9 覚醒っ!シュタッ
最近、塾で奇病が蔓延しているらしい。
それは特に、翌日に校内模試を控える生徒達に多い。
大量発生する謎の体調不良がT緑会で猛威を奮うとか奮わないとか。
症状は期末、中間テスト期間に発生する免疫疾患と一致するようだが……?、?
༼⁰o⁰;༽ぁゎゎ
コワイナー
(うわっまじか)
どうやらはずれを引いたようだ。扉のない大広間。ホブゴブリンはに統率されたゴブリン達がいっせいにこっちを向いた。
とりあえずぽいぽいと残り少ない吸魔結晶を投げ込んでみる。
ゴブリン軍団がずざざっと後ずさる
距離を稼げたが…逃げるか?
「グゲァ、ゴアッ」
いっせいに後ずさったゴブリンの中から虚ろな目をした数匹が走り出し、こちらに向かって走ってくる。
どうしよう......突進を止めるだけの力は無いのだが。
と、思っていたら、ゴブリン達は俺の方には走って来ず、床に落ちた吸魔結晶を拾い、広間の隅へと投げ捨てた。
サラサラと崩れ落ちるゴブリン達を見て、ホブゴブリンが叫んだ。
「ゴァァアアァ」
それは合図だった。
いっせいに走り出したゴブリンは、皆、どこか虚ろな瞳で俺を見据えて走ってくる。
少し後ろへ退きながら収納していた石を地面に撒き、ゴブリンを待つ。
1番尖った石を踏み抜いた先頭の一匹がもんどりうって倒れた。
残してあった吸魔結晶を出し、倒れたゴブリンにできる限りダメージを与えるよう、噛み付いたり出した石で踏んだり、ゴブリンの手をするする避けながらピョンピョン飛び回る。
「ゴァァ!!」
我武者羅に攻撃していたゴブリン達の何体かが、結晶を隅に投げた。
指示が一瞬で出されたせいで、まだ生きているゴブリンが多い。
とはいえ残りHPは少ないので、手早くトドメをさしていく。体勢を建て直した何体かが、命令に従って攻撃してくるが、足元がフラフラで狙いが定まっていない。
このままでは無駄と判断したホブゴブリンの「ガォォァ!!」という声に、生き残ったゴブリンはホブゴブリンと、待機していた10数匹の方へ逃げていった。
さあ、お仲間はもう半分しかいないぞ?どうする、ユニークモンスター。
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NO NAME
ホブゴブリン HP65/65
称号:ダンジョンモンスター ユニークモンスター 支配者
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おいおい…レベルが上がったのか?HP増えてるじゃないか。
それに、統率者が消えて支配者になってるぞ。
レベルは魔物を殺すことで上がる。人間を殺しても経験値にはならない。
これは人間の場合の話だ。
この世界で言う人間とは、人族、エルフ族、ドワーフ族、獣人族、魔族の5種族の総称である。
つまり人間がエルフを殺しても魔族が人間を殺しても、経験値は得られない。
魔物を殺す『経験』と、人間を殺す『経験』。何故前者は『経験』が加算されて、後者はノーカウントになるのだろうか。
神がいて、ステータスという数値化のシステムを持つ世界。
ならば、魔物が魔物を殺しても経験値は得られるのか?魔物が人間を殺したら?
恐らく、経験値は得られるだろう。
同族の魔物ならどうだろうか。もしくは、上位種や下位種、同じ進化の系譜に連なるものを殺したら?
経験値は得られるのか?
ホブゴブリンが、槍を薙いだ。
2体のゴブリンの首が飛ぶ。
次々と配下のゴブリンに槍を突き入れ、斬り払う。
列を為して淡々と、抵抗すること無く殺されていくゴブリン達に、少し寒気を覚えた。
信仰、狂信の類ではない。自己犠牲の精神や、合理の理念ですらない。
操られ、死を迎えるまで気づかない。
そんな彼らは何を思って死ぬのだろう。そもそも何かを思うことを許されているのだろうか。
驚きか恐怖か、目を見開いたゴブリンの頭が目の前にボタっと飛んできた。
勿論ただ見ているだけのはずもなく、なにか攻撃を仕掛けるために走り出す。
魔力を全身に巡らせ、身体強化を限界まで高める。
【経験値を258獲得しました】
【Lv.1→Lv.4】
時間差でようやくアナウンスが届いた。
ホブゴブリンは、おれを見て残ったゴブリンたちを経験値に変える為、槍を突き出し、残り全てのゴブリンを貫いた。
(いやいや、このタイミングでそんな事したら.....)
槍を抜くのに手間取るホブゴブリンと、腹に槍をさしたゴブリンを横目に、貫かれたゴブリンの体を登る。
槍を収納しよう思ったが、出来なかった。
理由はおそらく
仮説①所有権の有無
仮説②他人の接触
仮説③容量の限界
仮説④大きすぎる、もしくは重すぎる
のどれかだろう。
仕方が無いのでジャンプしてホブに飛び乗る。胸のあたりに着地して、そこから頭を目指す。
(臭!!お前も臭いのかよ!!!)
心無しかほかのゴブリンより若干臭い。
首まで登ったところで、槍を取るのを諦めたホブゴブリンが掴みかかってくる。
小さい敵が体に張り付いていたら、武器で攻撃なんて出来やしない。
二本の手を躱すことに専念し、余裕があれば収納から出した石等で攻撃する。
おれを殴ろうと迫る巨拳を躱す。当然その拳は、自身にダメージを与えた。
攻撃方法が殴打からわし掴みに変わる。
殴れば自分にダメージを与えてしまうと判断したのだろう。
その手を躱し、時にジャンプで駆け登り、時に落下で肩から腰へと避難して。
めちゃくちゃに動く身体の上で、執拗に迫る両手を避けながら石や剣を出して攻撃していく。
「ギュォアアアァ!!!」
落とした短剣が足に刺さったようだ。ぐらりと体が傾いて膝を着いた。この機会を逃さずに攻撃をかける。
噛みつきは効果が薄すぎるので、収納していた吸魔結晶、最後の1つを出して悲鳴をあげる口に蹴り込んだ。
石を出して口に詰め、胸の上に置いて全体重をかけて押し込んで。
少し、引き際を測りそこねた。
「キュォォ!!!」
胸の上で跳ねるおれを吹き飛ばしたのはホブゴブリンの手だった。恐ろしい速度で壁が迫る。
(ヤバい!!身体強化....いや、なにか衝撃を吸収するものを.......)
そして、壁が迫り.........
することが無くて魔力を放出してみた。全力で。
その時おれは魔法適性『無』の意味を理解した。
実体化するほど濃縮された魔力が、壁となって衝撃を吸収した。
魔法とは、自身の魔力を属性魔力に変換することで炎や風、光や闇を生み出すものである。
火属性、水属性、風属性、地属性、光属性、闇属性。各属性の魔法を使う為の属性魔力に変換することが出来るか否か。それが『魔法適性』である。
父親と母親の持つ適正や先祖の持つ適正のうち最低一つの適性が遺伝する。
魔力は体外に放出すれば変質するが、火水地風光闇全てに適性を持たないレイジの魔力は、何に変質するだろうか。
答えは『物体』。
実体なきエネルギーの塊に過ぎない魔力に実体を持たせる。
ただそれだけのものである。
そもそも魔法と呼べるのかどうかも疑わしい。
全ての属性に適性を持たない生物はいない。
そう信じられていた。
スライムやゴブリンでさえ、魔法を使う知能がないだけで適性は持っている。
その才能を開花させた上位種は、当然魔法を使う。
火、水、地、風、光、闇、その内ひとつたりとも、魔物が使うところを確認しなかった属性はない。
魔法適性『無』とは、文字通り適性を持たないという事ではあったが、魔力というエネルギーを保有していた以上、それを放出する事が出来、放出されたなら世界に干渉する存在になるのが魔力である。
六大元素のどれにも干渉できないレイジの魔力は、実体を持つことで、直接世界に干渉する他無かった。
――――と、これは当の本人は預かり知らぬ事ではあったが、それを知ろうと知るまいと、彼の魔力は覚醒した。
(あーー、これならいけそう、かな?)
魔力を動かし、短剣を持ち上げた。
(結構制御が難しい.......)
対して。
「グゴォォォォォァァァァ!!!!!!」
経験値を得、恐らくさらなるレベルアップを果たしたホブゴブリンが、吼えた。