派遣・確信 byアッシュ
初めてダミアン隊長に呼び出され、任務を聞いた時はとてもワクワクした。地上に少なくとも17年住んでいる天上人、そんなやつが本当にいるのか。いつもの悪徳商人の特定や乱権阻止といったくだらない任務ではない、とても興味深い内容だった。
その上、滅多にないセオドリックとのタッグ。オレは喜んで日本に降りた。
日本で調査を始めると神崎凛々子はなんというか、ものすごく普通の人間だった。それもとても人柄のいい、優しい人間。
ナナーシュ国は権力者らの魔力不足や怠慢のせいでもあるが、人間が誕生してからデュエルマルナではどの国も大忙しになった。地球を守ることが難しくなってきたのだ。森林破壊や生態系破壊、毒ガスの開発などを平気でやってのける人間たちは自分たちをも破滅に導くことがわかっているのだろうか。
もちろん、人間の中にも醜い野心から地球破壊に手を染めようとする人とは違い、善良な心をもつ人がいることもわかっているはずだったが、凛々子はそんなオレの知識を上回る人間、いや、天上人の1人だった。勤勉で、家族を大切にし、好奇心旺盛な彼女はいつもまわりを自然と明るくする力を持っていた。健全な17歳らしく、元気いっぱいに生活している彼女とそのまわりの人々を見て人間に対するオレの認識は変わった。
彼女は天上人ゆえオレらが制御しているマグアに、もしかしたら気づくかもしれない。そしてオレたちが調査していることを知ったら逃げるかもしれない。オレとセオドリックは遠くから常に彼女を観察し、データを収集することにした。
「ねえセオ、凛々子って何歳だと思う?」
凛々子を調査し始めて1ヶ月。オレはセオドリックに尋ねてみた。
「本当に17歳かもしれないな。たまに地上に逃げるやつは300歳は超えてても30歳だと言って人間界に溶け込むやつもいるが…神崎凛々子は17歳だろう。」
オレと同じ答えだった。
天上人の寿命は600歳と長く、600歳にならないと老化現象が始まらないため地上で年齢を言う時は随分とサバを読む。凛々子が17年前から日本にいたとしても、その前にはデュエルマルナにいた可能性は十分にある。それゆえ凛々子の調査を始めた当初から年齢を判明させることは1つの重要任務だった。
だが凛々子は本当に生まれてから17年しか経っていないようだった。凛々子の家にアルバムがあり、0歳から今までの写真が見つかった。家族や友人を観察していると魔力で騙されているわせでもなく、17年を共に過ごしてきたことはすぐにわかった。
「んーじゃあ、凛々子には天上人という自覚症状はないかもね。」
「ああ、それが大問題だ。オレたちがたまに地上に逃げた犯人を捕まえるように連行はできない。なんせ、何も知らないんだからな。」
調査を始めて1ヶ月経った今の目下の課題はそこだった。どうやって凛々子の信用を得てデュエルマルナに帰るか。
「だが、デュエルマルナには連れていかなければいけない。彼女がいることで仕事ができていない。」
そう言ってセオドリックは電話をかけ始めた。
オレたち天上人がする仕事はとても罪深いことだろう。地球を守るためには必要なことだが、オレらがしていることを知ったら人間はやはり天上人を神だと言うだろう。真面目で優しい凛々子が知ったらまず間違いなく心を痛める。もしこれから仕事を共にすると言ったら最悪自殺しかねない。
「はぁー。」
1人で思いため息をつくと電話を持ったセオドリックから声がかかった。
「おいアッシュ、隊長からだ。」
「え、オレに?はいはーい。もしもし?」
「おう、アッシュ元気か?」
相変わらずの大きい野太い声。この陽気さで隊長が元気なことだけは伝わってくる。
「ええ、楽しい任務をありがとうございます。」
「ははは、そりゃ楽しいだろーなぁ。…帰ったら覚えとけよ。」
これは脅しだろうか。そりゃあオレとセオドリックがこの任務に出ているということは、第14部隊は隊長を含め、休み無しのブラック営業になっているだろう。
「え、ちょ、やめてくださいよ!オレも24時間毎日勤務なんですからね!」
「お前らがいないとこっちは秒単位のスケジュールなんだよ!この辛さを思い知れ!」
愚痴じゃん、思いっきり。
「秒単位ならわざわざオレにそんなこと言う前にお勤め頑張ってくださーい。」
「ちっ、コノヤロー。
お前に代わってもらったのはオレの任務をちょっと手伝ってほしいからだよ。…お前、王族に隠し子がいるか知ってるか?」
「隠し子?どの程度の範囲の王族かは知りませんが、オレが知っている限りはいないですよ。もし上位王族の関係を知りたいなら前宰相のセザンに聞いてみればいいと思います。ナタリーの父親です。下位王族なら、高官をちょっと脅せばすぐかと。」
「ほーん、りょーかい。助かるわ。」
「今更、急に隠し子を探し始めたんですか?」
「まーな。もしかしたらおめぇらの任務にも関係してくるかもしれないからよろしく、じゃ。」
電話が切られた。相変わらず聞きたいことだけ聞いておいて、都合のいい人だ。オレを何だと思ってるのか。まあ、誰にでも平等なあの態度だからオレはこの隊に入ったんだけど。
隊長の『もしかしたら』という言葉は確信を持っているということだ。オレらの任務は凛々子の調査。ということは、彼女は王族の子供である可能性があるということか。
「はぁ、結局そこにたどり着くのか。」
犯罪や不可解な事件は大抵最後には身分の高いやつに繋がる。オレは今後の仕事の重みを知り、気を落とした。
ありがとうございました!