転生系貴族達は情報共有を開始する
間が開きましたが、引き続きお付き合いいただけましたら幸いです。
部屋の術式を一旦解除して、マイルズにお茶の用意とレーヴライン兄弟への伝言を頼んでから十分程。
「すまない、取り乱してしまった」
すっかり落ち着きを取り戻したメシエ辺境伯は、上品な仕草で温めの紅茶を飲み干した後、短く謝罪した。
「いえ、こちらこそ……同じような境遇の方に出会えて興奮してしまいました」
「いきなり邪竜の転生者だなんて言われたら、普通は吃驚しますよね……すみません、先輩……」
「いや、まあ……うん、そうだな……」
しゅんと肩を落とす義兄様の背中を撫でていると、困惑とも恐怖とも、不安とも焦燥ともつかない表情で、辺境伯様が私と義兄様を交互に見つめる。
いやまあ、義兄様がラスボス系ではなくガチのラスボス枠な事には、私も驚き半分納得半分ではあるのだが。
(これ、さっきまでラスボスムーブかましてた男なのか? あの圧どこ行った? マジで悄げてんの?)
と言いたげな目線を送られると、
(こういう方なので……)
と深く頷く事しか出来ないのだ。
確かに、義兄様はちょっと無意識外道で人外的規格外思考をしてはいるけれど、明確な敵意を向けなければそこそこ無害である。人間歴十五年なりに、そこはかとない良心や家族や身内への情の類だってあるみたいだし、私的には良き義兄様である事に変わりはない。
見た目とスペックも相俟って、誤解はされやすいし自ら率先して誤解を招く方ではあるが、真摯に話せば理解を示してくれるし、元々そこら辺の二枚舌貴族よりも真っ直ぐな心根の持ち主なのだ。
折角の同郷者にその辺りを誤解されてしまうのは、義妹としてちょっと悲しいものがある。出来る限り、フォローとイメージアップに努めていきたいところだ。
そんな事を考えながら義兄様の背中をよしよししていたのだが、ふいに頭をぽすぽすと優しく叩かれた。もう大丈夫、という義兄様の合図である。
私が大人しく膝の上へと手を戻すのと、義兄様が再度身を乗り出したのは殆ど同時だった。
「それで、辺境伯殿……話を、詳しくお聞かせいただけますでしょうか?」
私達のやり取りを愕然と見つめていた辺境伯様が、ハッと我に返って居住まいを正した。
防音魔術諸々は再起動済みなので、いつからでも本題に入る事が出来るけれど、それも早いに越したことはない。
「お前ら、本当に知らないんだな?」
「僕もエルも、未来視の類の異能やスキルは持ち合わせていません」
「私も、この世界を舞台にした作品は触れた覚えがなくて」
「……本当か? 此処、割と有名どころだぞ?」
「と言われましても……ちなみに、ジャンルは?」
「恋愛ADVだ、一応は」
「いちおう……?」
「れんあい……あどべんちゃー……?」
なんだその含みのある補足。
それぞれ別のところで首を傾げる私と義兄様に、辺境伯は顎に手をやって思案顔になる。
「俺としては、現状を齟齬なく共有してほしいところなんだが、……そもそも、シュトロム……殿に現代のオタク用語は通用すんのか?」
「ロムとお呼びいただいて構いませんよ、先輩」
「私の事は宜しければエルとお呼びください、辺境伯様」
「おう……じゃあそうするけどよ……」
「それで、義兄様の知識に関してですが、推しの概念とCP関係の用語とメディア形態の存在はざっくりと教えてあります」
「……。そのラインナップ…さてはエル、お前CP厨だな? それなら寧ろ、何で此処を知らない? マジでメインジャンル何処だったんだよ?」
「私、基本的に原作の行間を深読みして楽しむタイプの過程厨なので、恋愛ゲーの類は進んで手を伸ばさなくてですね……メインジャンルは少年漫画と携帯ゲーム機RPGとソシャゲでした」
「あぁぁ〜〜……そりゃ掠りもしねえ訳だわ……PCソフトの恋愛ゲーだからなぁ……」
「すみません……」
どうすっかなあ、と後ろ頭を掻く辺境伯様に苦笑しながら謝ると、隣から大きな手が控え目に伸ばされる。
ちょい、と私の袖を引く義兄様が、僕にも教えて? と目で訴え掛けてきたので、私は改めて用語の説明をする事にした。
「義兄様、特殊な記録媒体を用いた遊びに関しては以前教えましたが、それにもいくつか種類があるんです」
「専用の読み取り機を使って記録を読み込んで、出てくる選択肢を選ぶとそれに応じた反応を返してくれるんだっけ? 追体験や疑似体験も可能だってエルは言ってたよね」
「はい、その通りです」
「それで、れんあいあどべんちゃー? っていうのは、どんなものなのかな」
「その名の通り、恋して愛するタイプのアドベンチャーゲームです。主人公を操って、魅力的な女の子や男の子と恋愛関係になる事を目標としているものが主となります」
「過去の出来事に囚われてる面倒臭い奴らの心を解きほぐしたり、貢ぎ物して好感度稼いだり、自分磨きしたり、モノによってもやる事が変わるけど、まあだいたいそんなとこだな」
ふうん? と義兄様が首を緩やかに傾げ、ほんの少し考え込む素振りを見せたかと思うと、至って真面目な顔で私と辺境伯様に疑問を投げ掛けてくる。
「仮想恋愛なんてして、虚しくないの?」
その言葉に、私と辺境伯様は一瞬固まって。
二人揃って顔を覆い、天を仰いだ。
「おま、おまえェエ!! お前!! 全恋愛ゲーマーに謝れ!!」
「義兄様、それは言っちゃいけない! 数多の人間を敵に回すやつ!!」
「え、そうなんだ? ごめんごめん」
「何気ない一言が俺らのハートをきずつける……シュトロム=ドラクロワほんとこわい……」
「私にも……刺さるお言葉でした……」
容赦のない一撃に打ちひしがれながらも、私と辺境伯様は話を元に戻して、情報の共有を再開する。
「そんな訳でだな、此処……トリフィリスを舞台にした恋愛ゲーがあるんだわ」
「そうなんだ」
「と言っても、だ。アレは恋愛ゲーと一言で括るにはあまりにもカオスでな」
「カオスなんですか? え、クソゲーとかバカゲーとかそっち系の……?」
「いや、そういう類じゃねえ。少なくともシステム面は優良作だった……が、人によっては神作にも地雷作にもなる、王道系RPG要素のある恋愛ゲーだよ」
「ねえエル、くそげーってどういう意味?」
「欠陥が多かったり設定が矛盾してたり話が死ぬ程つまらなかったり操作が面倒臭すぎたり絶対に目標達成出来なかったりする、広義的な意味での駄作ですよ、義兄様」
「クソみてーなゲーム、略してクソゲーな」
「まあクソゲーは話の本筋にあんまり関係ないですし、ちょっと置いておきましょうか」
「だな。それで、問題の作品なんだが――ここまで聞いて、何か覚えはあるか?」
辺境伯様の問い掛けに、私は暫し顎に手を当てて思案するものの、それらしいものは覚えていない。
何せ、専門外の性癖範囲外なジャンルである。相当な有名所や、かつての友人達が発狂していた作品ならば、タイトルとあらすじだけはぼんやり覚えているものが幾つかあるけれど、この世界を舞台にしたものがあるのか? と言われると、ピンポイントで判断出来る自信はない。
幾ら考えても思い浮かばず、お手上げ状態の私は素直に首を横に振っておいた。
「舞台設定だけだと全く分かりません。というか、肝心の作品名をお訊きしても?」
と質問に質問で返すと、辺境伯様は、
「恋なる魔性は美しい」
と真面目な顔でしれっと答えてくれた。
こいなるましょうはうつくしい。
脳内で何度か繰り返してみるものの、それっぽいタイトルはてんで引っ掛からなかった。
「……なんか、小説や歌のタイトルみたいですね。恋する〇〇は美しい的な」
「聞いたことは?」
「ない気がします、たぶん」
「そっか……こいまび、割と有名所だと思ってたんだがなあ……」
「……こいまび?」
推しジャンルの存在が認知されていない事に落胆を見せる辺境伯様がポツリと呟いた単語に、脳裏を何かが過ぎる。
なんだか、その四文字……似たようなものがあったような気がする。
四文字の略称なんて、界隈では大して珍しくもないのだけれど、兎にも角にも己の閃きを無碍にはしたくない。
詳しく、と更なる情報を求めて辺境伯様を見つめると、彼はゆるゆると頷きながら続きを話してくれた。
「略称だよ。恋、魔、美の三文字を取ったヤツ。人によって読み方が違うんだが、れんまび、れんまう、こいまび、こいまう辺りがよく聞く読みだな」
「こい……まう……」
こいまびの方はピンと来なかった。
けれど、こいまう――その略称には、覚えがあった。
「そのタイトル……見た事、ありました……」
「なんだよ、やっぱり知ってるじゃねーか!」
確かにあれは、一部界隈での前評判が有名で、発売後も諸界隈に話題が飛んでいたり、かつての友人のうちの数人が沼っていた。
ジャンル外の私であっても多少の「噂」は聞き及んでいて、ここにきて漸く、辺境伯様が言っていた言葉の意味を理解する。
確かにあれは、カオスだ。
そして一応、恋愛ゲーだ。
「主人公の性別や境遇が選べて、乙ゲーギャルゲーBLゲーGLゲー、どの方向性でもプレイ出来て、時間があっという間に溶けてなくなるって噂の?」
「そう、一部の地雷持ちには苦行とまで言わしめる、多種多様なCPが無限に成立すると噂の!」
「人外キャラの専用立ち絵変更パッチと有料版成人向け追加要素が配布された事で有名な?」
「おまけモードでSLGとRPGを幾らでもやり込める方向性迷子っぷりで有名な!」
「推しCPを影から支えたり見守れたりするモブにもなれるという、誰得やり込み要素で話題の?」
「恋愛ゲーなのに主人公に恋愛させない廃人プレイヤーが後を絶たない本末転倒っぷりが話題の!」
「かの有名なこいまうくん!?」
「そう、そのこいまびだぞ!!」
かつて、「恋なる魔性は美しい」というPC用恋愛ゲームが、諸界隈で話題を呼んでいた。
自由恋愛をテーマとしたその作品は、主人公の性別や境遇等を選んでキャラクタークリエイトを行い、意中の攻略対象と絆を深めていくのだが、システム的にもネタ的にもカオス極まるものだと聞き及んでいる。
「恋なる魔性は美しい」という作品は、ゲーム本編よりもおまけモードが楽しいだとか、推しCPがどマイナー過ぎて死にそうになるオタクがいるだとか、パッチ当ててガチ竜やガチ触手と恋愛出来るのめちゃくちゃ楽しいだとか、真面目なものからトンチキなものまで、とにかく話題に事欠かなかった。
名作というより迷作、混沌の権化、新しい地雷発見機、方向性の違いがゲシュタルト崩壊を起こしていっそ統合が取れているという訳の分からない奇作――私が知る限りでも相当な「ヤバい」匂いがする噂と評価をされている。
かつての友人の中に数人、興味本意で手を出して沼に引き摺り込まれて方向性の違う廃人プレイングに手を出し、飢えと萌えに喘ぐ姿を垣間見ていたし、彼女達に何度かダイレクトマーケティングを受けている。それ故に、私はその恐ろしさから意図的に目を逸らしていた。
そうだ――敢えて、目を逸らしていたのだ。
本当に時々ではあるが、頭を過る既知感めいたものがこれまで何度かあった。本当に、片手で数えられる程度のものではあるけれど。
けれど、こうして辺境伯様に言われてみると、納得してしまう自分がいるのだ。
他ならぬ今の私が、邪竜の生まれ変わりの義兄を持ち、自らも竜の血を引いているという事実は――充分過ぎるフラグだったのだ、と。
それはそれとして、納得したくない自分がいるのもまた、事実である。
此処が、かの噂のこいまうの世界?
いやでも、そんなことってある?
なんで、よりにもよって「こいまう」?
「めちゃくちゃ福利厚生整ってるとんでもない沼だと…噂はかねがね……」
「そうだな、結構整ってると思うぞ」
特に、かつての友人達にめちゃくちゃ推されたのは、やり込みによって推しキャラ同士をくっつける事が可能になるカップリングプレイである。
しかもこのプレイング、性別を問わないのだ。合法的に推しCPを実現させられるという意味の分からない仕様は、おまけモードだからこそ許される無礼講らしい。
この機能によって廃人プレイヤーが続出したり、新たな性癖に目覚めたオタクは多いと聞く。
夢小説も嗜むし推しと推しを幸せにする事が出来るなんて、正直に申し上げて、めちゃくちゃ俺得な機能である。
一部のプレイヤーには「公式で結ばれる事が絶対じゃない」「CPを強要するな」「オタクに媚びるな」と不評らしいが、私としては「いいぞ、もっとやれ」な機能なのでもっと他のシステムでも実装されたらいいと思う、作品内の世界観を壊さない程度に。
だからと言って作品に手を出すかと言われると、話は別なんだけどね!
「だから――手が出せなかったんです」
「……は?」
「最熱ジャンルよりも手厚く介護されたら熱が移りそうで、怖くて出来ませんでした……」
「いや、そこは素直に手を出しとけよ!」
「絶対ハマるって分かってる沼に頭から突っ込む余裕も勇気もありません!! こちとらメインジャンルじゃマイナーCPクラスタやぞ!? 私が推さねば誰が推す!?」
「さてはお前、面倒臭ぇタイプのオタクだな!?」
「何を今更!! そもそも面倒臭くないオタクがいるとお思いで!?」
「クソデカ主語だがごもっとも!! オタクは大体面倒臭え!!」
思わず熱の篭った叫びの応酬をしてしまい、肩で息をする私の背中を義兄様が優しく叩いてあやしてくれる。これだから義兄様って最高なんだよな。
息をするように兄として妹に接してくれるのが、元・人でなし人外(語弊なし)の義兄。それなんて家族愛系夢小説? と内心身悶えながらも息を整えている私を、隣から義兄様が覗き込んできた。
「色々と専門的な単語が飛び交っていたけれど……とにかく、このトリフィリスを舞台にした作品が君達の世界にはあったんだね」
「そうみたいです……」
「みたいじゃなくて「そう」なんだよなぁ……」
「それで、義兄様がラスボスなのはさっきお聞きしましたけれど、それなら私は? 何かしらの形で、エクレール=ドラクロワは作中に登場するんですか?」
もしかしてヒロイン枠? 或いはライバルキャラ枠? はたまた存在しないモブ枠か?
兎にも角にも、登場人物の枠に入っているとしたらだいぶ困ってしまう。 私には、既にフロレント=レーヴラインという許嫁にして最推しが存在するので、他の男も女もお呼びではないのだが。許されるならば原作モブ枠でありたいところであるが、果たして。
私の心配とは裏腹に、辺境伯様は渋い顔で腕を組み、深々と溜め息を吐いた。
「エルは、本編で名前だけ登場するサブキャラだ。殆どモブと言ってもいい」
「ほぼモブのサブキャラ……良かった……」
「厳密には、本編開始前に事故死して、ロムがレヴィアスに乗っ取られる切っ掛けになるトラウマ担当のサブキャラだ」
「ダメだーー!! ヤバいタイプのサブキャラだこれーー!!」
私は頭を抱えて叫びながら、背中を丸めて身悶える。
いやそんな、そんな馬鹿な。
私にはフロレント=レーヴラインという最推しがいるというのに確定事故死の未来が待っているだなんてそんな、そんな、
「そんな事ってある!? こんなのあんまりだ!! 私には推しがいるんだ推しを残してやすやすと死ねるか!! 本編前に死んでる場合じゃねえ!!」
「いやまあ、エルがお前なら事故っても死ななさそうだし、そのフラグ、多分立たねえんじゃねえかな……」
「大丈夫だよエル、たとえエルが死にそうになっても僕が守ってあげる」
「そうそう、エルの死亡フラグは邪竜レヴィアスがぶっ立てるヤツだし、この調子なら大丈夫だって」
「「……えっ?」」
私は、思わず隣に座る義兄様へと顔を向け、義兄様も私を呆然と見つめる。
「お、義兄様……私の事、殺す予定がお有りで……?」
「ないよ!? 僕がエルの事を殺す訳ないだろう!? 僕が潰すのは僕の所有物に手を出す塵芥だけだよ、安心して!?」
私の言葉に慌てふためく義兄様を見るまで、この方なら躊躇いなくやりかねないなあ、とか思っていた自分を、ちょっとぶん殴りたくなった。
そうだよね、私達仲良し義兄妹だもんね!? 大事な我が義兄を疑うなんて私はなんて非道な思考をしているのだろうか!
「義兄様……っ! ごめんなさい! 私、ほんの少しだけ疑ってしまいました、ごめんなさい……!」
「エル……! いいんだ、疑われても仕方ないって分かってる。でも、僕は君を疎ましく思ったり排除しようなんて欠片も思っていないよ。大切な君を守りたいという気持ちは、嘘偽りない僕のものだ、どうか信じてほしい」
「信じます……信じます、義兄様。他ならぬ、大切な貴方の言葉ですから」
「ああ……エル、ありがとう……っ」
ぎゅっと手を取り合って見つめ合い、互いの絆を再確認する私達の耳には、「もしかしてこいつら出来てんのか……?」という呟きはまるで入ってくることはなく。
「辺境伯様! 詳しく、詳しく! 私の死亡フラグについて、詳しくお願い致します!!」
「先輩、教えてください。 一体どんな経緯で、僕がそんな酷い事をする羽目になるんですか? 原因を排除する為にも、どうか、詳しく、話してください」
私達義兄妹にテーブル越しに詰め寄られた辺境伯様が、「ヒェェ……」とか細い悲鳴を上げて顔を青くしている事など、お構いなしであった。