能力検証
結局、時代の常識に負けて下着レスで生活することになってしまった。
私がここに来た時には褌を履いていたのだけど、実乃さんが「もう女性と分かってしまったのですから褌は要りませんな」といい笑顔で言ってきたので、下も履いていない。
ただ女物の着物を着るのは重苦しくて嫌なので男装である。
女中みたいな衣装がいいと言っては見たものの、権威の問題などから却下されてしまったのだ。
姫の衣装ならば戦場に出ぬなら良いでしょうとか言われたけど、それは前述したとおりに私が却下した。
というわけで、私は栃尾城の庭におりて木刀を振っている。
身体のあちこちでスース―するけど気にしたら負けだ。
足裁きから体幹を意識しつつ、力みなしに自然体で木刀を振り上げ、袈裟に斬り落とす。
「うん。特に違和感はないかな。現実通りに動けてる」
長尾景虎の肉体というよりも、長尾景虎の肉体だ。
女になってる部分でお察しだったかもしれないけど、少なくとも景虎の身体を乗っ取ったって感じじゃないので安心する。
「お。虎様も剣の修練かい?」
木刀を下ろして一息ついていると弥太郎さんが同じく木刀を携えてやってきた。
改めて見ても大きい。身長は180センチを超えてるな。私が令和の日本人女性の平均よりも低い160センチだとしても頭一つ分は大きい。
そして服の上からでも分かる筋肉量たるや圧巻の一言である。
「うん、体を訛らせると碌なことが無い。あとは朝餉までの暇つぶしもかねてるけどさ」
「暇つぶしね。それなら型稽古より、オレと一勝負しないか?」
人懐っこい笑みを浮かべる弥太郎さんをじっと見つめる。
どのくらいの強さなのかなぁ・・・
令和の剣聖と呼ばれる私だけど、本物の戦場を駆け抜けている人を相手に通用するのか。
そう考えてると興味がわいてきた。
「!?」
勝負を受けようと口を開きかけそのまま固まってしまう。
武勇94 統率30 知略12 内政10 外交39
これって、ステータス?
しかも野望シリーズっぽい奴だ。
だとしたら最大値は100としてこれは、本気でやっても歯が立たないかもしれない・・・
「どうした、虎様? 面白い顔で凍り付いちまって」
「いや~私、記憶なくしてるから弥太郎さんがどれだけ強いか分からなくてね・・・どう相手すればいいのかなと・・・」
背筋を冷たい汗が伝わるのを感じながら適当なことを言う。
私が負けたのって、二年前のお爺ちゃんで最後だったっけ・・・
中学卒業の記念に本気の勝負を挑ませてもらって負けたんだけど、高校に入ってからはそんなお爺ちゃんを相手にしても勝ってたんだよね。
で、私が社会人になったら道場を譲ってもらう約束をして喜んだんだっけ。
就職しないで済む―って感じで。
「なんだ、そんな事、考えるまでもねえだろうよ。いつも通り、全力で来なよ」
そっか、景虎は全力勝負だったのか。そうだろうな、ゲーム的に考えて彼の武勇は100だろう。でも年齢が加味されるなら、まだ至ってない可能性もある。15歳、現代では14歳。私がお爺ちゃんに負けた時より若いんだし。
それと、あれか。ゲームの武勇は兵を率いた時の強さでもあるから個人の武芸の腕とはまた違うってこともある。
「それなら、私も全力で行かせてもらう!」
弥太郎さんに威勢よく啖呵を切り木刀を構える。
呼気を整え、血流を巡らし神経の一本一本に至るまで鋭く尖らせる。
私が臨戦態勢に入ったのを肌で感じ取ったのか、弥太郎さんが慎重に木刀を握りなおした。
景虎にとっては馴染み深い相手であったとしても私には初見の相手。
しかも相当強いのが自分の経験だけでなく数値という情報としても分かっている。
どう仕掛けてくるのか、予想できない。
躱せるか、受けれるかも不明。
ならば、こちらから仕掛けるまで。
風を置き去りにする無拍子での加速。
お爺ちゃんでさえ反応できなかった初動に、しかし弥太郎さんは動きを見せる。
私の動きを見切っているのか、戦場で磨いた勘故か。
身体を引きながら私の木刀が走る線に己の木刀を合わせてくる。
膂力は向こうが上だろう。
この加速力を腕に乗せて彼の剛力に抗うべし。
木刀と木刀が触れ合う。
来るべき衝撃に耐えるため掌に満身の力を込めて木刀を握りしめた。
結果、驚くべきものが待っていた。
「な!?」
「え?」
カラカラと乾いた音が庭に響き渡る。
それは木刀が地面を駆ける音。
しかし、私の木刀は私の手に。
弥太郎の木刀も弥太郎さんの手に。
ただ違うのは弥太郎さんの木刀は元の半分ほどの長さになっていた。
その先端はまるで名工の手で仕上げられた業物の刀で断ち切られたかのように滑らかである。
「木刀で木刀を斬った?」
呆然とした呟きはどちらの言葉だったのか。
その瞬間、時は止まっていた。
しかしそれは長続きできない。
「すげえ! 凄すぎるぜ! 何だよ、今の虎様!」
物凄く興奮した弥太郎さんに対して私は急速に熱を失っていった。
私が聞きたいよ!
木刀を左手に、利き手である右手を開いて眺め見て理解する。
武勇100+100 統率100+100 知略94 内政86 外交90
チートだった。
「ああ・・・毘沙門天のゴカゴかな、多分ね」
それだけ言うのが精一杯だった。
勝負前の冷や汗とは違う冷や汗がまた背筋を伝った。
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朝餉のメニューは玄米と麦の混ぜご飯、焼き魚、お漬物、味噌汁。
この時代にしては豪華だ。
白米は江戸時代だと庶民でも食べられたらしいけどビタミンB1不足で脚気が流行ったっていうしね。
焼き魚は干物じゃなく鯵の塩焼きだ。栃尾から海までの距離を考えると鮮魚を仕入れて運ぶのは大丈夫なのかな? 夏場はやばいかもしれないな。
醤油が欲しいけどこの時代にはまだ存在していない。味噌の上澄みのたまりならあるらしいけど如何せん量産は不可能だ。
そういえば、中学の社会見学で某有名醤油メーカーの工場見学に行った際に貰ったパンフレットに原始的な醤油の作り方が乗ってたっけ・・・確か・・・大豆を蒸して、小麦を炒めて砕いて麹菌と混ぜて醤油菌を作ったら食塩水と合わせて発酵させ、何か月かたったらそれを絞れば一応の醤油になったはず。確か他にも熱を加えたりろ過したりして現代の醤油になるらしい・・・けど戦国時代にそこまでは求められないか・・・味噌職人に作り方を教えれば試行錯誤して作ってくれそうである。物造り大国日本を見くびってはいけない。
で、漬物はしょっぱい。でも文句は言えないよね。この時代だと朝はご飯に味噌汁だけなんて武将ですらザラだったはずなので。
最後に味噌汁。具に里芋が入ってる分だけ贅沢だろう。
味は期待してなかった。様々な調味料と素材で肥えた現代人の舌なんだから仕方ない。食べられるだけ感謝しなければ。
でも、ご飯の量には参ったな。一日二食とは知っていたけど、量がお椀から富士山になるくらいに盛られているのを見て流石に引いたわ~。
残すなんてこの時代では罰が当たるというものなんで無理して食べたけど・・・動きたくない。
乙女の尊厳を守るためにも。
今は皆が仕事中らしく誰も部屋を訪ねて来ない。
今の内に今朝から散見する変な能力の検証でもしますか。
先ずはサーモグラフィから。
う~ん・・・体温を知りたいと念じればいいのかなぁ。
「あ、出た」
多分、私の人型に赤~青で表示される温度。でも不便だ。体温計のように体温が表示されるわけではないらしい。使い道としては暗い所でも生き物がいるかどうか分かるかもしれないってことか。
「次は状態確認の能力を・・・」
これまた簡単に脳裏に浮かんだ。やっぱり裸の私が表示されてる。で、生命力、体力、精神力が999と。
これ、他に使い道あるのかなぁ。
色々悩んでいると満腹度という表示が130%と明記された。よく見ると立体画像の私のお腹も膨らんでいる。
うわぁ・・・
あれ何か「!」マークが付いてる。
何だろう? 注意を向けてみれば・・・
「食べ過ぎによる運動能力低下30%ですか・・・数値を見るに満腹度を超えた分だけ能力が低下してるっぽい?」
これは食事には気を遣うぞ。
と思ってると『満腹度を下げますか?』と表示された。
「え? そんな事できるの?」
試しに満腹度を腹八分目の80%まで下げてみよう。
『精神力を50消費します』
そして私のお腹はすっきりした。
代わりに少し気疲れしたみたいな気がする。精神力の値は949に減っている。
モデリングの私のお腹も引っ込んでる。
しかし、全裸というのは幾ら私の脳裏の映像でもちょっと恥ずかしい。服でも着せられないかと念じると、今の衣装と甲冑姿の私の姿がモデリングに反映された。
ああ、信長無双のシリーズでも衣装替えできたね、そういえば。
この能力は、もしかすると色々と使えるかもしれない。要検証と。
「次はステータスの確認か」
これも簡単に出来た。
武勇100+100 統率100+100 知略94 内政86 外交90
改めるとゲームの謙信以上の能力な気がする。
もしかして、私の能力が適応されてるとか?
いや、ないない。
戦国最強の謙信を上回る能力が私にあるはずがない。
それより気になるのは武勇と統率の+100だ。これはなんぞ?
例によって意識を向ければ『毘沙門天の加護』とある。
「うお! 本当に毘沙門天の加護があるよ・・・」
で、例のごとく『!』をチェック。
『身体能力の大幅な向上。軍を率いる際に士気を最大まで上昇。配下武将への念話による意思伝達ただし一方通行。危険回避能力上昇。神通力による部隊強化』
「うわぁ・・・チート過ぎる・・・」
ここまでくるとドン引きである。
何かどんな戦でも負ける気がしないんだけど。
ああ、でも数の暴力や配下の謀反とか裏切りには注意が必要かな。強化した部隊が裏切ったら目も与えられない。
それに神通力とやらも精神力を使うのだろうから、消費量次第ではそこまで強化は出来ないかもしれない。
後は敵の策とか私に見破れるのだろうかという不安もある。
「取り合えず、今把握している能力はこれだけだけど、他にも何かあるかもしれないな」
期待と不安が混じり合う中で、しかし私は確かな期待の方を抱くのであった。