表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

闇の使徒

 アスガルド大陸の南東に「死の岬」という魔境がある。かつて、大陸の覇者である連邦王国と、侵略者である極東の島国・大和帝国との激戦地だった地帯だ。戦後、岬は勃興ぼっこうしたギオン公国領の一部になる。


 岬といっても、半島ほどの広さがあり、温暖な気候と森の恵み、良質な漁場もある理想郷と言われていた。


 せっかくの豊かな岬だが、飛び降り自殺に丁度よい絶壁があるという噂が流れ、大戦被害により絶望した者が飛び降りだして、有名な自殺の名所になってしまう。


 そのころから、怨念がゴーストになり、自殺者がアンデッド化して徒党を組み、人を襲うようになったという。そのため、公国は本格的に入植するのを躊躇ためらった。


 とはいえ、魅力的な土地を放って置く手もない。先端の断崖下には白砂があり、エメラルドグリーンの海との美しい景色は観光地として利用できそうであった。

 また、少し離れた海域は底が深いため大型の船を受け入れる港を建設できるという情報もあり、うまく領土化すれば交易での莫大な富も期待できた。それに加え、公王ソドムがそこに移住して自堕落な生活を送りたかったのだ。


 結局、公国は亡者を駆逐する軍と千人規模の入植団を派遣。民の期待も高く、国を挙げての遠征は、前日には壮行会が盛り上がり過ぎて大規模な祭りになったほどである。


 が、その後 彼らからの連絡が途絶えた。事態を重くみたソドム公王は直ちに精鋭部隊からなる討伐軍を送り込む。


 しかし、敵地深くに侵入した討伐軍は、地中に潜んでいたアンデットに奇襲され包囲殲滅されてしまう。それどころか、戦死者で増強したアンデッド群が、溢れるように岬から進出し公国に侵攻してくる始末であった。


 すっかり憔悴したソドム・・・、だが民の喪失感の方が大きいと察し、遺体未回収のままながら国民を集め 葬儀を執り行い、強引に終止符を打った。


 それから十年、彼の地は忌まわしい記憶を封印するかのように、見張りをつけるにとどめて、街の防備を堅め、連邦と帝国の間接的貿易に力を注いだ。表面上は連邦の傘下として手伝い戦をしながらも、帝国には上納金を渡して交易し、連邦に売りさばいたりして利益をあげるスタイルである。


 目論見通り国は潤ったが、岬方面を野放しにしていた為、亡者からの散発的な襲撃は相変わらずで、市民の不安はなくなっていない。


 また、岬は邪気に吸い寄せられた幽霊船まで現れ、海運は絶望的になり、完全な魔境へと変貌を遂げていた。


 自領の問題であるのに早目に手を打たず、放置していたギオン国王ソドム。建国から十年、連邦側に妻子を侮辱され激昂してしまい、国力不足のまま連邦王国に独立戦争を挑み・・・敗れて、皮肉にも放置していた魔境へと追放された。


 千人でも全滅した地域に、連れていくことを許可されたのは、たった数名の女傭兵というむごい結末であった。



 そんな絶望の地へ義理の息子であるアレックスが救出に向かったのは、ソドムが追放されて半年後の秋であった。


 本当は直ちに向かうつもりでいたのだが、連邦の王位継承会議が長引き、数日経ってようやく出発しようとした所を、宮廷魔術師アジールに止められた。


 王族の責務、王都での式典、政務に日々の晩餐会、理由は多々あれど、一番効いたのは


「義理父ソドム殿が、貴方が国政を放り投げて会いに来たとして、喜ばれますかな?」と言う言葉であった。


 民を大事にするソドムの薫陶くんとうを調べ上げたアジールの殺し文句だ。


 半年も時間を稼げれば、ソドムが野垂れ死ぬには十分である。さすれば、アレックスも希望を捨てて国政に専念すると たかをくくっていた。


 それだけではない、ギオン公国の部屋住みとして慎つつましい生活しかしていなかったアレックスに、数人の侍女をつけ 食事内容も比べ物にならないくらい豪勢なものにし、未練を断ち切らせるよう仕向けてきた。


 そこまでしても!アレックスは捜索を諦めないのでアジールも呆れた。


「・・・わかりました、もはやお止めいたしません。ですが、連邦王国とソドム卿は不可侵条約を結んでおりますので、兵は出せませんぞ。それと、武具は最小限で…戦う意思ありと誤解されかねませんから」と手厳しく言ったそうな。


 そのような理由で、動向するのはソドムの家族である二人とアンデッドを検知し祓うことを得意とする神官戦士一人のみ。


 アレックスがギオンの街に立ち寄った時は、ソドムを慕う市民が「連邦に従うくらいなら、貧しくとも大恩ある御館様の助けになりたい!」と、暴発寸前であった。アレックスが代わりに行くとなんとか説得して、魔境の森へと足を踏み入れた。


 死の岬は、人によって手入れがされていない鬱蒼うっそうとした森である。うねるような獣道にかかる枝葉を伐採しながら進まなくてはならないので、歩みは遅く体力の消耗も激しい。

 

 数々の悪い噂による先入観で、真昼であっても影や木の幹などが骸骨や悪魔に見えてくるような不気味さがあった。


 そして、不死の魔物は確実にいる。なので、アレックスの人選は家族中心ながらも、アンデッドの天敵といえるパーティーであった。


 光の魔法をも扱う君主ロード アレックス、破邪の剣と金剛聖拳の使い手 戦士シュラ、魔術師レウルーラ、元神官戦士のドロス。


 中でもドロスは、落ちぶれたとはいえ退魔のエキスパートなので頼もしい。その腕前は、魔人であるソドムとシュラ相手に善戦するほどなのだから、野良アンデッドごときに不覚は取るはずがない。


 

 念の為、2日分の食糧を携帯している一行。アレックスとレウルーラは、早く見つけたくて目が血走っているが、対照的にシュラとドロスはソドムの しぶとさを信じているので心配している様子がない。


 むしろシュラは楽しげだ。彼女だけ魔人としての物理耐性があるので、いつものミニスカ姿でも、枝や虫による怪我など無縁だった。また、アンデッド退治は少女時代から街の防衛に参加していたので慣れっ子で、恐怖など微塵もなかった。

 能天気なシュラだが、実はアレックス達とは違う使命というか…目的があって来た。


 ギオン降伏前に出羽守への使者として帝国領に行った際、ソドムの正体が竜王だと今更ながら知った。


 恋い焦がれてきた竜王が、人の姿で常に身近にいたとは信じられなかったが、これまでの竜王目撃情報をおもえば・・・なくもない。

 そりゃいざとなれば竜王に変身できるのなら、今までのどんな困難も余裕で対処して当たり前である。うっかり手枷でもつけられてない限りは。

 ソドムが暗黒魔法の变化トランスフォームを使えると自慢する割には、見せるどころか何に変身できるのかもすら秘密にされてきたものだ。で、導き出したシュラの結論は…


      「結婚」だ。


 子供の頃から人の目をはばからず「竜王様と結婚する!」と公言してきたのだから当然である。正妻レウルーラという障害があろうが関係ない。


 結婚しなくてはならない、そうなるべきだった。

 

 問題は手段であったが、そこは老獪ろうかいな出羽守に一計があり、そのために数ヶ月の間 帝国領に滞在していたという経緯がある。


 

 そんなシュラと正反対で、あまりにも緊張しているアレックスは、周りの枝が風で揺れるたびに剣を構える始末であった。見かねたドロスが声をかけた。


「殿下・・いや、陛下。ここら辺で不死者探索アンデッドサーチをやりますんで、不意討ちは警戒せずともよろしいです」と言い、目を閉じて光の魔法を詠唱し始めた。


 余談ながら、アレックスは連邦王になっている。


 先王ファウストが気まぐれで野に下り、従姉いとこの宮廷魔術師長 冴子とゼイター侯爵がアレックスを推薦し貴族達も追従したため、内乱もなく すんなり王位を継いだ。

 本人は王位に執着はなかったが、長年仕えてきたポールに

「王になればこそ、多くの人々を救えるものです。仮に他の者が王になり、暴君になったとして、止めるのは難しいですぞ。ならば、いっそのこと先王とソドム卿に帝王学を叩きこまれた貴方様が王になるのが最善。運命さだめと思って腹をくくられませ!」とまで言われ、ついに決意したのであった。


 アレックス王朝の新体制では、軍事を老騎士ポール、まつりごとは宮廷魔術師アジール、祭事は新たな最高司祭バプアが担うことになった。兄であるゼイター侯爵は、位が上がり公爵となり、公王を名乗ることが許された。

 この人事と、アレックスが王であることに賛成するものは多いが、武闘派や亜人・闇信者撲滅を掲げる過激派などは納得していない。彼等は、水面下で王の兄であるゼイター公爵を擁立しようと動いてはいるらしい。


 連邦の瓦解を防げる立ち位置にある冴子は、不意に査問会に召集されアレックスの力にはなれないでいた。火のない所に煙は立たぬということだろうか・・・彼女は、闇の教団との関わりを疑われている。


 そのためアレックスは、連邦王ながら数人しか連れて来られなかったのだ。側近達はアレックスにくしで兵を出さないわけではない。

 だだ、失墜した辺境貴族の救出など政務を投げ出す程の価値はないので、チャッチャと諦めて逃げ帰ることを期待した。同行者は少ないとはいえ、腕は確かな面子なので王が戦死することはないと判断し、渋々許可した次第であった。



 その腕が確かな同行者ドロスは、さっそくアンデッドを察知して居場所を指差した。

 レウルーラには、遠見の水晶あるのだが、見晴らしの悪い森では索敵が難しいため、流石さすがは専門家だと 素直に思った。


「茂みの向こうですが、十体いますな」


「なかなかの数ですね。遠距離から何体か倒せたら楽になるのですが」と、アレックスは魔術師レウルーラに言った。弓も持参しているが、アンデッド相手では決定打に欠けるので、炎の魔法に期待したのだ。


「目立ってもいいなら、炎を吐く魔獣を召喚して焼き払えるわ」そう言ってレウルーラは、召喚の腕輪を付けている手を前にかざした。

 巨竜ゴモラを呼び出せれば、ちっぽけな岬ごと焼き払うこともできようが、大量の魔力が必要なため、ソドムの魔力なしでは召喚することはできない。

 代わりに かなりスケールダウンするが、ソドムによって魔改造されたデスリザードマンを召喚するつもりである。

 巨大ワニ型のデスリザードマン自体、重歩兵並みの硬い鱗と即死級の噛みつきで十二分に強いのだが、ソドムの個人魔法オリジナルスペル・暗黒転生によって炎のブレスを吐ける魔物になっている。心話での意思疎通も可能な上、騎乗もできるのだが、獰猛そうな見た目ゆえ 街では連れ歩けないというデメリットは他の魔獣とかわらない。


 派手にやられたら偵察の意味がなくなるのでドロスが止めに入る。

「いや、待ってください。奴ら、横一列に…しかも等間隔で並んでやがるんでさぁ」


「・・・それは奇妙です。普通は徘徊もしくはバラけて留まってるものじゃないんですか?」


 闇の司祭でもあるレウルーラはピンときた。

「ということは、術者が直接命令しているのかもしれないわ。自然発生したアンデッド以外に上位のアンデッド・・・吸血鬼バンパイア闇魔術師ダークメイジの成れの果てであるリッチーがいるのなら、苦戦は必至よ」と、注意を促す。

 これには勝ち気なシュラもビビってしまう。彼女自身、魔人とはいってもレッサーバンパイアみたいなものだから上位種とは戦いたくないし、魔術師系統は炎の魔法がヤバいので遠距離では不利なのだ。


「ですな。もっと最悪なのが十体全てが意思を持つ上位アンデッドだというパターンですがね。まあ、とりあえず光の魔法を付与した矢で狙撃して様子をみよう・・かと!」言いながら弓を絞り、放つドロス。一体倒しても群れとしての反応がなければ、そのまま狙撃で始末するつもりだった。

 もしも、わらわらと集まってくるならシュラとレウルーラが、まとめて殲滅してくれるというのも計算ずくだ。



 ドロスの放った光の矢は、木々の間を縫うようにターゲットめがけて勢いよく飛んで行き、見事に命中する。


「カァ〜ン」と乾いた金属音が虚しく響く。


「!?」明らかに弾かれたので驚くドロス。


板金鎧プレートメイルか盾だね。しかも、ぶ厚いやつ!」戦なれしているシュラが言った。自分の出番が近いと感じ、破邪の剣を抜く。


「だなぁ。しっかし…アンデッドごときが上等な武具を着けてるとは…」と、ドロスが目を凝らす。ドロスにとってのシュラは、神官修行時代に訪れた村の娘っ子という印象が抜けないので、つい口調が ぶっきらぼうになってしまうようだ。


 案外のんきなやり取りをレウルーラが制した。


「後ろに騎馬、挟撃よ!」と、切るように叫ぶ。もはや、こちらの存在が知られているので、あえて大きな声をだして敵を威嚇する狙いもあった。

(馬で木々をかい潜って後ろをとるなんて、なんて器用な奴等!)

 

 前面の武装アンデッドはジワジワと距離を詰め、騎馬も反撃を警戒しながらも退路を断ってきた。戦力は圧倒的に分があるとしても、包囲の中で戦うのは難しい。騎馬は二騎だが、気づかれずにシュラ達の後ろを取るほどの手練れなので、攻撃しても上手くかわして時間を稼ぐ陽動なのかもしれない。


「騎馬は私が牽制するから、みんなは正面アンデットを突破して!」と、レウルーラは仲間内に聞こえる声で作戦を伝えた。


「いえ、こちらは任せてください。母上は召喚獣でアンデットを」意外にもアレックスが引き受けると言った。


 子供時代から一緒に育ったシュラが、すかさず異を唱える。

「ちょっと、アンタにゃ荷が重くね?」と、言い軽く頭を小突く。相手が連邦王だろうがお構いなしだ。


 なんか役立たず扱いされたようでイラッとして目を細めるアレックス。温厚な性格なのだが、若さゆえ感情が顔に出ることがまだある。己の実力を過信して申し出たわけではないので、小馬鹿にされたのは腹が立った。


「いえ、理由わけがあります」


「何よぅ!こんなんバァ~っと片付けりゃあいいんじゃないの?」


「まあ、聞いて」冷静になったアレックスは、相手をも落ち着かせるため口調を遅くする。


「あのですね、馬を扱うのはアンデットという可能性は低い・・・つまり、相手は人間です。ならば交渉の余地があるでしょう」


「あ!」シュラだけではなくレウルーラも驚いた。考えてみたらそうだ、しかも まず交渉するというのがソドムっぽいとも思った。ソドムに心酔するあまり、似てきたのかもしれない。


「私が名乗り出て様子を見ます。一帯は連邦領なのですから、私の配下かもしれません。その場合は戦う必要が無くなります。仮に山賊だとしても、連邦王に弓を引くとは思えません」


「アンデットの親玉だったら、どーすんのよ」


「最悪ですね。ですが、知能があるのなら連邦王である私を殺せば十万の連邦軍に報復される・・・というぐらい察してくれると思いますがね」と、あっさり凄いことを言ってのけた。

 新国王を人質にズルズルと身代金を引っ張られるより、攻め込んできそうなのが今の連邦である。後継ぎの超人ゼイターが控えているのだ、嬉々として復讐戦を挑むに違いない。

 シュラ達は、アレックスが連邦王だと再認識して騎馬への接触を任せた。無意識ながらシュラはアレックスを小突いた手をもう一方の手で叱るように叩いていた。


 

 アレックスはあえて剣を納め、盾だけ構えて騎馬兵たちに向かって叫ぶ。


「我が名はファウストの子 アレクサンダー。アンデット以外とは戦うつもりはないー!」凛々しい声がこだまする。


 その声に二人は馬を止め、若そうな騎士に注目した。なにしろ、森でアレックスの出で立ちは非常に目立つ。

 金縁きんぶちの白い鎧と盾、さらには王侯貴族の赤マントと堂々たるものであったから。


 これは!っと思いったのか、馬を降りて反対側に布陣しているアンデット達に手を挙げて合図を送った。停止するアンデット達、ついでに白い衣服の伏兵たちが幽鬼のようにワラワラと姿を現した。その数、およそ二十人。武器らしきものを持っていないのが また不気味であった。これにはシュラをはじめ全員が青ざめた。


 騎馬兵がリーダー格なのだろうか、剣を納めて馬を引き ついには顔を認識できる距離まで来た。


 一人は森で隠れやすいように深緑の革鎧、もう一人は逆に目立つ青い革鎧を纏っている。青い方は目立ちたいのだろうか、実戦では役に立たないようなトゲのような突起を肩や兜に付けていた。


 友好的になりつつある彼等とは対照的に、伏兵が現れたことにより緊張が増したシュラ達は戦闘態勢のままであり、レウルーラはデスリザードを召喚し終えて待機させている。デスリザードに食われかけた記憶があるシュラは、味方とはいえ本当に大丈夫か騎馬兵以上に気になっている様子だ。


「もしや、若ですか・・・?そっちはシュラちゃんか。二人とも大きくなられましたなぁ」と緑の革鎧の男が話しかけてきた。どうやら、こちらを知ってる風だが兜姿なので誰かは分かりにくい。

 声から記憶を辿るアレックス。思い当たるのは かつて魔境攻略に向かった二人の騎士隊長。昔、遊んでもあった記憶もある。

 名をスザクとグフタス、残念ながら戦死して この世にはいないはずであった。

(二人とも亡者になってしまったということか・・・確かにここは魔境、亡者に幽鬼ばかりというのも納得だな)

 レウルーラが一番警戒を高めた。この魔境で馬を操り言葉を解すということは、闇の高司祭か高位不死者ちょうえつしゃということになる。暗黒魔法はショボイものしかないが、変化トランスフォームを習得していた場合、手ごわい魔獣とかになりかねない。また、仮に魔術師系だったら、炎の魔法で全滅もありうるからだ。



「おーい、若とシュラちゃんだぞー!」と青い革鎧のグフタスとおもわれる男が反対側のアンデット達に向かって陽気に声をかける。両陣営の心の温度差は激しく違う。


 それを聞き一気にアンデットたちが「真か!?」と口々に言いながらドスドス歩き距離を詰めてきた。走りたいのだろうが、武装が重く早歩きしかできないうようだ。



「ちょ、ちょ何?どういうこと?」知り合いっぽいのはさて置き、アンデットが急速に向かってきて焦るシュラ。


「ど、どどどど!」停戦の雰囲気に油断していたドロスも焦って どうしていいか分からなくなっている。


「あ・・・・」シュラはアンデット達の鎧に見覚えがあった。


「ルーラ、アレってゲオルグ達じゃね?」ほたほたとレウルーラの肩を叩くシュラ。


「かも・・・」としか言えないレウルーラ。最後に別れたのが犬だった頃なので、記憶が曖昧なのだ。


「戦死したって聞いているけど・・・」戦鬼トロール兵団であるゲオルグ達は帝国との戦で死んでいる。

 再生能力のあるトロールならば復活するということも なくはないが、抜け目のない出羽守は兵団がトロールの可能性があると聞きつけ、再生が追いつけぬよう武器にタップリと猛毒を塗りつけており、致命傷を癒すことなどできはしなかった。


 アレックスは、自分の作戦ミスでゲオルグ達を犠牲したことを悔いない日はなかった。それが今 眼前にいる…幻ではない。あの戦で目に焼き付いている戦鬼兵団の鎧に間違いない。


「爺!?いや、ゲオルグ殿 生きておられたのですか?」まるで夢の中を彷徨うような足取りで、よろめきながらアレックスは問いかける。


 お互いが剣の間合いに入ったくらいになって、リーダー格の巨漢アンデットは口を開いた。


「生きてはいないのですが・・・。ともかく、若・・・ご立派になられましたな。先の立ち振る舞い、英明です」そう言って、太い鉄槍を置き 片膝を着いた。ほかの武装アンデットもそれに倣う。

 全員が同じ分厚い全身板金鎧フルプレートメイル、まさにギオン公国が誇る戦鬼兵団であった。


 なりふり構わずアレックスがゲオルグに駆け寄り、その手を取る。その眼に涙が浮かんだ。


「皆が殿しんがりを引き受けてくれたので軍の被害を最小限にできた、礼を言う。私の若さゆえの血気を恥じております・・・」


 シュラも警戒を解いて感動の再会のに割って入ってくる。


「心配させるんじゃないわよ。まあ、頑丈なアンタ達だからシブとく生きているとは思ってたけどさ。で・・・デッカい矢とか、丸太みたいな破城槌で土手っ腹に風穴あけられてさ、噂によれば猛毒塗られていたっ言うじゃない。それで無事なのって凄くね?」と、目を丸くして問いかける。


「そうよね、トロール族とは聞いていたけど、猛毒と致命傷が同時では再生は不可能だと思うわ」と、レウルーラも同調した。


 ゲオルグは久々に会うレウルーラ相手に恐縮して応じる。いや、まずは挨拶が先であった。


「これはこれは・・・レウルーラ様、お久しゅうございます。今は奥方様でしたな・・・無事に呪いが解けてよろしゅうございました。シュラ殿もお元気そうで」ゲオルグは、少し顔を上げる。

(おお、相変わらず美味そうな太ももであらせられる・・・)

 人間男性にはレウルーラの適度に筋肉のある白い太ももは魅力的に見える。生肉も食するトロールには、別の意味で魅力的であった。感覚的に言えば、空腹時に肉汁滴るトリモモ肉の照り焼きを目の前に供されたようなものだろう。


「あ・・・、ありがとう。犬だった頃も随分お世話になったみたいね」ゲオルグとは、変化で犬になる前からの間柄。

 昔のソドム邸ではゲオルグが執事的な存在で、大小の相談もしていたし、未知の魔法実験に反対してくれたりしたものだった。


「さて・・・、このように無事な理由ですが・・・端的に言うと元から屍だったからです」ゲオルグは、ゆっくりと立ち上がる。

 

「トロールゾンビ・・・ということかしら?」闇魔術師ダークメイジであるレウルーラは首をかしげる。不死転生アニメイトデッドでは人間や動物の死体をゾンビにできるのだが、特殊な亜人や魔物をアンデット化させる魔法は知られていないし・・・ありえない。こんなことをやってのけるのは、天才を通り越してバカしかいないとも思った。


「ええ、昔にお館様が暗黒転生を研究しておりまして、我ら十人が最初の実験台になったわけですな」


「私、知らなかった!」手で口を押え、赤面するレウルーラ。

(あのばかは、身内で実験してたのね!そういえば、暗黒転生の効果を最大限にするため結果に幅を持たせたって言ってたわ。最初はゾンビしかできなくて、ヤケクソで自分にかけて魔人になれたのよね。・・・なるほど、その時のゾンビは彼らで、トロールだから朽ちずにいられたわけか)


「アンデットゆえ毒が効かず、トロール族の再生能力で復活出来申した」ゲオルグは、槍の石突を地面に「ドン」と刺し、健在さを強調した。


「もう、無茶苦茶じゃん」と、シュラが呆れて笑う。もっとも、彼女自身も魔人なので毒耐性があり、ハンドレッド伯爵に毒を盛られたことに気がつかなかったマヌケであるとは思ってもいない。


「なるほど、ゾンビの欠点である腐敗は、トロールの再生能力で押さえこめるのね。怪力でしかも重装甲によって攻撃は受け付けず、再生能力とアンデット同様の毒・冷気耐性がある・・・素晴らしい!素晴らしい作品だわ!」と、さっきまで身内の恥で赤面していたレウルーラが、一変してソドムの魔法実験を天を仰ぎみて讃えた。

 不死身の重装歩兵が十体、しかも暗黒転生したものはソドムの眷族として服従するのだから、配下としては完璧である。加えて巨竜ゴモラを召喚すれば、領土が狭かろうと大国に媚びる必要もない。


「本当に素晴らしいわ。アーハッハハ!」魔術の探究とソドム愛が全てである彼女は、我が事のように喜んだ。

 相変わらず魔法研究になると狂人ぶりを発揮するので、周囲はドン引きしている。


 同じく暗黒転生によって眷族になったシュラの方が傑作なのだが、ソドムは基本的に命令はしないので下僕しもべという印象は薄く、いつも一緒にいる年頃のじゃじゃ馬娘と思い、レウルーラは接している。

 まあ、レウルーラが知らないだけで、密かにロクでもない命令をしては「今のことを忘れろ」と記憶を操作して遊んでたりするソドム。彼を弁護するわけではないが、若い娘に何でも命令できるなら、程度の差こそあれ、誰しもロクでもないことをするのではなかろうか。


「あ!後ろの白集団、よく見たら大神殿の人達じゃん」シュラが幽鬼っぽい一団を指さして言った。


「迫害されて頼ってきた教団の・・・」レウルーラとシュラにとっては合わせる顔がない。

 光の教団と連邦による弾圧から逃げ延びてギオン公国を頼ってきた彼らを ソドムは門前払いにしたからだ。

 二人とも追い払うことに反対したとはいえ、匿って公国が危機におちいることを避けるため、最後は折れた・・・相手側からみれば同罪と言えよう。短期間とはいえ、世話になった人々を助けなかったのは心苦しいレウルーラとシュラ。


 シュラはチラリとレウルーラを見て囁いた。

「憎まれてるかな…?」


「当たり前でしょ!」


 信者達が強力な悪魔デーモンに変身できることを思い出し、頭を抱えたい二人。しかし、心象を悪くしかねないので、体を硬直させ目を固く閉じるにとどめている。


 タクヤと一緒に彼らを魔境へと案内したドロスが、一応言い訳をした。

「あ~、その件は追放ではなく手付かずの豊かな土地を移住して開拓してみては・・・と提案しただけでして。それに、ここまで連れてきて下さったのはタクヤ殿ですな」


 厄介者の信者を体よく追い払い、あわよくば連邦軍か魔境のアンデッドにぶつけて共倒れを狙ったことぐらいはレウルーラ達もわかっていたが、そこは暗黙の了解というやつで、それ以上はなにも言わなかった。


 信徒のまとめ役たる 人の好さげな中年ドゴスが歩み寄り、

「レウルーラ様にシュラ殿、お久しぶりにございます。公国の皆様には格別のご配慮 感謝しております」と、謝辞を述べる。


 アレックス一行は、目が点になった。わが身惜しさに、亡者が蠢く魔境へ追いやったというのに、感謝されたのだから。アレックス以外は、「嫌味かもしれない」という思いが頭をよぎる。


 まあ、考えようによっては悪魔どもを亡者の棲み処にブチ込んだところで、彼らにとっては宿屋に案内された程度なのかもしれない。


 ここは連邦と公国の代表としと謝罪する必要があると思ったアレックスは、前に出て頭を垂れた。

「私は連邦ファウストの子であり、公国ソドムの子 アレクサンダー=アスガルド。この地へ追いやりしこと深くお詫び申し上げあげます」


 トンデモなく高貴な存在に頭を下げられた信徒たちは面食らった。ひざまずく慣習などない彼らだが、恐れ多くて 崩れるように膝をつき、両手どころか額も大地につけた。


「勿体無き御言葉。ですが、我等の方こそ安息の地へ移住させて頂き感謝いたしております」と、ドゴスが代表し改めて礼を言う。


 闇の最高司祭を継いだソドムは、信者達にとって神に等しい存在だ。その子ならば、神の子であるから、おいそれと目を合わせることはできず、地に伏したままだ。


「困ります!私は肩書こそ偉いが、右も左もわからない若輩者。お顔を上げてください」と、アレックスは慌てた。


 シュラは横にいるレウルーラに楽し気に耳打ちする。

「バカね。アレックスってば、右も左も知らなかったんだって」口を押え「ぷぷぷ」と笑いを堪えている。レウルーラも釣られて微笑むも、それはレウルーラのバカさ加減にであった。



 互いに警戒が解けたところで、年長者であるゲオルグが皆に声をかけた。

「我々も巡回で来ておりますゆえ、そろそろ戻らねば大事おおごとになりまする。我らの新しい館へご案内仕ごあんないつかまつりましょう」そう言って、森の奥を指さした。背の高い木が立ち並ぶ この森ではドでかい城でもない限り見えるはずもなく、シュラは またもレウルーラに笑いを堪えて囁いた。

「プックク、どうやら大陸がっかりスポットが増えそうね」


「確かに・・・」とレウルーラは同調する。

(無駄が嫌いなあの人だもの、館ですらないかもしれないわ。あ、そういえばソドムが無事か まだ聞いていない!)


「確認だけど、ソドムは無事なのよね?」と、今さらながら言ってみた。


 ゲオルグ達は、一斉にレウルーラに視線を向けた。その眼は「だから来たんじゃないのか?」と言っている。ひょっとして連絡がいっていないと思い、補足するゲオルグ。


「もちろんですとも。日々、大工仕事に精を出しておられますぞ」と、当たり前の日常を語った。


 救出隊の面々は頭が真っ白になった。こっちは命の心配をしてかけつけているのに、連絡もよこさず呑気に大工のまねごとをして暮らしているとは・・・。

 皆、沸々と怒りがこみあげてきた。ゲオルグは意にも介さず、「こちらです」とズンズン森を進んでいく。シュラなんかは怒りのあまり、小屋を見つけ次第に蹴り壊してやると息巻いていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ