始動(2)
わかりやすい悪役ネーミングが飛び出してきたな。つまりアレだ。世紀末のヒャッハーさん達だ。
向こうの格納庫の扉に衝撃が入る音、そして鈍い音を立ててこじ開けられる音が聞こえた。
問題はこちらだ。武器を手に入れたとは言え多勢に無勢、しかも今俺たちのいる部屋はしゃがまないと出られない。
対して小型の戦車なら問題なく入ってこれる程度の穴を開けてしまっている。袋小路だ。
『幸い、あの穴を通れる戦車は一度に一台程度、それなら入ってきた戦車を一台ずつ確実に破壊していけば…』
「だめ、相手がロケットランチャーやグレネードを持ち込んでいたらそれこそ取り返しがつかなくなる!」
『兵器だけじゃなく人っ子1人入れちゃいけないわけか!」
キャタピラ音だけでなく足音もすることから歩兵もいるのがわかる。
さらによく聞くと会話も聞こえてきた。
「ほほー! ここはもしかしてLOTの施設じゃないか!?」
「これなら俺たちの装備の整備や補充も出来るだろうな」
「ゔー!!」
『ここにきたのは補給目的か』
「このままだと食糧も取られちゃうけど…ううん、命には変えられない。ここで大人しくして、彼らが去るのを待つわ。」
「ん……? おい! お前ら見ろ!?」
「なんだよ?」
「ここにあるでかい足跡……新しいぞ!?」
しまった! この格納庫、結構埃が溜まってたのもあって俺の歩いた後がそのまま残っちまってる!
「いやこんなでかい人間いるわけないだろ?」
「でも確かに人の足跡みたいな形だよな……」
「ゔー……ゔっ!」
「お? なんだブー坊。お、そっちに歩いて行ってるのか? ってうわなんだこの穴!?」
やばい! ここに気づかれた!
「くっ……やるしかないわね!」
『おい、殺すのか?』
「当たり前でしょ?
あなたはLOT兵器なのよ。戦略的な価値だけでなく、希少品としての価値も高い。強盗団にとっては何よりのお宝。
あなたを見たあいつらが追い払われただけでおめおめ逃げ帰ると思う?」
『……楽観はできそうにないってことな』
俺たちはアサルトライフルを構えようと掴んだが、ジョイントを外す前に制止の声がかかる。
「おい待てブー坊! ゴン! 何がいるかわからんまま下手に覗くな!
ハンゾみてえになりてぇか!?」
リーダーと思しき声が二つの声を制する。
そしてその声は何かを指示した。聞こえなかったのではなく、具体的に何も言ってなかったのだ。
「これは……」
『こう言う時まず考えられるのは……』
不意に、部屋の中に何かが投げ込まれた。
『まずい!』
部屋が閃光と爆音に包まれる。スタングレネードだ。
幸い、この機体のカメラは一定以上の騒音レベルの音は遮断され、閃光も軽減される対策がされていたようだ。
そしてハルもコックピット内にいたため無事だった。
しかし同時に投げ込まれていたらしいスモークグレネードで足元が煙に包まれる。
煙の中を何かが動くのが見える。
「すげぇ! やっぱりLOTだ!」
「使って良し、売って良し、バラして良しのお宝だぜ!」
「ヴ〜ッ!」
強盗団員の驚喜の声が響く。すぐさま攻撃してこないと言うことは、俺たちを敵視していない、もしくは敵として見られていないのだろう。
「くっ! 侵入を許すなんて!」
『ハル、まだ動かすなよ。あいつら、ハルの存在には気づいて無さそうだ。』
「でも、このまま放っておいたら……」
『もう少しだけ様子を見たい。もしかしたら攻略の糸口が見つかるかも』
少しずつ煙が晴れていく。室内にいたのは3人、入り口の付近に一人だ。
「しかし妙だな。LOT兵器の足跡を追ってここに来たのにそのLOT兵器はここで突っ立ってるだけか。」
「実は中に誰か乗ってんじゃね?」
「ゔっ!?」
まぁ、そりゃそうだ。その線を疑わなきゃこいつら余程の阿呆だぞ。
「だとしてなぜ動かない? 案山子に徹すれば俺たちが諦めると思ってるのか?
……おい、そいつ、誰か調べてみろ」
「調べるって言ったって……」
先程ゴンと呼ばれた若い男が俺の機体によじ登り始めた。
「こう言うのは大体腹か背中に入り口があるもんだが…でなきゃ頭か?」
手慣れた手つきで装甲の隙間に顔を覗き込ませて腕を突っ込んでくる。
正直かなり気持ち悪い! 服の中に手ェ突っ込まれてる様なもんだからな!?
『うえぇえええ……気持ち悪い……』
「我慢して!」
『我慢も何も俺じゃ何も抵抗できないんだよぉ』
そして数分が経過する。背中にコックピットに繋がる扉があると感づかれたが、俺の背中のセキュリティはハル専用だぜ! 野郎なんか入れてやるもんかよ!
「ダメだリーダー! このコックピットの扉びくともしねぇや!」
「ハッキングもできないのか?」
「ハッキングしようったって、外側に向いた端子なんかねぇよ!
ここは電波が確認できなかったろ?つまりこいつも電波を発しないだろうし無線ハッキングも無理だろうなぁ……」
よっしゃ! いいぞそのまま諦めて帰っちまえ!
「なら、バラすしかねえか」
…………は? バラす? 何を? 黒歴史?
それは困る!
「あなたを分解するって意味に決まってるでしょこのバカ!」
『なぜ俺の心が読めた!?』
「全部声に出てたわよ!」
よかった、15歳まで生えてなかったことはバレてないらしい。
「そうと決まれば、こいつを引っ張り出すにも穴を広げなきゃいけないな……。アレの出番か……おい!」
『アレ?』
「…まさかこいつら! アレを持ってるの!?」
『だからアレって何だよ』
「迂闊だった……あいつらが扉をこじ開けてここに入ってこれた時点で気づくべきだった!」
『えぇーい! 一人で勝手に盛り上がるな!』
「……さっき、私達が殴った扉を彼らは開けて入ってきたのよね?」
『殴らせたのは君だが』
「黙りなさい。あなたの力で持っても破壊には至らない堅牢な扉を彼らはこじ開けることができたのよ。
そんなことが可能な手段はこの時代においてはLT兵器に他ならない!」
キャタピラ音が近づいてきた。
ギリギリギリ……と不可思議な軋轢音が聞こえた後、重い破壊音が響く。
もともと鉄骨で掘った後だからか、二、三回の衝撃で、天井の方までひびが広がっていく。
「よぉし! ラスト一発、ぶちかませぇ!」
一際長い軋轢音の後、ついに武器格納庫と本体ドックを隔てていた壁は轟音と共に瓦解した。
崩れた瓦礫の上を、キャタピラで踏み砕きながら部屋に入ってきたものがいる。
それは例えるならば、蠍のような姿だった。
上面が平べったい車体を、前半身を二つの小さなキャタピラのついた脚で吊り、後半身が二つの大きなキャタピラにが支えている。
その前半身からは二本のアームが伸びており、大きな瓦礫をそれでどかしながら進んでいた。なるほど、あれで扉をこじ開けたのか。
その上には大きな機関銃が載っており、さらに後ろからはもう一本太いアームが伸びてその先端は、何やら巨大な杭が入った、箱か筒のようなものが付いていた。
おそらくアレはパイルバンカーなのだろう。あれで扉にアームを差し込むだけの穴を開け、数発でコンクリートの壁を破壊したのだ。
その外観を基にデータベースから検索されたその機体の名は、
【建造物解体用複合重機Model-Antares】
……兵器じゃなかったんだな。
その2本のアームが、掴み掛かろうとこちらに迫る。
「〜〜〜っ!!もう限界!このまま待ってても好転するとは思えないわ!反撃するわよ!」
『すまない、俺の見通しが甘かったな……』
「謝るのは後!とにかくここを切り抜けるわよ!」
超高周波ナイフ【Combat Bowie】による格闘アーツシーケンスを起動。ナイフが超高周波振動を始める。
アンタレスの腕を切断すべく腕を動かして切り払うが、薄く傷をつけるのみで腕を弾いて終わった。
「斬り込みが浅い!?」
『角度が悪いな。もっと真っ直ぐ刃を立てて押しながら引き切るんだ!』
しかし反撃した以上は敵もハルの存在に気づかざるを得ない。
「やっぱり誰か乗ってやがったか!
お前らビビってんじゃねぇぞ! 奴さん素人だ! 上手に撹乱しつつ後退しな!
アンタレスは隙を見て拘束しろ! 胴と頭は壊すなよ。やるなら手足だ」
『オーケイだリーダー!』
アンタレスの中からスピーカー越しの声がする。
『どうする?破壊するにしても中に人がいるっぽいが……』
「構わないわ。どうせこうなったら生きるか死ぬか。仮に負けて生きていても死んだ方がマシな目にあうに決まってる」
それくらい、この世界には悲劇が当たり前のように転がっている。
そう呟いた彼女の声は、心なしか震えていた。
そんなハルを見ていて、俺の中で何かが極まったのを感じる。
『ハル、前を向け。一通り基本的な操作が手探りでできた君だが、俺の方からもう一度説明する。
それを理解できれば俺の力をもっと使いこなせるはずだ』
「……もっと早く教えてよ」
『すまない、どうにも記憶領域の回復が悪くて、思い出すのに時間がかかってるんだ』
「そう。じゃあ、今からでもお願いするわ」
コックピットの構造を改めて認識する。
今ハルの乗っている操縦席。
その両脇の肘掛けに当たるパーツには左右それぞれに、複数のボタンとバイクのブレーキのようなレバーのついたグリップが付いており、これの根本は一定の範囲で動くようになっている。
また、足元前方には三つのペダルと後方にレバーのようなものが横に掛けられている。これが左右にある。
『まず、基本の操作から。
歩くには足元の三つのペダルと踵の後ろにあるレバーを使う。
三つのペダルは内側から外側にかけて、ブレーキ、アクセル、バックだ。左右で対称だから気をつけてくれ。基本は踏み続ければどちらを踏んでももう一方の足が追従してくれる』
ハルはまずバックペダルを踏んでアンタレスの間合いから離れる。
『そして後ろのキックバックはスラスターのジェット噴射だ。ジャンプやスタートダッシュ、回避、そういった、瞬間的に強い力で飛び出したい時に踵で蹴り上げろ。これは左右別々にしか動かせないから両足で飛びたい時は両足で蹴るんだ』
そして両方のキックバックを蹴り上げて手元のグリップを前に向けた。
機体の踵部にあるスラスターからジェット噴射。前に向かって飛び出してアンタレスに組みついて部屋の外へと押し返した。
『手元のグリップは重心と腕の操作だ。
グリップ全体を動かすことで肩と共に上半身の重心を動かすことができる。
親指部のトリガーで前腕部を動かすんだ。
そして人差し指から薬指にかかっているボタンはコマンドボタン。これを組み合わせて状況に応じたさまざまなシーケンス起動を指示する。ボタンを押しながら操作することであとはこっちで動きを補助して攻撃する。』
仮に右手側の三つをA、B、C、左手側をX、Y、Zと呼称する。その組み合わせ総数はひとつも押さないパターンと全部押すパターンを除いても62パターン。これは手に持った武器毎にそれだけのアーツが登録できると言うことだ。
しかもシーケンス次第では同じコマンドで別の動きをするパターンもある。こんなのどんな複雑なゲームでもそう簡単に覚え切れるものじゃない。
が、それだけこの機体は様々なことが出来る様に設計されているとも言える。だからこそ、人型なのだろう。
ハルがAボタンを押し込むと、小さなホロウィンドウに『前薙ぎ』と表記される。
それに合わせて画面上に矢印が連なったような線が現れた。
『右重心を前からニュートラルに戻しながらトリガーを後ろから前に!』
俺の指示に従いハルは右手側のグリップを一度前に押すと俺のナイフを持った右腕が前に出た。
すかさず親指にかかったトリガーを後ろから前に素早く動かしながらグリップをニュートラルポジションに戻した。
ハルの操作によって生まれる細かい照準などのブレは、制御システムおよび俺のイメージによって補正される。そして手首の動きなどはアーツ内プログラムによって既に決定されている。
するとまるでプロの軍人の使うナイフの一閃のように、滑らかかつ力の入ったラインで超高周波ナイフは正面のアンタレスの左アームを切り落としたのだった。