59 違う話
翌朝、俺は道場に来ていた。道場ではすでに100人近くの人が稽古をしていた。ギルによるとこの道場で訓練を受けることは一種のステータスらしい。剣術だけでなく、槍術、棒術、体術などいろいろな武器を教えている。向こうでは斧や槌の指導をしている。
「ギル。今日も来たのか?」
突然、後ろから声をかけられた。後ろには誰もいなかったはずだ。振り返ると細身で体が非常に引き締まった金髪の男が立っていた。よく見ると、耳が尖っている。この特徴はもしかしてエルフ!
「ローラン様、連日すみません。今日は転移者の千波矢様をお連れしました。」
・・・ギルのしゃべり方がいつもと違う。敬語を使っている。しかも、とても緊張している。そんなに厳しい人なのだろうか
「どうやら、大事な話のようだな。場所を変えようか。千波矢様、どうぞこちらへ。」
そう言われ、俺は立派な個室に通された。
「まずは自己紹介をします。ローランと申します。当道場の13代目の当主です。お気づきかもしれませんが、種族はエルフです。」
やっぱりエルフだった。この世界に来て初のエルフだ。
「葵 千波矢です。よろしくお願いします。」
「本日いらしたのは、やはり勇者についてですか?」
「はい。勇者がどのようにして力を授かったかです。」
「どのようにと言われても、神に勇者の力を授かったとしか伝わっていません。」
この話は町で聞いた話といっしょだ。
「ただ・・・。」
ローランの顔が歪む。何か言いにくい事でもあるのだろうか。
「勇者の旅立ちについては、エルフの里では違う話も伝わっています。」
「違う話?」
確か町では、勇者は町を襲ったモンスターを撃退して、己の使命に気づき旅立ったと聞いた。
「はい。勇者はモンスターの襲撃に恐れて逃げ出した、と言う話です。」
「勇者が逃げ出した?」
「里の年寄り達の間ではその話の方が信じられてます。」
これは興味深い話を聞いた。是非真相を調べてみたい。
「ローランさん。エルフの里でお話を聞いたんですが、可能でしょうか?」
「エルフの里はこの近くですが、紹介状がないと入ることが出来ません。私が紹介状を書きましょう。」
俺はローランさんから紹介状を受け取るとエルフの里に向かって出発した。




