6 進化
頭痛から開放されたおれは、ひとまず外に出る事にした。
閉じこもるばかりでは前に進めない。HP回復の為に蛾を虐殺したが、収納に時間停止機能がなければ残された時間は大幅に少なくなる。
そもそも籠城なんて性にあわない。
1度挑戦して、無理なら諦めて策を練る。小細工が駄目で、逃げられそうなら遠くへ逃げる。
逃げる事も出来ないほどの相手なら、その時はその時だ。
石を収納し、外を伺う。何時でも石を出せるようにしていたが、取り敢えずその必要は無いようだ。
天井ギリギリまで壁を登り、ゴブリンを探す。理想は単体で、頭部を保護していない者だ。
何体かのゴブリンとすれ違ったが、兜を付けていたり2体で行動していたり。
槍持ちは居たが、おれに気付くゴブリンは居なかった。バカだからな。
15分ほど経っただろうか。壁際に座り、武器を置いて何やら手に持った物を弄っている。爪を立てたり石で叩いたり。
条件としては、これ以上無い理想的な状況だ。
ただ、そいつが居るのは反対側の壁だ。どうしたものか。
大急ぎで曲がり角まで移動し、ゴブリンが居ないことを確認して壁を移動した。
ゴブリンは......?
まだ居る!良かった。
さあ.....始めようか。反撃開始だ!!!!
レイジの意志に従い出現した岩は、静かに落下し、ゴブリンの頭にめり込んだ。
【経験値を20取得しました】
【Lv.4→Lv.5】
【レベルが上限に達しました】
........は!?上限?
まさか....これ以上強くはならないのか?
こんな雑魚で終わり?
リザードとか言う雑魚そうなモンスターに生まれ変わった、それは別に構わない。
だが『Lv.999のリザード』計画が!!
同レベルの村人には負けるだろうが、それ以外なら負けないと思っていたのに。
(終わりだ.....詰んだ。人生、じゃなくて蜥蜴生……)
いつの間にかゴブリンの死体は消え、ドロップ品....仄かに光る魔石とボロい短剣になっている。
(もういいよー、おれは一生このままなんや~…Lv.5の雑魚トカゲなんや……この迷宮がおれの墓場なんや…)
意気消沈しながら収納する為に近付くと…
【規定値以上の魔素が検出されました。進化可能です】
【進化先】
【リザード】
【以上】
【進化します】
ブワーと謎の霧が噴き出し、視点が少し上がる。同時に少しの違和感。
今のところ把握している変化は、2つ。体が大きくなり短い牙が生えている。
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レイジ
リザード
Lv.1
HP12/12
MP8/8
skills
=normal:
=rare:[鑑定][収納]
=legend:[世界の声][スケープゴート]
魔法適性:無
称号:転生者 ネームドモンスター
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馬鹿な。進化.........進化って、あれだろう?元々生物は不変では無くて、膨大な年月をかけて徐々に現生の多様性溢れる複雑怪奇な生態系が出来た、っていう。
いいのか?....いや、良いのか。ファンタジー世界なら。
アレンの読んだ本で魔物について書いてあったものはほぼ無かった。進化についても知識は無かったが、ちゃんと勉強して欲しいものだ。
進化したからと言ってステータスが大幅に上がることは無いようだ。
スキルは増えないか。確か所持スキル数は平均5~10個、レア度による分類は記憶に無いが、そうそう覚えられるものでは無いのだろう。魔物の場合は知らないけど。
これからどうしよう。ダンジョンから出るか、深層を目指すか。
ゴブリンは問題なく倒せた。1層は問題ないだろう。問題は食料がどれだけ持つか、そしてどれだけ手に入るかだ。収納中の蛾の死体は全く傷んでいないので、おそらく[収納]には時間停止機能、少なくとも時間の流れを遅くする様な機能は着いているだろう。
ダンジョンモンスターは倒せばドロップアイテムを残して消える。ドロップアイテムとはそのモンスターの装備と魔石。それ以外はダンジョンに吸収される。ただしダンジョン外に出ると、普通のモンスターと同様に死体を残す。
だが、切り落とした部位など、生者(アンデッド含む)に所有権を認められるものは吸収までの時間が長くなる。ダンジョンモンスターの死体は1分経たずに吸収されるが、その時間が1、2日程に伸びるという。
つまり、倒した瞬間に喰えば問題ないのだ。
体が大きくなった様なので、流石に低能ゴブリンでも気付かれるかと思ったがゴブリン達は壁に貼り付いているおれに気付くこと無く通り過ぎて行く。
ゴブリン。単体。兜無し。武器、錆びた剣。壁から40センチ。
.....行けるか?天井の高さはだいたい5メートル。飛び降りたら、どうなる?
やめておこう。
そして、重大なことに気がついた。進化して体が大きくなったので、穴に入れない。どうしよう。
ダンジョンなら、ボス部屋の前に休憩所的なスペースがある筈だ。人喰いの迷宮がなぜそんな物を用意するのかは解明されて居ないが、全ての迷宮の全ての階層にボス部屋と安地がある事から、実は全ての迷宮は繋がっているとか同じ者が作った、信憑性の高そうなものは迷宮が新階層を作るにあたっていくつかの必須事項が有り、そのひとつが休憩所とボス部屋の設置だなんていう説もある。
通路を徘徊し、いくつかの部屋に入ったが、休憩所の判別法が分からない。
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吸魔結晶
魔物の本能を刺激し近づかせないようにする効果を持つ
近づきすぎるとその魂を蝕む
人間の魂には無害
効果を発揮するにあたり、膨大な魔力を食う
そのためダンジョン外ではほぼ役に立たない
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壁からボコボコ水晶が飛び出した部屋だった。嫌な感じがしたので鑑定してみたらこれだよ!
魂を蝕むというやばそうな効果を持つ水晶だった。
人間の魂には無害。
俺の魂は人なのか?それとも魔物なのだろうか。
『あなたの魂をちょっとね…』『私のミス』
おれの魂を、ミスで......消した?それとも、魔物に入れた?もしくは混ぜた、削った、転生したこと自体がミスかもしれない。
....行くか?
よし、行こう。やばかったらすぐ引き返そう。
本能の警鐘を無視して進む。自然と歩みは遅くなるが、本能に逆らえているだけですごい事だと思う。
例えばボクサーは訓練の末顔面をパンチされても目を瞑らないようになるそうだ。
つまり本能や条件反射的な行動に逆らうのは極めて難しいのだ、多分。
部屋に入った。この水晶は収納出来るだろうか?近付くのも嫌だが、収納出来るならいざと言う時切り札になり得るかもしれない。
(収納!....ダメか)
壁に生えていた苔や草は毟れば収納できた。
ここから先は完全に推測の域を出ないが、おそらく収納の可否は所有権と関係している。
草花は、摘み取ることによって採取したとみなされ、所有権を認められて収納可能になる。
落し物は拾えば自分のものだし、敵を倒せば持ち物は自分のものだ。
斬り合いの最中に敵の武器を収納したりは出来ないだろう。
ならばと、レイジは収納した石を水晶の上に何度も何度も落としてゆく。
そしてついに、
パキン!
という音とともに水晶が砕けた。
(収納!よし、出来た)
この欠片ひとつでどの程度の効果を持つのか分からないので、集めれるだけ集めておこう。
そうして少しの間、水晶を砕くことに専念していたレイジは、部屋の外から聞こえてきたグギャ、とかゴブ、という声に身を潜めた。
(.....語尾…ゴブ?新種か?)
まあゴブリンならば語尾がゴブになったりもするだろう。深く考える必要は無い。
レイジは休憩所を出て、手に入れた新たな武器を用いた狩りに向かった。
待ち構えるレイジの真下をゴブリンが通る。単体、兜無し、武器は棍棒。こころなしか初日に出会ったものと似ている。
ゴキャッ
単体、兜あり。
スルーだ。
2体、兜無し、武器は単体と弓。
シュッ....
風切り音と、ゴキャッ、ドスッという鈍い音が響く。
カランカランと、狙いが外れた長剣が地面で音を立てる。
ゴブリンは、壁際に置かれた吸魔結晶によって誘導され、必ずレイジの真下を通る。
砕かれた破片は、小さすぎるが故にほとんど効果を発揮していないが、数を調節し、ゴブリンが本能的に通路を引き返すのではなく出来るだけ離れて、つまり反対側の壁スレスレを通るようにした。石や回収した装備を手動で落とす必要は有るが、半自動的手動経験値トラップの完成だ。
進化で大きくなったとはいえ、壁から生える雑草に潜り込めばゴブリンは気づかない。バカだから。
石壁の隙間から草が生えているなんて光景は、このダンジョンじゃ何処ででも見れる。わざわざ注意を払うゴブリンは居ない。
―――2時間後―――
(手が.....手が疲れた…これは明日は腱鞘炎……?蜥蜴もなるのか?)
壁の凹凸にしがみつく為には握力が必要だ。普通の蜥蜴がどうなのかは知らないが筋肉に負荷をかけすぎていたようだ。レベリングに夢中で気が付かなかった。
(取り敢えず一旦帰るか)
レイジは地面に降り、撤収作業に移った。吸魔結晶を収納し、休憩所へ戻ろうと...
(あれ?)
通路の奥、吸魔結晶の破片を置きに来た時に初めて通った、未だ脳内マッピングしていなかった場所。
そこに、鈍色の箱が置かれていた。
宝箱、というワードを思い出す。
迷宮、そこで手に入るアイテムは、浅層のものでも非常な価値を持つらしい。
それは単純に、高値が付くだけの価値があるからだ。
あるものは神薬を。あるものは今なお王都を守護する結界石を。そしてあるものは最強に剣を。
ダンジョンアイテムの中でも、特に強い効果を持つものを、人はオーパーツと呼ぶ。
それ程の強力なアイテムは数少ないが、ダンジョンの宝箱には浪漫が眠っている。
(さあ――――――)
レイジは、蜥蜴の身体で苦労して蓋を持ち上げる。
鍵は.....掛かってない!!
(ふはははは、新たなる時代の幕開けだ―――――)
おれの時代きたわ。強力なアイテムを手に、新たなる伝説をきz....
「ピーーーーーーッ!ウィンウィンウィンウィン!ピーーーーーーッ!ウィンウィン!」
(なに!?電子音!?)
進化etcな大幅パワーアップ感に浮かれていた警戒心ゼロなレイジは、『記憶』のおかげで常識になったはずのトラップについて、確認も対策もしなかった。
大音量のサイレンと、ドタドタという無数の足音。
(ははっ....単純な....)
単純なトラップ。魔法的なものではなく、蓋を開けることで蓋を繋ぐ二つの蝶番の間のボタンが押される、という仕組みだったようだ。
封じる方法はいくつもあった。発動後とはいえ、一瞬で仕掛けに気付く観察眼もあった。
だが、それを一切警戒しなかったレイジには、実に凶悪なトラップに思えた。
そして、中身は空だった。
キレそう。