107 お粥
「え、えっと、私もよくわかりません。」
アンの表情に戸惑いの色が見られる。口調もいつもとちょっと違っている。何かを隠しているのは分ったが、追及しないことにした。隠すのには理由があるのだろう。
「どうやら目を覚ましたみたいだね。」
マーサさんが俺たちの会話に気づき、部屋に入ってきた。
「どうも、ご心配をお掛けしたみたいですみません。」
「いいよ。とりあえず、ゆっくり体を癒しなさい。アン、千波矢さんになにか食べ物を作ってあげなさい。」
マーサさんの言葉にアンはハッとして部屋を出て行った。
「せわしない子だね。一声掛けてから行けばいいのに。千波矢さん。すぐに用意ができると思うから、ちょっと待っててやってね。」
マーサさんもそういうと部屋を出て行った。
しばらくすると、アンは朝食を持ってきてくれた。どうやら、おかゆみたいなものだ。ただ、米ではなさそうだ。そういえば、この世界に来てお米を見ていないな。そういえば、コーヒーも見てないな。こうしてみると、食料一つをとってもこの世界が異世界なのがよく分かる。
・・・そうか。俺は日本の家族のことを思い出したんだ。そして、気持ちを抑えられなくなったんだ。そうか、もう戻れなかったんだ。次第に俺の表情が暗くなっていく。
「千波矢さん。お気分がまだ悪いんですか?」
アンが心配して聞いてくる。そういえば、アンにはこの世界に来てからずっと世話になっているな。俺のせいで教会を首になったし、危険な冒険者稼業をすることになった。・・・いや、教会を首になったのは半分はラインハットのせいだな。そうは言っても、そろそろ俺はアンの気持ちに答えないといけない。
俺はアンが作ってくれたおかゆのようなものを食べた。・・・うん。これはおかゆだな。お米ではないがほぼそれに似た穀物だ。俺が美味しそうに食べているとアンは安心して俺が食べるのを見ていた。
「ごちそうさま。美味しかったよ。」
食べ終わった俺はアンにお礼を言うと、アンは嬉しそうに微笑んだ。
「良かった。お口に合って。体調が良くなるまでゆっくりして下さいね。」
「ああ、ありがとう。でも、もう大丈夫だよ。今日からまた働くよ。」
俺がそういうと、アンはとんでもない、とばかりに口を膨らませて止めてきた。
「少なくとも今日はゆっくり休んでください。」
「いや、大丈・・・」
「ダメです。今日は休んでください。」
あまりの剣幕に俺はしぶしぶ了承した。どちらかというと、ずっと寝ていたので肉体的にはしっかり休めているのだが・・・。
「アン。」
部屋を出ていこうとするアンを俺は無意識に引き留めていた。
「なんですか?」
アンは振り返り俺を見つめる。その表情はかなり疲れているようにも見える。
「今日はありがとう。」
俺はもう一度アンにお礼を言っていた。




