49 鯵打破亜架
「ここはアジなんたらとかいう闇ギルドの本部で合っているかな?」
コンコン。
「すいませーん」
コンコン。
「開けてー」
ドンドン。
「あのー」
バキャァァッ!
「あ。外れた」
スラムではなく、街の中心に近い、人通りの少ない通りにひっそりと立つ酒場。
「ほう。やはり居たか」
「なんだ?てめぇは。依頼か?」
「ふむ。なかなかお洒落なバーだな」
「あ、ありがとうございます……?」
「だからなんなんだよお前は?」
「店主よ。少し店内が汚すぞ」
「いや、あの……」
「血はなかなか落ちないからな」
その一言で、店内の空気が凍り付く。
殺気立った1人が立ち上がり、男の肩を掴んで言った。
「てめぇ……舐めてんのか?」
不用意に近付いた、訳では無い。
右手は腰に指した短剣の柄を握り締め、全身に魔力を巡らせている。
何が起ころうと、その次の瞬間には男の首を切り裂く準備が出来ている。
「まぁいいわ。殺しゃなンも出来ねぇだろ」
腰を切って短剣を抜く。見事なまでに洗練された動きで短剣が、男の首を薙いだ。
はずだった。
「何で──」
手足の付け根と両手首、両足首に激痛が走り、体の制御が失われる。
「アッは……ごほん、痛みへの耐性はそれなりにあるようだが、腱を切られればどうしたって動くまい」
さて、処刑タイムだ……と、男が呟いた気がした。
「そうだな……今回は"新技検証の刑"だ」
男の姿が消え、店中の仲間が一斉に崩れ落ちる。
「やはり短剣では格好がつかんな……まあいい。今宵この姿を見た者は、全て等しく死ぬのだから」
男の服の袖から、黒いナニカが這い出して手を覆った。
「火」
男がパチンと指を鳴らすと同時に掌から発射された火が……俺に……迫って……
ドォォオッ!!
▽
あぁ……
あぁぁぁぁあ……
(出来た……)
ウッヒョォァァァァァア!
【……マジですか】
(見た?ねぇねぇ見た?今の見た?)
【見てません】
(まさか、既に諦めていた魔法を使える日が来るなんて……でも、こんな裏技あるのにみんな使わないの?)
【あなたの物差しで計らないでください。通常、スライムの分体の制御権を奪って体を乗っ取ることも、ましてやその状態でスキルや魔法を撃たせるなど不可能です】
([硬化]が使えたんだから他のも使えて当然じゃない?)
【[硬化]が使えた所からおかしかったですよ】
(それ言うならスライムの捕食による経験値摂取も合体によるスキル強奪もチートすぎない?)
【チートだから知能をなくしたんですよ。そもそもそのチートも使ってるじゃないですか】
「水」
【聞けや】
(出来るんだからいいじゃん。楽しいし!なにこれ凄いちょー凄い)
「光槍」
一般的な魔法の名称、属性、効果等は全て頭に入っている。
一般的な魔法とは、何十年も何百年も前から改良を加えながら伝わる効率良い魔法である。
ファイアーボールだとかファイアーウォールだとかに代表されるこれらの魔法は、魔法使いが最初に練習、習得するもので、初級、中級、上級、聖級、王級、帝級全てを網羅する。
魔法使いのランク分けに利用されたりもする重要な魔法だ。
ぶっちゃけ創作魔法見せられてもよく分からないが、超有名な魔法なら威力や発動時間、発射速度等を見るだけで実力をはかることが出来る。
「炎の蔦」
ぎゃあァァァァ
全員の犯罪称号と思考を確認して、違法奴隷や薬物売買、殺人、強姦、詐欺、脅迫等の犯罪歴を調べる。
全員見事に真っ黒か。生かす必要はないな。
一言に拷問と言っても使う道具や攻める場所、目的によって内容は大きく異なる。
口を割らせるのが目的なら喉を潰す事はしないし、歯を折ることも少ないだろう。
だが、痛めつけることそのものが目的なら、どんな拷問がふさわしいだろうか。
肉体を痛めつけるだけでは飽き足らない。
痛みに喚く様だけでは気が晴れない。
そうなれば、自ずと攻める部位は1つに定まる。
精神。
恐怖、絶望といった精神を喰い潰す感情を植え付ける。
身体の痛みも恐怖を誘う良い手段だ。
しかし、結局の所。人を動かすのは、言葉である。
「なァ、お前。×××××──」
「………ったく。自制心持てよ、クズども」
床には10を超える人間が転がり、机や椅子は倒れそこら中に血が飛び散る中で、赤く染った服をはたいて男が立ち上がった。
拷問の途中戯れに口にした「懺悔せよ」の一言で、まさか全員が懺悔を始めるとは思うまい。
次から次へと告白される罪を、小一時間ほど気を長くして聞いてやった。
「済まなかったな、店主よ」
「ひっ……」
「で?何故こんな輩のアジトになっていたんだ?」
「それはその……バーテンダーになるのが夢で……落ち着いた雰囲気の店がいいなって思って……それで、照明落としたり色々工夫してたら……いつの間にかそっち系の人御用達みたいになっちゃって…でも、怖くて何も言えなくて……」
「さて、私はこれで帰るとするか」
「なぜ聞いたんですか!?」
地獄絵図となった店内に背を向け、歩き出して……
ガキィンッ!!
「ッ……馬鹿な…」
「──知ってたよ」
そもそもスキンヘッドのバーテンダーがいてたまるか……というのは偏見だが、その見た目でここに居れば偏見と分かってはいても警戒するし、初っ端から闇ギルドの一味としてしか見られないかも知れない。
「くそ。巫山戯た野郎だ」
「巫山戯た野郎は貴様だろう。何ださっきの嘘は」
「別に嘘じゃねえし!」
「嘘だろう?何が『怖くて何も言えなくて』だ」
「そこか!そこは嘘だよちくしょう!」
スキンヘッドの酒場のマスター、いやアジダハーカの一員が剣を振り上げる。
常人なら目で追うことも難しい程の速さで間合いを詰め、剣を振り下ろす。
振り降ろされた剣を掻い潜り、拳を突き出す。
それをハゲは剣の柄で弾き、魔法を放つ。
「光の矢よ顕現せよ」
光の矢、というかレーザーが放たれる。
なんで闇ギルドの人間が光適性を持っているんだ。イメージが崩れてしまうだろ。
「闇盾。戦闘中に詠唱などするな。息が乱れる」
「じゃあてめ、」
「会話もするな。息が乱れる」
「……死ねぇ!」
何故か半ギレで飛びかかってきたハゲの首を握り静かにさせる。
ついでに全力の殺気をおくってビビらせる。
「……おい。お前のところのボスの武器はなんだ?」
「長剣です……」
「そうか……どう思う?」
「長剣……別にいいのでは、無いでしょうか……ゲホッ」
「闇ギルドのボスとしての理想の武器は?」
「なんでもい……がはゲホッ、すんません!かっこいい武器といえば大剣でしょうか!」
「ふーん。大剣か」
「鋼線なんかもカッコイイかと……」
「ふーん…そっかそっか」
どちゃ、とハゲを床に落として扉へ歩く。
「あれ……殺さないんですかい?」
「お前はまだ犯罪者ではないのだろう?だが……そうだな。迷惑料代わりにこの店の酒を全部頂いておこう」
「……ふつう、ここまでやったなら残り1人も殺すと思いますがね……行動基準がよく分からないです」
「ん?犯罪者を殺して一般人は殺さなかった。これのどこがおかしい?ふつーの正義の味方じゃないか」
「正義の……お言葉ですが、正義の味方とは、弱きを助け、悪を捕え改心させる者の事でしょう?悪を拷問の果てに殺すのは、悪と言うんじゃないですか?」
「ん?……そうなるか?というかお前、殺さないと言った瞬間にズケズケ言ってくるようになったな」
子供の頃、絵本の中の世界を救う勇者に憧れた。
今にして思えばファンタジー系の絵本なんて珍しい気もするが、確か母がよく読み聞かせてくれた本だった。
人々を守り、平和を守り、憧れや尊敬の的となる、そんな勇者に憧れた。
不幸が起こった。天災ではなく、人災ですらなく、意図して起こされた悲劇だった。
おれも、おれの家族も誰一人悪くなかった。悪いのは、それを起こしたテロリスト。そいつらが悪い。
そして、悪という、定義すらあやふやなものを嫌い、憎むようになった。
それでも、世界を脅かす魔王には、憎しみどころかむしろ憧憬すら抱いている。
魔王かっこよくね、と。
それは何故だろう。
勇者が人間を守るのと同様に、魔王は魔族を守ろうとしているから?
それとも、勇者と同じく強いから?
事件の数日後に、新聞の1面を飾る記事を見た。
〇〇で同時に多発テロ。日本人観光客1名を含む、34人死亡。
それは、現行の政治体制に不満を持つ過激派の仕業だったらしい。
テロを起こせば国は政治を見直すか、多少の要求を呑むかすると思ったのだろう。
しかし、国は『断固として屈せず』とし、『二度とこのような非道な事件を起こさせない』ために尽力するとは述べたが、そのテロによってテロリスト達は国を動かすことは出来なかった。
まおうがひとびとをおそいはじめました。
せんそうをしていたくにも、そうでないくにも、てをとりあってまおうにたいこうしました。
戦争を止めて、国々が協力し合う。なんと美しい響きだろう。
勇者は、その後にやって来た。
人間から見れば魔王は悪だが、間違いなく世界を変える力があった。
そして実際に世界を変えてみせる。悪役として登場し、主役に倒される存在でありながら、彼は世界を変えたのだ。
上手く言葉には出来ないが……中途半端でちゃちな自己満足の悪ではなく、世界を変える圧倒的な悪に惹かれたのだと思う。
魔王が人間同士の戦いを終わらせ、勇者が人間と魔王軍の戦いを終わらせた。
そして、せかいはへいわになりました。めでたしめでたし。
勇者だけでも、魔王だけでも平和な世界は実現しない。平和な世界の"必要悪"。
2度繰り返された"めでたし"が、両者への感謝のように思えた事を覚えている。
どちらも同じじゃないか。
魔王は人間を殺戮し、勇者は魔族を殺戮した。
両者には、勝ったか負けたかの違いしかないのだ。
「悪だって正義だよ」
適当。
「そうですか……?」
外出中の構成員が戻ってくるかもしれないから金だけ持って逃げますというハゲに勝手にしろ、と答え、ハゲが置いていった金貨やアイテム類、書類を収納し、2日ぶりの宿に帰った。
そうか。今日の行為は傍から見れば悪に見えるか。
(転移)
…………
「うわっ!?」
俺の部屋の窓が開き、カーテンが暴れ、床には何故か包丁が刺さっている。
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包丁(妖刀)
捨てられた女の絶望と哀しみと未練と憎しみその他諸々によって切れ味が上がっている
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なんだこれは……引き抜くと顔めがけてとんできたので左手でしっかり柄を握る。
とりあえずヒュウガかカグヤに託そう。勝手に壊す訳にもいかないだろうし。
「あのー」
「え、誰…?え、包丁?え?」
知らない人がいた。包丁を持って現れたおれに戸惑っている。
「カグヤさんかヒュウガ何処にいるか知らない?」
「だ、ダメです!友達を売るなんてできません!」
「どうしたのエミ……」
「わぁー!何で出てきたの!?」
「ぇ……?レイ、ジ……?」
料理中だったのか、包丁をもって現れたカグヤに、何故か幽霊でも見られるような目で凝視された。
「レイジ!」
「カグヤちゃん、危ない!そのひと包丁握りしめて現れたのよ!不審者よ!気をつけた方が……あ。刺すの?刺すのね!?」
おれの左手に包丁。ついでにカグヤの右手にも包丁。
2日ぶりの彼女は、おれの名前を叫んで突進してくる……
(なんだ!?刺すのか?おれを刺すのか!?)
少し余裕をもって、接近される前に包丁をマジックハンドで撃ち落とす。
包丁に目をくれずなおも突進を続け……
「今包丁持ってるから、危ないよ?……ぁ」
抱き着かれた。そして、思わず包丁を握る手を手を開いてしまった。
「もう、何も言わずに居なくなるなんて止めて……」
はて、いつの間にこんな好感度を稼いだだろうか。
顔目がけて飛び回る包丁を首から上の動きだけで避けながら必死で考える。
まさか、時にはあえて冷たくする事で気持ちを掴むみたいななアレだろうか。
押してだめなら引いてみろみたいな。押した覚えないけど。
ヨシヨシしてあげると、妖刀は普通の包丁に戻ってしまった。勿体ない。




