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謀略? いいえ、軍略です。

「では、今後の方針について話し合いを持ちたいと思います」


 栃尾の評定の間には実乃さん、弥太郎さん、安田長秀さんの他にも、金津新兵衛さん、加地春網さんらの現在景虎派と呼ぶべき武将の皆さんを揃えて集まっている。

 ここまでくれば、立派な評定ですね。

 議題は前言した通りの今後の方針。


「その前に、景虎様が女性という話は真でございますか?」


 30代半ばの男性が待ったをかけてきた。

 金津新兵衛さん。景虎の乳母を嫁にする武将と私の知識ではもってるけど、周囲から聞いた話では景虎が生まれる前の青岩院様の侍女を務めた人をお嫁に貰った人だそうだ。

 当時は子を産んだばかりで当然、景虎の乳母になる予定だったらしいけど為景の鶴の一声で立ち消えたとか。


「そうです。皆さんを謀っていた事には心より謝罪いたしますので、どうか許してください」


 私は床に手を付いて深々と頭を垂れた。

 許されるかどうかは問題としない。許されるしかないのだ。

 そうでないと今までの景虎の基盤が崩れ去ってしまう。

 小派閥になった私の行く末は姫として政略結婚の道具となる未来の可能性が大なのである。

 そんな事は私的に絶対に許されない。

 何の為に長尾景虎になったのか分からないからだ。

 これは、此処がゲームだろうと史実であろうと変わらない決意になる。

 故に誠心誠意謝意に闘気を漲らせて頭を下げた。

 謝ってるのか喧嘩を売ってるのか分からない?

 知った事か!


「あ、いや・・・頭を上げてくだされませ。別に景虎様を責めている訳ではありませんので。ただ、あまりにも衝撃的な話だったもので・・・」


「さよう、さよう」


 慌てふためく新兵衛さんに続き居並ぶ将たちも首肯を激しく繰り返すだけである。

 ふ・・・勝った。


「であれば、皆様に感謝を。そして、先の方針の話になりますが先ず申し渡しておきます。私は今後女性であることは隠しません。ですが、この十五年の研鑽を無駄にしないために戦時には戦場に立ち、平時には政にと邁進していく所存です」


 頭を上げ切った所できっぱりと宣言する。

 戦場に立つことには本当は戸惑いがある。死ぬのが怖いわけではないけど。ぶっちゃけ私が死ぬ絵面が想像つかないだけですが。あのチートの所為で。

 ただ、周囲の人が死んだり、傷ついたり、私が敵とは言え人を傷つけ殺す覚悟はまだできていない。

 これは理屈では表現できないと思う。

 殺らなきゃ殺られる。理解していても、令和の常識が私を縛り続ける。飢えを知らず、日本国という法治国家に守られて過ごして来た17年の体験が戦国時代を拒否するのだ。


「ご立派なお覚悟かと存じ上げまする。この様な主人に仕えられること、真に誉といたしとうございまする」


 安田さんが平伏すると皆がそれに続く。

 ふう。少しは忠誠心が上がってくれたかな?

 と思った矢先、皆の頭上に青い〇が浮かんだ。

 うん・・・もう驚かない。

 これは忠誠心を表示しているんだろう。

 ちらりと弥太郎さんに注意を向けると『目に一点の曇りもなく厚い忠誠心に溢れている』と表示された。

 あ、これ便利だ。

 史実の謙信は裏切りと謀反の連続だった。

 それを未然に回避できるかもしれない。


「では、皆さん、今後の方針について話し合いましょうか。現在、私は中郡の反春日山勢を討伐し、可能であれば下郡の揚北衆をも制圧するように兄上から命を受けておりますが・・・」


 これは年単位の戦になりそうである。

 何しろ兵糧には限りがある。ゲームでも序盤は無茶に攻め入って兵糧不足で泣かされることが多かった。

 最初は数年かけて領地を栄えさせて兵糧や軍備を整えなければならないのが定番である。

 なので


「皆様には各城の軍備や兵糧の整い具合を正確に把握していただきたく思います」


 と言ったら場が騒めいた。

 え? なんで? 私何か変な事言った?


「景虎様。その程度の事でしたら、城に戻ればすぐにお知らせできますぞ。小物頭に書類を提出させればあっという間にござれば」


 誰が言ったか分からなかったけど、皆が「しかり、しかり」言い出す。

 ああ、ダメだこりゃあ。

 兵站の大切さが理解できていないな・・・


「それでは、いけません。必ず、皆様方の目で直接見て確認してください。勿論、家臣を使って数を数えさせたり整理整頓させることは構いませんが、必ず、ご自身も立ち会ってください」


 大事な事なので「必ず」は二回使いましたよ?

 とにかく自軍の情報が正確に把握できなければ戦はできないので、今日はこれにて解散です。



______________________________________________



 それから数日。

 私は私室で欠伸をかみ殺していた。

 暇である。

 こういう時には、能力検証でもするのがいい。

 この前、昼抜き生活が地味に辛かったので満腹度を上げようとしたけど出来なかった。

 どうやら能力に影響を及ぼすバッドステータスにならないと発動しないようである。

 なので翌日に満腹度130%を30%に減らしたら、空腹・運動能力に10%の低下と発現したのですかさず満腹度を100%に戻したら成功した。

 消費した精神力は170。

 では、この減った精神力はどうすれば回復するのだろうか。

 その日は特にやることもなく、いや、そこ、何時も何もしていないとか言わない! ただ無為に時間を過ごしたら1ポイントも回復しなかった。

 朝餉を食べて直ぐに消費したポイントが就寝時間まで回復していないことを考えると時間経過が条件ではないようだ。

 なので次の方法を探るべくそのまま眠った。

 朝起きて武芸の稽古をする時間に昨日の結果を踏まえて精神力回復の手段を模索するべく、数値を確認すると999に戻ってた。

 睡眠が回復手段だと知れた瞬間だった。

 でも戦中、特に野戦とか城攻めだと満足に睡眠がとれないかもしれない。

 だから他の手段を探ろう。


「MP回復の定番が宿屋、つまり安心して寝ることだとするとして、やっぱり戦中は回復できないかもしれない」


 そうなると次手は「瞑想」かなぁ・・・

 私はその場で座禅を組み瞑想を始めた。

 日頃から鍛えられた体内時計を駆使しジャスト10分。

 精神力は10ポイント回復していた。

 10分で10ポイントなのか1分1ポイントなのか確認したら1分1ポイントだった。

 暇があったら1分でも瞑想したほうがいいようだ。

 ・・・瞑想中に居眠りしたらどうなるんだろう?

 私は厳しく鍛えられているのでそんなへまはしないけどさ。


「景虎様、失礼します」


 障子を開けて実乃さんが入室してきた。

 景虎として生きていくことを決めた日から近しい者には気軽に部屋に来てもいいと言い渡したのでそれなりの頻度で誰かしらやってくるのだ。

 その際に客人などがいない場合、入室許可を一々とらなくてもいいよとも。


「どうしたんですか実乃さん?」


「おや、瞑想中でございましたか、これはとんだ粗相を・・・」


 座禅を組んでいた私を見て頭を下げようとする彼を手を上げて制止する。


「構いません。それで何用です?」


「いや、大したことではないのですが、その、皆様方は遅うございますな」


「まだ一人も来てないからね。大方、帳簿と現物が合わずに狼狽えているのでしょう」


 今頃大慌てで辻褄を合わせているのだろうね。

 商家に頼むしかないだろうけど、この近辺の国人が一斉に買いに走ればどうなるか火を見るより明らかである。

 その点、栃尾城は優秀だ。

 この前の訴訟の時も書類がしっかりしてたし、実乃さんの家系はちゃんとしている。


「ふむ・・・この騒ぎを近隣の者が知ったらどう思うかな?」


 ちょっと閃いた事を実乃さんに尋ねてみる。


「さて、戦の用意をしているのかと思いましょうか」


「ですよね。いずれ方針が決定したら戦になるとは思うので強ち間違いないのですけど」


 奇襲は無理になったかもしれない。実際に攻め入らなければ時期をずらしての強行は可能かもしれないけど。

 城攻めより野戦の方が決着を付けやすい。誘き出せるかな?

 いや、この騒動からして大軍に攻められると思い込んで籠城する確率の方が高そうだ。

 理由を話さないで皆を城に返したのは失敗したか・・・

 まてよ?

 それなら・・・やらないよりやって失敗したほうがまだマシか。


「そうですね。お手紙を認めましょうか」


「催促の文ですかな?」


「いえ、ご挨拶ですよ・・・ふふふ」


______________________________________________


「この下平吉長、長尾殿に敵対する意思など毛頭なく弁明に参上いたしました」


「同じく上野家成、弁明にまかり越した」


 私が評定の間に入室するとすぐさま二人の男が平伏して口上を述べた。

 私のお手紙に釣られてきた獲物達である。


「面をお上げください。私が長尾景虎です。この近辺の反春日山勢力の平定を任されております」

 

「ですから拙者には長尾殿と対立するつもりなどなく!」


「私もです!」


 男二人が必死に言い募ってくる。

 私が書いた挨拶状は近隣に無差別にバラまいた。

 要約すると「貴方は三条長尾家に背いているので討伐に向かいます」そんな内容だ。

 貰った方は寝耳に水だったろう。

 最近長尾家が大戦の準備をしていると噂に聞いていたら、その矛先が自分に向けられていたなんてと。


「あなた方は何処の国の国人ですか?」


「魚沼です」


「同じく」


「ほう魚沼? そこは何処の国の土地名でしたでしょうか?」


「その方は、子供か? 越後に決まっておろう」


 少し苛立ちを見せた上野何某が素を見せつつ答える。

 短気というより頭が悪いのか、こちらの意図することに気づかずに粗野な物言いで私を侮辱しているともとれる言葉で煽るなんてさ。

 私は小さく嘆息して教えてあげる。


「それなら、何故、越後守護代に従っていないのですか?」


「そ、それは・・・」


 返答に詰まる上野。どうやら下平の方は薄々気づいてたようで肩を落としている。

 彼らからすれば、越後の内紛を治められない守護代を侮って日和見を決め込んでいた。それだけだったはずで、内紛中も内紛後も何も変わらないと思っていたのだろう。


「従えないのであれば、書状通り、討ち行って一族郎党の首をすげ替え、魚沼は長尾守護代家の直轄地としますが、よろしいですよね?」


「ま、待って下され! 書状では従っても所領は召し上げるとあったではないか! それでは我らに死ねと言ってるも同じではないのか!」


 必死の叫びを上げるのは一所懸命の武士だからこそ。

 文字通り土地のために命を懸けるのだ。

 だから所領安堵で味方につければいいのだが、それでは何時かまた裏切られたときに困るのである。

 私が知る史実では家臣の領地争いで謙信が出奔している。

 そして、裏切られながら成敗しては許すなんて、お金と米と人を多くロスしている。

 それも武士が土地を持っているから兵を挙げることができるからだ。

 私はそんな無駄な事はさせない。

 謙信が義将と呼ばれたのは江戸時代からの創作によるものと言われている。

 実際は関東出兵で略奪や奴隷の売買等もしていたという。

 私の名前になった人の意外な一面を知った時はショックが大きかった。

 でも、私は義の武将上杉謙信が好きだ。

 だったら、この世界で私がもっと誇れる義将になってやろうと思う。

 その為に越後は裕福にならなければならない。

 決定事項だ。

 全ての領土を直轄地にしたいところだけど、現実にはそれは無理だろう。

 明治維新級の大改革が必要だ。

 でも、もっと領地を整理しなければ戦国の世は終わらない。

 国人程度に土地を持たせるわけには行かないのだ。


「命は取らないと認めてあったはずですよ? でしたら、長尾家に仕官してみては如何でしょう?」


「・・・仕官しても土地は貰えないのであろうが」


「そうですね。俸禄を受け取って様々な職に就かされるでしょう。その中には郡代、代官もあるでしょうが、土地は長尾家の物です。ですがその仕事で功績を積んでいけば管理能力を認められ城持ちになり再び土地を、それも何千石もの土地を得るこも考えられますね」


 そう、そこまで出世できるのなら、謀反の可能性は極端に抑えられる。本人の土地に対する意識改革を促し、自分の土地でさえも長尾家の為にあると思ってもらえれば・・・


「不当な扱いはしないと約束できるのか?」


「ええ勿論です。相応しい役目が与えられるでしょう」


 そう、身の丈に合った役目がね。


「一族で考えねばならん。少し時を頂くが宜しいか?」


「はい。よくよくお考え下さい。決して、後悔のない選択をお願いいたします」


 私の微笑みを受けて二人は帰って行った。

 彼らが蜂起してもそれは構わない。その時は話した通りになるだけだ。

 晴景兄上の予定では武力制圧だったので、家臣としての私の立場は問題ない。

 ただ、戦はしない方がいい。


「見事な能弁でしたな、この実乃、感服いたしましたぞ」


 終始無言だった実乃さんが褒めてくれた。

 ここは素直に受け取っておこう。


「ありがとう。国を取るのに戦は下策ですからね、この会合が下策にならないことを祈っておきましょうか」


上野さんと下平さんは越後の国人ですが生死の年代が不詳の人。もしかするとまだ生まれていないかもしれないし、子供かもしれない。だけど死んでいないのは確かで、オリジナル武将を出すよりはと登場してもらいました。今後も出番があるかは未定です。

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