54 襲撃肆
ドンッッ!……
「ーーーーーー!ーーーー!!!ーーーーーーギャオォオオオォオ────……んンンんん……ゥゥウウぅん」
頭の芯を穿いて、そのまま融けて消える様な、強烈な雄叫び。
「何だ……?」
ドン……
ドン…………
「来たぞ……ゴブリン……?」
薄い霧が出ており、100メートル位先からは何も見えない。
「……総員。戦闘準備」
その声に覇気はない。
カチャ……チャキ……
武器を構える彼等にも。
霧の向こうから、チラホラと魔物が姿を現し始める。
こっちはゴブリンの群れ。
1匹。
10匹。
100匹。
1000匹。
……10000?
まだまだ増える
「なっッ……」
ゴブリンキング。
その数……12。
「……はァ……?」
そして、その奥。
体長5メートルに及ぶ、巨人の影。
ゆっくりと……
現れた……。
それは。
まるで、御伽噺の鬼の王。
いや、皇帝と言うべきか。
「……撤退だ」
「あれは……無理だ」
「ゆっくり下がる……いけるか?いや……。かと言って走って逃げる訳にも……」
「おい、レン……?」
「7日目なんだ。あれから7日経ったんだ……彼なら……いや、こんな化け物を見れば逃げるだろうか……いずれにせよ撤退は不可能……防衛?逃げる……フォリオの住民を……」
「レン、始まるぞ」
「あ、あぁ……わかってる」
「弓を、魔法を、大砲を……撃って撃って撃ちまくれ。後退しながらだ」
ゴブリンキング12体。それに、ゴブリンエンペラー。
ゴブリンとはいえ、帝級。伝説に近い強大な魔物だ。
都市内の多くの住民の協力を得て大量生産した矢。
冒険者ギルドの備蓄や公爵家の備蓄等……都市中からかき集めたポーション類。
特に、錬金術師や薬師達はここ3日に倒された魔物の素材からのポーション生成につきっきりだ。
私も、今は受付嬢をしていますがBランク冒険者でもあったので戦闘に参加していますが……ゴブリンエンペラー。遠目にその姿を目にするだけで、心臓を握り潰されたかのような悪寒がします。
「カグヤ。今すぐ逃げた方がいい。あれは……無理だ」
「お父さん?無理なのは分かるけれど……」
「なら──」
「1人逃げれば、全員が逃げるわ」
そもそも。
どうやら既に、囲まれているようですし。
逃げられない。
そして、逃げられないことを知ったなら、することは1つ。
生き残るための抵抗だ。
絶望の戦いが始まった。
ゴブリンエンペラーとゴブリンキングは、私達をいたぶるように、ジェネラル以下のゴブリンを使って波状攻撃を仕掛けてきます。
ニヤニヤ笑って見ていますが……ギルマスの言っていた、『部下が指示通り敵を倒していく様を上から見下ろす快感』というものを味わっているのでしょうか。
1時間ほど経ってようやくゴブリンエンペラーと取り巻きのキング達が動き始めました。
次第に霧が晴れ、遠くまで見えるようにってきましたが……ああ。これは見えないままでよかった。
地平線の彼方まで続く、ゴブリンの群れ。
何万、いや、何十万いるのでしょうか。
「エンペラーは俺と騎士団、それからレンで対応する。キングは……何とかしてくれ」
ゴブリンエンペラーの一撃に、公爵もギルマスも騎士団の面々も、誰もが等しく吹き飛ばされる。
エンペラーは、まだ素手だと言うのに。
エンペラーに比べれば子供のようなものですが、やはりキングはキング。
それが12体。
戦い続ける事既に……10分?20分?1時間?2時間?
時間の感覚すらなくなる頃。
「無理だ……」
悲鳴が飛び交う中、誰かの言葉が奇妙な程に耳に残って。
こちらには息も絶え絶えのカーマイン公爵、ギルドマスターのスレンダ、騎士団員、S、Aランク冒険者。
対するは……10体のゴブリンキングと、ゴブリンエンペラー。
「グギュギャギャギャグュグァガガガッ!」
笑っている。
誰もが、生き残る事を諦めた。
私の前で、下品に笑ったゴブリンキングが曲剣を振り上げ……
振り下ろす。
その。
寸前。
────ゴッッ……!!!────
殺気……?魔圧……?
立っている事も出来ない……と言うか、生きていることも出来ない程の。
そこから先の事が、本当に現実だったのか。
何度思い返しても、分かりません。
あまりに……──衝撃的な非現実。
まず、空中に人が現れた。
彼(?)が両手を広げると、槍が現れ。
手を振り降ろすと、5メートルを超える巨大な槍が切っ先を下に向け、撃ち放たれる。
ッドゴォ!ドガガガッ!
ズドン!
ドガッッンンンッ!!
槍が、爆発。
既に上空では、新しい槍が絶え間なく生み出され続ける。
ゴブリン、ホブゴブリン、ゴブリンメイジ、ゴブリンアーチャー、アサシンゴブリン、ゴブリンシーフ、ミュータントゴブリン、ゴブリンナイト、ゴブリンウォリアー、ゴブリンチャンピオン、ゴブリンジェネラル、ゴブリンロード……驚くべきことに、ゴブリンキングまでも。
無差別。
……ゴブリンキングまでも。
オークも、オーガも、ミノタウロスもサイクロプスも兎も犬も羊も牛も鹿も馬も熊も猫も猿も亀も鼠も鼬も鳥も蜘蛛も蟲も蟹も草も木も花も。
死んでいく。
あれほど脅威に思えた魔物達が。
笑えない。
どんな夢だ。
私達をここまで追い詰め甚振っていた魔物を、まるで虫けらの様にすり潰す。
そんな事が出来る人間がいるなんて。
「大丈夫だったか?」
「……レイジ」
しかもそれが、彼だなんて。
もし、初日から彼がいれば?
誰も死ぬこと無く、誰も傷つくこと無く襲撃を乗り越えられたかもしれない。
もっと早く来てくれていたら。
そんな事、口にするのもはばかられる程の圧倒的暴力。
誰も口を開かず、動かず、目を離さず。
くもぐった爆発音と、魔物の断末魔だけが辺りを支配していた。
「ギギィ」
ゴブリンエンペラー。
5メートルを超える巨体に過剰な筋肉を搭載した、見た目とは裏腹の瞬間移動のような俊敏さ。
手に持つ鉈の一撃が地面を抉る。
速くて硬くて一撃が重いなんて。
動きが全く見えない。
ズパん、と音がして巨大な左腕が落ち。
次の瞬間には首が落ちていた。
「よし」
改めて見ると、圧がすごい。
額から伸びる2本の角。着物の裾から覗く龍鱗を宿した腕と尾。激しく燃える目は、黒地に蒼、その中を縦に走る金の瞳孔。首の左右から鋭く頬に侵食する鱗は何処か不気味にさえ感じられる。
トントンと何も無いはずの空中を、まるで階段があるかのように登り、辺りを見渡す。
手を広げると、巨大槍が出現する。
槍が落ちれば、魔物が死ぬ。
槍は際限なく生み出される。
ドン……ドン、ドンッ!
「なんの……音?」
音源は彼の槍では無く、もっと遠くから。
そうだ。確か、あの雄叫び。
ゴブリン種のものでは無い。
戦闘開始時、かなり遠くから聞こえていたこの足音も。
ドン、ドンドン、ドンッッ!
魔物の群れを蹴散らし、ほかの人間には微塵も興味を示さずに。
大きく跳躍して、空中のレイジに噛み付いた。
全身を覆う鱗。縦に割れた瞳孔。長い首、しなる尻尾。
翼は無し。
「……ドラゴン?」
地面を抉りながら着地したそいつは私達、いや、レイジに向き直り……
ドチャッ…
(どちゃ?)
恐る恐る、後ろを振り返る。
「えぇ……」
ドラゴンの脚。
まさか、あの一瞬で落とした……?
信じられないが、もしそうだとすれば。
この勝負、レイジの勝ちは揺るがないだろう。
「がァァアアァァァァァっ!!!」
ドラゴンブレス。ドラゴンや竜、龍が得意とする絶対火力の一撃。
眩い光が口に集まり、キュイイイィィンという謎の音を鳴らしながら尋常でない魔力が収束する。
ブレスが放たれ……
(……ッ、どうして動かないの……?)
レイジは、避ける素振りすら見せない。
(!まさか、冒険者達をかばって避けられないの……?)
魔力を放出してブレスを打ち消す。
そんな事が可能だとは思えないが、明らかにブレスの何倍も魔力を消費している。
(まずいわ……このままじゃ!)
彼もやられてしまう!
「レイジ!まず自分を守って……避けないと!」
いくらレイジが強くてもドラゴンブレスを何発も受けて無事なはずが無い。
先程の防御もあと何回出来るか……
3度目のブレスの直撃。
「ぁ……」
全てを守ることなんてできない。
受付嬢として数多くの冒険者を見てきた私が言うのだから間違いない。
『動くな。動けばこいつを殺す……そうだ。動くなよ……?』
仲間が人質を助けようと武器を下ろし、殺される。
当然、人質が解放されるはずもなく。
人質の女は辱めを受け、舌を噛んだ。
私はそれを、隠れて見ていた。
『動くなッ……動けば女を殺す』
『ファイアーストーム』
『え、ちょ待っ……』
『なっ……!』
『何よ。人質が居るから武器を捨てて、抵抗せずに捕まるべきって言いたいの?』
『それは……違いますけど!でも、』
『いい?あの子を助けるには、あの子が殺されるより早く私達がアイツらを殺すしか無かった。でも、無理でしょ?私達が捕まっても捕まらなくても、殺されても殺されなくても、逃げても逃げなくてもあの子は死んだの』
『……』
『あの子は助けられない。ならせめて、自分は生きるべきじゃない?生きて盗賊を殺すべきじゃない?現実を見なさい。いい?────』
"──全てを守るなんて、出来ないのよ。"
そう。選ばなくてはならないのだ。
何を守り、何を見捨てるか。
元冒険者の私が言うのだから間違いない。
「レイジ!貴方が死ねば……ブレス1発分どころじゃない、フォリオの100万人が、皆死ぬわ!だから……だから……」
避けて!
「ーーーーーーー!!ーーーーーー!ーーーー!ーーーーーーァァォォォォオオオゥゥウウぅんンンンンンンッ」
目を開けていられない。
先程までとは比較にならない強さの光に、思わず目を覆う。
光が強いということは、その分威力も高いはず。
…………ッ!
「レイ……ジ?」
ブレスが薙ぎ払うはずだった冒険者達は、無傷。
つまり、誰かが……ブレスを止めたのだ。
誰か?レイジしかいない。
止めた?あのブレスを?
魔物の大軍を相手にし、ゴブリンエンペラーを倒し、数発のドラゴンブレスを受けた後で?
砂埃と煙で見えないが……
晴れるのを待つまでもない。
無事…?
な、はずが……
「……ぅあ」
目が熱い。
「なんで……?」
ああ。
「そっか……私、」
レイジのことすk
「大丈夫?」
「わきゃっ!?」
「わきゃ?」
「れ……レレレレィジ!?なんで!?」
「なんでって……ドラゴン倒したし」
腹が爆散し臓物を晒し、胸に巨大な槍を生やして息絶えたドラゴン。
すぅ、と静かに槍が霧散し、支えを失った巨体が徐々に傾く。
「大丈夫?怪我は?歩ける?皆は?」
「ん……大丈夫。皆も、大方無事よ」
「大方……?そっか。間に合わなかったか……」
「十分間に合ってるわ。あのままじゃ私達は全滅、壁の中の人達も無事では済まなかったはず」
「でも、もっと早く着いてたら」
「そうかも知れないけど。そんな事考えてもしょうが無いでしょ?」
「そうだね……残り、殲滅してくるよ」
(殲滅?)
「結構いるわよ?」
「大丈夫……ところで、さっきの戦闘中、何か言ってた?」
「あぁ、あれは……なんでもないの」
本当になんでもなかった。
避けて!まで言えなくてよかった。
避けて!→避けずに瞬殺→え?何?→沈黙
と、なっただろうから。
「気を付けてね。行ってらっしゃい」
ドラゴンを倒すほどの実力があるのだから心配は無用だろう。
滅亡必至の大襲撃は、1人の最強の手によって存外呆気なく終幕を迎えた




