再起動
ピ、ピ、ピ…
静かすぎる部屋に鳴り響くのは、心臓の拍動を意味する電子音。
その音は、覚醒のたびに少しずつ間隔が増していた。終わりが近いのだと、嫌でも理解できた。
俺は、身体が弱かった。生まれつきだ。
何が悪かったわけでもない。ただ、生まれた時から心臓が弱かったとしか言えない。物心ついたあと、医者から聞かされた話では、全身の筋肉、特に心筋の発達が生まれつき弱く、強い運動が難しいのだという。
走ればものの1分ほどで息切れを起こし、その後寝込む。
息止めなどやろうものなら15秒で視界がチカチカし、目が覚めた後親にどやされた。
しかし、成長すればきっと治るだろうと言われ、長期的に心臓を鍛えるためのトレーニングを重ねればきっと…と、医者に励まされてきた。
その努力が報われることはなかった。
第二次成長期を迎え、身体が急速に変化を起こしていく。
心臓がそれに耐えられなかったのだという。
やがて俺は体を起こすことも難しくなり病院で寝たきりとなった。
身体はうまく動かなくとも意識ははっきりしていて、母親の泣く声や、父親の慰める声は、小さい頃に話をした人達と同一人物とは思えぬほど弱々しかった。
あぁ…もう、諦めるしかないんだな。
やがて訪れる睡魔…これはきっと最期の眠りだ。
ここで意識を手放せばきっと二度と目覚めることはないとわかる。
しかし恐怖はない。苦痛もない。ゆっくりと、いつも通りに眠るように、微睡を受け入れようと思った。
ただ、黙って死んでしまうのも申し訳ないので、最後に一言だけ、目の前の両親に言葉を告げることにした。
「母さん…父さん…おやすみ」
それに驚いたような顔をする両親はすこし迷ったように顔を歪ませながらも、ゆっくりと
「…あぁ、おやすみ。良い夢を」
「おやすみなさい、___」
…
意識の覚醒を感じる。
なんだ、死んでなかったのか。まだまだ元気だな。
そう思ったはいいものの、目が開かない。というか身体の感覚がない。
ついに感覚機能まで失われてしまったのかとため息を吐こうとしたが息が吐けない。
…いや待て。息が吐けない?感覚がないだけで呼吸はしてるとかではなさそうだ。もう完全に身体が止まっているとしか考えられない。
じゃなぜ俺は死んでいない?なぜ意識がある?
まさかこれ幽体離脱とかそういうあれか?でもそれならもうすこし自由に動けてもいいんじゃないか?浮遊感もないし。
とにかく欲しいのは情報だ。視覚でも触覚でも聴覚でもいい。何か一つ情報入手手段を得なければ。
このままこんな無の中にいたら気が狂ってしまう。
そこからどれほどの時が経ったのか、わからない。
何が理由かは、わからない。
突如として、体の中を刺激が走る。
体の奥。感覚的には背中の内側から走った刺激は、首をつたって頭に届く。背骨を走るように腹の奥のさらに奥の方に刺激を届けた。
脳裏に映像が映し出されるような感覚、映りの悪いテレビのようにノイズ混じりの視界がぼんやりと開かれていく。
ここは…なんだ?
抱いたイメージは一言で表せば『無骨』。
余計なものがないというより何もない。あるのは自分の身体とその周りに張り巡らされた鉄の棒(?)のみ。
自分の身体を見てみると、金属質な鉄板で覆われている。首から下が見えない。というか首が動かない。
そして気づいた。温度が感じられない。空気が冷たいとか暖かいとかがわからない。自分の体温すらも感じ取れないのだ。
身体を覆う鉄板にかかる圧力のかかり方から、俺は今壁に寄りかかるような座り方をしているんだろう、と考えた。
とにかく、今俺は周りが見えている。しかし身体は動かせないし感覚もない。
そしてここはあの白い病院ではなく、灰色の謎の部屋である。
やがて遠くから何かが聞こえてくる。否、遠くから聞こえてるのではなく、聞こえなくなっていた音が聞こえ始めてきたのだ。
その音は足音だった。つまり近くに人がいる!
俺は期待した。そいつなら今の俺の状態を教えてもらえるんじゃないかと。そのために足音の主を探した。
いた。いたが…、
小さいな。
背が低いとかそういう意味ではない。文字通りに小さいのだ。サイズ感としては、手のひらサイズだろうか?
いやいや意外と遠くにいて遠近法で小さく見えてるだけだ。
そう思おうとしたが、どう考えても俺の目の前にある鉄の棒と思っていたそれの上に立ってそこで何かを操作している。
声をかけようとしても、声が出ない。喉が認識できない。口が開かないというか無い。
今の俺は、目と耳と肌?の圧覚しか感覚がない。それ以外の機能は全てない。
それを認めなければならない。
そして目の前の小人はおそらく女性だ。赤混じりのブロンドヘアを後ろで無造作に束ねており、顔立ちからして未だ少女から抜け出していない程度の年齢と思われる。
細身であるというよりは、あまり食べていないため肉がついていないのだろうと思われた。
そしてそんな細い体をぴっちりと奇妙なスーツで覆われていた。
小人と思うほど小さく見えてるくせによく見えるな、と言われそうだ。
説明すると、その少女に意識を向けて見たら、視界を拡大できたのだ。
それに今更気づいたが、俺の視界は現在360度全方位を見ている。真下と背中以外は上まで含めて見えているのだから、まるで神の視点に立ったかのようだ。
さて、そんなことより、少女の方に動きがあった。
鉄の棒、いや、彼女にとっては橋なのだろう、を渡って俺の背後に来る。流石にそこまでいかれると見えなくなってしまうのでそこで何をしていたのかはわからない。
しかし声は聞こえた。
「今度こそ、動かして見せる」
何を?そう思った直後、背中に刺激が走った。
空気の抜けるような激しい音を出し、ガコンという音を立てた俺の背中が開いた感覚がした。
何を言っているとは思うのだが、文字通りである。
背中が開いたのだ、パカーンと。
って、ちょおおおい!落ち着いてる場合か!?
普通人は背中がパカーンなんて開かねえよ!?
え、ちょっと待て?なんかカツカツ音してね?なんか何かが背中から入ってきてね?これあれだよね!?さっきの子が入ってきてるよね!?
足音と彼女の踏む鉄板の感覚から背中から入って心臓のあたりに向かって歩いてるのだとわかる。気持ちが悪い。
そして心臓と思われる位置につながる扉も開いてしまった。
やだ、私のハート丸裸。
心臓部(正確には胸部中央)に入った彼女の様子を見たかったが流石に体内に目はない。
と思っていたら、再び刺激が当の心臓部から腹の上の方にかけて走ると、腰のあたりからだんだん熱が広がっていくような感覚が来た。
「うん、制御端末の起動、ここまでは整備マニュアル通りね。でも問題はここから。」
そんな声が頭の中に響く。正確には胸の中でしゃべった少女の声が体内から聞こえてきた。
体内の声が聞こえた?なら体内の様子は見えないか?
そんな風に考えてたら視界の真下の方、今まで視界がなかったところに様子の違う景色が映し出された。
それはとても小さな部屋。
中心に一人分の椅子があり、その前にはごちゃごちゃとしたキーボードやレバー、ボタンの数々。周りの壁に映っているのは俺の視界そのものか?
…これ、もしかして、いやもしかしなくても、戦闘機とかロケットとか、なんかそういうのの操縦席、否、コックピットってやつじゃないか?
やがて俺の思考は一つの結論に辿り着こうとしている。自分でもあり得ないとは思っている。しかし現状のこれを見るにこう考えるしかない。
鋼鉄の身体。360度ひらけた視界。手のひらサイズの人間、それが入るための背中の扉に体内のコックピット。
そう、これは例えるならば、巨大な機械。しかし、自分の体の形、姿勢が人間型であることを物語る。
ならば答えはこうだろう。
生まれながらに病弱で、体を動かすこともままならず死んだはずの俺は…、
大型の人型ロボットになってしまっていたのだった。
…