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始動(1)

「片足を上げたら重心をもう片方に乗せて置いてすぐに前に進む。足がついたら前の足に重心を乗せながら後ろの足で地面を蹴る。

 あぁそうだ腕を振ってバランスを取らないと。右足と左腕、左足と右腕の連動?

 ……いや、違うな、重心位置の初期地点から片足に重心を乗せた際のズレに対し対象位置に腕の重心を持っていくように……」


 ハルは独り言が多い。いやこれは独り言というよりはラバーダッキングに近いのだろうか。

 いずれにしろ、彼女は集中しているとき自分と会話をする癖があるらしい。

 俺からしてみればラジオを聞いてる気分で退屈しのぎに聞かせてもらっている。


 さて、動けるようになったというのに俺たちは未だにこの格納庫の中で足踏みしていた。

 というのも、俺とハルとの間での契約が結ばれた後、俺たちは盛大にすっころんだ。


 その後、彼女は制御装置、Humanized Operation Manipulater-"Oculus"のメンテナンスマニュアルとプログラミング教本を山程持ち込んで俺の制御プログラムの修正にかかりきりとなっている。


 その間俺はただ眺めていたわけでもない。

 彼女との契約の際にしたように、俺の中にある『俺にできること』を検索して調べていた。


 まず、俺こと『マルス(Mars)』とは、戦闘用人型機動兵器である。

 製造年は西暦2609年。嘘だろ500年ちょっと後にはこんなもんが作られるのか……

 で、今の時間だが、ハルに尋ねたところ、


「さぁ……わたしもきちんと日付や時間を気にして生きてたわけじゃないから。でも、私を育ててくれた人が言ってたことから考えれば、滅びの日から300年は経ってるはず」


 つまり、今は29世紀かどうかってところのようだ。ていうかここ、地球だったんだな……


 ところで、とハルは言葉を続けた。


「ハルって私のことでいいのよね?」

『ん? あぁ、ハルモニアだからハル。気に入らなかったか?』

「いや、そういう呼び方をされたのは初めてだったから」

『へぇ〜、じゃあ今まではなんて呼ばれてたんだ?』

「私の育て親はハルモニアと。それ以外は…そういう呼び方をさせるほど関わってこなかった。」

『それは……()()()()っていうのが関わってるのか?』


 聞き流していたわけではない。今の自分の状況からその言葉の意味をなんとなく察していただけだ。


「私たちの星の上に立っていた文明は、今はもう滅びてるわ。

 どうして滅びたのかははっきりしていない。滅びの日と呼ばれた戦争があって、その戦争の中で『何か』が起こり、地球上に存在した文明を持つ国々は全てその機能を停止させた。」

『それじゃあ……今、人類はどうやって生きているんだ?』

「私のような放浪者もいれば、村のようなものを作っている人達もいる。

 けれど、かつての文明を復興させようとしているものは見たことないわね」


 …………奇妙な話だ。

 かつて栄華を極めた文明が滅びた後、その文明を復活させようとしたものがいない?

 そのまま300年もの時が流れ、人々はついに文明を失ってしまったということなのか。


 ふぅと息を吐いたハルは、首をぐるりと回すとコックピットを去っていく。


『どこへ行くんだ?』

「食事。それと、体を拭いてくる。この作業、結構疲れるのよね」

『そうか』


 それから彼女によるプログラム修正と動作テストは、2週間に及んだ。



『さて、今度こそうまくいくといいが……』

「えぇ、そろそろ滞在分の食糧も心許なくなってきたし、この辺りで動かせるようになっておきたいわ」


 今日のハルは初めて会った日に着ていた、パイロットスーツに身を包み、起動準備に入った。

 


「制御システム起動確認。駆動部エネルギー循環率正常。制御システムと駆動システムの情報連結、遅延なし。」

『生体データ照合クリア、パイロット『ハルモニア』認証完了だ!』

「人型機動兵器Model-Mars、始動!!」


 何度目かの転倒の後に取っていた待機姿勢から立ち上がる。

 コックピット内でハルモニアによって出された指示が全身を駆け巡り、俺の身体は前進を開始した。

 右足、左腕、左足、右腕、重心。

 まだぎこちないが、歩く為に必要な身体制御プログラムは問題なく動いている。


『やった! 動いたぞ!』

「えぇ! やったわ! よし、そしたら次よ!」

『え、次?』


 ハルはおもむろに舵を切り、格納庫の扉と思しき部分の前に立つと、左足を前に、右腕は引く。

 おいまさかこのポーズは……


「せーのっ!!」


 轟音と共に扉が吹っ飛ぶ…わけではなかった。少しひしゃげただけだ。


「ちぇっ……この程度かぁ」

『この程度かぁじゃねぇよ!! 何やってんだ!?』

「力試しよ。これ、こんな扉ひとつも吹き飛ばせないの?」

『いやいや重要な兵器を格納する場所の壁がそんな簡単に壊れてたまるかよ!』


 全く……メンテナンスやプログラミングが出来たから理知的な性格なのかと思ってたが、とんだ脳筋だな。

 というか、


『なぁ、武器とかないのか?』

「武器?」

『俺は()()()人型機動兵器なんだろ?なら、武器ぐらいなきゃおかしくないか?さすがに殴る蹴るだけが能じゃないだろ』

「……そうね、もしかしたらあるかも」


 なんだその「それがあったか」みたいな反応は?


 ひとまず部屋全体を視界におさめて観察すると、この格納庫以外の部屋につながりそうなシャッターが見える。


『他の部屋があるようだし、そこに何かないか?』

「そうね、探してくる」



 それから帰ってきたハルに曰く、近接武器と思われるモジュールが二つ、射撃武器と考えられるモジュールが一つ見つかった。

 とはいえそれは一人では運べるものでもないので、


『結局、壁をぶっ壊して取り出すってわけか』

「仕方ないでしょ。トラックはともかくクレーンは一人じゃ操作できないもの」

『まぁ、コンクリートの壁一枚くらいなら、なんとかなるだろ』


 ただし素手は嫌なのでせめてというわけで、何の建設資材か知らないが鉄骨を一本こうして手に持っている。


『「せーのっ』」


 一度、二度、三度と、鉄骨を振り下ろし、シャッターの周りの壁を掘り広げていく。

 やがて、瓦礫をどけ、匍匐すればなんとか通り抜けられそうな穴が空いたところで、中に身を滑らせて奥へと入る。


 あったのは天井から吊り下げられた一挺のアサルトライフル型モジュール。壁に立てかけられていたであろうコンバットナイフ型モジュールが床に転がっている。

 そして、専用の容器に入れられたおそらく武器であろう謎の形のモジュールである。


「あなたの構造上、腰の左右に一つずつの汎用ジョイントがあったから、アサルトライフルとコンバットナイフはそこに取り付けるべきね」

『取り付けはできるのか?』

「本来なら取り付け用重機を使うべきでしょうけど、ライフルは直接付け外しが寛容に出来てるみたいだし、ナイフの方は鞘に差し込んでおくだけ。多分、自分の手でできるんじゃない?」


 そうあっけらかんとして彼女は俺を操作して鞘に収まった状態のコンバットナイフ型モジュールを拾った。


 その時であった。


『おぉっ!?』

「どうしたの!? 何か異常!?」


 頭の中に情報が流れ込んでくる。この情報源は手からだ。正確には、手に持ったコンバットナイフ型モジュールからデータを吸い上げているに近い。


『大丈夫だ、今持ったナイフのデータが流れ込んできて驚いただけ。どうやら俺の手は何かの接続端子みたいだな。』


 俺の方に流れ込んできたデータをハルの方へ送るとハルの方の画面にも俺の受け取った情報がウィンドウにまとめられて表示された。


「なるほど、これは便利ね。初めて見た武器でも手に取れば使い方がわかるんだ……」

『それにこのナイフ、超高周波ブレードらしい。操作のためのモーションテンプレートファイルも入ってたから、そっちの仮想OSにインストールしておけ』

「仮想OS?」

『なんかあるらしいぞ? 制御システムのOSそのものとは違う、空っぽのOSが。

 外部から取り込んだファイルやプログラムはそこに格納して解析や抽出を行うみたいだな」


 別の白いウィンドウが表示され、そこに『近接戦闘用超高周波ナイフ』と言う圧縮ファイルが表示される。


「なるほど、この白いウィンドウ内が仮想OSね」


 ハルがそのウィンドウに触れると、解凍の是非が問われ、解凍を実行する。

 1秒ほどで解凍されたファイル内をセキュリティスキャンが行われ、悪性プログラムの検出はされないことを確認。

 インストールの是非を肯定して、制御CPU内のサブウェポンαスロットに『近接戦闘用超高周波ナイフ』の操作システムが登録された。


 全体を通して、情報処理にかかった時間は5秒前後だ。

 俺の時代のパソコンじゃこうはいかないな。さすが軍用スパコンというべきか?


 鞘のジョイントへの取り付けも、差し込んだだけで固定される簡易仕様であったためすぐに終わった。

 同様の手順で、アサルトライフル型モジュールも1分もかけることなく取り付けまでこなせた。


 手に入れた装備の詳細はこうだ。


【近接戦闘用超高周波ナイフModel-FROST/Combat Bowie】

 近接戦闘用のコンバットナイフ型武装モジュール。

 ナイフの芯に当たる部分に超高周波振動を起こす装置が組み込まれており、炭素鋼の切断も用意に行える。


【60mm口径甲弾式アサルトライフルModel-IWI/Tavor.21】

 機関部を後方に集約したプルバップ型が特徴的なアサルトライフル型武装モジュール。

 アサルトライフルであるため、セミオート、フルオートの切り替えが可能。

 本機は甲弾式(徹甲弾を撃つタイプ)である。マガジン一つに対する最大装填数は40発。


 ……まぁ? 戦闘用な訳だから当たり前なんだが……怖っ!

 コンバットナイフは炭素鋼すら容易に切断!? 炭素鋼ってあれだよな? 日本刀とか作るのに使ってる玉鋼とかのあれ?

 そんでもってアサルトライフル! なんだ60mm口径って!?


『なぁ? こんなもん本当にいるのか?』

「武器が欲しいって言ったの、マルスじゃない」

『いやまぁ、うん。けど、なんかこう明らかにオーバーキルする未来しか見えないんだけど……』

「いいんじゃない? 相手の戦車を簡単にぶっ壊せる力を見せつければそれだけで敵は減るわ。」

『そうか……』


 ちなみにこのアサルトライフルもかなり使いやすい。

 腰につけてる間は自動的にセーフティが働いていて、グリップを握る事でジョイントロックが外れ、ジョイントから外す事でセーフティが外れる。

 そして、構えを取る事で射撃用補助シークエンスが起動し、照準補助、弾道補正が行われる。

 ちなみに発射自体は構えを取らずとも撃つための信号を送るだけで発射するので、別に構えを取らなくても片手だけで撃つことは可能。ただしその際には反動がものすごいことになって片腕が吹っ飛ぶか銃がどっかに飛んでくかくらいは覚悟が要りそうだが。

 セミ・フルオートの切り替えも信号を送るだけで切り替わる。

 以上の機能を持つことから、このアサルトライフルに引き金はない。グリップ部に手を通して信号をやり取りする機関があるのだろう。


 ところで、さっきしれっと物騒な言葉が聞こえたが……


『何? 戦車ってその辺の人らが普通に乗ってんの?』

「300年前の遺物の中では構造が比較的単純で修理や整備も難しくなく、ちゃんと練習すれば一般人でも操作できる簡便さから、ある程度大きなグループならほぼ必需品レベルで持ってるわね。

 燃料の問題さえなければ移動にも便利だから、放浪者でも乗ってる人はたまに見るわ」


 本当に世紀末な世界だな……


『んで、残るはあれか』


 フォーカスしたのは残る一つのモジュール。持ち手と思しき棒を枠で囲ったようなものだ。

 それを見ているとどこか懐かしさを覚える。


「何でしょうねこれ? 一見するとよくわからないんだけど……」

『持ってみればわかるだろ』


 そう促したが俺の聴覚が外側に異常を検知した。

 多数のキャタピラ音。推定6台。


『ハル、外に何かいる』

「嘘!?」

『音から察するに戦車が6台と言ったところか』


 俺の感知した音を拡大してハルにも聞かせる。


「まさか……強盗団!?」

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