61 再来
「こんにちはー」
「レイジ様!騎士の方が先程……」
「ありゃ、もう来てたか。伝言とか無い?」
「えーっと、『近日中に出発したい。そちらの都合もあるだろうから、予定のすり合わせをしよう。明日朝の8時、ここで待っている』どのことです。ちなみに今、酒場の方で騒いでいらっしゃいますが」
「分かった、ありがとう。とりあえず今居るんなら会っとこうかな」
酒場へ向かう。
タン…………
タン…………
途端に、足音が大きく響くほどに辺りが静まりかえる。
「おいおい嘘だろ……」
「そんな事が……?」
そんなうめき声が漏れる中、普段通りに声を出しているのといえば、皇室騎士の数人だけだ。
「あいつ……まさか、また……」
「あの惨劇を繰り返すつもりか……ッ!」
「くそ……俺たちでは止められないというのか……!」
周りでボソボソ呟いている奴らは気にしないでいい。
まあ、謂れのない誹謗中傷という訳でもないから……
「レイジ……よく来たな…!今日こそ俺は……お前に勝ァつ!!」
背後からの声に、ピタ、と足を止める。
蟒蛇のジン。
かつてここで、おれが屠った者の1人だ……
ふっ、彼我の力量差を悟れぬとは……笑止
「クハハハハ……ハーっハッハッハっ!恐ろしいか!?恐ろしいだろう!」
……そう。
正しく彼の声だ。
それは間違いない。が、喋り方はこんなだったか?
一人称は儂から俺に。
喋り方もどこか若返ったような……
顔も若返っているかもしれない。
そう思って振り返った。
「……は?」
「ふはははは……!」
数秒毎にポーズを変えてクフフ……だのクハハ……だの言っている男は。
到底、ドワーフには見えなかった。
身長、推定170。
引き締まった体は、ゴリと細の中間くらいのマッチョだ。
もじゃもじゃだった髭は激しい自己主張を止め、割と整った顔にちょっとしたアクセントを加えている。
何だこのちょびっとダンディなイケおじは……?
「じ、ジン……お前」
「ふっ……」
やれやれ、と、ジンが肩をすくめる。
静まり返った空間で、誰かがゴクリと唾を飲んだ。
「俺は……そう────」
あ、語りだした。
皇室騎士達も異変を察知して注目してきてるから手短に終わらせて欲しい。
「─────俺は水を断った」
は?
「牛乳を断った。お茶も断った。果実水も断った。ポーションも振り掛けるタイプにした」
らんらんとした両の眼がこちらを向く。
その目は、どこまでも真剣だった。
「あの日以来、俺は……酒以外を飲まなかった」
は?
「あの日、そう……あの日からだ」
そもそも酒って水分補給ツールとしてどうなんだ?
「俺はお前に負けた。負けは負けだ。言い訳をするつもりは無い……強いていえばあの日は酒場に入る前から10軒ほどハシゴしていたが、関係ない」
嘘をつくな。
依頼を終わらせて酒場に入ったら財布を忘れたことに気付いたけど飲んだと言っていたじゃないか。
というかその依頼、達成報酬はなかったのか?
「俺は絶望したね。ああ────酒だけが生き甲斐、酒呑みだけが取り柄の俺から、酒さえ奪うのか……と」
奪ってない。
「お前に負けた日から3日。酒が飲みたい一心で俺はジョッキを洗い続けた……寝る間も惜しみ、食べる間も惜しみ、そして呑む間も惜しんでな」
呑むのは禁止されてたくさいな。
「翌日────」
ジンが近くの机から椅子を引っ張り出して、座る。
おれだけ立たされてるのも癪なので、俺も座った。
「──────おれは病院のベッドの上にいた」
は?
いや……は?
「過労、栄養失調、脱水症、睡眠不足、アルコール中毒……およそ考えつくあらゆる病名が、診断書に書かれていたよ」
あらゆる病気に謝れバカが。
他の4つはいいとしてそんな短期間に栄養失調にはならんだろうに。
食生活を見直そうな。
「病は直ぐに回復していった……たった1つ、アルコール中毒を除いてな」
アル中は回復魔法効かないのか……ナイス情報。
「神を恨んだね。ああ、心の底からさ……どうして俺が……なんで!またしても俺から酒を奪うのか!?……とね」
アルコール中毒は自業自得だ馬鹿野郎。それで恨まれてたらたまったもんじゃないな。
と、ジンが突然頭を抱えて震え始めた。
「…………………………気が、狂いそうだったよ……」
アル中の症状だろ。
「我慢の限界だった。俺は退院した。そしてこう決めた。『酒を浴びるほど飲んで、溺れるほど飲んで……酒で俺の人生に幕を下ろそう』とな。……現実は非情だ。俺は死ななかった」
いかん、思ったより語りが長いぞ。
聴衆も集まってきたし、殴ってでも止めるか?
多分お前の体には高レベルのアルコール耐性みたいなのがついてるんだろう。
「酒は俺を殺さなかった。世界の全てが俺と酒を引き離そうとしても、俺は酒を離さなかった。酒も俺を離さなかった……酒は、俺を受け入れてくれた……」
お前が世界の全てにとか言っちゃうと記憶のあの人が可哀想だからやめて欲しい。
というか、黙って聞いてるのもそろそろ限界なんだが。
「だが、おれは死ぬと決めたんだ。俺を引き戻そうとする酒の声を無視し、俺は酒瓶片手に迷宮へ向かった。ああ、願わくば────────────来世も、酒とともに在りたいものだ、と願ってな」
酒の声……
よし、潮時か。
「なるほど、お前の話は──」
「だが!おれは心のどこかで死を恐れていたのだ……。おれの最高到達階層のボスの攻撃が迫る中、飲み込んだ酒が逆流するような錯覚、震える手……………………気づくと俺は、無傷のままボスを屠っていた」
「すごいな、それは。ところで──」
「そのまま俺は、ボス部屋で泥のように眠った。朝起きると………………体が伸びてしまっていた!」
縮んでしまっていた!みたいに言うな。
「驚愕した。夢かと思ったが…………現実だった。体の芯から湧き上がる力が、それを現実と伝えていた。迷宮を出てギルドに戻り、冒険者ジン殺害疑惑を持たれ、なんとか本人証明を済ませてギルドを出た頃には、もう日は暮れていた。……体に合わず破けた服のせいで路上生活者に仲間認定され、その時、1杯の酒を貰った。過去最高に不味かった。あれは酒精含んだだけのと泥だ。…………しかし、かつてないほど暖かかった……ああ。俺はなぜ死のうと思っていたのだろう。酒と共に死ぬより、酒と共に生きた方が何倍も幸せだと、気付かされた」
酒じゃなかったら美談だったかな。
「──────そうして俺は、酒以外の飲料を断った」
もう聞いちゃいない。完全に自分の世界に入っていった。
このままここを離れたい気分だが、ギャラリーの分厚い壁をジンに気付かれずに突破するのは困難だ、
そして正直、ギャラリーの半数が涙ぐんでいる理由が分からない。
「不思議な力だった。[酔拳]…、酔えば酔うほど強くなる体術に、酒に関するデメリットのみを取り除く称号:キングオブポーション…………俺は無敵になった」
キングオブポーション、つまり百薬の長と言いたいのだろうが、それは酒を表す言葉で人間を表す言葉ではない。
「そう。酒を愛し酒に愛された俺は、伝説の種族────エルダードワーフへと進化したのだ」
何気に一番大事な情報来たよ。
出来れば何レベで進化したか教えて欲しいけど……
もしかして、レベル以外にも何か進化条件があるのだろうか……?
「その時俺はちょうどレベル200だったが、おそらく関係は無い……"酒へ愛を注ぎ酒からの愛を得たドワーフは真のドワーフとなるだろう"……伝説は本当だった」
200か。たしか前回の進化がそのくらいだったか?
ん?伝説?
「話がそれだな、レイジ……俺は今日こそお前に勝ち、俺こそが最も酒に近い男だと証明する……!」
どうしよう……
いつの間にかおれは酒に近い存在と化してしまっていたのか。無視でいいな?
そもそも酒酔い無効みたいな称号持ったやつと飲み比べなんか誰がするか。
フッ、と、笑う。
が、時間稼ぎにもならず、絞り出した言葉は割と意味不明なものだった。
「ジン、酒は争うものでは無い、楽しむものさ……」
「………………」
なにやら考え込み始めた。
いけるか!?
「………………」
「………………」
あと一押しか?
もう一押しなのか?
「…………そういうことさ……」
ジンに背を向けて歩く。
聴衆たちは道を空け、おれは後ろを振り返らずに騎士達のものとへ向かった。
「そういう、ことか……完敗……いや、乾杯だ……」
いらないことは言わないでいい。
「レイジ殿、一体何を?」
「酔っ払いに絡まれまして。それはそうと、出発は明日の朝でどうでしょう?それから調査はどうでした?」
「何も見つからなかったので自然発生ということにしました。それでは出発前にギルドに……そうですね、7時くらいにおいで頂けますか?」
「分かりました」
とりあえず今夜、挨拶回りかな。
思ったより字数くってジン回みたいになってしまった




