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兄との対面

「なあ、本庄殿、某は夢を見ているのではあるまいか?」


 そう言って、自らの頬を抓ってほしいと言い出したのは加地春網さんだった。

 あれから更に5日ほどして、ようやっと栃尾城に報告に訪れた彼が評定の間で見た光景は驚くべきものであった。


「あいたたぁ!」


 加減をしなかったと思われる実乃さんが加地殿の頬を容赦なく抓り上げた事で悲鳴を上げている。

 加地さんがこれは夢でないと確信した彼は、上座に正座で座る私に目を向けてきた。

 因みに評定の間はムサイ男たちで溢れかえっている。

 私はそんな場所に咲いた一輪の花。紅一点ともいう。


「この度、我が長尾家に降伏した元・国人領主さん達です。皆、春日山に仕官を求めておいでです」


「はぁ・・・」


 驚きというよりはもはや呆れの領域に到達してしまったのかな?

 加地さんの返事が生半可だ。

 それも仕方ないかもしれない。

 これから兵を集めて攻めかかろうと言う相手が全てこの場に揃っているのであるからして。

 私の策が下策に終わるどころか大上策に結実した証である。

 いや、流石に私も驚いているんだけど。

 推定では幾つかの大き目な国人は抗戦するだろうと思っていたのだけれど、周りの連中が挙って降伏をし出したものだから、これは敵わんと遂に全員が所領を諦めて、長尾家で再起を図る方が生き残れると判断したらしいのである。


「というわけで、私はこれから実乃さん、弥太郎さんと一緒に春日山に一度戻ります」


 中郡の制圧は終了したのである。目的の第一段階は達成されたので報告に赴く予定だ。

 彼らは皆、春日山に降伏したので、一応連れて行き、兄上の裁断を仰がねばならない。早馬で事の次第を綴った書状を送っているので騒ぎにはならないだろう。多分。


「栃尾城の留守は安田さんに任せてあるので、報告は彼にしてください。順次集まってくる皆さんには兵を集めてもらい、揚北との領境に配備し連中が留守の領地を襲わないように警戒するように」


「護衛の兵は連れていかれないのですか?」


 加地さんの心配はもっともだろうけど。

 これから仕官しようという人たちが私たちを襲うとは考えにくい。

 ここは信用していると器の大きな所を見せておきたいところだ。

 でも、彼らに不安を残していくのは主人として心苦しくもある。


「高々、十数人相手に私たちが後れを取るとでもお思いです?」


 少し凄みを効かせて答えると加地さんは大きく身震いした。

 元・国人領主が私たちを襲っても返り討ち、彼らが策謀を巡らせているとは思えないが何処かに兵を伏せていようが主人はこちらにいるのだから手は出せないだろうし、第三勢力に襲われる可能性はここから春日山の道程ではありえないこと。そして、そんな隙を与えない迅速な行動こそが肝要である。

 兵を連れてゆくと時間がかかるしね。

 納得してもらったなら、さっそく皆馬に乗って移動だ。

 因みに、私は流鏑馬ができるほどには馬の扱いに熟練している。現代での経験が生きてくれて助かるわ。

 道中は私が堂々と先頭を行く。春日山城には初めて行くけど道があるから迷わないだろうと思っていたが、記憶を失っている事になっている私を心配して実乃さんが側についてくれた。

 弥太郎さんは殿だ。

 で、道を並足で馬を歩かせていると不意に脳裏にマップが展開された。

 信長無双で同じみな奴だね。

 私と実乃さん、弥太郎さんが青で、元・国人領主が緑で表示されている。ここで彼らが襲ってくるなら色が赤になるのかな?

 彼らの忠誠度は私の家臣じゃないから見られなかったけど、これで注意を払っておけば不審な動きをするようなら隊列が乱れるなりするだろうし、少し気が楽になる。

 目的地の方角への矢印も出ているし道に迷うこともないだろう。

 気構えていたから風景を楽しむ事も出来なかったけど、思えばこの世界で栃尾城から外に出たのは初めてだったな、と我に返った。

 ただ、改めて見ても特別な感銘を受ける景色ではなかった事を付注しておこうか。


______________________________________________


 幾つかの城下を超えて辿り着いた春日山城は立派な山城だった。見ただけで攻略するのが大変そうなのがわかる。

 攻め入られる機会が殆どなかったとは言え、戦国時代で一度も陥落したことのない名城だ。

 城門は軽く顔パスで通過し、目的地にまで向かう。

 なお、ここでもマップが表示されたままだった。なので初めての城でも迷いがなかった。


「景虎様、城の内部を覚えておいでなので?」


「ああ、そうですね。何もかもを忘れたわけではないらしいです」


 嘘だけど。

 幾つもの廓を抜けていよいよ実城に入るところで、警備の兵に止られた。

 

「景虎様、お話はお伺いしております。これよりは我らがご案内いたします。お客人の皆さまとは別で行動を願いまする」


「そうですか。では、よろしくお願いいたします」


 まあ、いきなり国人を大名に合わせるわけには行かないしね。

 私と晴景兄上と予め話し合っておく必要はあるだろう。


「では、景虎様はこちらに。本庄様と小島様はお客人と一緒にしばしお待ち下されるようお願い申し上げまする」


 案内人について廊下歩いているけど脳内マップの矢印の通りに進んでいる。

 最短距離を進んでるみたいだ。

 しばらく歩いていると、向かいから男の人二人が並んでやってきた。


「よう、景虎! 久しぶりだな」


 む。知り合いらしい。しかも私を呼び捨てに出来る人物となると親族衆の誰かだろう。


「これは兄上方、お元気そうで何よりです」


 誰だ? と考える前に名前が彼らの頭上に浮かんだのだ。

 長尾景康、長尾景房、番兵、と。


「お前、栃尾に行ってたんだろう? お役目は果たせたのか?」


 景房兄上が尋ねてきた。


「ええ。これから晴景兄上に報告に上がるところです」


「そうか。邪魔して悪かったな。元服したんだし、今度一緒に酒を飲もうぜ」


 私の答えを聞いて道を譲ってくれたのは景康兄上だった。それに景房兄上も倣う。

 目下の相手にそれが出来るとは、優しい性格なのか、晴景兄上への義理立てからなのか。

 何はともあれ、私の仕事を優先させてくれたわけだ。


「ありがとうございます。では、また後程・・・」


 仲良く出来ればいいな、と思いながら私は案内役の番兵さんに続くのであった。

 因みに番兵さん、田山川助さんというらしい。ちょっと番兵の文字を集中して見たら表示がその時だけ変わったのである。

 

「殿。景虎様がお着きになられました」


 マップ上の目的地の前についたら、番兵さんは下がって代わりに部屋の前に待機していた小姓さんが私のおとないを告げた。


「入れ」


 襖を開けられ入室すると長尾晴景と小姓が一人いた。

 もちろん、知ってた。脳内ナビの効果で。

 ある程度近づくと視界外でも存在を感知し名前が表示されるシステムのようだ。


「まあ、座れ」


 兄上に促されて臣下の距離で腰を下ろす。距離感は実乃よりさんを真似た。

 礼儀正しい彼の事である。主人と家臣の立場はわきまえていると思ったからだ。なお、弥太郎さんは距離が近いのでここでは除外している。


「報告は書状であらかた理解したが、一体何をやったのだ? お前に武の才があったとしても2,3年はかかると考えていたんだがな」


 ふうん・・・

 私が普通にたたかった際に必要になるに日数を正確に割り出せる能力はあるみたいですね。

 ちょっと、ステータスを確認してみましょうか。

 武勇33 統率45 知略58 内政70 外交66

 戦は下手だけど、内向きの仕事はそれなりにうまくこなせそうですね。

 ん。知略が50を超えれば物事をほぼ正確に判断できるのかな・・・?

 おっと、いけない。兄上が返事を待ってる。


「ええ、戦をしていてはそれぐらい必要になりますね。此度は大戦の準備を大々的にしてその矛先を各国人領主に向いているものと誤解させ、降伏させました」


「お前にそんな知恵があったとは驚きだ。父上の謀略の才を受け継いだか」


「私は父上を詳しく存じませんが、そうなのかもしれません」


 まったく関係ないと思うけど、適当に話を合わせて置く。


「所領を召し上げたと聞いたが良く従ったものだな?」


 兄上の関心事はそこにあるようだ。

 この時代の人にとっては驚きの事実なのだろう。特に国人の土地への執着が強い越後ではなおさら。


「それですが、書状にも認めましたが当家で彼らを召し抱えて頂けるように伏してお願い申し上げます。此度は私の独断で国衆を召し抱える約定をしてしまった件につきましては越権行為に過ぎましたことを謝らせていただきとう存じ上げます」


 私は床に額が付くほどに深々と頭を下げた。


「う、む・・・その辺は気にせずともよい。敵味方共に民に被害なく領地を増やせたのだ。その功は、お前が考えるより遥かにおおきいものぞ」


「は。寛大なお言葉、有難く思います」


「それで降った国衆をどの様に扱うか決めておるのか?」


「それですが、先ず俸禄は召し上げた所領の石高に見合った銭を与えておきます。そうしなければ不満をもつのは目に見えております。検地を行いたいところですが、当家に得意な方はいらっしゃいますか?」


 私もゲームで検地という言葉や学校の授業で太閤検地とか習ったけど、やり方は流石に知らない。専門家がいないと良くない結果になりそうなんだけど。


「検地の専門家などおらぬわ。各領主に命じて差出検地をするしかないな」


 兄上は寸分も考えずに即答した。


「そうですか。関東の北条家では伊勢宋瑞公の頃より積極的に行ってきたと聞いております。誼を繋ぎ教えを乞うことも視野に入れてはいかがでしょう?」


 戦国大名で検地と言えば北条家だ。未来の敵ではあるけど、私は民を慈しむあの国は嫌いではない。そして、私は史実通りに事を進める気もない。

 関東での戦いは泥沼だ。領地を奪っては取り返されのくりかえしである。無駄の極みである。

 口さがない人には上杉の関東越山は出稼ぎとも評されている、謙信の汚点だしね。


「北条か。関東の凶賊とも聞くが、そのような家と懇意になるのは如何なものなのだ?」


「元々は幕府の政所執事の出で今川家の客将から伊豆相模を獲得した家ですから、坂東武者にしてみれば泥棒と同じなのでしょう。ですが、我が長尾家も立派な下克上をなしておりますので・・・」


 北条早雲よりも景虎達の父親である長尾為景の方がやってることはあくどいと思うんだよな。

 しかし、それには兄上が苦い顔をされた。


「下克上を立派等というのは如何なものなのだ?」


「これは失言をしました。しかしながら、なにより大事なのはその後でございます。如何に国を治めるかではないでしょうか?」


「それもそうだ。儂も如何に戦ばかりの越後を民の犠牲なく纏められるか苦労しておるからな」


 兄上の憂いの帯びた顔に私は瞠目した。

 長尾晴景は為景から景虎へと繋ぎの存在程度の認識だったからだ。

 こうして、その意志に触れて私の視野狭窄さに気づかされたのである。


「ど、どうしたのだ、景虎!? 突然に・・・」


 知らずに私は兄上に向かって頭を下げていた。


「不詳、この景虎、改めて兄上に忠節を誓いとうございます」


 まだ目的も目標も明確に定まっていない私だけど、現代人として国民が安寧に暮らせる世は目指したい。その為には、同じ志を持つ者が多く必要だ。

 兄上は、それを共有できる人物だとたった今、理解した。


「そ、そうか。儂も頼もしく思うぞ・・・ところで話が逸れてしまったな。今は待たせている国衆をどうするか先に決めねばならぬ」


「そうでしたね。私もうっかり忘れておりました」


「ははは、仕方のない奴だな。だが、そうだな・・・始末を終えたらゆっくりと今後について語らおうではないか? どうだ。景虎?」


 兄上の屈託ない笑顔に私は一も二もなく頷いた。


「はい。喜んでお相手いたします」



 




 

話が進まない・・・予定では国人衆の後始末までは書きたかったんですが。ままなりません。

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