104 家族ともう会えない
「あんた達、無事だったんだね。」
マーサさんは俺たちを見つけると、慌てて駆け寄ってきた。そして、アンを力強く抱きしめる。
「お母さん、痛い。」
余程強く抱きしめられているのだろう。アンは痛がっている。それでもしっかりマーサさんを抱き返している。
「あなた達が出発した後、南の平原にベノムドラゴンが現れたって聞いたから心配していたんだよ。」
目には涙が溢れている。余程心配していたんだろう。
「大丈夫だよ。私達はベノムドラゴンには会ってないよ。」
アンがそういうとマーサさんは抱きしめるのを止めてアンの体を調べ始めた。そして、アンの体に怪我がないのを確認すると満足そうに頷き、アンを開放した。
よく見ると向こうの方でマスクデスさんが今にも駆け寄ってきそうな感じで立っている。目には涙を浮かべている。おそらく彼もアンを心配だったのだろう。彼も駆け寄ってきて、アンを抱きしめたいのだろうが、この前はアンに「抱き着くな」と説教されていたから我慢しているんだろうか。俺と目が合うと慌てて奥の部屋に入っていく。
これだけを見てもアンは愛されて育ったのがわかる。とても微笑ましい光景だ。
「なんだい。あんたも抱きしめてもらいたかったのかい?」
アンを開放したマーサさんが俺のそばにやってきて、軽く抱きしめる。
「あんたも無事で良かったよ。」
俺が驚いていると、マーサさんが笑いながら俺の背中を叩く。
「本当に思っていることがすぐに顔にでるね。そんなに驚かなくてもいいのに。アンと結婚すれば、あんたは私の息子だよ。心配するのは当然だよ。」
その時、俺の心の中にとても暖かい気持ちが流れ込んできた。この世界に来て初めて家族の愛を感じたからだ。とても幸せな気分だ。そして、急激に悲しみに襲われた。
俺はこの世界に転移して、元の世界とのつながりが切れたた。そのため、俺の心にはぽっかりと大きな穴が空いたのだろう。俺はそのことを考えなかった。いや、おそらく考えることを本能が拒否したのだろう。自らの精神を守るために。今回、マーサさんの優しさが俺の心の中に流れ込んできて、初めてそのことに気づくことができたのだ。
「そうか。俺は家族ともう会えないんだ。」
俺はポツリと小声て呟いていた。その瞬間、俺は泣き崩れていた。今まで思い出しもしなかった日本での家族、友人の顔が頭をよぎったからだ。そして、二度と彼らと会えないと思うと、心の奥からどんどん深い悲しみが押し寄せていた。そして、悲しみに押し流されて俺は意識を失っていた。




