把握
足は動かないし、何も見えない。そしてここの空間は、音もないみたいだ。浮いているのだろうか、抱えられている私は不安定な感覚にも恐怖を感じた。
そして不自由な身体を抱っこされている状態でまたあの酷い痛みが襲ってきた。
「あああああ!!」
「「凛々子!?」」
この変な無音世界にアッシュという男もきたようだ。傍で2人の声がする。
「はっ、痛い!いだぃ!」
また、眩しい。そして痛い。私を横抱きにしている男の首を精一杯の力で引き寄せる。
「また覚醒しようとしている。Bの計画通りだね。いける?セオドリック。」
「問題ない!この子に入ろうとするマグアを全部俺が吸収する。」
何か言ってる。私の叫び声で聞こえないけど。
「はっ、はっ、ううぁぁぁ…」
「おい、意識飛ばすなよ。そのまま力入れて俺にしがみついてていいから。すぐ終わるから。頑張れよ!」
私を抱えている人が必死に声をかけ続けてくれている。それに気を向けつつ、何とか意識を保つ。
目隠しをしていても明暗はわかる。しばらくすると辺りが眩しくなくなり、痛みがすーっと消えていった。必死に空気を吸って息を整える。
「はぁ、はぁ、はぁ…ふぅー、ふぅー。」
「よく頑張ったな。もう着くぞ。」
この無音の空間でようやく希望が持てる一言を聞いた気がした。
「つ、着くって、はぁっ、どこに?」
疲れてぼんやりとした頭で尋ねる。
「ああ。デュエルマルナ、ナナーシュ国だ。」
ざわざわと急に周囲の音が聞こえ出した。そして、バリトン男の足が地に着いたのだろう、ようやく浮遊感が消えた。
(at duelmalna)
私を抱えている人は建物に入って階段を上り、部屋に入った。そこでようやく目隠しは外され、私はベッドの上に座らされた。
「凛々子お疲れ様。だいぶ疲れているみたいだし寝てもいいけど…。」
正直に言えば身体はさっきの痛みで疲れているし、精神的にも疲労しているから寝たかった。が、事態を全く把握出来ていないのにこんな所で安心して寝られる訳がないし、聞きたいこともたくさんある。
「私は大丈夫です。そんなことより、ここはどこですか?それとあなた達は誰?私の家族は、アメリカへ行く飛行機はどうなっているの!?」
止まらなかった。
「あなた達、私を誘拐しているのよ!一体私の何を知っているの!?何をしたいの!?犯罪者!」
声を大にし、まくし立てた。当然だ。警察の事情聴取だと言われて入った部屋で拘束され、連行され、今があるのだから。
目の前の2人は傷ついた顔をした。
「すまない。…急にこんなことされて怒っているだろうが、俺たちは誓ってお前に危害を加えたり悪いことをしようとしているのではない。信じられないかもしれないが、少なくとも、お前を守ろうとしたことだけは知っておいてほしい。これから全てを話すから。」
切実な瞳で訴える姿を見て爆発していた怒りが止まる。確かに2人とも苦しんでいた私を励まし、声をかけてくれてはいた。何か事情があるのは間違いないだろう。
私がきちんと次の話を聞く気になったのが伝わったようだ。2人は椅子を持ってきて、私と目線を合わせて話し出した。
「まず、俺はセオドリック。職業は、国家公務員といったところか。国に仕えている。」
黒髪のがっちりしたバリトン男。この人の目を見て、偽りがないことを悟る。
「それで、オレはアッシュ。オレもセオドリックと一緒だよ、国家公務員。まあもう1つの役割もあるけど、それはおいおい、ね。」
いつも光の中にいて眩しかったり目隠しされていたから声した聞いたことがなかったが…アッシュもとてもイケメンだ。小麦色の髪に蒼い目。いかにも外国人!って顔に圧倒される。
「とてもキレイな目…。」
思わず我を忘れて口にしてしまった。
「えっ、この目が?へぇー、ほんとに?嬉しいよ、そう言ってくれる子初めてだから…。」
どうやらアッシュにとっては予想外のことだったらしい。明らかに動揺している。すごいキレイなのに褒められたことがないなんてにわかには信じ難い。
「それではまずこの場所について説明しよう。ここはデュエルマルナのナナーシュ国だ。」
セオドリックの説明が始まったがいきなり理解できないワードが出てくる。
「でゅえるまるなの、ななあしゅこく。」
「そうだ。ここは人間たちの言う天界、というところだ。」
「天界って、空にあるあの天界!?」
「ああ、外を見てみろ。」
「えっ!」
アッシュが開けた窓の外に目を向けて驚愕した。日本と同じように建物があり、街があるのに、地面がない。日本では道路になる部分は何も無く、ビルの下には雲や鳥が見える。そしてうんと下には衛星写真で見るような日本列島が見える。
「街が…浮いてる…。」
ここが間違いなく地球で、しかし今までいた所とは異なる世界であることを強制的に理解させられる。
「そう、これがデュエルマルナ。地上と宇宙の間にあるもうひとつの世界だよ。」
パタンと窓を閉めてアッシュが説明を引き継いだ。
「デュエルマルナにも地上と同じように国があってここはナナーシュ国というんだ。場所についての説明はひとまずここまで。これから凛々子の質問に全部答えなきゃね。凛々子の御家族のことだけど、心配しなくても大丈夫だよ!」
「どういうことよ!?」
満面の笑みでそんなことを言われても信じられるわけが無い。あの後家族はどうなったのか、そこだけは絶対に知っておきたい。
「ごめん、ごめん。ちゃんと時間通りに出た飛行機に乗って彼らはアメリカへ行ったよ。凛々子は、なんて言うか…あちらの世界にいるって思わせているから御家族は凛々子がいないことは気づかないよ。」
アッシュが言い淀んだ。
「暗示でもかけたの!?家族になんてことするのよ!」
「暗示ではないんだけど…凛々子が地上にいることにはなってる。じゃあ、凛々子がいないって空港を探し回ってほしかった?地上にいるはずのない凛々子をずっと?」
「…っ」
「オレらは何も凛々子や家族を苦しめたい訳じゃないんだ。もし、デュエルマルナに来ることを凛々子が知っていたら、多分、大事にしている家族には心配をかけまいとするだろうって思ったから、こういう措置にしたんだ。」
一言ずつ慎重に言葉を選んでいる。私を傷つけないように配慮してくれているのがひしひしと伝わってきた。
「確かにそうだわ。…ここがデュエルマルナという場所で、私の家族は無事であることはあなた達の話から何となく理解できた。じゃあ、私がここに連れてこられた理由は何?」
今までの行動と話から私がどうしてもここに来なければいけなかった理由があることがわかる。その真意が聞きたかった。
ようやく私自身についての問いかけをした時、アッシュはその綺麗な顔でニヤリと笑った。
ありがとうございました!