317 不可侵の約定
「で、ヒト族よ。お前たちの要求は何だ?」
「まずは、ササライの街を返していただきたい。」
「それは断ったはずだ。神の下僕であるお前たちは我らにとって、敵であるも同じ。返す理由がない。」
フィル殿下と龍王バハムートの交渉は早くも頓挫してしまった。
「私たちは神からの独り立ちを目指している。したがって、神の下僕ではない」
「いいか、短命な人族よ。俺が知っている限りでもヒト族は5度、神から離れようとした。そして、その都度失敗した。今度も失敗するのは目に見えている。」
「私たちの覚悟は生半可なものではない。必ず成功させます。」
「ヒト族は毎回同じセリフを吐くな。そして、すぐに撤回する。お前たちの言葉を信じることはできん。」
「つまり、交渉は無理だと?」
「・・・・・・ヒト族よ。もし、お前たちが信頼を得たいのなら、言葉ではなく行動で示す以外にない。まあ、無理だろうがな。」
龍王は神からの独り立ちができたら交渉してやる、と言っているのだ。
ただ、それだとこちらは困るのだ。ここで交渉を締結できなければ、国内にくすぶる反国王派が息を吹き返す可能性があるのだ。フィル殿下の顔から苦渋の表情が伺える。
しばらくして、フィル殿下は決心したかのように龍王に話し始めた。
「・・・龍王殿。私たちとしてもこのまま引き下がるわけにはいかない。」
その言葉に龍王の顔が僅かに引き攣る。
「ヒト族よ。それはどういう意味だ?もしや、私の言っている意味が分からないほど愚かなのか?」
龍王の声に僅かな怒気が感じ取れる。この場に緊張が走る。
「いえ、あなたの言っていることは重々理解しているつもりです。私が交渉したいのはその前段階での話です。」
その言葉に龍王の顔色がまたまた変わる。少し興味を持ったようだ。
「あなたが言うように、このままササライの交渉を続けるのは龍族にとって虫がよすぎる話なのだろう。ただ、このまま私たちが帰れば、ヒトの独り立ち、という目標に大きく後退することは間違いない。そこで、私たちと不可侵の約定を結んでほしい。」
「不可侵の約定?」
「はい、私たちの挑戦が終わるまでの間、互いに敵対しないという約定です。」
「私たちには利点がないのだが?」
「このまま物別れに終わったのなら私たちの挑戦はあなたたちのせいで失敗することになります。私たちの成長を望む神々はどう思うでしょうか?」
「・・・なるほどな。私たちを脅すか」
龍王の目がギラリと光る。同時に凄まじい重圧が発せられる。フィル殿下はその重圧をもろに受け、苦しそうにしているが一歩も引かない構えだ。
「いいえ、脅すつもりはありません。私たちはただ、じっと見ていてもらいたいだけなのです。龍族と対等でもないヒト族があなた方の為に何かできるとは思いません。しかし、私たちがあなた方に近づけた時、恩を返すことは可能です」
龍王は目を瞑ると考え出した。静寂が辺りを包み込む。龍王から発せられていた重圧はすでになくなっていた。代わりに何とも言えない空気が周りを支配していた。
龍王は目を開くと不満そうな顔で宣言した。
「よかろう。10年待ってやろう。我らはお前たちが抗う姿をここで見させてもらおう。」
こうして、ヒト族と龍族との間に、不可侵の約定が結ばれることとなった。




