対面
個室に入ると正面に黒髪の男性がいた。端正な顔で真っ直ぐにこちらをみている。
「神崎凛々子で間違いないな?」
ピリッとした空気に圧倒される。
「は、はい。」
「すまない。この後全て説明するから…。」
バリトンヴォイスのその男の手から光のようなものが出て、私の両足を拘束した。
「えっ、やだ!何!?足がっ!」
「こっちもちょっとごめんねー。」
「きゃっ!」
視界も消えた。気が付かなかったが、後ろにもう1人いたようだ。タオルのようなもので目を隠され、後ろでしばられている。
「だ、誰よ!」
必死に抵抗する。
「えー、気づかない?オレら、1度会ってるんだよ。」
呑気に喋りながらも後ろにいる人は私の暴れる両腕をいとも簡単に掴む。そのまま左手は後ろで抑えられ、右手は誰かの掌と合わされた。
「い、やぁ!あんたなんて知らない!は、離して!」
「そんなに暴れないで。あんまりオレも力入れて抑えたいわけじゃないんだ。」
そんなこと聞けるわけが無い。私は動かせるひざをぐっと曲げて前に倒れ込む。
「おっ、と。おいアッシュ、ちゃんと抑えとけ。」
バリトン男がだいぶ近くにきていた。倒れる私の体が横から片手でぐっと持ち上げられた。
「はいはい。んー、じゃあ、これならわかるかな。」
アッシュと呼ばれた男がぐっと私の耳元に近づく。
「凛々子大丈夫だよ、だいじょうぶ。落ち着いて。」
「!?」
聞いたことのある、優しい囁き声。
「あなた、昨晩の…!?」
「ふふっ、わかってくれた?オレらは凛々子を守るためにきたんだ。怖くないよ。痛いことも辛いこともしないから、ちょっと大人しくしてて、ね?」
昨日の夜、なぜか私の部屋にいた男だ。私が苦しみ悶えてた時に声をかけてくれた人。だからといって信用できるわけではないけれど、彼なら私の知らない何かを知っているような気がする。最近の不調や夢、そしてあの夜の苦しみ。
「うん、いい子。そのままじっとしてて。」
私が手を合わせているのはあのバリトン男なのか。だとしたら目隠しをする理由はないのではないか。事態が全く飲み込めないまま身動きできずにいると、私の目の前でピーーという高音がなった。
『生体認証しました。』
突然の機械音声。私は機械に手を合わせていたようだ。
「びっくりした?もう終わるからね。」
掴まれていた手が離された。何やら終わったらしい。
バタンという扉が閉まる音がして、私が入ってきた扉から何かが出ていった。バリトン男によってさっきの機械が運び出されたのだろう。私にそれを見られたくないのだ。私の後ろに1人、部屋の中には足音がもうひとつあるからバリトン男は機械だけ外に出して自分は部屋にまだいるつもりのようだ。
「あなた達は警察ではないですよね?」
「うん、そうだよ。
んしょっと。椅子を後ろに持ってきたから手で確認して、そのまま座れる?」
まだ足の拘束と目隠しは外す気がないらしい。私が指示通り座ると後ろにいた男の足音は部屋の奥へ遠ざかっていった。
「ここからは私からいくつか質問というかお願いをさせてもらう。」
バリトン男が話しかけてきた。
「まず、この日本を覆っているマグアを消してほしい。」
「は?」
日本語は聞き取れたはずなのに意味がわからない。まぐあ?え、なんだそれ。この人たちもしかして、ただのヤバい人達なのか…?
「…変なこと考えてないだろうな。」
「え、ええ、違います!」
断じて変なことではない。むしろこの考えは私が正常な証拠だと思う。いきなり身体の自由を奪われた挙句、訳のわからないことを言われたら誰にでも起こる、正常な思考回路。
「俺が言った言葉に何も心当たりがないか?」
意味が通じないことは予想通りだったようだ。
「はい。」
表情が見えないからよくわからないがこちらを見て紳士に話してくれている気がする。よかった、頭がイカれている訳ではなさそうだ。
男はそのまま話を次に振ってくる。
「そうか。では次、あなたの名前、生年月日、生まれた場所を教えてほしい。」
「え…。」
私を拘束し、目隠ししたこの状況で個人情報をとる気なのか。
「さっきの男が昨日あなたの家に入っていることは知っているね?こちらは全てわかっているんだ。ただ改めて本人の口から聞きたいんだ。」
声は優しいままだが有無を言わさないその言い方に再び自分が捉えられていることを思い知る。それに、昨日の夜に私の部屋にいた時はすでに私の名前と住所がわかっていたのだから、今更隠せるものでもない。
私は個人情報を包み隠さず伝えた。
「それに偽りはない?」
「もちろんです。」
「よろしい。では、最近違和感を感じることがあったら教えてくれ。」
これだ。多分この人たちは私の最近の不可解な現象を知っている。正直に言えば教えてもらえるかもしれない。
「はい。まず、今まで風邪ひとつ引かずに元気だったのに重度の体調不良が続いています。そして昨晩、心臓発作のようなものが突然起こりました。あとは、同じような夢を何度も見ることですかね?」
「夢?」
意外そうな声。
「ええ。」
「セオ、準備完了!飛ぶまで10秒前!10、9、…」
突然部屋の奥からさっき後ろにいた男の人の声が聞こえた。カウントダウンをしていると思ったら私の身体がバッと持ち上げられ、すごい勢いで走られる。
「きゃぁぁ!ええ!?ちょっ!」
バリトン男だろうか。お姫様抱っこされている、なんて考える間もなく、そのままジャンプして無音の世界に入った。
ありがとうございました!