138 婚約指輪
しばらくして泣き止んだアンに俺はお願いして、一度指輪を返してもらった。アンは不思議そうにしていたが、それを了承し、俺の掌の上に指輪を置く。俺は指輪を握りしめると覚悟をきめた。本当はもっとロマンチックなシーンでしたかったのだが・・・。
「アン、俺の生まれた世界では結婚を申し込むときに男性が女性に指輪を送るという習慣があるんだ。」
俺は意を決して口にする。俺はこの言葉を言うのにかなりの勇気と時間を必要とした。おそらく顔は真っ赤になっているだろう。まさか18歳でプロポーズをすることになるとは思いもしなかった。しかも相手は15歳の少女で知り合って半年も経っていないというのに。
「千波矢さん。本当に私でいいの?」
アンは目を潤ませながら聞いてきた。俺はアンを抱きしめると、「お前と一緒に生きて生きた。」と答えた。何とも平凡な言葉だが、俺には他に思いつかなかった。アンは返事の代わりに強く抱き返してきた。下を向くとアンは上を向いてこちらを見ていた。そして、目と目が合うとアンは目をつぶった。
そういうことか。
いくら恋愛経験の少ない俺でもこれ位は理解できた。唇と唇が触れ合う。俺にとって、これはファーストキスだった。元の世界で彼女がいたこともあるが、ここまで仲が進展したことはなかった。とても幸せな時間だ。この時間がずっと続けばいいのに。
「そろそろいいかい。」
マチルダさんの言葉で我に返り、俺たちは慌てて離れる。アンは耳まで真っ赤だ。おそらく俺も同じだろう。そうだ、プロポーズの最後の仕上げをしないといけない。
「アン、左手を出してもらっていいかな。」
俺の言葉にアンは恥ずかしそうに左手を出す。おそらく何をされるのかがわかったのだろう。
「俺の生まれた世界ではこの指輪を婚約指輪って呼ぶんだ。そして婚約指輪は左手の薬指に付ける指輪をつける決まりなんだ。」
俺はそう言ってアンの左手を取ると薬指に指輪をはめる。マチルダさんが「この指輪はアンのために作った」と言っていたが、納得だった。アンの指にはめた瞬間、指輪が輝きだしたような気がした。そう、指輪だけでも美しかったが、正にこの位置が自分の居場所だと言わんとばかりに存在感が増した。
「アンちゃん、おめでとう。良かったわね。」
セリナさんがアンを祝福する。
「セリナさん、ありがとうございます。それと先ほどはすみません。」
「いいのよ。黙ってた私たちも悪いんだから。」
セリナさんは快く許していた。アンはホッとして安堵の表情が浮かぶ。
「マチルダさん、ご迷惑をお掛けしてすみませんでした。」
「いえ、こちらもいいアイデアを教えていただけましたので。」
マチルダさんはにっこり笑うとそう答えた。後日、この世界に婚約指輪の文化が少しずつひろがっていくことになる。




