此処は何処?
私の名前は長尾景虎。平成17年8月7日生まれの17歳。趣味はゲーム、特に歴史シミュレーションゲーム。特技は剣術他武芸。
昨日は買ったばかりの「戦国大名の野望・入魂」をプレイしてたはず。
なのに、なんでこうなった?
「いやはや、まさか景虎様が女性だったとは、この実乃今まで全然気が付きませんでした」
頬に紅葉の痣を張り付けた本庄実乃さんが後ろ頭を掻きながら平伏していた姿勢から起き上がってそう宣わった。
今の私は古風な板張りの部屋にある4畳半の畳の上でさらしを胸に巻いた状態で正座している。因みに下半身は袴だ。
なおこのさらし、胸を隠す為ではなく脇の下の傷の治療のために巻かれていたりする。落馬のさいで
実乃さんの話によると運良く鎧が防いでくれて鏃は先端が少し肌に食い込んだ程度だったらしい。
むしろ、落馬の際に頭を打って受けたダメージが大きいと言われてしまった。
この状況、昨日のゲームの続きそのままっぽいのである。
気を失った私は栃尾城に慌てて搬送され、鎧を実乃さんに脱がされた直後に目覚め、胸を見られた際に悲鳴を上げて彼を強烈な平手打ちで昏倒させてしまった。
状況がまるで分らずにパニック症状に陥った私の姿を見て、頭を打った所為だと誤解したらしい。
いや、今現在でもパニックは継続中ではあるけども。
「ねえ、実乃さん? 私が本当に景虎様だって信じているわけですか?」
そう問えば、目を丸くして実乃さんは驚いた。
「これは異なことを仰せになられる。某、景虎様が矢を受け落馬した時からこの城まで一緒におったのですぞ? 誰かと入れ替わることなど不可能でござれば・・・まぁ、あの強烈な平手打ちを受けた際に気をやりましたれば、そのすきぐらいでしょうが、あの時には医師もおれば弥太郎と安田殿もおりましたから」
「え~と、それでも顔とか声とか背丈体格が違うとは思われませんか?」
実乃さんの説明にも私は必死に抗う姿勢で臨む。成り切りプレイとか言ってたけど本人になりたかったわけじゃない。
「いえ、何処をどう見ても景虎様でございます」
「マジかぁ・・・」
「まじ・・・? 良くは分かりませんが、その見目麗しき顔も凛々しくもお美しいお声も、すらりと長いおみ足も全くもって以前からの景虎様と寸分狂いはありませぬ。ああ、胸は初めて見ましたのでそこだけは何とも言えませんな」
少し目を逸らし何となく言いにくそうにする実乃さん。
それは、服を着て居たら男か女か分からない貧相さだと言いたいわけですね!
知ってました。着痩せするタイプで貧乳なんて厭味なコンボ属性持ちだってことは。これも小さい頃から剣術なんてやってた弊害だと思います!
でも絶壁でも俎板でもないんですよ! あるにはあるんです! 乙女の意地くらいには!
それにしても信じてくれそうにない。
「景虎様としての記憶がないんですけど、これはどう説明するんですか?」
事実を言うと流石に実乃さんも困惑したようにもごもごと口を動かして絞り出すように言葉を発する。
「頭を激しく打ったのであれば、その様な事もあるかと存じます」
自分の言葉なのに少し納得いかない様子だけど・・・事実を見てきたから己の目を信じて疑わないのだろうな。
だったら切り口を変えてみるか。
「逆にお尋ねしますが、私が女である事を昔から知っている人は居るんですか?」
「・・・そうですな・・・先代為景様なら知っておるでしょうが、そもそもあのお方が景虎様を男子としたわけですし・・・いや、それも男子を願いながらも女子が生まれたから疎まれたのだとすれば納得もできまする」
暫く悩んだ様子で実乃さんは答えた。
戦国大名である長尾為景が男だと言ったのなら、兄や姉も景虎を男と思っていた可能性は高いかな・・・
なら。
「母、青岩院様や乳母、取り上げ婆などはどうかな?」
「記憶がないと仰せのわりに御母堂様の事はご存じなのですな。そうですな、取り上げ婆は既に亡くなっておりますし、乳母も為景様が景虎様を嫌っておいででしたので碌につけられず、御母堂様が全てのお面倒を見ておられたはずでございます」
「そうなのか。だったら、青岩院様にお聞きするのが早いと言うことだね。じゃあ、明日にでも文に事と次第を書いて問い合わせよう。頼みましたよ、実乃さん」
そこで私はやっと人心地つけた。
生母ならちゃんと景虎が男だったと証言してくれる。
ああ、良かった・・・
・・・本当にこれで良かったのかな?
景虎が男だと証明されれば、当然ながら私は誰だ? という話になるだろう。誰ならまだいいかもしれない何だ? と思われたら最悪命に係わるのではないだろうか?
実乃さん達が目撃者であるのも事実、青岩院さんの証言も事実。
どちらが信じられるのだろうか?
この時代、神仏や妖怪の類が実しやかに信じられる世界である。
冷静になったら急に怖くなってきた。
そもそも、私は自分の証明ができない立場であり状態だ。
何故、此処に居るのか?
というか、ここは何処なのか?
私の夢の中なら一番いい。
仮にゲームの中だとしても帰れる方法は不明だけど、まだ戦国時代にタイムスリップなり魂が憑依したとかよりはマシじゃないだろうか?
試したくはないけど死んだらゲームオーバーで戻れる可能性もあるかもしれない。
でも最悪の最悪でここが史実の戦国時代だった場合、死ねば間違いなく終わりだろうし、私が何かして歴史が変わるかもしれないのがまた怖い。
生きるために人を殺さないといけないかもしれないのが怖い。
自分が知り合った人が直ぐに死んでしまうかもしれないのが怖い。
怖いもの尽くしで何もかもが怖い。
知らずに嗚咽と涙が溢れ出た。
実乃さんはもういないのが幸いだ。
ここは、私に与えられた寝室。畳の上に横になって夜着という着物を掛けて寝るだけの部屋。
精神的な疲労から自然と眠りに就くまで私は泣きとおしたのだった。
「景虎様、おはようございます」
朝の目覚めは実乃さんの第一声だった。
障子の向こうで座ってるのが影でわかる。
結局、夢じゃなかったようで私は嘆息した。
「おはようございます。実乃さん」
「景虎様、さらしをお替えしますので入っても宜しいですか?」
「な、何を言ってるんですか! 自分で替えますから実乃さんは下がってください!」
平然と突拍子もないことを言ってきたので、上擦った声で返答してしまった。
「はて? ご自身で替えるのはお手間でしょう? 何か胸を見られて蟠るものがありますか?」
これまた平然といや、不思議にと思っているような戸惑い方。
ああ、そうだった。
日本人女性が胸に羞恥を持つのはキリスト教の影響からだったっけ。
ここで変に嫌がれば何か疚しいことがあるのかと勘繰られるかな・・・
現代とは逆だ。
ええい! 郷に入っては郷に従え! 女は度胸!
「そ、そんな事はけっしてない。わかったから、入ってもいいぞ」
「では失礼をします」
行儀正しい作法で入室してくる実乃さんを見ながら、意を決してさらしを解く。
全部解き終わる頃には実乃さんがじっと私を見つめていた。
うぅ・・・恥ずかしい。きっと顔は真っ赤だ。
熱ってるのが分かる。
ん?
今、何か頭に映像がフラッシュバックしたような・・・
人型で赤や青や黄色で表示された・・・ってサーモグラフィ!
「おや、もう傷跡がありませんな?」
私が吃驚している間に実乃さんは私の右脇の下をジロジロ見つめていた。
くぅ~・・・メッチャ恥ずかしい。
でも、傷どころか跡さえ残ってないって、マジか?
って思うとまた脳裏に画像が浮かび上がった。
今度は何故か、私の全身裸像でクルクルと色んな角度で回転し全身が隈なく調べられる。
うん。確かに傷跡がない。
・・・
「ナニコレ~!?」
「ど! どうなされました! 突然に叫び声などあげられて!」
立ち上がって叫んだ私と勢いで思わず引っ繰り返った実乃さん。
だけど彼を気遣う余裕はない。ないったらないのである。
この脳裏に映る画像・・・良く知りたいと思えば、生命力999 体力999 精神力999 という数値が表示された。
1000にならないことを見るとカンストなのかな?
いや、比較対象が無いから分からないな。
「ぶっ!!」
「こ、今度はどうなされました!?」
ふと実乃さんを見たら彼の全身裸像と共に、生命力78 体力92 精神力88 という数値が脳に浮かんだのだ。
きつく目を瞑り慌てて頭を左右に振って邪なるものを振り払う。
次に目を開けた時には画像は綺麗さっぱり消え去っていた。
良かった・・・本当に。
でも、これはやっぱりゲームの世界なのか?
何となく信長無双っぽい表示だったけど・・・私がやってたのは戦国大名の野望のはずなんだけど。
「・・・様! 景虎様!」
「ああ、実乃さん。どうしました?」
「どうしましたではありませんぞ。それは某の言う言葉でございます」
訝し気に私を見てくる彼に「あ~」と気の抜けた声を出しながら頬を掻く。
どうしよう? さっきから、変な姿ばかり晒してるよ・・・
「そのぅ・・・何だかお告げを受けまして、私の体にもう害はないという事です。いきなりで驚きましたが・・・」
困った時の神頼み。
いや、神様の所為にしてしまえ!
「なんと! お告げが!? そう言われますと傷の快癒といい、落馬の影響や矢を脇下に受けてかすり傷程度であったりと何やら神がかっていまするな」
記憶がないという点には口を閉ざしておこう。
こればかりはどうしようもないし。
仮に此処がゲームの世界だとしても話して信じてもらうには時代的にも無理がありそうだし。
「それで如何なる神仏のお告げでありましょうや?」
「毘沙門天様ですかね? いや、健康に関する事なら薬師如来様の線も・・・あるかもしれませんね」
上杉謙信なら毘沙門天だろうと咄嗟に口を突いて出たけど、健康状態を知るっていうのなら薬師去来でもありだろうと思った。
確かまだ、景虎はこの時、毘沙門天に帰依していないはずだし。
「複数の神仏からの加護とは素晴らしいですな!」
実乃さんのテンションが上がった。
そして、私のテンションは下がった。
実乃さんが私の姿を頭の天辺から爪先まで眺めていたからである。
私、まだ上着着てない。
「え~と、私の着物・・・小袖は何処に?」
小袖は平安期には下着扱いだったけど戦国期には男女問わず平服として用いられていたらしい。
なので、実乃さんに頼んで部屋の隅にある衣装入れから着物を取り出し渡してもらった。
それをじっと見る。
せめてスポーツブラが欲しいな。
これを素肌に着ると色々擦れて大変そうな気がするんだけど。
「どうなされました?」
何時までも小袖に手を通さない私を見て不思議そうに聞いてくる実乃さん。
「さらし、巻いておこうかな」
「怪我もされていないのに息苦しいだけでは?」
正論で返されてしまった。