51 襲撃壱
カーンカーンカーンカーンカーンカーンカーンカーンカーン!!
緊急事態、即ち敵国や魔物の襲撃、巨大竜巻や洪水、津波などの自然災害を知らせる鐘である。
ここは海沿いではなく、近くに大きな川もない。さらに言えば、そもそも今日の天気は快晴だ。
つまり。
「来たな……予想より少し早いが…守りきるぞ、この街を」
冒険者ギルドの最上階、ギルド幹部の執務室で、私は目を瞑りながら呟いた。
「さぁ……仕事だ。今回は……何か、着ることになるかも知れんな」
A級以上の魔物が出ればSランクが動かねばならない。現在この都市にいるSランク級は4名……
世間では、Sランクの強さを持つ人間が100人はいるだとか、Sランクを子供扱いするような強者が暗躍しているだとか言われているが……
Sランクが100人?
居るかもしれない。
魔境に住む民族もいると聞くし、彼らをあわせればゆうに100人はいるだろう。
だが、国内に果たして何人いるだろうか。
10人?20人?30人?
私が知る限りでは最低12人はいるが……皆一騎当千の強者だ。
そんなSランクが子供扱いされる?
そんな人間が存在しており、裏で糸を引いている?
そんな事があるか。
確かに、大陸中に名を轟かせた者が、突如消えることはある。
実際1人知っている。だが、それは本人の意思だった。
彼は何かに気付き、悩み抜いた末……
この大陸を出た。
それだけの話。
そもそも、Sランクを瞬殺するような騎士団長とか魔道士長とかが各国に1人はいる。
よく耳にする伝説ではあるが、信憑性は低い。
「今回の大発生がどんな規模かは不明だが……まさか、超S級の魔物が混じってたりしないよな……」
S級がいるなら、大抵A級も多く居る。さらに、知的な戦い方をするようになることもあるようだ。
S級の魔物でも、正しく対処すればSランク2、3人で討伐できる。
魔物氾濫や大量発生でS級魔物が現れることは珍しくない。複数現れることもそれなりにある。
が、S級の範疇にすら収まりきらないような魔物がでた時、私はどうすればいいだろう。
超S級の下にS級が何体も従うような群れだったら?
「ドラゴンの類なら下位種が大量に出てくることは無いが……単体で既に滅亡の危機だからな……」
そもそも、大量発生というのは別に一種族に限った話ではないのだ。
森なら森、迷宮なら迷宮に棲む、ほぼ全ての魔物が溢れ出す。
「回復薬の備蓄も少ない……どうしたものか」
下へ降りると、都市に残った冒険者のほぼ全てが集まっていた。
「冒険者ギルドマスターのスレンダだ。もう知っているものも多いと思うが、先程の鐘について説明しよう。先程魔物の群れが西の森から出、この都市を目指しているという情報が入った。…あ、なんでそう思ったかと言うと、歩く方向がこの都市の方向だったっていう。そこで、実際目的地を聞いた訳では無いが目標この都市だと断定した。規模は少なくとも1万。魔物は西からやってくるが、西門から攻めてくるとは限らない。故に、西に数キロ行った平原に陣を構え、迎え撃つ。組み分けなど詳細はこれから説明する……秘書が」
「秘書です。」
秘書がパーティを組んでいない冒険者達を集め、ランクや職業で分け、相性や交友関係にも配慮してパーティを組んでいる間に、私は領主の館へ行かねば……
当然のことだが、戦争は冒険者だけがする訳では無い。傭兵、騎士、そして軍。
領主軍や騎士と作戦を練り……まぁ、傭兵ギルドへの依頼は領主にやってもらおう。
魔物の襲撃や敵国の襲来時、冒険者や傭兵の出陣は『国からの依頼』という形になる。
国から報酬がおり、活躍すれば報奨金とともになんたら賞やらなんたらの称号やら2つ名が送られる。
2つ名が広まればステータスの称号に刻まれる。
英雄の証だ。
これらの報酬は命懸けで街を守った者達への感謝だけでなく、襲撃を知った時多くの冒険者、傭兵の背中を押して逃げずに戦うという選択をさせる餌でもある。
「冒険者ギルドの……」
「存じております。カーマイン様は今、兵舎へ向かっておられます」
「ありがとう」
1つ目の門を潜り、領主の館ではなく兵舎の方へ向かう。
さて……領主軍はどの程度集まっているだろうか。
軍に所属する、主に男達は休暇の日を除けばここに住んで訓練を受ける。
人数は約5000人。
全面戦争になれば心許ないが、多すぎると給料や食費がかさむため妥当なところだろう。
街の中でも、下水道なんかで発生した魔物が人を襲うこともある。昼夜問わず街を見守る哨戒班約2000名の存在は、市民に大きな安心感を与えているだろう。
実際、毎日のように都市内での魔物の出現報告が上がって来るが、その9割9部9厘は既に哨戒だった軍人により討伐済みの注釈がついている。
俸給や食費は税金によって賄われ、主に都市内や壁周りの巡回、襲撃時の防衛、戦時下においては当然敵国への攻撃を任務とする。
約100万の人口を擁するこの都市では、年間の税収は金貨数千枚から数万枚にのぼるが、そのうち多くを冒険者ギルドや傭兵ギルド、治療院などの社会保障関係の組織、街や道路の整備などの公共事業、そして学院や研究所などの文教施設へ支給している。
この街の領主は人柄もよく政治だけでなく武術の才もある非常に優秀な人物だが、他の街では重税を課したり、先程言った施設への補助金をケチり私腹を肥やすクズも居る。
最も、そんな事をすれば商会やギルド、治療院が街から立ち退きく事は目に見えている。
そして防衛力、市場、癒療を失った街で生活する人間が増えるはずもなく、人は減る。
領主にとって領民の減少は喜ばしいことではない。
当然、1家全員の同時外出の禁止など街からの外出を規制する法を作るが、その頃には異変を察した王国騎士団の査察が入ったり色々して、領主は爵位を剥奪されたり死刑になったりする。
なので、通常はほんのちょっとだけ税を上げ、積み重ねられたほんのちょっと分を懐に入れる。
100万人から1日に銅貨1枚ずつ払わせればそれだけで白金貨1枚分に相当する。
1人で使うなら十分だし、それが貴族の特権の一つでもある。
ところが、私の知る限り彼はそのほんのちょっと分さえもこの街のために使うような男だ。
良い奴だ。
非常に良い奴だ。
非常に良い奴なんだが…………
「フンヌぅううぅおおおっ!!」
大剣の一撃を、大剣でもって受け止める。
彼は戦闘狂だった。
「おい。今まさに魔物に滅ぼされんとしている都市で、人間同士何故潰し合っているんだ」
「そこに、お前がいるからさ…………フッ」
「いや、本当に止めてくれ……緊急事態なんだ」
こういう所がなければ、本当に良い奴なのに。
「…………良いだろう。だが、戦いが始まるその時まで背中は見せんぞ……?2年前の魔物氾濫の際、まさにこの場所で『……すまなかった』と謝り背を向けた俺に対して背後から殴りかかった事……忘れたとは言わさんぞ」
「しつこいぞ。その件に関しては酒のせいだって事になっただろう」
「ああ、そうだった。酔っていたようには見えなかったが、お前は都市の危機に酒を飲んで酔っ払っていたということになったんだった」
「今日のお前はやけに刺々しいな」
「そして俺は心に決めたのだ。来年度からの冒険者ギルドへの補助金を全部傭兵ギルドに回そう、と」
「ちょっと待って聞いてない」
「フッ……あの時はセバスに言われて思いとどまったが次はどうだろうな……フフフ」
「……」
「あーあ、やっちゃおっかなー。俺は別にどっちでもいいんだけどなー。むこうの態度次第かなー」
うっざ。
「おーやってみろや、アァ?そしたらギルドごとこっから撤退するだけだからよォ」
「あーれー?いいのかなー?そんなことしたって冒険者がそっくりそのまま傭兵になってお前一人だけ泣く泣く王都に帰っちゃうんだろーなー?いいのかなー?別に俺は大丈夫だけど?」
「あーやってやるよ!後悔すんなよ?今から冒険者全員連れて王都行ったらァ!いーいーのーかーなー?」
「やってみろやァ!まあその前に俺が傭兵ギルドへの登録と街の防衛依頼出すから。絶対俺の方が早いから」
「テメェ……マジいい加減にしろよ?」
「てめぇがな……ぶっ殺すぞ」
ねちっこい言い争いはいつしか怒鳴り合いになり、怒鳴り合いは声を低めた脅し合いになる。
だがそろそろ……
ほうら、来た。
調停者が。
「お二人共。いい加減にしてくださいますか」
美人で気立てのいい公爵夫人だが、怒ると怖い。
「マリー。私はこれから筋肉の魔物を駆除する所なんだ」
「い い か げ ん に……して、下さいますわよね?あなた?」
「す、すまん。ほら、お前も謝れ」
「やあマリー。元気そうでなによりだよ。碌でもない亭主を持つと苦労するね。私は未婚だけど、ああはなるまいと日々思っているよ」
しかし、怯まずに平静を装うという対策が可能。
「本当にその通りですわ。……で、今日ここに来た目的はお忘れではないわよね?」
「もちろんだ。カミィ、聞いていると思うが魔物の襲撃だ。軍を出してくれ……それと、傭兵ギルドへの依頼もたのむ」
「ああ。既に準備はすませてある。持ち場はどうする?」
「うん、それは情報次第だが低級の巨大な群れをそっちに任せる冒険者はパーティ単位の戦いばっかりだからな。軍にはなれない。だからこっちは上位種を多く含む群れをやる。そういうのは得意だからな。S級が出たら……お前のところの騎士を上から数名と、こっちのSランクとAランク上位で対応する。もちろん、私とお前も」
「Sが複数出たら?」
「順に倒す」
「いけそうか?」
「ああ。街は滅びないだろう。"カン"だがな。しかし、被害は……分からん」
S級の魔物など、早々出るものでは無い。
魔物のランクはE、D、C、B、A、Sと上がるが、これとは別に兵、騎士、将軍、王、帝、神という分類がある。
これはゴブリンキング、ジェネラルウルフのように種族名に含まれる称号が目安になる。
強さを表す指標と、種族内での地位を表す指標。
即ちS級とは、王級のS級かもしれないし兵級のS級かもしれないのだ。
王級ならば、群れが統率され知性的な進軍が見られる。
だが、兵級なら……同時に数体、或いは数十体が出てくる可能性もあるのだ。
ここは帝国最西端の都市。即ち、人類生活圏の最西端と言って過言ではない。その、さらに西に広がる森。
何処まで続くかも、その深層にどんな魔物がいるかも分からない。
北の山脈も、この森も。
人類にとって未知の土地だ。
まさか……まさか、だが。
その深層の化け物が徒党を組んで攻めてきたりはしていないだろうか。
小さな小さな、ほんの少しだけの胸騒ぎ。
「[超直感]か。どうせなら未来予知でもしてくれよ」
「それは王国の予言師がするだろう」
「連れてこいよ」
「無理」
「まずは、遠距離攻撃で数を減らす。後退しながら矢、魔法、大砲……なんでもいい。ぶっ放せ」
都市内冒険者30000人。Sランクが 3人、Aランク28人、Bランク400人、Cランク1200人、Dランク7800人、Eランク20000名、Fランク500人。
うち、現在都市内にいるものが、Sランク2人、Aランク24人を含む26000人。
低ランクはむしろ足でまといになる為、物資の輸送や伝令役、負傷者への対応などの支援に回る。
戦える人数は、約8000人。
それに加え、領主軍4000人、公爵騎士団100名。傭兵ギルドからも5000は出てくるだろう。
総勢1万7千。
100万の命を護る、フォリオの盾だ。
普通の人間は戦い続ける事は出来ない。
2~6時間を目安に交代制でいく事になるだろう。
何とかして、数日。
彼が帰ってくるまでは持たせなければ。




