、受付へ向かった。
気になる反応だったけれど、どうせ答えはしないだろうと思い、この出来事を記憶のゴミ箱に放り投げた。
受付でより詳しく依頼の内容を聞くと、どうも夜な夜な街の外をうろつく不審者が居るらしい。なので、その不審者が活動しているという真夜中に動く事になった。
宿で仮眠を取り、闇夜を照らす一番の輝きが良い感じに高くなった頃、私達は街の外へ出た。
けれど、早速問題が起こった。
「一人で受けるなって言ったのは本人なのに、私を一人にしてどうするのよ」
何故かレムッタは、外に出た途端、一人で行動すると言い出して、闇夜の中に消えてしまった。
自分勝手が過ぎると憤慨しつつも不審者探しを始めると、森へと向かう怪しい人影を見つけた。
(思ったよりも簡単に見つけられたわね。でも、こんな時にレムッタは居ないし、どうしよう)
知らせようにも、居場所が分からない。下手に合図や音を出したなら、不審者が警戒して逃げてしまう。今出来る事と言えば、相手の尾行だろう。
闇夜に巻かれないように警戒しつつ、追いかけた。
不審者が森の中に入り、当然私も追った。昼間でも薄暗い場所だから、夜になると本当に闇に飲まれたような感覚だった。
でも、無策で入った訳じゃない。このような状況を想定して、暗闇でもある程度見えるようになる眼鏡を準備していた。
後は追跡していると気づかれないように、不審者を見つけるだけ。
進んでいくと、人の姿を見つけた。
(一人でこんな森の中で何をやってるんだろ? 動かないけど、何をしているんだろ?)
私の準備した資金では、人の姿がそこにあるという事しか分からない。余りにも動きが無いから、怪しく思った私は距離を詰める事にした。本当に良からぬ事だったら大変だから。
(人の気配を感じられないな……。あ、これ、張りぼて!?)
近付くほどに変だと思っていたけれど、ようやく分かった。
予め準備していたのだろう。厚みなど無い、人の形をした板が立てられていた。
(森に入った不審者は何処!?)
一気に危険度が跳ね上がり、周囲を探る。けれど、気配を感じない。
仮にもランクゴールドまで行った私でも感じられないだなんて、相当な実力者のようだ。
下手に動けず、神経を擦り減らし続けていると、やっと背後に人のような存在を感じた。
けれど、遅かった。視線を向けた時には、相手が何かを振り下ろす寸前だった。
もう駄目だと思った時、甲高い金属がぶつかる音がした。
「見つけたよ。やっと」
レムッタの声。彼女は何時の間にか私達の間に移動していた。そして、私に迫った一撃を受けていた。攻撃を受けたレムッタは、そのまま相手の剣を跳ね上げた。そして、体勢が崩れた相手を掴むと、森の外まで片手で投げた。
「追うよ、マドール」
「う、うん」
剛力の鎧の鎧の力に驚かされつつ、私は彼女の指示に従って森の外まで走った。
森を抜けた先で頃がていたのは、意外な人物だった。
「タ、タルミス!? 何でっ」
転がり、月明りに照らされて横たわっていたタルミスは、ゆっくりと立ち上がった。
状況が分からない。私はこの時、同じ依頼を受けたタルミスと不審者が、不運にもぶつかったのではと考えていた。
「いたた。とんでもない馬鹿力だな」
その発言から、私の仮説は否定された。
「タルミス。どうして私を襲ったの!?」
彼がこんな事をする理由が分からない。
私は、個人の実力不足を見なされ、個人ではランクシルバーが妥当と言われ、実質降格された。そんな経緯から、私は落ちぶれ者扱いで、レムッタと組む前の数日間は荒んでいた。
一方のタルミスは、実力がランクゴールドだお認められ、私を更に追い込む必要なんて無いほどに明るい未来が開けていたはず。
「どうしてだって? それもこれも、全部お前らのせいだ。初めから全て仕込んでいたんだろ。お前らのせいでパーティは崩壊だっ!!」
月明り越しでも分かる、激しい怒りの表情。でも、私にはタルミスがここまで怒りを向けてくる理由が分からなかった。
「そりゃあ、当てにしていたレムッタが居なくなったのは大変だろうけど、他の二人が居たでしょ。何なら、三人でだってやれると思うんだけど」
防御支援・回復役と攻撃支援・攻撃役の二人が居る。私が居た頃にだって、色んな状況を想定して動きを確認し、やれると分かっているから、余計に理解に苦しんだ。
「ランクゴールドの依頼を三人で達成出来る訳ねぇだろ。そこの鎧が抜けた後、あいつらは薄情にも、さっさと他所に行っちまったよ。おかげで俺は、パーティに逃げられたって悪評で何処からもお呼びがかからねぇ。全部お前らのせいだ」
酷い八つ当たりだ。全部、自分達で、ううん。自分の行動の結果だというのに……。
悪い事が全部自分に返ってきただけだというのに、私達のせいにするだなんて……。
こんな男と一時はランクゴールドを夢見てパーティを組んでいたのかと思うと、腹が立ってきた。再燃した怒りは、以前よりも高温に、粘度があった。一発二発引っ叩いただけじゃ収まりそうに無い。
「それが、そんな下らない理由で、マドールを殺し続けたのね。許せない!!」
私が自身の怒りの熱量を感じていると、レムッタがそう叫び、動いた。
出遅れた私は、レムッタが冷静では無いと感じて止めようとしたけれど、追い付けなかった。
「ぐえっ」
金属の鎧の首の所を布の服を掴むようにくしゃりと握り、大地に投げ飛ばすレムッタ。
鎧の力を最大限に生かし、続けてタルミスの足を掴むと、肉を柔らかくする要領で叩きつけた。二度目をやろうと持ち上げた所で、既にタルミスが再起不能になっていると分かり、慌てて彼女に抱きついた。
「これ以上は駄目。ギルドで全部吐いてもらわないと駄目なんだから」
私の声が届き、彼女の手が緩み、タルミスが落ちた。
これを見て、私はホッとした。もう、自分で仕返しをしてやろうという気分は何処かに言っていた。
「腹が立つのは分かるけど、やり過ぎる所だったわよ」
「だって、マドールが……」
高ぶった声で私を呼ぶレムッタ。
先程の気になる発言が私の頭に過った。
あの発言の意味は分からない。けれど、私を心の底から心配してくれているのだろうと、今は思っておこう。
「じゃあ、ギルドに引き渡しに行きましょう」
「そうだね。じゃあ、手足を縛って持ってくね」
レムッタは手早く済ませると、タルミスを担いだ。