7 ホブなゴブリンと愉快な仲間たち
無数の足音は次第に、だが確実に近づいてくる。
(とにかくあの部屋に戻らないと……)
壁をのぼり、息を殺す。
ゴブリンの集団と何度もすれ違うが、どうやら気づかれることは無いようだ。
まあ、ゴブリンって馬鹿だからな。
(どうかこのまま何も無く終わりますように)
目が、合った。
「グギャオ。グルギャオ。ググギギャギャ」
バッ!!
と、全てのゴブリンが、こちらを向いた。
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NO NAME
ホブゴブリン HP50/50
称号:ダンジョンモンスター ユニークモンスター 統率者
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ホブ...上位種か!
それにユニークモンスターという称号。ユニークの定義は曖昧で、鑑定でしか確認できないが、ユニークモンスターにはある程度見分け方がある。
まず、ユニークモンスターは、多くの場合見た目が異質である。例えば普通のウルフの体表に赤黒い紋様がドクドク波打っていれば間違いなくユニークである。
そして、知能が高い。種族にもよるが、最低でも普通の人間と同等の知能を持つ。
最後に、非常に強い個体である。これまた種族によるが、戦闘能力が大幅に強化されている。
(吸魔結晶!あとは…石と武器!)
吸魔結晶を出すと、ゴブリンの足が止まった。あるだけ全部出したので、効きは良い。迷宮に吸収されるまでは壁になってくれるだろう。
ついでに石と武器類の多くを置き土産に、一刻も早く安全地帯に入るために走り出す。
「グギャアオォォォ!!ゴギャギャ、ググ」
ダッ!!!
と。ホブゴブリンの声に、本能的な嫌悪感から足を止めていたゴブリン達が再び一斉に走り出す。
若干名、いや半分程がレイジが出した石や武器につまずいて綺麗なドミノ倒しを披露した。
後続の武器に刺し貫かれた数匹のゴブリンが魔石に変わってゆく。同士討ちでもドロップするのか。
あと50メートル!!
少し遠くへ行き過ぎたようだ。10、いや20秒はかかる。
首筋がチリチリするような感覚に、咄嗟に身を捻る。
ドスッ!
音の原因はおそらく剣だ。ゴブリンが武器の投擲を始めた。しかし、脚の速さではゴブリンに軍配が上がるが、小回りの聞くこの体なら制度の低い投擲くらいどうにでもなる。それでも回避しきれずに3箇所に傷が出来た。
投擲は牽制の意味が大きかったのだろう。
10匹ほどが武器を失うと、投擲はやんだ。コレもおそらくホブの司令か。
休憩所までの距離はあと20メートルと言ったところか。吸魔結晶の効果でゴブリンの脚が遅くなる。
10メートルのところで完全に止まった。
ところが、また。
「グギュルォ!」
(って、マジかよ!)
休憩所と言っても、絶対に魔物が入ってこないという保証はない。本能に打ち勝ち、且つ強い魂を持った魔物なら入る事は可能。
だが。
「「「グギャオ」」」
おそらく、殺るゴブ!とか吸魔結晶怖いゴブ!なんて言っているのだろう。
ゴブリンは弱い。それこそ人族の子供と大差ないくらいの身体能力だ。魂も弱い。
それでも、入ってきた。
統率者。
おそらく配下への命令の効力が大きくなるようなスキルでも持っているんだろう。
その時、
「ごフッ」
一体、また一体とゴブリンが苦しみ出した。俺は何もしていないが、思い当たることはある。
今まさに彼等は魂を蝕まれているのだろう。蝕まれた魂がどこへ行きどうなるのかは知らないし、逆らえない命令の結果がこれなら少し可哀想ではあるが….........
ブシュ、と不愉快な味が口内に広がる。
ダメージはちゃんと通るようだ。3回ほど首筋に食らいついたところで出現した魔石を収納する。
入口付近にいた何体かは脱出を果たした様だが、踏み込み過ぎた者達は、地面に這いつくばり呻いている。
2体を残して経験値に変え、残りの2体はそのまま放置する。丁度いいので、魂への攻撃が肉体に及ぼす影響の確認だ。
身体にヒビが入り、末端部からサラサラと砂になって崩れていく。
自分がこうなっていたかもしれないと思えば、震えが止まらない。
【Lv.8→Lv.10】
10体ほどのゴブリンの経験値が加算され、レベルが上がった。砂になった分の経験値は入っていない。
【レベルが上限に到達しました】
【規定値以上の魔素が検出されました。進化可能です】
【進化先】
【リトルベビーバジリスク】
【以上】
【進化します】
シュワっと霧が発生し、また進化したようだ。リトルとベビーでかなり弱そうだが、バジリスクか。
できれば人間に近い見た目になりたいんだが。
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レイジ
リトルベビーバジリスク
Lv.1
HP26/40
MP32/32
skills
=normal:
=rare:[鑑定][収納]
=legend:[世界の声][スケープゴート]
魔法適性:無
称号:転生者 ネームドモンスター
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HP的にはホブゴブリンに肉迫してきたが、単体でおれより強い上にゴブリン軍団つきだ。勝てる気がしない。
少なくとも今は、だが。
しばらくの間、ホブゴブリンが休憩所の監視に当たらせたゴブリンが消えるまで魔力の消費と回復を繰り返して見よう。
あれから随分たった。時間を知る手がかりがないのでわからないが、10日は経った。
交代で送られてくる見張りに辟易しながら、今日も魔力が枯渇するまで放出する。
それで魔力が増える事が分かった。襲いかかる強烈な痛みと不快感に耐えながら、魔力の回復を待つのだが.....
放出した自分の魔力が周囲に漂っていることに気付く。少し変質しているが、これを取り込めないか?
体外に放出した瞬間に変質した魔力は、おそらく進化する時の魔石から流れるもの、つまり魔素になる。
これは間違いない。そのふたつからは全く同じ感じがした。
体内の魔力は操ることが出来る。一流の魔道士なら体外に出た自身の魔力を操ることも出来る。
射出前のプログラムに従って動く魔法では無く、射出後も意のままに魔法の軌道を操るらしい。
そして、魔石から魔力を補給出来る。
(つまり....こういうこと、だろっ!!)
魔素を吸収し魔力を補う。過去の魔道士達が求めて止まなかった奥義である。
レイジは知らなかったが、それを可能にしたのは2つの要素を持っていたからである。
まず、魔法適性。通常誰もが1つは持つ適性だが、レイジの適性は無。無属性魔法、この世界においては新種の魔法である。
読んで字のごとく属性を持たない魔法―魔力を用いて六大元素(火、水、土、風、光、闇)に干渉するという魔法の定義に反するそれを魔法と呼んで良いのかは疑問だが―だが、それは魔力そのものを操ることが出来る、と言うだけのものである。
そして、魔物であること。
人間は魔素を多く含む魔物の肉を食べられない。魔素が抜けるのを待てば食べられるが、それは偏に魔素が人体に有害だからである。
が、魔物にとっては有害なものではない。
【称号:魔素の王を獲得しました】
変換効率は低いがここはダンジョン。際限なく魔素が湧く魔境である。
妥協出来ない性格もあり、気絶するまで魔力枯渇の症状に呻き、目を覚ますとまた再開する。そんな日々が続いた。
........それはもう、メッチャ続いた。