ようこそ、死者の国へ
ゲオルグに先導されて森を進むアレックス達。当然ながら魔境が舗装されてるはずもなく、相変わらず歩きにくい。進むに連れ、むしろ悪路と言ってよいほどになっていた。邪魔な樹木に加え、岩や窪地が多くなり 足元に気を取られて索敵どころではない。
また、案内役のゲオルグ達2m級トロール相手では体格差があり過ぎた。親子が登山しているようなもので、小柄だと障害物を乗り越えるのも体力の消耗が違うし、なにより歩幅が全然違った。ペースダウンしてもらわないと堪らない。
「ちょっと!歩くの早いよ。慣れてるアンタらは裏庭を散歩するようなもんかもしんないけど、あたしらにはアスレチックコースなんだからね!」と、シュラは文句たらたらだ。もはや、ミニ・スカートから下着が見えてるか…などと気にする余裕すらない。
「これは失敬。早くお館様にお引き合わせしたく、皆さまに合わせることを忘れておりました」
息を切らしているドロスも同意した。
「はぁはぁ・・・。確かに、嫌がらせみてぇな地形だ。神官戦士の修行でも、こんな道はなかなかなかったぜ」
元山賊ですら音を上げているのだ、魔術師のレウルーラは文句を言う余裕すらなく、ただ恨めしそうに先を見るだけであった。
(そもそも、ゲオルグさん達はゾンビウォーリアーなら疲れ知らずじゃないの・・・)
「あっ、城壁だ!」とシュラが前方を指差して はしゃぐ。
「何を馬鹿な…」とアレックス達が思いながら目を細めて見てみると、無人の辺境に堂々たる城壁があった。
高さは4mほどで低めだが、その後ろには更に2m高い6mの城壁があった。二重城壁は大陸を探しても類がない堅牢さであった。
「そう、城壁だ。二重ゆえに一気に突破できない造りになっている。ちなみに、外壁の内側は兵の宿舎、内壁はアパートメントとして貸し出す予定だ」と言いながら、パカラッパカラッと馬を駆りソドムが現れた。手を振る彼の表情は、照れくさそうだった。ソドムの姿を確認するとゲオルグ達 戦鬼兵団は直立不動の姿勢で主を迎えた。
ゲオルグはチラリとシュラ達を向き、
「先ほどからの岩や窪地は、敵が攻城兵器を運べぬように我々がわざと配置しもうした。いずれは馬車が通れるくらいの道は作る予定ではありますがな」と険しい山中の理由を明かした。
「なるほどねぇ~」汗をタオルでぬぐい、感心するシュラ。おバカな彼女は、いち早くソドムの胸に飛び込み求婚するという、秘めた作戦を忘れていた。
レウルーラは気持ちを抑えきれず、誰よりも先に駈けだした。不思議なことに夫が生存していたことへの喜びは、一歩一歩進むごと、散々心配させたことへの苛立ちに変わっていく。
ソドムは馬を降りて抱擁の準備をするも、眼前で立ち止まった妻にビンタされてしまう。
「心配したのよ!無事なら無事と何で連絡しないの!」と言って怒りをぶつけるレウルーラ。
物理耐性があるため痛くはないが、よろけるソドム。それをシュラが支える…と思いきや、胸ぐらを掴んで引廻し、投げ飛ばした。そのままマウントとって、拳を握りしめる。
「そうよ、わざわざ救出しに来たんだからな!それなのに・・・なぁ〜にが 「城壁だ」よ。知らねーから、そんなこと!」と言って拳を振り下ろす、しかも手加減なしで。
「グハァ。ま、待て待て 話せばわかる!」
「わかんないし!」と言い、シュラの乱打した。
別に怒っているわけではないが、久々のサンドバッグにできる機会だから殴ってるに過ぎない。ただ、どさくさにスカッとしたかっただけであった。物理耐性のあるソドムだ、遠慮はいらない。
馬乗りになって拳を振り下ろすシュラは、いつしか笑みがこぼれ、不覚にも「あはは」と笑い声が漏れている。間違いなく楽しんでいるのだ。
こんなことで主を失っては不安定な山賊に逆戻りになるので、ドロスは光の魔法を唱え始め、シュラを止める準備をした。
便乗して殴ってると気がついたソドムは、防戦から反撃を試みようとしたが、近接戦闘ではシュラには敵わない。命令しようにも喋る余裕すらないラッシュ。
(いかん・・・意識が・・・。眷族とて、油断はできないということか)
ソドムは顔面直撃を減らすため守りに徹して、打開策を練った。そして、念じた。
ソドムの特殊能力で影武者をシュラの死角から出現させる。足元の影から滲み出るように現れた黒い分身は、シュラの背後をとった。そこからは、影武者が両手でシュラの首を掴んで後ろに引き剥がし、その崩れに乗じてソドムが みぞおちめがけて前蹴りを放った。二メートルほど吹き飛ばされたシュラは「ムグゥ~」と唸る。
「いい加減にしろ!」と一喝するソドム。場合によっては女子供にも容赦がない男である。さすがにレウルーラもソドムに味方して「シュラちゃん、やりすぎよ!」と叱った。
ドロスは「冷や冷やさせやがる・・・」と言って詠唱を止めた。シュラの桁違いの強さを身に染みて知っているだけに、それが本音であった。
「エヘ、ごめん。最近、暴れてなくってさ〜」と、同じく物理耐性があるシュラが 立ち上がりながら けろりと謝った。
冗談で済むレベルではないのだが、弱腰と思われると増長しかねないと思い、あえて不問にして 口元の血を拭いながら 怒りを体から放出するかのように「フゥ~」と息を吐く。
(このガキャ〜!周りの目がなければ、卑猥な命令やアレヤコレヤしてやる所だが…。まずは冷静にならんとな。楽しみは取っておく、命令は絶対な上に記憶を消せる!)と、心は すっかりゲス野郎だが、顔には出さずに声をかけるソドム。
「時に、私が無事に暮らしているという手紙を茂助の部下に届けてもらったはずだが、読んではいないのか?」と、シュラに向かって問いただす。戦後、連邦による監視は厳しく、忍であっても往来ははばかられた。
唯一、シュラが連邦圏外である帝国領に滞在していたので、なんとか茂助の手下を潜入させて、自分の無事を伝えるとともに、極秘裏に皆を集めて岬へ参集するように手配しておいたソドム。それなのに、いきなり殴られたので納得はできていない。
まさかのソドムの発言に反応して、アレックスやレウルーラの首がグルリをシュラの方を向いた。
「へ?なに?・・・そういえば、バイト中に手紙貰ったけど、ストーカーさんからのラブレターかと思って破り捨てたかも・・・。あ、いや バイトじゃなく修行ね」シュラは、顔を赤らめて弁解する。出羽守の斡旋で帝国滞在中は、とある師匠に師事して奥義を伝授してもらっていたのだが、あえて言わなかった。
今までの道中の苦労や心配を霧散させるような二人のやり取りに、レウルーラ達は呆れて 冷たい視線をシュラに送ったが、彼女はちっとも気になどしていない。
「まあいい…。先の戦では帝国への使者、ご苦労であった。帝国軍がギオンの街を包囲してくれたおかげで、連邦が攻めてこず 街の被害はなかったのだからな」そう言ってシュラに歩み寄り、頭を撫でた。褒め方が子供の御使いなのだが、義理親子でもあるので、気に留める者はいない。
「ま、チョロいもんよ。結局、戦争は負けちゃったけどね」と、まんざらでもなかったらしく、素直に喜ぶシュラ。
(切り替え早っ!竜王だけに器がデッカイねぇ~!)
「ああ・・・。だが、あれはあれで悪くない。ここの防衛体制ができるまでの時間稼ぎにはなった。本来の開戦予定は数年後・・・、即座に攻められたらひとたまりもなかったからな」と、しみじみ城壁を見て 、頷きながら安堵の溜息をつくソドム。
「えっ!?ちょっと待って。じゃあ、相当前から城塞を築いてたってこと?」と、探究欲が人一倍強いレウルーラが聞いた。さっきの怒りなど、どこかに飛んで行ってしまい、今は謎の城郭に心を奪われていた。一見常識的な感じの彼女だが、魔法実験や物事の探究となると夢中になり、倫理観など おかまいなしになってしまう。
とはいえ、普通に考えて城壁は簡単にできるものではない。資金はもちろんのこと、資材の搬入、そのための人夫・職人、建設中の護衛、そして膨大な時間・・・。それを幹部である自分たちにすら気づかれずに造るなどと、到底信じられなかった。
驚くには驚いたが、シュラの見解は違った。
「ルーラっち、魔法でチャチャっと作ったに決まってるじゃん」ドヤ顔で言ってのけた。
「シュラちゃん・・・、さすがにそこまで便利な魔法はないわよ」馬鹿にこそしていないが、声のトーンが下がるレウルーラ。
(絶対ない・・・とは言い切れないけれど、まずない。冴子ちゃんみたく城を召喚できても、その城は魔法で作ったものではないし)
「そうですよ、小規模な壁なら可能でしょうけど、城塞までは・・・」と、追いついたアレックスも魔法説には反対だった。
ソドムは両手を開き、皆を押しとどめるようなしぐさをして言う。
「まあまあ、ボケはそのくらいでいいから。十年前から人数を割いてコツコツ造ってたに決まってるだろ。ギオンの街に振り向けるべき予算をこっちにまわしてな」
「はぁ~!?だから、ギオンは石壁じゃなく土に柵を刺したような安っぽい造りだったの?テメー、そのせいで あたしらが どんだけ苦労してきたかわかってんの!?」と、シュラがソドムに詰め寄る。また殴られてはかなわないので、右手でシュラの顔を押さえて突進を防ぐソドム。
「あのなぁ、ギオンは あくまでも仮の街だぞ。ギリギリ持ち堪えてくれれば それでいい。まあ・・・囮だな、カッコ良く言えば、迎撃型要塞都市!」仮の街だからこそ、祇園などという帝国にすり寄った名前でも我慢できたのだ。
「えっ?そなの?」シュラの勢いが止まり、振り返ってアレックス達の表情を確認する。一様に「初耳だ」という顔をしていたので、シュラの名誉は守られた。
「資金はともかく、アンデットを駆逐しながらの建設は難しいはずよ」ソドムがザーム老師に莫大な資金を借りていたが、その使い道がようやくわかった。ただ、アンデットの群れをを撃退しながら建設する手段が彼女には思いつかなかった。
ソドムはキョトンと不思議そうな顔をしている。それから、何か閃いたように顔を上げ、三人の顔をなぞるように見て説明しだした。
「そうか、俺に合わせて とぼけてくれていると思っていたが、知らなかったのか・・・ギオンの街に毎度襲撃してくるアンデット共は、俺の自作自演であったことを」ソドムは「不死転生」を唱える仕草をして皆を茶化す。
「そ、そうなんですか?」アレックスは かすれる声で聞き返した。長年 大国に挟まれて苦労している中、天災のように湧いてくる死者どもには手を焼いてきた。
それが、ソドム王自身の仕業・・・考えてみれば危険度の高いアンデットはおらず、楽々と撃退してきたのも事実。だが、なんとも言えない感情がアレックスに渦巻いていた。
「うむ、この地をアンデットが蠢く危険地帯ということにしなくてはならんからな。もちろん、自殺の名所とか幽霊船が出るという話も茂助たち忍が流したデマだぞ」と、したり顔のソドム。
「それでも侵入してくる奴らはいたのでは?」と、ドロスが聞いた。冒険者や商人が宝やロマンを求めて訪れたり、旅人が迷い込むケースもあると思ったのだ。
その質問にはゲオルグが答えた。
「その場合は、捕えてからの二択ですな。ここで働くか、死してお館様の手駒になるか・・・」
レウルーラはソドムと同じ闇司祭でもあるので、アンデットの有効活用などは理解できた。あとの疑問は、マンパワーである。
「じゃあ、大勢の職人はどう確保したの?」大きな建物を造るには職人のみならず、衣食住を支える者や資材を仕入れる商人も必要である。それだけの人数を辺境に招き入れれば、相当目立つし隠しきれるものではない。
(まさか・・・魔法なの?いや、竜王の眷族を使役したという線もあるか)
「おいおい、そっから?・・・」おどけるて見せるソドム。
「あれだ・・・、十年前の二度にわたる遠征軍と民間入植者・・・それがそのまま この地で働いている」
「え!?昔、アンデットに全滅させられた千人が生きていたってこと?」子供の頃にあった衝撃的な出来事が嘘とわかって驚くシュラ。しかも、国を挙げて合同葬儀までしたのに、だ。
「本当ですか 義理父!全て台本ありき・・・と」アレックスも雷が落ちたかのようにショックを受けた。当時、人々がゴッソリいなくなって大泣きし、アンデットとその元凶に復讐を誓った。また、葬儀では連邦王の代理として弔意を伝えたものである。
(な、なんて方だ・・・。苦悩した少年期、それらが全て義理父によるものだったなんて。昔から・・・そして今も尊敬はしているが、彼の性根は闇に侵されているということですか・・・。小国は知恵を使い生き延びなくてはならないのは分かる。だが、私は このようなやり方は好まない)
ソドムの盲目的信者であったアレックスの脳裏には、「所詮は邪教徒か」という言葉が初めて浮かんだ。それは、将来の決別を予感させていた。
「お、おう。だから、騎士団長のスザクとグフタスが先程のように巡回しているわけだ」そういって手を挙げるソドム。それに応じて騎馬の二人が敬礼をする。その敬礼は未だに連邦の名残で、胸に握りこぶしを当ててから前に突き出す連邦式なので、ソドムは苦笑いする。
「確かに・・・。でも、私たちくらいには教えてくれてもいいでしょ!」今までの常識が覆され、混乱しているレウルーラ。とまれ、夫婦間に秘密があったことに憤慨している。
「敵を騙すには味方から・・・と言うではないか。いや、それ以前に気付きそうなもんだがな。普通に考えて人口の四分の一も失う負け戦すりゃ暴動起きるだろ。金だって、城ができる程のゴールドを遊び倒すはずもない。見ての通り俺は節約家だからな」と言って、こだわりのない黒い衣服と革鎧をポンポンと叩いてみせた。
もちろん、ご機嫌取りも忘れはしない。
「俺が思うに、男は一緒に連れそう女が最高のアクセサリーだからな。仮に贅沢できるとしたら、お前の装飾品を買うまでよ。それと、可愛い義理娘のな」
(っと、言っておけば角は立つまい)
シュラは腕組して、斜め上の虚空を見ている。
「・・・ま、あたしは知ってたけどさ。友達が家族ごと死んだ割には、周りの人が悲しんでもなかったりしてさ、何か裏があるとは思ってたし」
(やっべぇ~、知らなかったのあたしだけ?)
「そ、そうよね。アンデットで注意を逸らすのは闇司祭の定石みたいなものよ。あっ!私、十年も犬だったから記憶が曖昧なのよねぇ~」レウルーラも負けずに誤魔化した。
(さすがソドム、私を飽きさせない男ね。確かに石造りの建物は手間と時間がかかる。存在を隠すため森の木々はあえて伐らず、方々に悪い噂を流して立ち入りを禁じた上で、ギオンの街を餌に大国を手玉にとって、こっそり建設していたわけね、それも・・・十年も前から)
「なんだ、やはり気がついてはいたか。まあ、規模が規模だしな。公国に住んでいれば違和感あって当たり前か」拍子抜けするソドム。この一言にレウルーラ達が内心カチンときているとは、彼は知らない。
(驚きのあまりのけぞって尻餅をつくと思ったんだがなぁ・・・そりゃそうだわな。この宝の山のような岬を十年も放置するというのも不自然か・・・)
「とりあえず・・・、行こうか」ざっくり説明したソドムは城壁を指さしてから、馬に飛び乗り、妻を引き上げ後ろに乗せた。しっかりとソドムの背中に抱き着くレウルーラ、これからの展望に胸躍らせつつ、二度と別行動はしないと心に誓った。
「おう!お腹も空いたし」ご機嫌のシュラが続いた。
(いよいよ城の王妃か、ん~悪くない。土をこねたようなギオン街や居酒屋城とは段違いね!しかも、夫は世界最強の竜王だし、完全あたし勝ち組じゃん)そう勝手に夢想している。
「任せろ、岬の名物料理をいくつか開発してある。観光で稼ぐには料理も大事だからな」
「楽しみね。貴方の料理は久しぶり!」と、レウルーラは すっかりご機嫌だ。料理が楽しみなのは本当だが、屋内で寝食できるのが一番嬉しかった。野宿覚悟の救出隊だったので、ちゃんと休めるのは嬉しい誤算だったのだ。野宿はトイレ問題や衛生、安全性や寝苦しさなど女子には色々とキツイ。
先の戦では毎日野宿であったが、国の存亡がかかっていたから我慢しただけであって、ちょっとした依頼なら即座に断ったに違いない。
ソドム達が城壁に近づくにつれ、高い木々は減り 視界が開けていく。鬱蒼とした森を抜けると景色が一変して、青空が広がり 潮の香りが彼らを迎えた。
この光景だけでレウルーラとアレックスは、ソドムがここを本拠地にしようと決めたことを理解した。秋だというのに暖かく、空気はカラリと乾燥していて心地よい・・・住むのはもちろんのこと、最適のリゾート地と思われた。